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鏡花水月と周辺理論  作者: 伊勢谷 明音
鏡花水月は街を行く
3/10

3 受付老人は案内する

 つい先程出て行ったばかりのレイが帰ってきたことに、旅人組合で受付をしている老人は少し目を見開く。そして彼が連れている二人を見て興味深げにほう、と声を漏らした。厄介だったチンピラ旅人が追い出されていき、徐々にいつもの活気を取り戻しつつあった旅人組合ヴェンダー支部は、シルヴィアと宇迦之がその扉をくぐって入ってきた瞬間に、視線が集中する

 大体の者はその二人の麗しい見た目に釘付けになるが、少しそれらから毛の生えた実力を持つ旅人は違う。宇迦之が纏っている仄かに揺れる神気に気圧されていた

 そして、本物の強者――受付をしている老人はその神気の向こう側にあるシルヴィアに注目をしていた

「レイ、どういう関係だね?」

「ついさっき知り合った方々だ。旅人登録をしていないから俺が推薦しに来た」

「成る程。登録するのはそちらのお嬢さんかな?」

 笑みを浮かべて老人が問う。老人は宇迦之を見て問題は起こさないだろうと認識した。何故なら神聖な気配を持つものが世の理に反する行動を起こすことはないからだ。そして、そんな宇迦之を従者にしているシルヴィアの正体を掴めずに居た。彼女らの間にあるのは契約の繋がり。だが、宇迦之程の者に主と認めさせるのは中々出来ない芸当だ

 対峙するシルヴィア達であったが彼女もまた、目の前にいる老人のその正体を把握できずに居た。シルヴィアの柔らかな手でも折れてしまいそうな程痩せこけた老人。けれども身体に纏っているオーラは瑞々しく、若々しい。その気になれば大木を何本も抱えて走れるくらいには見えた


「何故、私だけだと思うのです?」

「貴族の方々は従者の手柄を自分のものにするというのが通例としてあるからね」

 老人が言うように、貴族は嗜みとして旅人登録をしている。そのなかで自分で依頼を受けてランクを上げていくような者はごく少数で、実際は従者に以来をこなさせて自分は座りながらにして箔を付けるというやりかたが横行していた

「いえ、それは遠慮しておきます」

 どこか不正をしているような気がしてシルヴィアは遠慮をする。そんなのはアカウント代行で自分のプレイランクを上げるような行為に似ているように思えたからである

「そうか、じゃあこれからの質問に二人で答えていってもらえるかな?」

 性別、名前、年齢、戦闘職、得意な戦術。以上である。これは文字を読み書きできない人のために口頭でやったほうがいいのではないかという配慮からの制度であったが、同時に周囲にいる人々にある程度の個人情報を与えてしまうことでもあった。これだけではそこまで痛くない情報ではあるが、周囲の人間は食い入るように二人のそれを得ようとしている

「性は女、名はシルヴィア・ローゼンベルグ。年は15。職は召喚士サモナー。得意なのは物量押しです」

「男、宇迦之御霊うかのみたま、20歳、魔法使い(マジシャン)、広範囲殲滅が得意で御座います」

 事前の打ち合わせにより宇迦之は男ということにしていた。これは、二人で旅をしている時に女だとなるとナメられる場合が多いと判断したからである。そして、二人共年は完全に詐称している


「では、組合員であることを証明するカードを作成してくるので暫く待っていてね」

 奥へと去っていった老人を見送って、三人はどこかで座って待とうという話になり丁度開いていた席に座る

「ウカノ様は俺と同い年でしたか」

「レイ殿も?」

「はい。あ、組合カードはこんなかんじになってますね」

 レイが懐から取り出したカードをシルヴィアと宇迦之は覗き込む。そしてあるところで二人の視線が止まる。職業欄の下に別枠で書かれているものがあったからだ

「ソレスタ王国認定黒魔導師、ですか」

 レイは説明する。国が管轄する資格を得ることが出来れば、どんなものであれこのカードに書き込むことが出来ると言う。しかし、その資格を書き込むためには資格を手に入れた国で申請しなくてはならないという決まりがある、と

「もしお二人に資格がありましたら、一度母国で申請手続きをされたらどうでしょう?」

「そうですね、私は特に持っていません。宇迦之も持っていないとは思いますけれど……でも彼はかなりの能力があるので何かの資格は取れるかもしれませんね」

「日頃の生活で役に立つような、簡単なことくらいしか出来ませんが」

 宇迦之は謙遜するが、実際はかなりのことが出来る。それも、シルヴィアがゲーム時代にただの子狐だった頃から覚えさせたり、イベント報酬で手に入れたモンスターにスキルを与えるという巻物系アイテムを大体使ったからだった

 家事裁縫から始まり庭の手入れ。特に能力が高いのは生産系――主に畑を耕したり質の良い動植物を育成することで、次点は算術や手芸である。これらが高い理由は彼の由来にある

 宇迦之御霊、それは有名な稲荷神社に祀られている神様だ。よく狐と混同されることがあるが、実際は男とも女とも諸説あるれっきとした神様である。五穀豊穣、商売繁盛の神として知られているのは稲荷様を知っていれば当然のこと。シルヴィアは、その神に似せるように宇迦之を成長させたのだった


「彼が育てあげた穀物や、作成した道具はかなりの高品質になると思います。私や彼が着ている服は彼の手作りで、大体☆6以下――失礼、低級魔法であればほぼ防ぐという実力があります」

「低級魔法、ですか」

「私の知識にある魔法体系がもしかすると違うかもしれないので具体的な術名は上げにくいですが……そうですね、黒魔法ダークフォースによる重力の影響を受けません」

 黒魔法ダークフォース。それは相手の周囲に特殊結界を張ることにより重力を発生させ、敵の動きを鈍らせるというものである

 シルヴィアが口ごもったのは、ゲームの世界と全く違う魔法体系であれば相手に分かりづらいというのと、この世界においてその魔法がどれくらいの威力であるのかが分からなかったからだ。つまり、これはほぼ賭けであり、この世界を知る上で重要な質問であった

「もちろん知っていますよ、ダークフォースは有用ですから。なるほど、それを防ぐとは厄介ですね。駆け出しの旅人相手なら魔法戦ではまず負けないでしょうね、その装備なら」

 レイは頷く。なるほどある程度は魔法の名前と効果が自分たちの知識と同じということがわかり、シルヴィアは内心安堵する。そして少し考えて閃いたことがあった

「レイさん、この街に学校はありますよね?」

「ええありますよ。ここは魔法の街として有名ですから、優秀な魔法学校が沢山」

「私、通いたいのですが……できますか?」

 レイはそれを聞いてしばし考える。魔法学校の途中編入には試験があって、それを受けるためにはこの国の国民であるか、三ヶ月以上の滞在で国にある程度の利をもたらした旅人だったはずだ。となると、シルヴィアが試験を受ける最短ルートは

「旅人として三ヶ月、ある程度認められる仕事をすること。そうすれば編入試験を受けられますね。年は15でしたっけ、なら三年生からの編入です」

 そして、と続ける

「もし入学するならヴェンダー魔法学校をおすすめしときます。俺、実は学校長の依頼で暫く教師としてそこで働くので」

 レイはそう言っうのと同時に受付の老人から呼びかけられる。どうやらカードができたようだ。シルヴィアと宇迦之の二人はそれを受け取り、カードの使い方、依頼の受け方の説明を受けるのだった。今は老人1人しか受付に居ないが、朝には大勢の職員が居て、彼らから依頼を受け取ることが必要となる。その際、文字の読み書きができなくても代筆、代読を受付に頼むことが出来るという

 シルヴィアはそれを聞いて、たとえ文字の読み書きが出来ないような事情があった人でも組合で成り上がることも可能である、比較的親切なシステムだと思うのだった


「あの、すみません。私達はここに来たばかりで宿が欲しいのですが、生憎通用しない通貨しか持っていません。何か方法はありますか?」

 そう老人に訪ねてみると、彼は笑って答える

「駆け出しの旅人が暫く自分で稼げるようになるまで、格安で泊まることの出来る宿舎があるよ。料金は後払いでいい。食事も出るけど上限一週間。その後三ヶ月は泊まれないけれど」

 彼は続けて説明する。読み書きが出来ない人たちを集めて、依頼を受けられるシステムを作ったところで安い宿がなければ彼らはどうしようもない、と。特にこの街は有名な魔法使いを多く出してきたところとして有名で、物価が高い。組合に入りたての人間がそうそう宿に止まることは不可能だ。だからこちらで安い宿を提供しているのだ、と

 それを聞いてシルヴィアは思う。彼女は会社の宿舎みたいにとてもおんぼろな施設じゃないかな、と。しかし、そうではないとしばらくして思い知るのだった

 彼女たちはレイと分かれて宿舎の一室に入った。小さくはあるが、浴槽がある。そこでシルヴィアは九尾の姿になった宇迦之の身体をわっしゃわっしゃ洗いながら会話をする。最初、遠慮していた宇迦之であったが、長年の夢だったと力説(ゲームでは風呂に入れなかった)する彼女に気圧されて渋々洗われているのだった。宇迦之は不思議に思いながらも、慣れない土地で心細いのだろうと思い、特に何も言わなかった

「姫、いきなり学校に通うなど」

「まだ決まったことではないよ。暫くこの国で旅人として三ヶ月やってみてからだ。私やお前の魔法がこの国の常識に当てはまるか、知る必要がある。三ヶ月で分かれば良し、無理ならば学校に通うのが早い。書物で識るのは文字が分からない私には難しいのもあるからね」

「……それは確かにそうですね」

 見てみると中々に綺麗だった。受付の老人が言うに、成長して稼げるようになった旅人が寄付をしてくれることがあって、それで清潔を保てているというらしい。ある程度稼げるようになったら自分も寄付しないとな、と思いながらシルヴィアは宇迦之と戯れるのだった


 シルヴィア達が老人に案内されて宿舎へ向かった直後の話に戻る。丁度時間もいい感じに潰れたし実家にそろそろいこうかとしたところでレイはある男にその行く手を阻まれる

「おい、さっきの女の子たちは一体何なんだ?」

 周囲を見渡すと、彼らも気になっていたようで目の前の男にもっと聞けといった視線を向けている。それもそうだ、あんな美少女は滅多に居ない。お近づきになりたいと思うのも普通のことだ

 けれど、とレイは思う。名前とか知っていても出身聞いていなかったな、と。ほとんど彼女らについて知らないのを今自覚した彼はこう返した

「俺にも分からないな。ただ、彼女は天上人かもしれないということだ」

「天上人だ? つまり、それって王族ってことか?」

「可能性はある。彼女らはあまりにも常識を知らなすぎた」

「……知っててとぼけてるんじゃあねえよな?」

 目の前の男が凄む。そこまで必死とは思っていなかった

「お前、彼女を自分のチームに入れようとか考えてるんだろ?」

「ああ、そうだが」

「安心していい、お前が彼女と同じチームになることはないさ。そのムサ苦しい顔を見れば女の子は近寄りたくなくなるだろう。違うか?」

 違いねえ、と周りが笑い始める。笑い事じゃねえぞ! と男が怒鳴るも、それがムサ苦しいって言われる原因だよと言われて相手にされない。彼らが勝手に騒いでいる隙に、そっと彼は組合を抜けだしたのだった


 レイは不思議な二人組の事を思いながら帰路につく。雨はすっかり上がっており、空には星が瞬いていた。彼の実家は少し入り組んだところにある。小さい頃からこの街に住んではいたが、何回か家を移動している。最初の家は今よりも大きく、立派だったのだがある理由でもう戻ることはないだろう。今は別の建物が立っている

「おかえりなさい、兄さん」

 廊下から顔を覗かせるのは、レイと同じ黒目黒髪をした、それでいて少し日に焼けていない白い肌の少女だった

「父さんから聞いた。私の学校の教師になるって。だから帰ってきたって」

「ああ、本当はその依頼がなくても帰ってくるつもりだったんだが、養父とうさんからの頼みでね。あの人には恩があるから」

 今回の依頼、得意の黒魔法の教師としてヴェンダー魔法学校に赴任しろという物だった。教師になるには国家資格を持つこと、つまり黒魔導師であるのが条件だった。だから彼はその依頼を受けたその日に資格を取り、そして今日帰ってきたのだった

「俺達をここまで育ててくれたんだ。いままで頼ったことはあっても頼られたことはない。俺は精一杯教師として、校長である養父とうさんの顔に泥を塗らないよう頑張るよ」

「生徒のためにも、頑張ってね」

「忘れちゃいないさ。ありがとうユミ」

 レイは妹からマグカップを受け取り、それに満たされたホットミルクを飲む。その様子を見て、彼女は呟く

「兄さん、様子が変わった」

「え?」

「旅に出て、かえってくる度に。兄さんは昔より笑うようになっていった」

「――そうか」

 レイは喜怒哀楽の表情を一切出さない子どもとして小さい頃から気味悪がられていた。ただ、それを認めて突き放したりしないのが、引き取ってくれた養父である校長、そして実妹のユミだけだった。実はユミは父親と血が繋がっていないのを知らされていない、だから、どこか他人のように父親に接する兄に疑問を抱いていた

「いい加減教えてよ。どうして兄さんは表情を変えなくて、そして父さんによそよそしいの? 母さんが居ないことと関係あるの?」

「ユミは、次の誕生日まで15だよな」

 レイはいよいよ真実を伝える時が来たのか、と思う

「誕生日……三ヶ月後、俺達家族に何があったのか教えるよ」

 三ヶ月後、そう言えば彼女が学校に入る頃かとレイはぼんやりと考える。今まで信じていたものが壊れていく恐怖はとてつもないものだ。どうにかして支えてあげたいが……

 風呂入りに行くよ、と伝えて着替えを持ち、彼はまた家を出たのだった

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