表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡花水月と周辺理論  作者: 伊勢谷 明音
鏡花水月は街を行く
2/10

2 黒魔導師は出会う

 雨が降る。雨は嫌いだ、歩けば歩くほどに足元は汚れるし、ぬかるんだ地面の感触も気に入らない

 でも、雨の匂いは好きだ。湿った空気に漂うどこか懐かしい匂い。とても好きだ

 太陽が登っているのは雲の上。地上には雨がしとしとと降り続いていた

 そんな中、コートを着た男がいた。傘もささず、コートのポケットに手を突っ込んだまま彼は雨の街を歩き続ける。雨季の憂鬱な季節の中、彼の心もまた憂鬱であった

 この街、ヴェンダーは優秀な魔法使いを数多く輩出してきた街だ。至る所に魔道具の店や、魔法学校が存在していて、雨季を過ぎて入学の季節になればここはとても活気に満ちた街になるであろう

 そんな事を考えながらも、彼は淡々と歩き続ける。お気に入りのコートというわけでもないボロボロなそれは、すでにぐっしょりと濡れており、黒髪からは水が滴っている。雨季に傘を持ち歩くのは当然のことなのに、そんなものを持たない男に街の住人たちは訝しげに彼を見る

 そして彼はこの街で一番大きな施設。大陸全土の旅人の旅の路銀稼ぎとなる仕事を斡旋をする旅人組合、そのヴェンダー支部へと入っていくのであった


 旅人はその性質上、自らの力に自信を持つものが多い。悪く言えばその力に酔っているものも少なくもない。本来仕事を手に入れ、成果を報告するためにあるはずのそこは、金を持った者が集まるという性質上すぐに飲み食いの商売が始まり、結果ガラの悪い輩がたむろしやすい場所と化していた

 扉を開けた男を出迎えたのは、びしょぬれになった彼をばかにするような目で見てくるそういう奴らの視線だった

「おいおい貧乏人が小銭稼ぎかぁ?」

「命は大切にしないとでちゅよ~」

 ガハガハと笑う男たち。彼らはこの街において最も嫌われている旅人ではあったが、そのうち出て行ってくれるだろうという思いから誰も干渉しようとしなかった

 男はそんな奴らを見向きもせず、受付へと歩いて行く

「レイだ」

「まってたよ」

 受付の老人はみすぼらしい格好のレイに眉を顰めることもなく、笑顔で彼を出迎える。そして手元にあった依頼一覧ではなく、机の下の引き出しから数枚の書類を取り出す

「この街も久しぶりだ」

「ふふ、数年ぶりだ。ちょうど学校を卒業して以来かな?」

「たしかにそうだ」

 レイは会話をしながらも書類をチェックしていき、依頼内容をきちんと確認していく。今回の以来は久しぶりに大きく、そしてとても大事な物だった

「学校長には恩がある。こういうのはあまりやりたくはないが、あの人のお願いだ」

「きっとユミも喜ぶ」

「だといいが」

「君の家に連絡しておくよ。夜に向かえばちょうどいいだろう」

「感謝する」

 最後にサインをしてレイは書類を受付の老人へと手渡す。この作業も懐かしいもので、彼が魔法学校に在籍していた時もやっていたことだ。その時からの付き合いの老人は彼の理解者であり、そして頼りになる男だった

 うしろで酒盛りをして騒いでいる男たちに嫌な顔をしている旅人は多いが、誰も注意をしない。組合内で騒ぎを起こしたら罰金を払わされるどころか、仕事が貰いにくくなるからだ。注意して彼らを退去させられるのは組合で仕事をしている人間だけなのだが、今はこの老人ただ一人しか居ない

 完全に彼を舐めている男たちは悠々と昼間から酒を飲んでいた

「調子に乗ってるな」

「そろそろ潮時だろうね」

 にっこり笑って老人は言う。この後何が起こるのかが分かりきっているレイは組合を後にした。数歩歩いて立ち止まり、振り返る

 そしてしばらくして、先程まで酒盛りをしていた男たちが必死の形相で組合から出てきた。雨だというのに全速力で走る彼らは酔っているのも相まってか、何度も転び、壁にぶつかりながら去っていった

 それを見てレイは呟く

「爺さんもまだまだ現役だ」


 はてさてどうしようか、とレイは悩む。このままの格好で実家に帰ったところで家族に迷惑をかけるのは目に見えている。だからと言ってこのまま外で時間をつぶすというのも難しい

「大体関所が悪いんだ」

 傘は武器になる、そんな理不尽な理由で彼はそれを取り上げられた。よくある貴族の暇つぶしだ。誰かを困らせて、そんな姿を笑いながら見る。なんという悪趣味。レイの手荷物が一切無いのも、不審なものがないかという理屈で取り上げられたというのが理由だ

 もちろん、そのうち返されることにはなっている。そうでなければ貴族たちも解雇されかねないからだ。横領は厳重に罰せられることになっている。弱い者いじめをしているが、小心者の彼らには一時期取り上げて困らせるくらいまでが限界だ

 レイの持っていた荷物ならばもうすぐにでも取り返せるだろう。彼は関所に向けて歩き始めた

 しばらくして関所に辿り着いたが、そこで何やらもめているような空気を感じ、厄介事だと思い回避しながら彼は自分の荷物を取りに行った

「レイ・クロノだ」

「えーっと、ああ。丁度土砂降りの時に来た」

「ああ」

 ニヤニヤと雨に濡れた姿を見ながら荷物を管理していた男は言う。検査は終わった、何も不審なものはなかったと

「そりゃどうも」

 今更使っても同しようもない傘と、少量の食料と水の入った鞄を受け取る

「ああ、お前。男だったら一度門の所に行ったほうがいいぜ」

 そう言われるが、先ほどもめている雰囲気を出していたのはまさに門のところだった。また厄介事を押し付けて楽しむつもりだろう、そう思って彼は通りすぎようとしたが


「っ!!」

 ぞわっと背筋に悪寒が走る。何だ、今のは。そう思いその気配を探ると、先ほど話題に出ていた門の方向だった

 そっちを見ると、遠目からは兄妹に見える長身と小柄な2つの銀の人影が見えた。どうやらあの威圧感はあのどちらかが発したものらしい。うむ、これは厄介事だと思いながらも、同時に妹と同年代くらいの少女が嫌がらせを受ける可能性を考慮してレイは門の方へと向かっていった

「もし、どうかしたのか?」

「ん? おおさっきの若者か。いやあ災難だったねえ雨に振られて」

 お前が傘を取り上げたんだろうが、という心のつぶやきは置いておく

「いやね、この二人が見たこともないお金を差し出して通してくれと言ってくるんだ。僕としては通してあげたいが、決まりだからね」

 ニヤニヤと、小太りの貴族が笑う。こいつ、好きな女の子にちょっかいかけて楽しむタイプだなとどこかズレたことを思いながらも、足止めを食らっている二人を見る

 長身の女――男にも見える、そいつは鋭い目で貴族を睨んでいるが、少女の方はと言うと、初めて大きな街にやってきた田舎娘みたいにキョロキョロとあたりを見回し続けていた。成る程、これは貴族の坊っちゃんがご執心なのも頷ける

 背の高い方は先ほど殺気を飛ばしてきた方だろう。どうやら助けろという意味だったらしい。ほら、そこのお兄さんも自分たちに加勢しなさいという視線が痛いほど刺さる

 ただ、少女の方は――今まで見てきた誰よりも可憐で、美しかった。旅をしてきて、人を見てきた自分だから断言できる。この子は、高い身分に等しいと。これは加勢した方が将来得になるかもしれぬ


「おい関所の。この方たちの通行料は俺が払う」

「なんだと?」

「だから、俺が払うと言っているんだ」

 金を払わない事でねちねちと嫌がらせでもしようと思っていたのだろうか、彼は渋々とレイから金を受け取り、二人を通した。それと同時に検査として荷物を奪おうとしたが、彼女らは傘しか持っていない。貴族の坊っちゃんはそれをとりあげてニンマリと笑う

(成る程、この子が濡れるのを想像したというわけか)

 少女の衣服は薄かった。水に濡れてしまえばその下着が浮き出てしまうであろう。仕方がない、取り返したばかりの傘を貸そう

「これを」

「え?」

「濡れると風邪をひいてしまいます。高貴な身分の方が雨に降られるのを見過ごしはできませぬ」

 レイが傘を差し出したのを見て、警戒を解いたのか長身のが話しかけてくる

「助かりました」

「いいえ、アレほど必死な救難信号を出されたら誰でも加勢しますよ」

 長身のはふっと笑う。成る程、出来る奴か

「それよりも、あなたは良くこの方が貴い方だとわかりましたね。関所の反応からこの国は常識が違うのかと危惧しましたよ」

「貴族の坊っちゃんだから仕方がないです。奴らは自分の主の顔どころか名前すらわかっていない可能性すらあるので」

「あの様子だと否定できませんね」

 ははは、と二人で笑う。少女の方はよく分かっていないようでぼけっとした顔をしていたが、将来が心配になる。人の悪意に鈍いのはこの世界で生き抜くには厳しい

「失礼ですが、お名前を。俺はレイ・クロノと申します」

「私はウカノ。こちらの方は私の主であるシルヴィア様です」

「シルヴィア様とウカノ様……失礼ですが、ウカノというのは聞きなれない名前です」

「遠い、遠い国の神様の名前から姫が名付けて下さりました」

 姫、と呼ばれたシルヴィアがちょこんと頭を下げる。銀の髪が揺れてサラサラと流れていった。名付ける? と疑問に思ったものの、従者になったときに新たな名前でも授けたのだろうと自分で答えを出す


「これからお二人は?」

「見ての通り、使えない通貨しか持っていないので路銀稼ぎをします。――ええ、もちろん借りた文は利子を付けてお返しします」

「路銀稼ぎ、ですか。失礼ですが、お二人は旅人登録はされてます?」

 ふるふると首を横に振られる。この様子じゃあどうやって路銀を稼ぐのかすら考えても居ないでこの街にやってきたのが予想できる。従者のウカノ様もしっかりしていそうで少し抜けているな、と心のなかで苦笑する

「旅人組合に登録すれば大体いつでも仕事を受けることが可能になります。俺は旅人でもそこそこの実力があるので推薦することもできますが」

 旅人にはランクがある。FからSまで――否、現代では事実上Bまで――の区別がされており、Dが一般の旅人。Cがかなりの実力を持つそれで、Bになると国家から召し抱えられるレベルになる。レイはCに位置していて、彼の推薦があればほぼ顔パスで旅人になることが出来る。それに

「ウカノ様は俺と同等かそれ以上の実力は確実にあります。一月もすれば有名になり、高額な報酬を受け取ることが出来るでしょうね」

 アレほどの殺気を戦場以外で受けたのは久しぶりだった。もしかすれば今の自分よりも遥か彼方、伝説級Aランクを――

「では、よろしくおねがいします、レイ殿」

 ウカノのその言葉にレイは現実に引き戻される。ああ、任されましたと、そう言って彼は旅人組合へと二人を連れて行くのであった

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ