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第二章・E

十月十四日(金)午前七時四十五分

二年十組教室


 ィ――ィィィィ――ン。


 教室に一歩足を踏み入れた途端、強烈な耳鳴りと目眩に襲われる。

 ユカは軽くたたらを踏み、ドア枠に手をかける。

 ……疲れているのか。

 疲れるようなことなんて、何もしてないのに。朝イチで。それも、二年生の教室で。何だか息苦しい気がするのは、教室の全ての扉、窓が閉められているせいだろうか。扉にはめられているのは曇りガラス、窓にもカーテンが引かれていて、どうにも圧迫感がある。

 こんなじゃ駄目だ。ユカは瞬時に気持ちを立て直し、教室の中へと進んでいく。


「あれ、ユカちゃん先輩じゃないですか。こんな時間からどうしたんです?」

 教室に入ってから少しして、ジャージ姿、ポニーテールの少女に声をかけられる。

 ミホだ。

 彼女は所属している女子サッカー部のエースで、次期キャプテンと目されている。スポーツ少女らしい快活な性格で、クラス内外から人気がある。別のクラス、それも上級生のユカとはさほど親しい間柄と言う訳でもないが、それでも目が合うと挨拶してくれる。気持ちのいい()だ。

「えっと、イズミ、もう来てる?」

「ああ、イズミですか。ええ。もう来てますよー」

 彼女の視線の先、教室最後部の中央辺りに、イズミの席はある。

 ユカはミホに軽く礼を言って、そこへと急いだ。

「あれ、ユカちゃんじゃん。朝っぱらからどしたの?」

 隣の席の子と雑談していたイズミが視線を上げ、のんびりとした声をあげる。さっきのミホと同じリアクションだ。

「ん? いや、別に――特にこれって用事はないけど、さ」

 うまい言い訳も思いつかず、少し挙動不審になってしまう。

「用事もないのに、二年の教室に来たの? え? ユカちゃんって、もしかして自分のクラスに居場所のない人?」

 人懐っこい顔をして、イズミはとんでもない暴言を吐く。

「失礼な。イズミと一緒にしないでよ」

「ちょ、だーれが自分のクラスに居場所ないってんだよ。友達なんざ、掃いて捨てる程いるに」

 友達を掃いて捨てちゃあマズいだろう。思ったけど、冗談だと分かりきっているのでスルーしておく。……もしや、冗談ではないのだろうか。イズミに限らず、このクラスの子たちは穏やかな顔をしてとんでもないことを言い出すので、油断がならない。

「……別に、いいじゃん。彼氏の顔見に来るのに、理由なんて、いらないでしょう?」

 脈絡もなくとんでもないことを言い出すのは、こちらも負けては

いないのだけれど。


 イズミは、女の子っぽい名前をしているけど、れっきとした男子である。二年十組に在籍する、誰にでも人懐っこい顔をする、みんなの人気者。

 そして、ユカの恋人でもある。

 ユカは三年五組に在籍する三年生。

 つまりは、年下の彼氏。

 きっかけがどうだったかなんて、覚えてない。小さい頃からの幼馴染みで、いつでも一緒にいるのが当たり前で、それで――いつの間にか、こういう関係になってて。

 以前までは、ユカがイズミのクラスに行くことも、イズミがユカのクラスに入り浸ることも、珍しくはなかった。周囲も、それを当たり前のこととして認識していたように思う。

 それなのに――一ヶ月くらい前からだろうか――イズミは、ユカが自分のクラスに来ることに対して、いい顔をしなくなっていた。いや、『できるだけ十組には来ないで』と、はっきり口に出して拒絶されていた。勿論、それ以外の場所では頻繁に会っていた。だから正直言えば、不満も何も感じていなかった。まあ、自分のクラスに上級生の彼女が頻繁に遊びに来るのもバツが悪いものなんだろうな――と、物分かりのいいふりをして、この一ヶ月をすごしてきた。

 浮気の心配なんて、一切してなかった。

 そんな、まさか。

 イズミに限って、そんなことをする訳が、ない。

 そりゃ確かに、イズミは人気者だし、妙に顔が広いし、どちらかと言えばモテる部類に入るのだろうけど――だけど。だけれど。

 イズミは、そんなことができる子じゃない。

 ユカは、そう信じている。

 信じていた。

 ――なら、なんで自分のクラスに来させねェんだよ?

 ――見られたくねェモンでもあるからに決まってンべ?

 そう指摘されたのは、つい先日の話。全く考えていなかっただけに、随分な衝撃を受け、みっともなく狼狽してしまったことを覚えている。でもまさか、イズミが自分のクラスメイトと、浮気しているだなんて――どうしても、信じられない。

 ――信じられねェンなら、自分の目で確かめてみりゃいいべ。

 そうも、指摘された。もっともだ。イズミは何故自分のクラスに来させたくないのか。浮気しているのか、否か。しているのだとしたら、相手は誰なのか。その全てを確認すべく、ユカは今日、イズミのいる二年十組のクラスへとやって来たのだった。


「……いや、彼氏の顔見にって……そんな、別に、毎日のように

顔合わせてるに……」 

 困っているのか照れてるのか、目を伏せ、口の中でモゴモゴと不明瞭な言葉を発するイズミ。少し可愛い。

 ――などと、ニヤけてばかりもいられない。イズミが目を伏せている隙に、十組の教室をざっと見渡す。

 教室最後部の中央辺りに、イズミの席はある。

 右隣にはナミがいて、牛乳パックを片手に、近くの席のマサヤスと雑談に興じている。その奥ではタカシとサハリが話していて、左の方ではナギ、ヒトシ、アヤメ達のグループや、ピィ、チュウ、エツ、ノブヨシ、レント達のグループなどがそれぞれ固まって座っていて、何やらごにょごにょと喋っているのだが――生憎と、会話内容までは聞き取れない(言わずもがなだが、『ピィ』というのは仲間内で浸透している彼のあだ名である)。

 他にもアズマ、サクラ、アキラとアラリ、オウヨウ、アカリ、ミナトなどが教室後部にいて――だけど、名前が分かるのはこの位だろうか。前方に目を移せば数十人の生徒が思い思いの方法で朝の時間を過ごしているのが目に映る――のだけれど、ユカはその、ほとんどの名前を知らない。

 生徒の数が多すぎるのだ。

 いくらマンモス校とは言え、一クラスに五十人以上の生徒が押し込められているというのは、どうなんだろう。今から一人ずつ順番に自己紹介されても、絶対に覚えられない自信が、ユカにはある。なんてろくでもない自信。

 とにかく、ユカに名前が分かるのは、イズミの周囲――つまりは教室後部に席がある生徒のみ、と思っていい。

 とは言え、もちろん、学校の有名人は別である。

 委員長のアオイ。

 副委員長のハルカ。

 さっき話したスポーツ少女のミホや、セイシ、オミナリ、マコイやトシヒロ、タイシやコウなどは、辛うじて顔と名前が一致する。まあ、顔と名前が一致するだけで、話したことはほとんどなかったりするのだけれど。それは恐らく、クラスメイトであるイズミにしたって同じ筈で――要するに、イズミの交友範囲が、イコール、ユカの認識に繋がっているだけの話。

 視線を巡らすと、まずはミホの姿が目に入る。今はもう、近くの席の子たちとサッカー雑誌などを眺めながらおしゃべりを楽しんでいる。

 その手前、セイシは親友の男と何やら話し込んでいる。彼は――確か、レイと言う名前だっただろうか。二人とも雰囲気がよく似ているので、遠目で見ると兄弟のように見える。

 更にその手前は、オミナリの席だ。ヘッドホンをしたまま、机に突っ伏して寝ている。

 朝の教室はこれ以上ない程に騒々しくて、あちこちに動きがあっって――だけどそれは、どこの学校のどこの教室にもある、朝の風景であって――別段、おかしそうな所など、どこにも見られない。

「どしたの。さっきからキョロキョロして」

 不思議そうな顔でイズミがユカの顔を見ている。露骨に観察しすぎただろうか。

「いや、イズミのクラス来るの久々だったからさ。何か変わったことないかなー、と思って」

「――え?」

 刹那、半径数メートルに渡って、静寂が生まれる。

 ナミが、マサヤスが、タカシが、サハリが、ナギが、ヒトシが、アヤメが、ピィが、チュウが、エツが、ノブヨシが、レントが――こちらを、見ている。

「……私、何か、変なこと言ったかな?」

「いや、別に何でもないに。気にしないで」

 のんびりと、だけどどこか緊張をはらんだ声で、イズミは答える。

 ――何でもないってことはないでしょ。

 そう思うユカだったが、取り敢えず、今はイズミの手前、大人しくしておくことにする。

「ふうん……まぁ、いいや」

 だから、無理矢理に話を終わらせた。年下の子と付き合うには、こうした物分かりのよさを発揮しなければならない状況が、多々ある。空気の読める人間でよかった、と思う瞬間である。

「ところで、さ――あの子たちの姿、見えないね」

「ん、あの子たちってー?」

 間延びした口調で聞き返すイズミ。先程までの、僅かばかりの緊張感など、完全に霧散してしまったようだ。

「委員長と副委員長――アオイくんと、ハルカちゃん、だっけ?」

「ああ、アイツらならとっくに学校に来てるよ。席に鞄あるし」

 と言われても、二人の席がどこにあるのかなんて、ユカには分からない。イズミがそう言うのなら間違いないのだろうけど……。

「何か、最近忙しいみたいなんだよねえ。文化祭の準備もあるし、何かよく分からんけど、それ以外にも色々やることあるみたい。だもんで、授業の時以外は、教室にいないことが多いねー」

「ふうん……」

 どこのクラスも、委員長は多忙なのだろうか。少なくとも、ユカのクラスではそうだ。委員長のミライは確かに同じクラスだが、席が離れていることもあってか、ユカとはほとんど接点がない。


「そう言えば、ユカちゃん先輩、知ってますかぁ!?」

 ……吃驚した。

 今まで聞き耳を立てていたのか、隣のナミが突如として勢い込んで二人の間に割り込んでくる。ちなみに『ユカちゃん先輩』と言うのは、イズミが『ユカちゃん』と呼ぶことに由来している。敬称が重複しているが、十組のみんなはあまり気にせず使っている。かく言うユカ自身もあまり気にしてはないのだけれど。

「知ってるって、何が?」

「昨日の話ですよっ! アオイ、バカ酷い目に遭ったんですよぉ!?」

「『バカ酷い目』――って?」

 彼女たちは、何か言葉を強調するのに『バカ』という接頭語を多用する。要するに、『物凄く酷い目』に遭った、ということなのだろう。他でもない、このクラスの委員長が。

「ジュリですよ……」

 これに答えたのは、ナミの席の前で腕を組んでいるマサヤス。物静かで穏やかな性格の彼だが、その口調にはほんの少しの怒気が含まれている。

「ひどいですよね」

 眼鏡のフレームを上げながら会話に加わったのは、奥の方でタカシと話をしていたサハリだ。黒髪に黒縁眼鏡で地味な雰囲気だが、その代わり、どことなく知的な印象を残す少女である。

「え、三人して、いきなりどうしたよ……。俺もその話、知らないんだけど。ウチらの委員長、ジュリに何かされただか?」

 ナミとマサヤス、サハリが話を進める中、イズミだけがキョトンとしている。どうやら、十組の中でも新しい情報らしく、ごく一部の人間しか知らないでいるらしい。

「え、イズミ、知らんの? これ、ウチら全員に関わる話なんですけどっ!」

「そう言われてもさあ、知らんもんは知らんだよ。何それ。アオイ、七組のジュリに何かされたん?」

「されたなんてもんじゃないよぉっ!」

 力が入ったのか、右手に持っていた牛乳パックを握りしめ、中身が勢いよく噴出してしまう――が、本人は至って気にしていない。

 この少女、体格はイズミやマサヤスと大差ないのだが、童顔のせいか、それとも横にいる二人が揃って落ち着いた雰囲気だからか、どうも幼い印象が強い。いつだったか、下校の途中で小学生とスイカの早喰い競争をしている場面を目撃したことがあるし。

「ちょ、落ち着けよお、ナミ。順を追って話してくれって」

 話が見えないイズミは、どうも押されがちだ。もろにかぶった牛乳を、鞄から出した手ぬぐいで必死に拭っている。

「じゃあ俺が説明しよう」

 ぬっと、マサヤスが前に出る。興奮したナミでは話にならないと判断したのだろうか。

「あのねっ、昨日の放課後のことなんだけどねっ――」

「……昨日の放課後のことなんだが――」

 勢い込んで話し始めたナミの口を右手で押さえ、淡々と主導権をとるマサヤス。揃いも揃って、全員マイペースか、このクラスは。

「すぐそこの廊下でアオイとジュリが言い争いしているのを、ウチのクラスの奴が目撃してたんだ。……いや、言い争いなんてもんじゃあないな。あの女は、アオイを一方的に罵倒し、攻撃していたらしい。ウチのアオイはああいう性格だから、ヘラヘラ笑いながら穏便に事を進めようとしていたらしいが、あの女はそれを許さない。ますます興奮して、アオイを攻撃するばかり――」

「それがねっ、ひどかったらしいんだよっ!」

 マサヤスに口を塞がれフガフガ言っていたナミが、力任せにその手を払いのけ、会話に参戦する。

「顔をちみくったり、こう、プラスチックの線引きでペシペシ叩いたりしてさっ!」

 言いながら、机から取り出した定規で実際にイズミの頭を叩いて実演してみせる。

「ちょ、ナミ、痛い痛い」

「アオイはもっと痛かったんだよっ!?」

 抗議の声をあげるイズミに対し、ナミは頓珍漢(とんちんかん)な返しをしている。

「……ナミ、ちょっと黙っていてもらえるか」

「七十二時間くらい、ね」

 暴走する級友に対し、マサヤスとサハリはどこまでも冷ややかだ。

「えっと……ちょっと待って。状況は何となく分かったけど、何でアオイくんがそんな目に遭わなくちゃならなかった訳? ジュリちゃん、確かにちょっと気の強い所はあるけど、何の理由もなしに乱暴する娘じゃないでしょう?」

 七組の委員長・ジュリは、ユカもよく知っている。ほとんど面識はないが、教室が近いせいもあって否応なしに近況が耳に入るのである。気が強く、我が強く、クセが強く、周囲のクラスにはいい顔をされてない、という話はやたらと耳にするが……?

「……アレですよ」

 マサヤスが、廊下側を親指でくいっと指し示す。

 その先、開放された教室の出入り口から見える、その先には――

 巨大な、オブジェが鎮座している。

 この学校に籍を持つものならば――否、この学校の周囲にいる人間ならば誰もが知っている、この学校の象徴となっている――

 女神像、である。

 女神と言っても、正確に人の形をしている訳ではない。ソフトクリームのように、ドリル状にそそり立つ白い物体の上に、顔らしき球体が乗っている――前衛的で抽象的なオブジェなのである。だけど、四メートル近くもあるその姿は雄大で、白く輝く姿はあまりにも美しく神々しく――初めて見る者を圧倒せずにはいられない。

 学校創立当初から置かれているらしく、今となっっては、その由来も、意味も、知る人間は少ない。ただ、『女神像』と言う通称だけが諸先輩から伝えられている。

 女神像は、東校舎の一階、二年十組と二年七組の教室の横――一、二階が吹き抜けになったホールに鎮座していて、両クラスの人間からは特に慣れ親しまれている。


「あの女神像が、どうしたの?」

 その問い掛けに答えたのは、サハリの方だった。

「今度、文化祭があるじゃないですか。ジュリさんのいる七組の人達は、あの女神像の下で屋台を出す予定だったらしいんですよ。だけど、その使用許可願を出したのは、ウチの方が先だったんです。それが生徒会に認可されたことにより、女神像に屋台を出す権利が七組にはなくなってしまって――あの人は、それで怒ってるんだと思います」

 サハリの説明は丁寧な上に余計な装飾がなく、とても分かりやすい。だけど、ユカはいまひとつ納得できない。

「えっと……ん? ちょっと待って」

 こめかみに人差し指を当て、一つ一つ整理する。

「つまり、十組も七組も、どっちとも女神像に屋台を出そうとしていて、だけど使用許可願いを出したのは十組の方が先で、それがトラブルの元になっているって――要はそういうことだよね?」

「そういうことですね」

「一緒にやるってのは、駄目なの? 女神像って大きいんだからさ、向こう側とこっち側で、同時に屋台を出すことも、難しくはない筈でしょう?」

「それならそれで、その旨を記載した許可願いが必要になります。だけど、アオイが提出し、生徒会が認可したのは十組単独の出店のみを許可したものなので――今となっては、七組の出店は不可能になりました」

「アオイくんは、七組と相談しないで、勝手にその使用許可願いを出しちゃったのね?」

「七組も女神像を使いたがってたなんて、知りませんからね」

「……女神像って、学校の備品だよね? 十組のモノでも、七組のモノでも――」

「分かっています」

 ぴしゃりと、サハリがユカの言葉を遮る。その口調はあくまでも冷静なものだったけど……僅かながら怒気が含まれているような気がしてならない。サハリの声に呼応するように、奥の方にいるセイシとレイ、タカシとキンがこちらを睨み付けている。何だか、ひどく怖い。

「女神像は学校のモノ――そんなことは、十組全員が分かっているんです。だけど、七組の人達はそう思ってない。女神像を自分たちの私物だと思っている。だから、その利用権を私達に取られて癪なんでしょう。言い掛かりですよ」

「でもきっと、ジュリちゃんは、そのことで怒ってるんじゃないのかな……」

 七組が女神像に出店しようとしていたことを、十組は知らなかった、とサハリは言う。だけど、やはりそれは充分に予測できたことだと、ユカは思う。予測できたのに、それを怠り、また、七組に確認することも相談することもせず、自分たちの判断でのみ事を推し進めてしまった――ジュリは十組のそうしたやり方が許せなかったのだろう。

「……でも、まだ文化祭には少し間があるし……委員長同士で話し合いして、書類を再提出して再認可してもらえば、ギリギリだけど間に合うんじゃないかな……」

「話し合い――ですか」

 黙って聞いていたマサヤスが、ポツリと独りごちる。

「ん? どうかした?」

「その『話し合い』ってのが、昨日の一件だったんですよ」

「あ……そうなんだ」

 ここで、話はスタート地点に戻る。一方的に罵倒し、あまつさえ肉体的攻撃まで繰り出していたという昨日の悶着が、文化祭における委員長同士の話し合いだったと言うならば――ううん、それは確かに問題かもしれないけれど。

「まあ、ジュリが怖くてコソコソと逃げ回っていたアオイにも問題はあるんでしょうが、ジュリの態度はそれ以上ですよ。アイツは一方的に主張を押し付けてくるばかりで、人の話を聞こうとしない」

「マサヤス君の言う通りです。そうじゃなくても、あの人、いつも何かカリカリしてるし……私、苦手です」

 基本的に穏やかで物静かなマサヤスがジュリのやり方を非難し、表情に乏しいサハリが眉間にシワを寄せてそれに同調する。イズミは困ったような顔をして、成り行きを見守っている。立場上、ユカがジュリのフォローに回るであろうことが分かっているからだろう。一方、先程発言権を奪われたナミは……黙って、俯いている。僅かに震えているようにも見える。

 何事においても穏やかで大らかな彼らが、こういった態度をとるとは珍しい。その憤りは、何に由来しているのだろう? アオイに対する仲間意識か、ジュリに対する敵対心か、或いは女神像への執着心か――恐らくは、その全てなのだろうけれども。

 とにかく、細かいことをいちいち考えていられないので、取り敢えず話を先に進めることにする。

「ううん、みんなの話だけを聞いてると、確かにジュリちゃんの態度はちょっと行き過ぎな気もするけど――でも、あの子は何でそんなに怒ってたんだろ。確かにあの子、気が強いし口が悪いところもあるけど……だけど、何の意味もなく怒ったりする子じゃないよ?」

「理由なんてなくても怒るんですよっ! あの女はっ!」

 言いつけを守って今まで黙っていたナミが、我慢の限界とばかりに口を開く。

「ナミ、まだ七十二時間経っていない」

 サハリが律儀にツッコミを入れる。さっきの軽口、割と本気で言っていたらしい。

「『私が私が』って自己主張が激しいし、損得でしか物事考えられないし、いっつもセカセカしてて余裕ないしっ! ってか、これは七組全体に言えることなんだけどっ!」

 余程腹に据えかねていたのだろう。サハリの言葉など無視して、罵倒の言葉がスラスラと出てくる。一方、イズミ、マサヤス、サハリの三人は、ナミの発言に対して無言である。つまりは、肯定しているということか。

「うーん……ナミちゃんの言いたいことも分からないではないけど……七組の子たちって、ただ単に一生懸命なだけなんじゃないかな……? 熱心で真剣だから、十組のみんなには余裕がないように見えるっていうか……」

「ユカちゃん先輩、さっきから七組のフォローばっかじゃんっ!」

 ナミがむくれている。ユカとしては、ジュリを始めとした七組の一同を一方的に悪者にするのが忍びなかったので、それでフォローに回っていただけなのだが……ナミには、それが面白くないらしい。

「ユカちゃん先輩はどっちの味方なのっ!?」

「どっちって――」

 そんな風に攻められるとは思っていなかった。下手に誤魔化すのも逆効果だろうから、ユカは思ったことをそのまま口にする。

「私はいつだって、イズミの味方だけど?」

「…………」

 数秒、時が止まる。本日二度目の時間停止だが、今回のそれは半径一メートルほどに留まっている。つまりは、イズミを始めとした四人が、揃って絶句していて。

「ユカちゃんって、時々ナチュラルに恥ずかしいこと言うよね……」

 イズミが頬をかきながら俯いている。ほんの少し赤面しているようにも見える。照れて、いるのか。

「え、いやいやいやいや。何で? 別に、普通の台詞じゃん。私、今、何か恥ずかしいこと言った?」

「ユカちゃん先輩って、意外と天然ですよね……」

 ナミが、若干引いている。まさか、よりによってこのナミに突っ込まれてしまうだなんて。

 流石に居たたまれなくなって、話を強引に元に戻す。

「そ、それで――七組の子たちは、その屋台で何をするんだって?」

「知りませんよっ! 食べ物屋か何かじゃないですかっ!」

 今まで引いていたナミだったが、七組の話題を出すと再びむくれ出す。分かりやすい子だ。

「じゃあ、十組は? 何をやるの?」

「決まってません」

 と、これに答えたのはマサヤスだ。

「……え?」

「色々と案は出ているんですけどね、みんな、自分の案を譲らなくて、目下会議中です」

 そろそろ、頭が痛くなってきた。

「えっと……ってことは、何やるのか決まってないのに、先に場所だけ予約しちゃったってこと……?」

「まだ文化祭まで時間あるじゃん。だから、そんな急がんでも、それまでに決めればいいんだよー」

「そそ、イズミの言う通りですよっ! 文化祭に間に合えばいいいんですからっ!」

「別に何も問題はないと思いますけどね」

「右に同じです」

 イズミが答え、ナミ、マサヤス、サハリがそれに同調する。

「……ジュリちゃんが何で怒ったのか――今、分かったよ……」

「……?」

 呆れ顔のユカに対し、四人はキョトンとしている。

 ――この子たち、本当に大丈夫かな……。

 言葉を探すユカの耳に、朝の予鈴が響き渡った。


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