第六章・E
十月二十二日(土)午後一時一〇分
三年五組教室
文化祭最終日。
十組の一団が三年五組の教室を訪れたのは、昼のピークを過ぎた頃だった。
「え……い、イズミ君……!?」
事前に何も知らせず、突然顔を出す恋人に対し、原由佳は激しく狼狽してしまう。
「く、来るなら来るって言ってよ……っ!」
「えー、別にいいじゃんか」
慌てる由佳に対し、この年下の恋人は、ずいぶんとのんびりとしている。
「別に、用事なんてないでしょ!?」
「自分のクラスで頑張る彼女の顔見るのに、理由なんているの?」
それはそうだけど。
その通りだけど。
今の由佳は、素直に頷けない。
問題は、由佳の格好にある。今日の由佳は――その、何と言うか、チャイニーズレストランという出し物に合わせた服を身に纏っている訳で。太ももの奥まで深くスリットの入った――要するに、割と露出度の高いドレスなどを着させられている訳で。
思わず、手にしていた銀のトレイで、下半身を隠してしまう。
「ユカちゃん先輩、お似合いですよ?」
「ヨウコちゃん、今はそういうフォローが欲しいんじゃないのっ!」
クスクスと笑いながら言う彼女に、思わず激しいツッコミを入れてしまう。
「ってか、案内もしないうちから、勝手に席を陣取らないでよっ!」
いつの間にか、店の一番いい場所にある円卓を占領している十組御一行様。
「ユカちゃん先輩、お腹空いたー。早く注文取りに来てよー」
牛乳パック片手に、函田奈美がブーブー言っている。自由か。
「オレ、チャーハン」
「担々麺」
「北京ダック」
稲取東、堂ヶ島夕陽、石廊崎灯台が、メニューも持って行かないうちから、好き勝手にオーダーを始めている。マイペースか。
「ちょっと待って! ちゃんと、メニュー見て選んで! 文化祭の出し物だよ!? そんなにメニュー豊富なわけないじゃん! てか、北京ダックなんておいてあるかっ!」
トレイに人数分の水とお手拭きを乗せながら、慌ててメニューを持って行く。何だか、ひどく疲れる。マイペース集団か。
円卓には、八人の生徒が腰掛けていた。
皆、見知った顔ばかりだ。
「えっと、マサヤス君はいないのね? あと、ミナト君、サクラちゃん、オウヨウ君の顔も見えないけど……」
「その四人は、女神像で留守番です。さすがに、コロッケ屋台を無人にはできませんから」
落ち着いた声音で、野国なぎが答える。おかっぱ頭で、目元が涼しげな少女だ。
「みんなは休憩中ってこと? それで、ウチを冷やかしに来たの?」
「冷やかしとは失礼な。俺たちは、れっきとした客ですよ? 第一、イズミがどうしてもユカちゃん先輩に会いたいって言うから、無理して休憩取ったって言うのに……」
「嘘つくな、ピィ! 俺そんなん言ってねえわ!」
真っ赤になって否定している。可愛い。
「それに、ここ来るために休憩とったってのも、嘘だら? 俺はともかく、お前ら、けっこうあっちこっち遊びに行ってたじゃん」
「あ、ユカちゃん先輩、お土産です」
東が、持参した紙袋から何やら取り出す。だて眼鏡、漆器のお椀、ふぐ提灯、きび団子、砂糖天ぷら――何なんだ、このカオスなラインナップは。話を聞くと、二年一組と二組、二年十三組、二年十五組、一年十五組の、それぞれのクラスで販売していたものらしい。と言うかこの子たち、どれだけあっちこっち遊び回ってるんだ。
「みんな結構、文化祭満喫してるんだねぇ……」
「それがそうでもないんですって」
「ん? 『ピィ』君、何かあったの?」
「いや、聞いてくださいよ――」
「ちょっと待って!」
と、『ピィ』が口を開きかけたところで、隣から制止がかかる。
「なんだよ、ヨウコ」
「あの、お話が盛り上がるのはいいんだけど――取り敢えず、注文だけしちゃわない?」
ニッコリと微笑みながら、彼女は言ったのだった。
結局、オーダーは、全員とも焼売セットで落ち着いた。皆が皆、焼売を好きだったから、という訳ではない。ただ単に由佳のイチ押しが焼売セットだった、というだけの話である。他のメニューもそこそこにいけるのだが……。
「ね、ね、ケン兄ィ、ちゃんと働いてる?」
オーダーを通して戻ったところで、早速奈美に捕まってしまう。
箱根険は隣の席のいかつい男子である。
家が近所で幼馴染みの奈美は、彼のことを兄のように慕っている。
「ケン君はキッチン担当。あの大きな図体でホールをウロウロされたら、邪魔でしょうがないでしょ?」
「様子見てこよーっと」
「奈美ちゃんも、邪魔しないでよー?」
牛乳パック片手にキッチンへと駆けていく奈美の背中に声をかけながら、由佳は空いた席へと腰掛ける。
「ハァ……疲れた」
「あれ、ユカちゃん先輩、いいんですか?」
水を口にしながら、『ピィ』が聞いてくる。
「ん? ああ、いいのいいの。ピーク過ぎたし、この時間帯はどうせ暇だから」
「いや、そうじゃなくて――」
真顔で、由佳の脚を指差す。
「物凄い勢いで、ドレスがはだけてますけど」
パカーン――と、これは由佳が銀のトレイで、思い切り『ピィ』の頭をはたいた音である。もう片方の手で、慌ててドレスの裾を合わせる。
「痛ェ……ちょっと、暴力反対ですよ……」
「だったら、こっちはセクハラ反対だって! どこ見てんのよ、このドスケベっ!」
「俺はよかれと思って言ったのに……」
『ピィ』がしょげている。
「ユカちゃん先輩って、こんなにツッコミの激しい人だったっけ?」
「この短期間の間に、心境の変化でもあったんじゃない?」
離れたところで、夕陽と灯台がヒソヒソと話しているが――無視した。心境の変化などあるものか。ただ大人しくしているだけでは損だと――主張すべき所は主張すべきだと、何となく思っただけだ。きっかけなど、何もない。
「えっと……それで、何が大変なの?」
少し空気が悪くなったので、すかさず話題転換する。
「いや、だから――ジュリですよ。昨日、その場にユカちゃん先輩もいたじゃないですか」
凹んだままの『ピィ』に代わり、横から東が口を挟む。
「ああ……」
「まんまとやられましたよ……」
昨日のことだ。
十組の一同は、何かの用事のために、一旦女神像ホールを空けなくてはならなくなった。
その時に留守番を申し出たのが、七組の委員長である『ジュリ』こと――甲府樹絵里だったのである。
結局、樹絵里も十組全員と一緒だったので、実際に留守番をしたのは、彼女の信頼する吉田藍人であったり、鳴沢氷穴や山中真里であったりするのだが……。
「でもさ、一応、嘘は言ってなかったんだよね?」
それぞれの屋台で、作りだめしておいた商品を売りさばく、売り子として働く。そして、完売したその時には、自分たちの商品を売ってもいい――それが、十組と七組とが交わした契約内容である。
「嘘言わなきゃいいってもんじゃないですよ」
そう。そうなのだ。
彼女たちは、契約に反することは何一つ行っていないのである。その上で、自分たちの目的を果たしたのだ。
七組の目的――つまりは、女神像の乗っ取り、である。
「びっくりしましたよ……。帰ってきたら、女神像ホール大盛況で。何やってるのかと思ったら、アイツら、ひたすら自分らの商品売りまくってるし」
「レバーの照り焼き、だっけ? 確かに美味しそうだったけど、あんなに受けるなんてねぇ……」
また、夕陽と灯台の二人が、溜息混じりに語っている。正確には、『レバーの照り焼き』ではなく、『鳥もつ煮』なのだけど――今の彼らには、そんなことどうでもいいのだろう。
「違うって。あれはさ、全部、下準備が済んでたんだってば」
『ピィ』が身を乗り出す。復活が早い。
「下準備? ピィ、それってどういうこと?」
「だからさ、アキラ――留守番を言い出すその前から、アイツらは色んな所で宣伝を打ってたんだよ。『女神像ホールで屋台出します』『絶品鳥もつ煮は女神像ホールまで!』みたいな感じにさ。んで、オレらの隙見て女神像ホールに入り込んで、一時的に留守番するふりして、バリバリ自分トコの商品売り出して、人気取って――あの場所を、乗っ取った。全部全部、ジュリの作戦通りって訳」
『ピィ』の言う通りである。
そして、その作戦は今でも続いている。
七組の鳥もつ煮屋台は、日付が変わった今日も、変わらず女神像ホールで営業しているのである。
もちろん、届け出を出してない以上、生徒会の許可は降りないし、そもそも、十組がそれを承諾しない。だけど、七組は半ばゲリラ的に女神像ホールを占領し、確固たる評価を得て、なし崩し的に、営業続行を認めさせてしまったのである。
全て、樹絵里の作戦通り。
負けず嫌いで執念深く、打算的で利に聡く、アクが強く我が強くて――だけど、とてつもなく優秀で。
あの子だけは、敵に回したくないなぁ、などと、他人事のように思う由佳であった。
「やっぱり、あんな変な時間に、クラス全員でホール空けたのがよくなかったんだよ……」
灯台が唇を尖らせる。
「しかも――しかもさ、誰一人として、その時のこと覚えてないだなんて、ふざけてるよね?」
それも、そうなのだ。
明らかにおかしいのである。
その時は由佳も一緒にいて、他にも六組の子や九組の子、そして何故か、三年五組の委員長までいたと言うのに――誰一人として、その時のことを覚えていない、と言うのだ。気が付いたときには二年十組の教室にいて、時間だけが一時間以上すぎていて――狐に化かされたら、こんな気持ちになるのだろうか。思い出そうとしても、頭に靄がかかったように、上手くいかない。
そして何故か、『あれこれ探ったりするのは、もううんざりだ』――などという気持ちが働いていたりもする。
釈然としない。
腑に落ちない。
だけど、結局、そのままにしてある。
このままでいいような気がするのだ。
理屈に合わない、分からないことばかりだけれど――これで全てが丸く収まったような、そんな気がしている。
だから誰も、これ以上は追及しない。
昨日ぽっかりと空いた、空白の一時間のことなど、溜息と一緒に忘れてしまおう――そんな空気が、由佳たちの間に流れている。
大切なのは、これからなのだ。
先のことだけ考えよう。
由佳は、そう思う。
数分後、オーダーした焼売セットが出来上がり、由佳はそれを十組御一行のテーブルへと運ぶ。いつの間にか、奈美もテーブルに戻ってきている。落ち着きのない子だ。それぞれが取り留めのない会話を交わしながら、食事を楽しんでいた。
「何か……すごく、疲れたね……」
「イズミ君、コロッケ屋台って、そんな大変なの?」
「いや、うん、屋台も大変は大変だよ。ジュリの所には負けられんって、みんな必死になっとるし。……だけどさ、違うんだって。そういうのとは全然別の、謎の疲労感があるんだよね……」
それは由佳も同感だった。例によって、詮索する気はさらさらないのだけれど。
「イズミはまだ休憩残ってるからいいじゃんか。オレらなんて、もう交代の時間だぞ? 残り少ない休憩時間使ってイズミに付き合ってやったってのに、トレイで頭叩かれるしさ――散々だよ」
「それは『ピィ』君が悪いんでしょ……」
苦笑しながら、『ピィ』のぼやきを受け流す。
「――そう言えばさ、『ピィ』君って、何で『ピィ』君って言うの?」
物のついでに、以前から気になっていたことを聞いてみる。
しかし、返ってきたのは、『ピィ』のじっとりとした視線。
「ユカちゃん先輩……オレの本名、知らないでしょ」
「え? そ、そんなの、もちろん知ってるわよ?」
「嘘ばっか。知ってたら、そんな質問しない筈ですもん」
「あ、本名が由来なんだ」
「やっぱ知らないんじゃないですか。鳩弥ですよ。伊東鳩弥。鳩は英語で『pigeon』でしょ? 『ピィ』ってのは、その頭文字から取られてるんです」
……分かるか、そんなもの。
何故か得意気な『ピィ』――鳩弥を尻目に、ユカは小さく溜息を吐いたのだった。
「……あの、話戻していい?」
「ん? 何の話だったっけ、イズミ君」
「ひどいなあ。何か疲れたねって、そういう話してたじゃんか」
確かにそうだが、それは話と言うほどの話ではないと思う。ただの感想ではないか。
「だからさ、文化祭終わったら、またどっか、遊びに行こうよ」
「いいねっ!」
と相槌を打ったのは、奈美である。
「疲れた時は、みんなでぱーっと遊ぶのが一番だもんねっ! マサヤスとかも誘って、みんなでどっか行こう行こう!」
はしゃぐ奈美。横に座る鳩弥、東も、ウンウンと頷いている。
「あ……うん、みんなで……ね」
言い出しっぺは何やら浮かない表情だが、それに気が付く人間はいない。由佳もそれには気が付かないふりで、流れに同調する。
「いいじゃない。楽しそう。海――って季節じゃないから、遊園地かどっかにでも行こうか」
こうして計画を練るだけで、心が浮かれる。
単純なモノだ。
「ヨウコちゃんもナギちゃんも、みんなで騒ごう、ね?」
さっきからニコニコ笑っているだけの二人にも、話を振る。
「え、あ、私たちもですか?」
何故か動揺している。
「ん? ヨウコちゃん、忙しいなら、無理にとは言わないけど……」
「ああ、いえ、そういう訳じゃないんですけど――」
しかし、彼女はそう言ったきり、顔を俯けてしまう。
躰が、震えている。
よくよく見ると、涙ぐんでいるようにも見える。
これには、由佳もさすがに周章狼狽してしまう。
「え!? あれ、私、何か変なこと言った!?」
「あ、違うんです。大丈夫です」
口を開いたのは、泣いている当人ではなく、なぎの方だった。
「多分、ヨウコは――ユカ先輩に誘われたのが、嬉しかったんだと思います」
なぎが解説してくれるが、由佳は混乱するばかりだ。
「何で……? 嬉しかったって、別に、今まで何度も一緒に遊んだりしてるじゃん……。変なヨウコちゃん……」
「そうですよね――誘われたのだって、一緒に遊ぶのだって、初めてじゃないんですもんね……」
由佳の言葉を受けて、涙を拭きながら彼女は顔を上げる。
「どうしたんだろ……私、変ですね……」
整った顔をくしゃくしゃにして笑う伊豆踊子に、由佳は首を傾げるばかりだった。
「やべ、オレら、そろそろ戻らないと……」
腕時計を見て、鳩弥が立ち上がる。それに、東と灯台も続く。どうやら、交代の時間らしい。
「あー、タイミング悪い。もうちょっとで、三年六組のパレード始まるのになー」
悔しそうに鳩弥はそう言うが、由佳にはピンと来ない。
「三年六組のパレードって?」
「ユカちゃん先輩、知らないんですか? 隣のクラスなのに」
「隣って言ったって、間に特級があるからねえ」
「特急?」
「ああ、特進クラスのこと。言い換えれば特進学級でしょ? それを略して、『特級』って――言わない?」
「あ、聞いたことありますよ」
鳩弥の後ろから東が顔を出す。
「『特級の人間は冷たい』だとか、『特級は怖い所だ』とか言いますもんね」
「それはただの偏見だと思うけどね……」
思わず苦笑してしまう。
校内の優等生を集結させた特殊クラスだけに、嫉妬や羨望が集中してしまうのだろう。実際、特進クラスには『特級二十三君子』と呼ばれる精鋭グループが存在しているのだが――その一人一人が、一・二年のクラス一つに匹敵する能力を持つと言われている。
「まあ、ウチのミライ君なんかは、露骨にライバル視してるみたいだけど――じゃなくて、そんなことはどうでもいいのよ。三年六組のパレードってのは何なのって、私はそれを聞いてるの」
さっきから、どうも話が脱線していけない。やはり疲れているのだろうか。
「だから、パレードはパレードですよ。六組の人たちが、色んなキャラに扮して、たっくさんの電飾つけて、音楽鳴らしながら踊りやパフォーマンスを披露するんです。本来は暗くなってからやってたんですけど、今年は昼にもやるみたいですね。その昼の部が、もうすぐ始まるんです。俺らはこれから屋台に戻らないといけないんで、見られないんですけど――」
東が丁寧に解説してくれる。
と言うか、それなら由佳も知っている。去年も一昨年も、文化祭で目にしている。ただその時は夕方以降だったので、今の時間に行われるというのが、ピンと来なかっただけだ。
「ふぅん……見てみたいな……」
鳩弥たちが去った後で、由佳はぽつりと独りごちる。
「行ってきたらいいじゃないですか、イズミ君と」
すでに平静を取り戻した踊子が、肩を押してくれる。
「いいね。ユカちゃん、もうすぐ始まるみたいだし、一緒に行く?」
「だけど――私も、ウェイトレスの仕事、あるし……」
「そんなの、誰かに代わってもらえばいいじゃん」
「そうなんだけど……せめて、ミライ君の了承を得ないと――」
「いいんじゃないかな?」
――吃驚した。
いつからいたのだろう。
背後に、人民服に身を包んだ長身の男が立っている。
「せっかくの文化祭なんだからさ、彼氏とデートしてきなよ。店の方は大丈夫だからさ」
「ありがとう……。それはいいんだけど――何でいつも、ミライ君は気配消して人の後ろに立つの? 心臓に悪いんだけど」
「『気配消して』? おかしなこと言うね。気配なんて消したつもりはないよ? むしろ、放たれるオーラの大きさに、自分でも困ってるくらいだけど?」
気障ったらしい所作でナルシスティックな台詞を吐いている。
付き合いきれない。
「……じゃあ、あとお願いね。行こ、イズミ君」
「え、うん……」
「あ、ちょっと待った」
呼び止める声に振り向くと――フワリと、一着の服が、由佳の胸元目がけて飛び込んでくる。見ると、それは薄手のコートだった。
「年頃の女の子が、そんな格好で出歩いちゃいけないよ。それでも着ていきな」
爽やかに笑いながら、そんなことを言う委員長。
「あ、ありがとう……」
その気遣いは、確かに有り難かった。
「……て言うか――」
だけど、腑に落ちない点が一つ。
大きく息を吸い込みながら、トレイを持つ手を、高く振り上げた。
「このドレス――アンタが着させたんだろうーがッ!」
グアン、と物凄い音がして、由佳の投げつけたトレイが、委員長の顔にめり込む。無言で仰向けに倒れる委員長。
何だか、ひどくスッキリした。
不思議だ。委員長に、恨みなんてない筈なのに。
呆気にとられている年下の彼氏を引っ張り、由佳は、三年五組委員長・横浜未来の骸に背を向けたのだった。
教室を出たところで、三島大社とすれ違う。
下田湊、河津さくら、松崎桜葉の三人も一緒だ。
どうやら、鳩弥たちと交代して、今、休憩中らしい。
「あ、先輩も休憩ですか。さっきピィと交代して、これからお店に伺おうかと思ってたんですけど」
落ち着いた口調で大社が声をかけてくる。胸には大きめの紙袋を
抱えている。きっと、自分たちが作ったコロッケが入っているのだろう。
「うん。三年六組のパレードが始まるでしょ? せっかくだから、イズミ君と一緒に見ようと思って」
「だったら、飛んでいった方がいいですよ」
首から提げたオペラグラスで外を見ながら、湊が口を開く。
「……もう、パレード始まってるみたいですから」
「あ、そうなの!? ごめん、ありがと」
挨拶もそこそこに、コートを羽織りながら、走り出す。
「せっかく休憩もらったのに、見逃したんじゃ馬鹿らしいもんね」
教室をぐるりと廻り、昇降口を目指す。
と、背後で誰かの着メロが鳴り響く。それとなく後ろを振り返ると、大社が携帯のフリップを開いている。素早くメールの文面を目で追い、さっと顔色を変える。
「……ったく、何がラッキーなんだよ……」
どうやら、彼は彼で何やらトラブルを抱えているらしい。気になったが、今はパレードだ。一段飛ばしで階段を駆け下りていく。
「あの、ユカちゃん、さっきの話だけど――」
「うん、私も、みんなの前では言えなかったことがあるんだけどさ」
走りながら、由佳は何でもないことのように、口を開く。
「さっきはみんなで遊びに行こうって行ったけど――もちろん、それも行くんだけど――それが終わったら、今度は二人っきりで、どっかに行こっか――」
「え……」
彼が言いたいことは、さっき話をしていた段階で、察しがついていた。伊達に年上の彼女をやっていない。
「泊まりがけで、ね」
「…………」
赤くなって俯いてしまう。
可愛い。
彼がいて、自分がいて――多分、それだけで充分で。
繋いだ手を通して感じる、熱海温泉の温かさを感じながら、由佳はただ、そんなことを思うのだった。




