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第五章・W その5

○月○日(○)○時○分

魔術師の部屋


 次の瞬間、サイコたちは別の空間にワープしていた。

 ――いや、場所は同じなのだろうか。

 よく分からない。目の前のハルカも、アオイも、サエもミライも、マサも、ヒトナリ、ジュリ、ユカも、そして十組の面々も――全員、揃っている。机も椅子も、教卓も、その上に乗せられた喪章の束も、サエが置いておいたエビフライまでもが、そのまま残っている。

 しかし、それ以外は何もかもが違う。

 床には赤い絨毯が敷かれ、至る所に豪奢な調度品が置かれ、壁には窓が一つもなく、見たこともない絵画が多く飾られている。

 見覚えのある光景――魔術師の、部屋だ。

 契約の時に、呼び出された場所である。しかし、何故今、このタイミングで、再びこの異空間に呼び出されねばならないのだろう。

「……何、これ?」

 結界を張った張本人であるハルカが、キョトンとしている。

「結界張ったおみゃーが言ってどうするんだて」

「お嬢、言葉」

「うるさい。疲れたから、もういいがね」

 律儀に注意するマサを、一蹴するマサ。彼女、話し口調と共にキャラも若干変わっている気がするのだが、気のせいだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 今までは、結界が張られれば、即座に『仮の存在』がそこここに現れて――第三者がいた場合は、認識操作が行われて――逆に言えば、それ以外は何も変わらない筈だったのだが……。


『時が、満ちたのです』


 何処からか――本当に何処からか、輪郭の曖昧な声音が響く。

 魔術師だ。

「時が満ちたって……え? 儀式が終わったってこと?」

 どことも分からない方向に向かって、ハルカが尋ねる。

『その通りです。お待たせしました。ようやく、『仮の存在』という呼称から、『仮』の一文字が取れる時が来ました』

 熱も粘度も感じさせない平坦な口調で、ソレは続ける。

「でも、何で今なの? 儀式が終わっとるなら、その時に言ってくれればよかったのに」

 そうすれば自分はこんな思いをせずに済んだ、とでも言いたげである。気持ちは分かるが。

『儀式が完了したのは先程です。先程『仮の存在』を出現させたことで、ようやく時が満ちたのです』

「先程?」

「文化祭の期間中は、一度も結界を張ってない筈だけど……」

 先程まで激しく感情をぶつけ合わせていたハルカとアオイが、一緒になって首を傾げている。他の面々もそれは同様で、レイもオミナリもマサヤスもイズミも、皆一様に怪訝な顔をしている。

「……あ。」

 思い当たる節があるのは、サイコだけだった。

 ――さっきだ。

 サエに招集される少し前、間違って結界を張ってしまった――あの時だ。あの僅かな時間で、儀式完了までのノルマを、達成してしまったらしい。

『本来なら、時が満ちたその時にお知らせしたかったのですが、生憎と、その時張られた結界から、契約者の方がいなくなってしまったものですから――この時まで、お待ちしていたのです』

「…………」

 言う言葉がない。

 ならば、あの時、逃げ出したりせずに、もっと冷静に対処していたなら、SRSに追及されることもなく、さっさと儀式を終了できていた、ということではないか。思わず、俯いてしまう。

 そんなサイコを、ハルカだけがじっと見ている。

「ふぅん――ま、いいじゃん。細かいことはどうだってさ。色々あったけど、これで終わりになるだら? じゃあ、始めようよ」

 サイコの顔色を見て、何かしら察したらしい。さっきの失態など、まるでなかったかのように、再び場の主導権を握ろうとしている。

「本当に――信用して、いいんですね」

 少し離れたところで、アオイが口を開く。シリアスな口調だ。

「ミライ先輩から全てを聞きました。貴方が願望成就のための魔術師などではなく、生徒同士を合体させるためのシステムであることも、全て。今回の俺たちのことも、その延長線上にあったんですよね? 死者を蘇生させるのではなく、死者の情報を契約者に取り込ませる――要は、そういうことなんですよね?」

『その通りです』

「結界を張って『仮の存在』を出現させて時が満ちるのを待つ――この儀式は、本当に必要だったんですか? 他の生徒の時は、その場ですぐに終わるようでしたけど」

『生者同士の合体とは違います。死者から情報を汲みだして生者に定着させるのには、それなりの時間がかかるのです』

「ヨウコやナギ、ダイチやリンはすぐに出来たのに、ですか?」

『その場合とも違います』

「もういいじゃないか、アオイ君。それはそういうモノだと、素直に受け入れるしかないんじゃないのかな」

 この期に及んで質問ばかりするアオイを、ミライが(いさ)める。

「それより、せっかく準備が整ったんだ。さっさと最終段階に入ったらいいじゃないか」

「ミライ先輩は、ちゃんとこの状況を認識できているんですね」

 後ろで、マサヤスがポツリと呟く。

「ユカちゃんも、平気なの?」

「あ、そう言えば……何も変わらないね」

 その隣で、イズミとユカのカップルも不思議そうな顔をしている。

「そりゃそうだよ」

 面白くもなさそうに、ミライが説明を始める。

「第三者の認識操作が始まるのは、結界が張られて、『仮の存在』が現れてからだ。今回は特殊なケースで――儀式が終了したってことで、俺たちは丸ごとこの空間に呼び出された。結界の内側でもないし、そもそも『仮の存在』が出現してもいない。認識操作が起きる訳がないんだよ。おかげで、俺たち十組の外の人間も、継続してこの状況が認識できているって訳。まぁ――」

 結界が張られたところで、認識操作はされないんだけどね――。

 どこか離れたところを見ながら、さらりと凄いことを言う。

「ええええ、ちょっとちょっと、ミライ君、何を流して言っちゃってるの!? 『第三者が結界内に侵入すると認識操作が起きる』って、さっきそう言ったじゃないのよ。あれ、嘘だったの?」

 半ば縋り付くような形で、ユカがミライに噛みついている。普段の印象が大人しいだけに、随分と意外な感じがする。

「……さっきから、俺に対してはやたら元気だな……。ユカって、そんなテンションの()だったっけ?」

「ちゃかさないで。私自身に関わる話だから、ちゃんと知っておきたいだけじゃない。ちゃんと説明して」

「だから、さっき説明した通りさ。俺は一通りの情報を集めた後で、魔術師に直接会ったの。そこで一連の仕組みを教えてもらうのと同時に、交渉も行っていたんだよ。俺と、俺を含むグループが結界内に入っても、認識操作をしないように、ってね」

「そんなことができる訳?」

「それは交渉次第だよ。そもそも、魔術師が記憶操作、認識操作を行うのは、周囲に余計な混乱を与えないため、なんだよ? 対して、俺らSRSは、校内での余計な混乱を解決するために活動している。目的が一致してるんだよ。だからこそ、俺は皆が驚く程すんなりと、魔術師から情報を手に入れることができたって訳――そうですよね?」

『その通りです』

 ミライの問い掛けにはっきりと答える、どこからか響く輪郭の曖昧な声。結局、SRSと魔術師は繋がっていて、アオイとも繋がっていて――全ては、予定調和だったらしい。

 今となれば、どうでもいいことだけれど。

「でも、何でですか?」

「何がかな、ヒトナリ君」

「いや、だから――結局、この儀式が終わって、蘇生、と言うか合体が完了したら――どのみち、俺らは全員、記憶操作されて、全て忘れてしまうんですよね? 今この瞬間は、まだ全部覚えていて、認識できているけど、それも、残り僅かってことですよね? サエやミライ先輩から聞いた話も全部忘れて、全部なかったことになって、合体して新たに生まれ変わった十組の人間達を普通に受け入れるって――そういうこと、なんですよね?」

「どうせ忘れてしまうのに、何故俺たちがここまで必死になって真相究明に躍起になっているのか――君は、それが疑問なのかな?」

「だから、ひょっとして、その記憶操作すらしないように、魔術師と交渉しているのかな、と思ったんですけど――」

「それはないな。全てが終われば、俺も、サエも、君たちも、全て忘れてしまうよ。今までがそうだったようにね」

「だったら――」

「『どうせ忘れてしまうから』とか、『どのみち無意味になるから』とか、そんなのは真相究明を諦める理由にはならないんだよ。先にどうなるかなんてことは関係ない。我々は、ただ、真実を明かすだけさ。そのために存在してるんだからね。今、この瞬間、知れることは全て知りたい――それだけだ。納得してもらえたかな?」

「……分かりました」

 眼鏡のフレームを直しながら、ヒトナリは頷く。

 数瞬の、静寂が訪れた。

沈黙を破ったのは、サエだった。

「……細かい質疑応答は終わっただね? じゃあ、いい加減に、終わりにしよまい」

 終わりの、始まりだ。

「私らが仕切るのはここまでだわ。こっからは、正真正銘の傍観者。主役は、十組だがね――」

 サエは、またしてもたっぷりと間を取り、一団の中心にいるアオイに声をかける。

「――アンタが、指揮とったらええわ」

「ちょっと――」

 サエの提案に気色ばむのは、ハルカである。

 嗚呼。

 何故、その話を蒸し返すのだろう。

 ハルカがアオイへの対抗心を爆発させ、ミライの言葉で心を折って、自棄になって結界を張って――だけど、突如として魔術師の部屋に呼ばれるという急な展開により、全ては有耶無耶になったと思っていた。有耶無耶なままで終わらせておけばよかったのだ。この期に及んで、(いたずら)(くすぶ)っていた火に油をかけるような真似をしたって、何の得にもならないのに……。

「ハルカちゃん、一旦、落ち着こう」

 足を踏み出すハルカを、抱きかかえる形でミライが制止する。

「何でよ。アンタら、私を馬鹿にしとるだか? それとも、さっきの話聞いてなかったのけ?」

「もちろん聞いてたさ。と言うか、聞いてなかったのは君の方だ、ハルカちゃん」

「……え?」

 動きを止めるハルカ。ミライは彼女の二の腕を掴んだまま、顔を近づける。

「俺の話は、まだ途中だったんだよ。いいかい? 確かに、このクラスの委員長はアオイ君で、副委員長はハルカちゃんだ。それはもう、動かしようのない、客観的事実だよね? 君は、どうあったって、決して委員長にはなれない。

 だけど、それが何だって言うんだ?

 君は君だ。わざわざ高らかに宣言しなくたって、君が優秀なのも、君が頑張っているのも、みんな分かっている。認めている。それで、いいじゃないか。そんなに対抗心剥き出しにして、自分の価値を下げることなんて、ないと思うけどな」

「…………」

「君は君のままで充分に素晴らしいんだ。何も焦る必要なんてない」

「…………」

「ここは大人になって、アオイ君に主導権を渡すんだ。いいね?」

「……分かりました」

 ハルカは、ゆっくりと頷いた。


 そして、いよいよ――『終わり』が、始まる。

 アオイは何処にいるとも知れぬ魔術師の指示に従いながら、儀式の総仕上げにかかる。教卓の上に置かれた喪章の束を一掴みにして、空間中央の中空に向けて――思い切り、投げつける。

 刹那、喪章の一つ一つは細かい粒子に分解し、宙を舞い、結合して、空間の至る所に着地した。

 それらは、人の形をしていた。

 いや、人そのものだ。

 中央にいるのは、ミホ。

 横には、親友のユイとユミが二人並んで控えている。

 その三人を手始めにして、かつてのそれぞれの席に、バス事故の被害者が次々に現れる。

 この時点では、まだ蘇っている訳ではない、らしい。これらはあくまで、それぞれの情報を視覚化して現しただけにすぎず、このままでは、あくまでただの『情報』であり『存在』であり『概念』であり『属性』のままだ。

 取り込んで初めて、蘇生――合体は、完成するのである。

 

 すでに、部屋の中央ではアオイとミホが何やら話し始めている。

『視覚化された情報』とは言え、基本的には、今まで教室に出現させてきた『仮の存在』と大きくは変わらない。感情も自我もあって、触れて、話すこともできる。ただ今まで相手にしてきた『仮の存在』と大きく違うのは、すでに自分たちがどういう状況で、これからどうなるかを、ちゃんと自覚している、ということらしい。自分たちがバス事故で一度死に、十組の面々たちによって情報を汲み出され、今まさにクラスメイトに取り込まれようとしているという、その全てを――彼ら彼女らは、分かっているのだ。

 アオイが、手を伸ばす。

 指先が、ミホに触れた。

 その一点が光り輝いて――ゆっくりと、ミホの躰が、アオイへと吸い込まれていく。

 ゆっくりと。

 ゆっくりと。

 ミホが全て取り込まれた時、アオイの躰は、さらに一回り大きくなっていた。

 続いてのユミも、同様に取り込む。隣のユイも同様――の筈だったのだが、ミホ・ユミの親友である彼女は、最後までアオイに取り込まれるのに、難色を示した。何とかアオイが説得して、同様に取り込んだのだが――失敗していたら、どうなっていたかは分からない。

 とにかく、これでアオイの取り込みは完了したらしい。

 ミホ、ウミ、ユイの三人の情報が取り込まれた、新生アオイの誕生である――。


 アオイの音頭で、教室の至るところで同様に取り込みが行われる。


 セイシはヘルと。

 レイはイナコと。

 オミナリはクンタと。

 アキラはアラリと。


 フミガネはイツナ、トモヤと。

 コウはフジモと。

 タイシはタマと。


 それぞれ、合体していく。


 そんな中で、ハルカも取り込みを始める。

 今サイコの周りには、総勢十二人もの『視覚化情報』がひしめき合っている。

 ハルカはそれらをゆっくりと眺め、腕を伸ばす。

「ミカ、キガ、イイヤ、ミドリ――」

 ――おいで。

 言われるがままに、ハルカの元に向かう一同。

 光るハルカの指先から、次から次へと取り込まれていく。

「リュウ、アキ、ヤマカ、ハルノ、ミサ――おいで」 

 次の一団も同様である。取り込むごとに、ハルカは文字通り、大きくなっていく。

 そして最後――

「テン、マイ、ユート――おいで」

 最後の三人も、今までと同様にハルカに取り込まれていく――筈だった。

 しかし、ここで予想外の出来事が起こる。

 テンが、動かないのだ。

 すでにマイとユートの二人は、半分以上ハルカに吸収されているというのに、である。

「……どうしたの? テン、おいでよ」

 テンを除く全員を取り込んだハルカが、ゆっくりとテンへと近づく。しかし、対するテンはそのハルカから逃げるようにして、サイコの影へと隠れてしまう。

「え、ちょ、テン!?」

 驚いたのはサイコである。

 テンはサイコを盾に、怯えた表情で首を横に振っている。ハルカに取り込まれる気はない、という意思表示らしい。

 しばらく狐につままれたような顔をしていたハルカだが、テンの顔を見て、次にサイコの顔を見て――フッと、表情を綻ばせる。

「ああ……そういうこと。なら、いいわ」

 テンから拒絶されて怒り出すかと思いきや、何やら意味深な笑みを浮かべて、意味深な台詞を吐いている。

 多分、誤解されている。

 だけどここで何をどう言っていいかも分からず、サイコはただ、踵を返したハルカの背中を見つめることしかできなかった。


 周囲では、さらに取り込みが続いている。


 マコイは、マサル、カイと。

 トシヒロは、フジオ、タツヒロ、テンガ、タケルと。

 ホウタは、ユキウラと。

 サヤカは、タケヒロと。

 サキは、マウイと。

 

 それぞれ、収まるべき躰へと、収まっていく。

 イズミやマサヤスなどの取り込みには関わらない人間や、ヨウコなどの特殊な方法ですでに合体を済ませた人間、そして十組以外の傍観者達は、何を言うでも、何をするでもなく、ただ、呆然としてその光景を眺めている。


 サイコは――ただ、途方に暮れていた。


 原因は、後ろにくっついている、この少年である。

 テン。

 釣りやマリンスポーツ、オートボートが趣味で、水槽の世話係で、いつもサイコにちょっかいばかりかけてくる、鬱陶しい同級生。

 どうでもいいと思っていた。

 何がどうなろうと、サイコには関係ないと、思っていたのだ。

 サイコは一度、ハルカのグループに入らないかという誘いを、断っている。一緒に遊ぶ分には楽しいし、実際、マサほどではないにせよ、行動を共にすることも多い。

 だけど――グループに入るかどうかとなると、話は別だ。

 サイコは、いつだって独りで完結している。

 これまでずっとそうで、これからもそうなのだと思っていた。

 だから。

 今回の一件も――教室で、周囲を『仮の存在』にばかり囲まれるのは辛かったが――サイコはどこか他人事として、傍観者のようなポジションを取ろうとしていた節がある。だからこそ、サエの策略でマサに巻き込まれ、理不尽な思いをしていたのである。

 自分には、関係ないと思っていた。

 だけど、今は。

 テンが、サイコの袖を掴んでいる。

 コイツも――テンも、基本一匹狼の人間だ。マイやユートと仲良くはしているが、本来は独りでいたいと願っている。だからこそ、今もハルカの誘いを蹴ったのだろう。

 だけど。

 このままでは。

 向こうで、アオイが何やら言っている。

 どうやら、制限時間があるらしい。

 時間は、残り僅か。

 まだ取り込みが完了してない人間は急ぐようにと、叫んでいる。

 言われずとも、ほとんどの人間は取り込みを、吸収を、合体を、完了させているらしい。

 レイがイナコを取り込むのに多少もたついているが、それも時間の問題だ。じきに完了する。

 残るのは、ここにいるテンだけ。

 テン。

 テン。

 テン。 

 こんなヤツ、どうでもいいと思ってたけど。

 鬱陶しいだけのクラスメイトだと思っていたけど。

 

 ――ある光景を、思い出した。


 事故の直後、サイコは辛くて悲しくて、ただ、泣いていた。

 みんな――みんな、いなくなってしまった。

 嘘だと思った。

 嘘だと、言ってほしかった。

 その時――サイコは、願ったのだ。

 思い出した。

 やっと、思い出した。

 サイコはその時、確かに蘇生を願ったのだ。

 テンの――蘇生を、願ったのだ。


 振り向くと、テンと目が合う。

 

 サイコは――手を、伸ばした。

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