第五章・N その4
十月二十一日(金)午後四時四十分
二年十組教室
ようやく、全ての手札がオープンされたようだ。
長い話だった。結局、今回の件は自分たちの秘密を守ろうとする十組と、それを暴こうとするSRSとの対決、という構図になっていたらしい。SRSはサエのチームとミライのチームとに分けられ、十組の両端から、それぞれ別の目的で揺さぶりをかけた。
そして、一番最初に魔術師に願いながら、肝心の魔術師を信用できないでいたアオイは、SRSを動かすと同時に、自らも行動を起こしていた。ヒトナリが今この場にいるのは、そのせいだ。
サエ、ミライ、アオイ――三つのグループが、各々の形で十組の内面を探り、魔術師を追究しようとしていた。構造自体は、決して複雑なモノではない。それなのに、各々に関わる人間が得手勝手に枝葉を伸ばし、無関係な人間をも次々に取り込んで、事態をややこしくしてしまった――と、そういうことなのだろう。
提示された真実は、何とも現実離れした幻想だった。
魔術師だの結界だの、普段のヒトナリなら歯牙にもかけない幻想めいた単語が飛び交い、真相を形作っていく。最初こそ面喰らったが、さすがに、もう慣れた。それが真実として語られるのなら、そうなのだろう。これは、そういう話なのだ。受け入れるしかない。
問題は、魔術師の本質である。SRSとアオイは、そもそも魔術師の正体究明を本来の目的としていた筈だ。きっと、主題はそこにある。一連の話を終えたサエは、いよいよその本題に触れようとしたのだが――当然のように――そこに邪魔が入る。
ハルカである。
「ちょっと……もういいんじゃない?」
「もういいって、何が?」
教卓を挟んで、サエとハルカが対峙する。ハルカは腰に手を当て、正面からサエを睨み付けている。開けた窓からは強風が吹きすさび、ハルカの長い髪をうねらせている。対するサエは、喪章を人差し指でくるくると回しながら、キョトンとした表情を見せている。こちらからは、あまり緊張感が感じられない。
「何がって――もう、話は終わっただら? 全部解説して、それで終わりって、最初に言ったじゃんか。みんなで全ての情報を共有して、私たちも、ヒトナリもジュリもユカ先輩も、何の疑問も持たなくなった。それでいいじゃん。終わりじゃん。これ以上、何を話すことがあるって言うよ?」
「何を言ってるのよ――ここからが本題なんじゃない。魔術師の本質についての言及がまだでしょう?」
「だから、そんなの、どうだっていいじゃんか!」
声を荒げ、ダン、と音を立てて、ハルカは一歩踏み出す。
「私たちは、バス事故で死んだ人たちを生き返らせたいだけだに!? 誰に迷惑をかける訳でもない。もう、そっとしといて! この一ヶ月を、無駄にさせんでよ!」
ハルカの叫びが、悲痛に響く。十組の面々は、それを黙って見ている。表情から察するに、皆、ハルカと同じ気持ちなのだろう。
しかし、サエは折れない。
「あのね、ハルカちゃん。私たちの目的は、魔術師の正体究明にあるの。アオイ君の依頼内容も、そう。それを果たさないうちは、終われな――」
「だから、そんなんどうでもいいって言ってんのッ! どうせ、儀式が終われば、みんな、このこと忘れちゃうだに!? そんなの無駄じゃんか! いいから、ここは黙って、儀式を完了させてよッ!」
「でもね――」
「でもじゃないッ! 何で私らの邪魔するよッ!? 私らがアンタに何かした!? 今まで、隣の組同士で、そこそこうまくやってきたじゃんかッ! 何でここに来て敵にまわるよ!? 意味分からんに!?」
いつにも増して口うるさい。サエに喋る隙すら与えない。
「だから――」
髪をかき上げながら、サエは大きく息を吸い込む。
どうやら――限界が、近い。
「私らは味方だって、しつこく言っとるがねッ!」
キレた。とっくに限界は超えていたらしい。
「おみゃーは人の話聞かんでかんわ。こっちは何遍も味方味方言うとるでよ。おみゃーらが信用しとらんだけの話だがねッ!」
「味方って、どこが味方よ!? ただ邪魔しとるだけじゃんかッ!」
「魔術師の正体明かすって言っとるがねッ! あれの正体はっきりさせることが、おみゃーらのためになるんだわッ!」
「ハァ? やっぱ意味分からん。魔術師の正体明かすことが、何で私らのためになるよ!? 私らのこと考えてるんだったら、大人しく儀式を完了させてよ!」
これは、駄目だ。
ギャーギャーと騒いでいる女子二人を、ヒトナリはどこか冷めた目で眺めていた。二人ともお互いの主張を押しつけるばかりで、まるで折れようとしない。と言うより、相手の話を聞こうともしていない。普段の二人なら、もっと冷静に対処できるのだろうが、今は駄目だ。完全に頭に血が昇っている。或いは、この長丁場で疲れているのかもしれない。いずれにせよ、このままではお互いに平行線を辿るだけで、終わりはない。
せめて、誰か仲裁してくれる人間でもいれば進展があるのだろうが、生憎と、そんな人間は、ここにはいない。九組委員長サエと、十組副委員長ハルカ――誰が、この二人の間に入っていけると言うのだ。七組委員長のジュリだったらいけそうな雰囲気だが、残念ながら彼女はこの状況に対し、完全に興味を失っている。わざわざ自分から仲裁を買って出るつもりはないようだ。
二人が落ち着くまで、傍観しているしかないのか――と、ヒトナリが諦めかけた、その時、
「いい加減にしろって」
突如として、割って入る影があった。
端正な顔立ちに、均整のとれた躰、スマートな立ち振る舞い――三年五組の委員長・ミライである。眉目秀麗、文武両道、圧倒的存在感を兼ね備えた校内のカリスマが、教壇に上がり、サエの肩を掴み、彼女を諌めている。何故か、片手にはビニール袋。何が入っているのだろう。
「何を熱くなってンだよ……」
「ミライ先輩――」
いきなりの登場に驚いたのか、サエは振り向いたままの姿勢で固まっている。
「……その格好、どうしたんですか」
突っ込む場所を間違えていると思う。確かに、今のミライは、人民服などという、特殊な衣装に身を包んではいるけれども。
「これ? これはただのユニホームだって。ウチの出し物、チャイニーズレストランじゃん? だから、それに合わせただけ」
丁寧に答えるミライもどうかと思うが。
「それより……どうしたんだよ、この状況は」
形のいい眉を八の字に曲げ、ミライは溜息を吐く。
「お前に任せておけば、まず大丈夫だと思ったんだけどな……」
「大丈夫ですよ! 別に、ミライ先輩に出張って頂かなくても、私だけで――」
「ほらほら、熱くならない」
声を荒げるサエを、再びミライが諌める。どうでもいいが、サエの口調が元に戻っている。ミライを相手にしているからか、或いは、敬語を使うと自然にそうなってしまうのか……。
「焼売、食べる? 余り物だけど」
提げていたビニール袋から、パック詰めにされた焼売を取り出し、サエの鼻先に掲げる。
「馬鹿にしないでください。私が食べ物に釣られるとでも思ってるんですか」
「じゃあ、エビフライならどう?」
「……頂きます」
釣られた!
サエが無類のエビフライ好きだということは知っていたが。まさかここまでとは。と言うか、エビフライは、どう考えても中華料理ではないだろう。このために、どこからかわざわざ調達してきたのだろうか。準備のいい男である。
「でも、本当に私だけで大丈夫ですから。魔術師の説明だって、今から始めるところですし」
エビフライを教卓に置き、尚もサエは反論する――が、ミライは受け付けない。
「始められてないじゃん。こっそり扉の影から見てたけどさ、このままじゃ埒明かないって」
「え、見てたって――どこからですか?」
「割と最初の方から。だから、お前が俺のこと、『ドライな個人主義者で、気障な気取り屋で、自分大好きなナルシスト』って評してたところも、ばっちり聞いてる」
「…………」
あのサエを絶句させるとは、さすがである。
「ちょっと待ってください。こっちの話、まだ終わってないんですけど」
自分が忘れられてると思ったのか、ハルカが再び、足を大きく踏み出す。
「ミライ先輩がいらっしゃっても、私の意見は変わりません。ここで、終わりにしてください。もう充分だと思うんですけど」
「充分? いや、全然だよ」
両手をズボンのポケットに突っ込み、教壇を降りるミライ。そのままの姿勢で、ツカツカとハルカの元へと歩み寄っていく。
二メートル――一メートル――五〇センチ――
みるみる距離を詰めてくるミライに、ハルカは初めて、後退する。しかし、ミライは止まらない。お互いのつま先がぶつかる程の位置にまで距離を詰め、さらに顔を近づける。その距離、一〇センチ。喪章を外したハルカと長身痩躯のミライでは随分と身長差があるため、ほとんど真上から覗き込むような格好となっている。対するハルカは、どうにかして遠ざかろうと、躰を弓なりに反らせている。顔と顔との距離が数センチにまで縮まったところで、ようやくミライは口を開く。
「悪いんだけど、ここまで来て、引き下がる訳にはいかないんだよね。サエも言ってたけど、俺たちは、決して十組の敵じゃない。味方なんだよ。色々言い分はあると思うんだけど、ここは俺の顔を立てると思って、ちょっとだけ話聞いてもらっても、いいかな?」
「……はい」
「ん。いい返事。そうそう、女の子は素直なのが一番だよ。ハルカちゃん、カッカしてるより、笑ってる方が絶対に可愛いんだからさ」
頬をちょいちょい、と突いて、ミライはやっと踵を返す。
……何と言うか。
この男は、何故こうも恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく言えるのだろうか。『歯が浮く』なんてものではなく、上下の親知らずが全て吹き飛ぶ程のレベルだ。歯科医にでもなればいい。
他の面子もほぼ同じ感想だったのだろう。中には赤面して俯いている女子もいる。現れてから数分と経っていないのに、もう場の主導権を握っている。さすがという他ない。
「……色仕掛けですか。私のことは食べ物で釣ったくせに」
「だって、お前、色仕掛け通じないじゃん」
「そんなことないですよ」
「じゃあ、今と全く同じことやったら、お前、どんな反応する?」
「蹴りますね」
「やっぱ通じないんじゃん」
SRS二人が教壇の隅でごちゃごちゃ言っている。ハルカがそのままの姿勢で固まっているのだけど、放っておいていいのだろうか。
「――それでは、ここからは俺、ミライが仕切らせてもらう」
教卓に手を置き、高らかに宣言する。
「この、『ドライな個人主義者で、気障な気取り屋で、自分大好きなナルシスト』の、ミライがね」
割と根に持つタイプらしい。
「議題は、魔術師の正体について。今までの調査や聞き込み、推測から、SRSはある結論を出した。時間も押してるし、くどくどと説明するのは好きじゃないから、まずは結論を先に言わせてもらう。
魔術師ってのは、人じゃない。
学校生活の効率化を図り、生徒一人一人の能力をアップさせるための、システムなんだ」
「…………」
言っているいる意味が、よく分からない。
「分からないか。分からないよね。じゃあ、みんなはこう思ったことないかな? この学校は、生徒が多すぎるって」
それは、この学校の生徒だったら誰でも一度は思うことだ。一学年にクラスが二十近くもあり、その一つ一つに、何十人もの生徒が押し込まれている。二年ともなると、そういうモノだと思って受け入れていたが……。
「そう、多すぎるんだよ。だけどさ、例えば、AとBっていう二人の生徒がいたとして、その二人が一つになったとしたら――そして、それが生徒全員で行われたとしたら、どうなるだろう。千人いた生徒は、五百人になる。そして、AとBで合体して誕生する新たな人格は、AとB双方の能力を兼ね備えているとしたら――これは、個々の生徒の能力アップ、ってことになるんじゃないかな。生徒同士を合体させることで校内のスリム化を図り、それと共に、優秀な生徒を量産する――多分、魔術師ってのは、そのシステムそのものなんだと、俺は思うんだよね」
「そんなことをして、魔術師自身に、何の得があるって言うの?」
おずおず、といった感じで、ユカが発言する。
「だから、魔術師はシステムなんだってば。ヤツに人格なんてないよ。システムってのは、使うためにある。主体は、別にあるんだ」
「生徒同士を合体させて能力を向上させる――そう望んでいる人間がいるってこと? だとしたら、それは誰?」
「個人ではないよ。強いて言えば、それは学校、ってことになる。或いは、生徒全員の総意、かな」
「みんなが望んだから――それで、魔術師というシステムが誕生したってこと?」
「誕生させたのは学校さ。誰も望まなければ、そのシステムは稼働しない。だけど、現にこうして稼働してるってことは、生徒たちがそれを望んだってことだね」
「えっと……」
相槌役を打って出たユカだが、禅問答めいたこの遣り取りに、さすがに戸惑っている。ヒトナリもそうだ。話の内容があまりにも形而上的で、ついていけない。
「ちょっと表現が難しかったか。じゃあ、サエを見習って、事実を時系列に話すことにしようかな。できるだけ噛み砕いて、ね。
まず、最初に噂があった。繰り返し言うけど、魔術師は、システムだ。人格もなければ形もない。最初の最初から、ヤツは抽象的な存在だったんだ。噂の内容は至ってシンプル――『願えば目の前に現れてその願いを叶えてくれる』――何とも子供だましな話だけど、いやいやどうして、それに頼る人間は大勢いた。願いの内容は様々。成績を上げたい、誰それと恋仲になりたい、お金が欲しい、背を伸ばしたい、などなど――だけど、結局これは、一つの結論に収束されるんだよね。
願望を成就させたいなら、自身を向上させるしかない。
学力にせよコミュニケーション能力にせよ経済力にせよ魅力にせよ、自身の能力を上げれば、大抵のことは叶うんだよ」
それは、かつてヒトナリも考えたことだった。
社会的成功。
肉体的向上。
精神的満足。
経済的獲得。
全ては、自身の能力を上げることで解決される。極論と言えば極論だが、結局はそうなのだ。ただ、精進するしかないのだ。
だけど――魔術師というシステムは、ヒトナリが考えていたのとは全く違う、誰もが思いつかない斜め上の方法を提示したらしい。
「では、能力を向上させるにはどうすればいいか。魔術師は、仲のいい――いや、別に仲の良し悪しは関係ないのかな――もとい、近くにいるクラスメイトを連れてくることを、条件として提示した。そのクラスメイトと合体することで、その人物は大きな飛躍を遂げる。体格も点数も、合体すればするだけ増大する。それが、魔術師というシステムなんだ。合体して新しい人格を誕生させ、混乱を招かないように、魔術師に関する本人の記憶を消し、周囲の認識を操作する――それで、全ては完了する。随分前から、この作業は続いてたみたいだね。みんなが知らないところで、どこかのクラスの誰かが誰かと合体し、大きな存在になっていく――本来なら、誰にも気付かれずに進んでいく話だったんだろうけど、生憎と、魔術師の記憶操作は完璧ではなかった。何かの拍子に、断片的に思い出してしまう人間も、僅かだがいた――そうだよね、ヒトナリ君?」
いきなり振られて、思わず飛び上がる。
「俺のは――そういうことだったんですか」
急速に、憑き物が落ちたような気持ちになる。
そうか。そうだったのか。
自分もまた――魔術師に願った一人だったのだ。
もうその記憶はないけれど――日に日に、断片的な記憶さえ、薄れていくのだけど――かつて自分は魔術師に願い、クラスメイトの誰かと合体し、それで――今の自分があるのだ。一応、ヒトナリは委員長のヨシミツや副委員長のフカシと並ぶ、クラスの有力者として認識されている。だけど。それは。
「魔術師のおかげで、今の俺があるんですね……」
「うぅん、そうとばかりも言い切れないけどね。合体は、点数や体格のいい方が主体として選ばれる傾向にある。平たく言えば、『大きい人間に小さい人間が吸収される』とでも言えばいいのかな。今の君があるのは確かに魔術師のおかげに違いないんだけど、そもそも、ある程度の力がなければ、君は君として今ここに存在できてない筈なんだよ」
そう――なのだろうか。
「力の大小関係では言い切れないけど、ある程度対等な関係の生徒同士だと、名前も容姿もまるっきり一新して、全く新しい人格として誕生するパターンが採用されちゃうからね。具体的な例を挙げれば、七組のマスホちゃんがそうだね」
「マスホ――」
ジュリが反応する。
「彼女は、かつてはマスホとアキトモっていう二人の人間だったんだ。それが、合体して今のマスホちゃんになっている。元の一人も同じマスホだからややこしいけど、苗字が変わってる。だから、新しい人格なんだよ。実際、容姿なんかは全然違う。今となっては、確かめる術なんてないけどね」
そうだったのか。しかし、そのパターンと言うのは……。
「ちょっと待って。それって、まんまヨウコちゃんじゃないの」
ユカがヒトナリの疑問を代弁してくれる。と言うか、先程からミライに疑問を投げかけるのは、専らユカの役割になっている。やはり、同じクラスの人間には声をかけやすいのだろうか。
「そう――そこで、十組が問題として上がってくる。ここは至って特殊な例なんだよね。何せ、合体を仕掛けるその前に、例のバス事故で多くの人間が亡くなってしまったんだ。これで、話が飛躍的にややこしくなってしまった。本来なら、願った人間と、その近くにいる人間を合体させて、後は記憶・認識を操作して終わり、という流れだったのに――合体すべき相手が亡くなってしまったことで、格段に複雑な手続きが必要となってしまったんだ。あんな事故さえなければ、結界だの仮の存在だの、そんなの必要なかったのに――」
「ってことは――つまり、十組の一連の流れも、蘇生なんかじゃなくて、それまでのと同じ、魔術師による合体にすぎなかったってことですか?」
思わず、食い付いていた。食い付かせるだけの、内容だった。
「そうなるね。何度も言うようだけど、魔術師は魔術師。システムはシステムさ。死んだ人間が生き返る訳もない。いや――それも語弊があるかな。生き返るとしても、肉体を伴って蘇生する訳じゃあない。あくまで、生き残った人間の内部で、情報として、概念として、属性として、復活するにすぎない。だけど、さ――これは、本当に蘇生と言えるのかな? 魔術師というシステムが選択した、苦し紛れの方法にすぎないと思うんだよね」
――なるほど。ここに至って、ようやくSRSの二人が魔術師の正体追究に固執していた理由が分かった。
「つまり、十組は、魔術師に騙されていた――そういうことですか」
「騙されていた、と言うと、これまた語弊があるかもね。嘘は言っていないんだから。死者蘇生がメインだと考えるから、おかしなことになる。メインはあくまで、合体と、それに伴う能力向上にあった。魔術師は少しでも早く、全校生徒の合体を済ませたかったんだ。そのための方便と考えるのが自然なんじゃないかな」
「済ませたかったって、魔術師に意思があるんですか? 人格ではなく、システムなんですよね?」
「その通り。人格じゃないから、自我もない。当然、意思もない。ただ、機械的に生徒を合体させ、記憶・認識を操作する――そのためには、言葉を弄して方便を使うこともあるってこと。システムと言うより、コンピューターなんかのプログラムって考えた方が分かりやすいかもね」
機械的に生徒同士を合体させ、能力を向上させ、記憶・認識を操作する――そのための、プログラム。それが、魔術師の正体。
「話は前後するけど、校内の、結構な数の生徒が、この魔術師の恩恵を受けている。ヒトナリ君もそうだし、マスホちゃんもそう。俺もサエも、ジュリちゃんだってそうだよ。ただ、記憶操作のせいで認識できてないだけの話だ」
「私が――」
胸に手を当て、ジュリは絶句している。傍観者だと思ってたのが、自分も数多くいる当事者の一人だと知って、動揺しているのだろう。
「私は、違うのね?」
名前を呼ばれなかったユカが発言する。
「違う、らしいね。中には、現状に満足して魔術師に願わなかった人間もいる。或いは、連れてきたクラスメイトとの交渉がうまくいかなくて、合体にまで至らなかったってパターンもある。いずれにせよ、全校生徒の、全員が全員、魔術師の手にかかった訳じゃあないってことだ」
ユカはどちらのパターンなのだろう。小柄で落ち着いた雰囲気の彼女は、何も願わなかったのだろうか。それとも、連れていったパートナーとうまくいかなくて、交渉が決裂したのか。
だとしたら、その、連れていった人間というのは――。
やめよう。ここで彼女の詮索をしても仕方がない。全ては、結果論なのだから。
「本当のこと言うと、オレも違うだけどな」
今まで大人しくしていたマサが、ポツリと漏らす。そう言えば、今ミライが挙げた中にも、マサの名前は登場しなかった。
「え――じゃあ、最初に『オレも魔術師に会った気がする』だとか何とか言ってたのって……?」
「嘘だよ。サエに、そう言ってサイコ達を釣るようにって言われたから、仕方なく言っただけ。オレ自身は、他人と合体するのとか、全然興味ねェし。オレはオレだから」
マサは二年九組の実力者の一人なのだが、妙に我が強く口うるさいところがあり、お世辞にも協調性があるとは言い難い。その上に保守的でもあるので、ますます、魔術師のようなシステムには興味を示さなかったのだろう。今となっては、どうでもいいことなのだけれど。
「あの……一つ、聞いてもいいですか?」
話が一段落ついたところで、重ねて問う。
「何かな?」
「今まで大人しく聞いてたんですけど……あの、何でそこまで分かるんですか? 調査と推測から結論を出したって仰ってましたけど――正直言って、そんなレベルじゃないですよね? 魔術師の正体だけならまだしも、誰が魔術師の恩恵を受けたかとか、その中の一人であるマスホの、合体前の名前とか――そんなの、明らかに調査とか推測とかのレベルを超えてるじゃないですか。魔術師に直接聞かなければ分からないことの筈です」
「ああ、それね――君の言う通りだよ。俺は、魔術師に会って直接聞いたんだ」
「は?」
「えぇ?」
「ちょっと――」
あまりにもあまりな答えに、一瞬、反応が遅れた。その間に、十組内外で様々な驚嘆の声が上がる。当たり前だ。
ここまで引っ張っておいて。
ここまで回りくどいことをしておいて。
魔術師に直接聞いた――そんなオチだなんて。
「そんなに驚くことかな? アオイ君や、十組のみんなにできたことだよ? いやいや、それ以前に、全校生徒の半数ができたことなんだ。この俺にできない訳がないだろう? 願えば、魔術師には会えるのさ」
「でも、そんな……」
「まあ、そこから合体まで持って行くのは大変みたいだけどね――俺の場合、ただ聞きたいことを聞くだけだから。魔術師、聞いたことには大抵答えてくれるし」
そんな。
「そんなぁ……」
と、ヒトナリの思考とシンクロするようにして言葉を漏らしたのは、ユカである。へなへなと、その場に崩れ落ちている。文字通り、腰を抜かしたのだろう。
「じゃあ……じゃあ……この一週間の、私は何だったのよぉ……。そんなに簡単に解決するなら、こんな回りくどいことする必要なかったんじゃないの……。私は、一体何なのよぉ……」
全力で脱力している。気持ちは分かる。あれだけ振り回されて、混乱して、オチがこれでは、そりゃ、脱力もするだろう。
「簡単じゃないよ。さっきも言ったべ? 俺はまず、魔術師の存在が、本物かどうかを確かめたかったの。そのために、十組に揺さぶりをかける必要があった。だから、悪いと思いながらも、ユカのことを利用させてもらった。半信半疑の状態じゃ、どれだけ願ったって魔術師には会えないからね」
それにしたって。
まさか、魔術師に会って全てを聞いただなんて――。
数瞬、場の空気が脱力し、弛緩する。
「俺たちは……間違っていたんでしょうか」
脱力し弛緩して空いた一瞬の静寂を縫うように、ぽつり、とアオイが呟く。随分と久しぶりの発言である。本来なら、中心にいるべき人間である筈なのに。
「間違っていたかどうかなんて、俺に判断できる問題じゃあないよ。君たちは、バス事故の被害者を蘇生させるために奔走した。露呈すると混乱を招く、という理由から、そのことを極秘に行った。結果、魔術師というシステムに組み込まれることになった――何一つとして、否定できることじゃない。君たちは、君たちにできることをしただけだ」
「でも、俺は――俺は……」
「アオイ君のしたことかい? まあ、十組のみんなにしてみれば、それは裏切り行為に見えてしまうのかもしれないけど――それにしたって、仕方ないことなんだと思うよ。君は、今の今まで魔術師の正体を知らずにいた。未知は、不安を呼ぶ。不安は、恐怖だ。恐怖を感じた君が、二の足を踏んでしまったのは、ある種、必然だったのかもしれないね」
今回の騒動をややこしくした張本人であるというのに、ミライは優しい言葉をかけている。それでも、アオイの顔色は優れないままなのだが。
「君たちは、面白いね。本当に面白いよ。最初に会った時も思ったけど、見事に個性が逆のベクトルを向いている。片や、未知の存在に怯え、警戒し、躊躇して『やめよう』と思ってしまい――その一方では、魔術師というシステムを、自身の地位向上のために貪欲なまでに利用して、がむしゃらに、『やってみよう』と張り切る――本当に、好対照なコンビだよ」
言葉の途中でミライは振り向き、ある一点に視点を固定する。彼の視線の先には、ハルカが立っていた。風で、彼女の長髪がザワザワと揺れている。
「言ってる意味が、よく分からないんですけど?」
「言葉通りの意味さ。聡明な君のことだ。魔術師に接触した時から、ある程度、アレの本質を見抜いていたんじゃないのかな? いや、見抜いていなくても――魔術師の説明を聞いて、『これは利用できる』と思ったに違いない。それと同時に、焦ってもいただろうね。何せ、ミホちゃんは十組の有力者の一人だった人間だ。そんな人間とアオイ君が合体してしまうとなれば、さすがの君でも、太刀打ちできなくなる。君とアオイ君は、同じくラスの委員長と副委員長という間柄にありながら――いや、だからこそ、かな――常にライバル関係にあった。お互いに、出し抜かれないよう、必死になっていた。どうあっても、君は、アオイ君に負ける訳にはいかなかったんだよ。そこで、君はアオイ君に対抗した。アオイ君がミホちゃんと一緒になるなら――と、君は、近くの席の被害者十二人全てとの合体を画策した。幸いにも、一番端のサイコちゃんは、合体に全くの興味を示さなかった。それをいいことに、君は十組の教室前半分の生徒を、自分一人で取り込んだんだ。結果、君はより強く、大きく、豊かになった――さっきのヒトナリ君じゃないが、今の君がSRSに入れる程の存在になったのは、間違いなく魔術師のおかげだよ」
「…………」
ミライの尋問に対し、ハルカは一切の反論をしない。
ただ、髪だけが、風でざわめいている。
「さっき、俺は『メインは合体と、それに伴う能力向上にある』と言ったけど――君は、まさにその主題を汲んでいたんだね。君が十二人ものクラスメイトを取り込んだのは、あくまでも、君自身の能力を向上させるためだった。蘇生だの何だのは、二の次だったんよ。アオイ君に対する対抗心だけが、君を駆り立てた。違うかい?」
「違う……」
「何が違うんだ。現に君は、前倒しで能力向上するために、『依り代』なんて裏技アイテムを無理矢理に獲得してるじゃないか。一ヶ月も待ってられなかったんだろう? 一刻でも早く、強く、大きくなって、アオイ君の鼻を明かしたかったんだろう?」
「…………」
なるほど。先程と同様に、何故ハルカがあれほどまでに魔術師の正体追究を拒んだのかが、ようやく分かった。彼女は、これを知られたくなかったのだ。
「メチャカモンじゃんけ……」
誰に言うでもなく、ジュリが呟いている。当のハルカは、無表情のまま、顔を俯けている。
「……が悪いの……」
口の中だけで何かを呟いているが、ここまで言葉が届かない。
「うん?」
「それの、何が悪いのって、言ってるだッ!」
今度は、ハルカがキレる番だった。
一際、強い風が吹く。
ハルカの長髪が強風になびく。
その髪は青緑色に輝いていて――ヒトナリは、教室の隅の水槽で泳ぐ、あの魚のようだなと、場違いな感想を抱いていた。
「だから、誰も悪いなんて言ってないさ。力を得るためには必要なことなんじゃないかな」
「そうだら!? 誰でもやってることじゃんッ! 私だけじゃないだに!? アオイだって――アンタだって、似たようなもんだら!?」
勢い込み、アオイに詰め寄る。
「俺は……別に、そんなつもりは……」
「嘘こかんでよッ! アンタだって、私に対抗するためにミホ取り込んだだら!? ミホだけじゃない。ユイとユミだってそうじゃん。アンタ、委員長の割に影が薄いの、気にしとったもんね。三人取り込んで、私に勝とうとしとったじゃないだか!?」
「俺は――」
強く否定できないところを見ると、アオイにも、少なからずそういう部分はあったのだろう。そのこと自体は悪いことではないと思う。クラス内のパワーバランスを保つためには必要なことだ。しかし、次に放たれたハルカの一言は、明らかに余計だった。
「何よ、いつも綺麗事ばっか! アンタ本当は、死んだ人間のことなんどうでもよくて、私に勝ちたかっただけだら!?」
この瞬間、アオイの顔色が変わったのだが――激昂したハルカはそのことに気が付かない。
「そのための大義名分として、ミホを利用しただけじゃんかッ!」
パン――と、乾いた音が教室中に響く。
アオイがハルカに、平手打ちをしたのだ。
たたらを踏んで、ハルカはよろける。
彼女の乱れた髪の下から覗く双眸は、紅蓮の炎に彩られていた。
「……俺が、何言われても怒らないと思った?」
対するアオイの声は、冷たく、静かだった。
「お前に対抗する気持ちがなかったって言えば、それは嘘になる。だけど、俺はやっぱり、純粋にミホに生き返ってほしいだけだよ。お前みたいに、何でもかんでも貪欲に利用することなんて、俺にはできない。そういう消極的で保守的なとこが、今回の騒動に発展させたのかもしれんけど。第一――」
俺は、お前には負けないよ。
落ち着いた声音で、アオイはきっぱりと言い切る。
「……何でよ」
髪を乱したまま、ハルカが尋ねる。
「当たり前だ。俺は、委員長だに? 委員長が、副委員長に負ける訳ないら?」
「ふざけんでッ! 何が委員長よッ!? アンタなん、ただ委員長ってだけじゃんかッ! 私が――私が一番優秀でッ! 私が一番頑張っとるだにッ!? 何で、何でアンタみたいのに――ッ」
「ハルカちゃん」
等比級数的にボルテージを上げていくハルカの肩に、ミライが手を置く。
「それでも――君は、副委員長なんだよ」
「…………ッ!」
刹那。
極限まで引き絞られた細い糸が――音を立てて――切れた。
ハルカは段階的に表情をなくしていき、フワフワとした足取りで、教室の扉へと向かってしまう。心が折れて、そのまま退室するのだと、誰もが思っていた。
それは、違った。
敢えて半開きにされていた扉を、ぴったりと閉め切るハルカ。教室後方の扉も同様だ。皆が見守る中、ハルカは教室を横切り、全開にされていた窓を片端から閉めていく。
「ハルカちゃん……何してんの?」
恐る恐る、といった感じで、サエが尋ねる。
「見て分からん? 結界張っとるの」
ハルカの声は淡々としている。こちらを振り向きもしない。
「結界って――」
それは、マズいのではないだろうか。結界が張られれば『仮の存在』が現れる。『仮の存在』が現れれば――認識操作が始まる。ユカがそうなったように、死者を、生者と誤認してしまう。全てを、忘れてしまう。ここまでサエとミライの長い話を聞いて、やっと全容解明に至ったというのに――全てが、水の泡になってしまうではないか。
「もういい。もう知らん。結界張って、これで終わりにする」
「ハルカ! やめりん!」
サイコが飛び出す――が、間に合わない。
皆の目の前で、最後の窓が、閉められた。




