第五章・W その4
十月二十一日(金)午後四時二十五分
二年十組教室
一巡してサイコの番が回ってきたらしい。
サエの長い解説もいよいよ終盤ということだろうか。アオイの葛藤やユカの混乱など、知らないところで進んでいた話には驚かされたが――それも一段落。今では、だいぶ気持ちが落ち着いている。自分のよく知る自分の物語となれば、尚更だ。
「十組に探りを入れるべく、私はクラスメイトのマサ君をサイコさんに接触させた。校内で流布する都市伝説『裏山の魔術師』を餌にすれば、サイコさん、そしてそのバックにいるハルカちゃんが反応するのは目に見えていたからね。案の定、二人はこの話題に食い付いた。表向き、マサ君の調査に協力するって態度はとっていたけど――実際は、核心に触れないようにマサ君をミスリードするのが目的だったんじゃないかな。
そういう点でも、アオイ君とは好対照よね。彼は魔術師に懐疑的であるが故に、ヒトナリ君を誘導して真相に気付かせようとしていた。一方のハルカちゃんは、是が非でも儀式を成功させたかった。だから、このタイミングで魔術師の噂に興味を持ったマサ君は、はっきり言って目障りだった。儀式完了まで、後一週間――その間だけでいい。ハルカちゃんは、監視役としてサイコさんをマサ君に張り付かせることにした――実際、監視してるのはこっちだったんだけどね。魔術師調査への動きを見せれば、ハルカちゃんは必ずアクションを起こす――そう考えて、揺さぶりをかけさせてもらったって訳。ま、アクションを待つまでもなく、その時点でほとんどのことは判明してたんだけどね……」
やはり、ほとんどサイコが推測した通りだったようだ。
マサは、SRSの一員であるサエに使われただけにすぎなかった。
サエはマサだけに留まらず、九組全員を使って、サイコにプレッシャーをかけてきたのだが……。
一つ溜息を吐き、ハルカが質問を開始する。
「聞いていい? ほとんどのことが判明してたってさあ、アンタ、色んなこと知りすぎじゃんか。情報源は何よ?」
「最初に、その質問は控えるように言った筈だけど?」
「途中で情報源は必ず明かすとも言ったじゃんか。アンタの話聞いとると、この一週間の、私らの、えらいプライベートなことまで知り尽くしとるみたいだけど――それって、どこで得た情報なの?」
「私はSRSよ? ここら一帯の情報が流れてくるような仕組みを、私は作り上げたの」
「答えになっとらんじゃん。普通だったら絶対に知り得ない、本人しか知らんような、個人的なことまで知っとるだに? 尾行とか盗聴とかしないと無理だと思うだけど」
「……何が仰りたいのかしら?」
「この一週間、何か変なヤツが私らの周りウロチョロしとるだけど、アレって、アンタの差し金?」
「ああ――シノブちゃんのことね? 『変なヤツ』とは失礼ねえ。彼女は大切な協力者よ? 情報収集や諜報に関してはピカイチだもの。凄い役に立ってる」
「いや、しかし、彼女はお前のクラスの人間ではないだろう」
ヒトナリが口を挟む。
シノブ――確かに、名前は有名だが、どこのクラスの人間だったかまでは、判然としない。
「そう。あの子は八組の人間よ? 私たち九組の隣。でも、優秀だから、特別に手伝ってもらってるの」
「手伝うも何も、八組なん、全員アンタの舎弟みたいなもんだら?」
「そんなこと言ったら、八組委員長のアスト君に怒られるわよ? まあ、オビト君やヒナちゃん、サキト君、ナミノリ君辺りとは、割合仲良くさせてもらってるけどね?」
向こうはそう思ってないのではないだろうか。サエの力は絶大で、自身の九組のみならず、五組や八組などは、クラス単位で手下にしている――少なくとも、サイコのイメージでは、そうだ。もちろん、実際は一枚岩などということはなく、同じクラスでもグループごとに様々な方向を向いているのだろう――十組がそうであるように。
「情報源はシノブちゃんだけじゃないわ。マサ君はもちろん、同じSRSのミライ先輩からも、随時、情報は入ってくるし――アオイ君からも、色んな情報が寄せられてる」
アオイが!?
再び、場の空気が緊張する。
「ふうん……手紙送って、ヒトナリを操るだけでなく、すでにサエと直接接触してただね……」
やや粘着質な視線をアオイに送るハルカ。対するアオイは顔を俯けたままである。
「接触したのは私の方からだけどね。外堀から攻めて揺さぶりかけるのもいいけど、やっぱり、直接話聞いた方が早いし」
「アンタらがこの教室にいた時点で、そんな気はしてたんだよね……。おかしいじゃん。私ら、アオイに招集されたのに、アンタは『私が呼び集めた』とか言うし。随分前から、アンタとアオイは繋がっとっただね」
「そういうこと。最初からそうすればよかったんだけどね。下手に外堀から攻めたせいで、こんなにも沢山の部外者を巻きこむ結果になってしまった――」
ヒトナリやジュリ、そしてユカのことを指しているのだろう。
サエやミライが回りくどい方法をとったことで、ここまでややこしい事態を招いてしまった――それは同感だ。その挙げ句が、今のこの状況なのだから。
「私らはずっと、周りのクラスにばっか注意を払っとった――だけど、一番気を付けるべき人間は、クラスの中心におったってことじゃんね。皮肉な話」
ハルカの嫌味に対し、アオイはやはり、何の反論も寄越さない。反論すべき言葉が思い浮かばないのかもしれない。
「どうする? 他に質問がなければ、もう、まとめに入るけど――」
「ちょっと待って」
遮ったのは、もちろんハルカである。先程から、ほとんどこの二人だけで話が進んでいる。
「一つだけはっきりさせて。今の『一番気を付けるべき人間』で思い出しただけどさ――マサ、アンタ、ファミレスからの帰り際、サっちゃんに『ハルカには気を付けろ』って言ったらしいじゃん。聞いたに。あれ、どういう意味? サっちゃんを混乱させたかっただけ?」
それはサイコも気になっていた。全てが分かった今ならはっきりしているが、気を付けるべきはマサであり、サエであり――クラス委員長でありながら、魔術師の正体を追究するためにSRSに協力していたアオイであった筈なのだ。ハルカは純粋に儀式を遂行させようとしていて、そのためにクラスの秘密を守ろうとしていただけで、サイコの立場からすれば、何ら気を付ける対象ではなかった筈なのだが……。
ハルカの問い掛けに対し、今まで傍観者然としていたマサがおもむろに口を開く。
「……それは、単純にオレが誤解していただけの話だ。オレはSRSの人間じゃない。サエの手駒として動いてただけだ。だから、詳しいことは何も聞かされとらんかっただ。十組が魔術師と交わした契約とか、儀式の内容くらいは聞かされとったけど――ここまでお嬢が説明したみたいな細かい事情は、何も知らんかった。ただ、サエやミライ先輩はSRSの人間で、SRSの職務として動いとるってことは分かっとって――アオイとハルカが、そのSRSに新しく入ったってのも、どこかで聞いて知っとった。それで誤解しただ。アオイとハルカは、十組の中心的人物でありながら、同時にSRSの人間でもある――だから、トップの二人が、十組の人間全員を欺いて上手く立ち回っとるんだって、勝手に思いこんじまっただ……」
「ふぅん。中途半端な情報で、勘違いしたってことか。私とアオイは、SRSの回し者だ、だから気をつけろ、か――皮肉にも半分は正解してた訳だけど――まあ、誤解や勘違いの類なら仕方ないら。それをサっちゃんに伝えたのは、罪悪感から?」
「……それもあるし、単純に、サイコにこれ以上、辛い目に逢ってほしくなかったってのもあるし……色々だら」
「ふぅん……らしいに、サっちゃん」
そこで振られても困る。結局、マサが勝手に勘違いして、勝手にサイコに伝えて、聞いたサイコが必要以上に狼狽してしまっという、それだけの、間抜けな話ではないか。皆の前で話されて、少し恥ずかしい。
――と言うか。
今回の一件において、サイコは終始、項垂れたり、戸惑ったり、狼狽したり、落ち込んだりの繰り返しではなかっただろうか。とても、まともな精神状態とは言い難い。
そもそも、事の始まりからして最悪だったのだ。
林間学校からの送迎バス――峠での転落事故。
幸いにもサイコは軽傷で済んだが、近くの席の人間は全滅だった。
テン。マイ。ユート。ミカ。
皆、死んでしまったのだ。
普通なら、これだけでも鬱ぎ込むには充分である。それなのに、この事故はただの序章にすぎなかったのである。
あの魔術師の出現――気が付いたとき、サイコはあの空間に呼び出されていた。死者の蘇生を願った人間――それはつまり十組全員を差すのだが――は全員、あの場所に転送されたのだと言う。サイコには死者蘇生を願った記憶などないのだけど……恐らく、記憶が混乱しているだけなのだろう。
ハルカが中心になって契約を進め、儀式が始まって――教室内は、死んだ筈の人間で埋め尽くされた。横で笑っているミカも、後ろからちょっかいを出してくるテンも、向こうで談笑しているミホも、あいつも、あいつも、全員――もう、この世にいない人間なのだ。
しばらくして、サイコの具合は目に見えて悪くなった。『仮の存在』が身体に害を及ぼすなんて話は聞いてないから、きっと、精神的なモノなのだろう。クラス内の友人をほとんど亡くしただけでもショックなのに、事故の後、サイコの席を取り囲んでいたのは、当の死者たちなのである。こんな不条理な光景があるだろうか。この一ヶ月、教室内で会話を交わしたのは、ハルカを除けば『仮の存在』達ばかり。これでは、精神が摩耗するのも仕方がない。
自然と、教室にいる時間は少なくなった。
昔のことを思い出す時間が、長くなった。
マサに声をかけられたのは、そんな時だった。
あの、キンモクセイの木の下、である。
そこで『裏山の魔術師』の話を聞かされ、否応にも関わりを持ってしまう。マサが十組の秘密に気付かないように監視するという、ミッションを負うことになってしまったのだ。更には、マサの勘違いにより、頼りのハルカにまで疑惑の目を向ける始末。挙げ句、サエから直接揺さぶりをかけられ、サイコの精神状態は極限を迎える。その時は、ハルカのフォローのおかげ何とかなった。女神像ホールでの、サエの宣言も助かった。取り敢えずこれで、きたる文化祭に向けて集中できる――そう思った。
ハルカのグループで一生懸命に働き、自分なりに文化祭を満喫して、精神状態はかなり回復していた。
そんな時に、あのポカをやらかしたのだ。決められた場所を密閉空間とすることで、結界は誕生する。そして、結界内に契約者がいた時のみ、死者が『仮の存在』として現れる――『儀式』における、最も基本的なルールである。あの時、サイコは不注意から教室の出入り口を全て閉めきってしまった。結界の誕生である。もちろん、それだけなら『仮の存在』は出現しない。しかし、あの時、この教室には、全員分の喪章が保管されていたのだ。喪章は、『依り代』。死者の情報が宿っていると同時に、契約者自身の情報をも、そこに刻まれている。つまり、結界内に置いておけば、契約者自身がおらずとも、『仮の存在』は出現してしまうのである。あの時、教室には、全員の喪章が保管されていた。そんな所で結界を張ればどうなるか――簡単に、分かることだったのだ。
案の定、教室は『仮の存在』で溢れた。一時は回復していた心は、すぐに摩耗した面を剥き出しにして、サイコを執拗に攻撃した。結果、サイコは打ちのめされた――まあ、平たく言えば、サイコが精神的苦痛を受けたというだけの話で、儀式そのものにはさほど影響がなかったのだが……。
一人、丘の上で佇んでいた所を、ハルカに連行され――今に至る。サエの長い長い話を聞かされ、同人進行していた物語を知り、アオイの葛藤を知った。
全ての情報を、関係者全員で共有した形になる。サイコがこの一週間を回想するのと同時進行で、サエはまとめにかかっている。長い長い話も、ようやく終焉を迎えるらしい。
彼女はこの先、一体どうするつもりなのだろう。
この状況にどういった落とし所をつけるつもりなのだろう。
サイコは自分でも驚くほど落ち着いた心持ちで、次の展開を待ったのだった。




