第五章・W その3
十月二十一日(金)午後三時四十五分
二年十組教室
「うん、何も間違いはないよ」
表情一つ変えず、アオイはそう答える。
サイコは驚いていた。
話の主人公――恋人の死を悼んで魔術師に願ったのがアオイであったことに、ではない。そんなことは、十組の人間だったら全員知っていることだ。いまさら驚くに値しない。
そうではなく――そのことを暗に指摘されて、それで表情一つ変えずに肯定するアオイに、驚いたのである。
どうも、不穏なモノを感じてしまう。
みんなはアオイに招集されてここにいる筈なのに、『みんなは私が呼んだ』などとサエは言うし――話をここまで聞いても、分からないことだらけである。
もっとも、サエがここまで話した内容は、十組の人間にとっては自明のことばかりで、何一つとして新事実は含まれていない。ヒトナリ、ジュリ、ユカの部外者三人は、それなりに驚いて聞いているようだが……。
「君が魔術師に願ったってこと、認めるのね?」
「今さらトボけたって仕方ないら」
至ってフラットな態度で、アオイはサエの追及を受け止める。
しかし、サエはこんな情報をどこで手に入れたのだろう。今回の件は、一から十まで、日常から乖離した幻想で成り立っている。日常空間に居る限り、調べたって調べようがないし、分かりようのない事柄の筈なのだ。
冒頭で釘を刺したのが功を奏しているのか、『何故お前がそんなこと知っているんだ』と口にする人間はいない。話の途中で明かすと明言している以上、それを待つよりないのだが……。
「そうね。全くその通り。私も、彼とか彼女とか伏せて表現するのが鬱陶しくなってきた頃だったから、ちょうどいいわ。
彼とは、アオイ君のこと。
彼女とは、ミホちゃんのこと。
二人は林間学校で結ばれ、その直後にミホちゃんは事故死。アオイ君は魔術師に、ミホちゃんの復活を願った――ってのが、ここまでのおさらいね」
これまた、自明なことだった。
サイコはたまたま、アオイがミホに告白するその場面を目にしている。しかし、それがなくとも、席が隣同士の二人は以前からいい雰囲気で、いつ付き合うのかと、少し離れたところから他人事のように傍観していたのだ。
アオイとミホ。
十組の有力者同士の、ある種、ビッグカップル。
結果として、それが全ての引き金になったのだが――。
「だけど、話はそう、うまくはいかなかったのよね」
アオイが素直に認めたことで気をよくしたのだろう。サエはさらに饒舌になっていく。
「蘇生のための手続きと注意事項を受け、さあいよいよ実行――というところで、アオイ君は予想外の事態に直面する。
魔術師の説明には続きがあったのよ。
それは、復活の形について。
彼はてっきり、ミホちゃんは生身の人間として、事故以前と何ら変わらない形で復活するのだと思っていた。まあ、誰でもそう思うわよねえ? だけど、実際は違った。一度滅びた肉体は、元には戻らない。復活するのは、ミホちゃんという『存在』であり、『記憶』であり、『情報』であり『概念』であり『属性』だった――」
そこで一旦、サエは息をつく。
「……言っている意味がよく分からないな。俺にも分かるよう、もう少し噛み砕いて説明してくれないか?」
ヒトナリがもっともな疑問を口にする。それを待っていたのだろう。下唇を湿らせて、話を再開するサエ。
「つまり、肉体を伴った、独立した一個人として蘇生するんじゃくて――願った人間の内側に、記憶・情報を伴って復活するってこと」
「二重人格になるてことか?」
「ううん、そうじゃなくて。思考や感情、人格そのものはアオイ君のまま。そこに、ミホちゃんの情報や記憶がプラスされるてこと」
「記憶は分かるが、情報ってのが、今ひとつ分からないな」
「情報は情報よ。概念、属性って言い換えてもいい。ミホという少女を構成する全ての要素に関するデータ、それがアオイ君に入り込む――そう、アオイ君をハードディスクと考えて、そこに『ミホ』というソフトを新たにインストールする、って例えたら分かりやすいかな。アオイ君はアオイ君のままだけど、そこには、確実に彼女の記憶が、情報が、存在が、概念が、属性が――プラスされている。
彼女は、アオイ君の中で生き返る。
サッカーを始めとする各種能力、知識、学力、体格に至るまで――ミホちゃんの『情報』を得たアオイ君は、能力を飛躍的にアップさせる。魔術師が提示した死者蘇生とは、そういうモノだったのよ」
「能力アップ……ああ、なるほど……」
ヒトナリが一人で納得している。何か思い当たるエピソードでもあったのだろうか。
「え、でも……それって、何か違うんじゃないかな?」
ヒトナリが黙ってしまったからか、今度はユカが口を出し始める。
「理屈としては復活になるのかもしれないけど――でもそんなの、アオイ君が望んだことじゃないよね? 会って話して触れられなきゃ、何の意味もないと思うんだけど」
「さすがはユカ先輩、その通りです」
どこか小馬鹿にしているとも思える口調で、サエは微笑む。
「魔術師の最後の説明を聞いたアオイ君は、激しく戸惑った。そんなの、自分の望んでいるモノじゃない、それでは何の意味もない――まさに今、ユカ先輩が仰ったように、ね」
こっそりと、アオイの顔を窺う。
自分の話をされていると言うのに、彼は相変わらずの無反応である。まるで何を考えているのか、分からない。自分のクラスの委員長なのに、今ではひどく遠い存在に思えてしまう。
「だから――アオイ君もね、本当はこの時、魔術師の提案を断ろうかと考えていたのよ」
「え?」
サエの発言に、ハルカやセイシ、イズミやマサヤスなどの、アオイ以外の人間が反応する。いつもあまり物事に動じないオミナリまでもが、目を丸くして驚いている。もちろん、それはサイコも同様である。
アオイが、魔術師の提案を断ろうとしていた?
――そんな馬鹿な。
サエは一同をジロリと見渡し、満足そうに口角を歪める。
「……初めて十組の人達から反応が返ってきたわね。貴方達の気持ちは分かるわよ? 今までクラスを牽引してきた人間が、本当は乗り気じゃなかったなんて、そりゃショックよねえ? でもまあ、取り敢えず、今は話を進めさせてもらうわよ。
ミホちゃんの復活が自分の思い描いていたモノと違うと知ったアオイ君は、魔術師の提案を拒否しようとしていた――あまりに超越的で現実離れした魔術師の能力に、気後れしだしていたのね。それ以前に、そんなことを言い出し、実行しようとする魔術師の本意が分からなくて、訝しんでもいた。それは『自分は装置であり、システムである』なんて嘯くけど、その意味も分からない。本当に今さらだけど――その段に至って、ようやくアオイ君は恐ろしくなったのよ。正体が分からない存在に、こんな重要なことを託していいのだろうか。自分は何か、取り返しのつかないことをしようとしているのではないか――一瞬でそれだけのことを考えた彼は、断りの言葉を口にしようとした。だけどその瞬間――彼にとって二度目の、予想外の出来事が起きた」
「私たちが現れたことだら?」
腰に手を当てた姿勢で、ハルカが答える。随分と機嫌が悪そうだ。しかし、サエはそんなことお構いなしである。
「ご名答。魔術師のいるその空間に、突如として、ハルカちゃんやマコイちゃん、オミナリ君、セイシ君、レイ君、そしてマサヤス君にイズミ君といった、十組の生き残り全員が現れた――だからこそ、アオイ君は断るタイミングを逸してしまったって訳」
「全員!? ここにいる三十五人全員が、その奇妙な空間にワープした、ってことか?」
一度は口を噤んだヒトナリが、再び噛みつき出す。なんだかんだで、いい相槌役になっている。
「うん、まあ、厳密にはここにいる全員じゃないんだけど――そうね。アオイ君が難色を示したその瞬間に、十組全員が現れた。計ったような――謀ったようなタイミングでね」
「何故だ? 何故、全員揃って現れる必要がある?」
「何故だも何も。バス事故で亡くなったのは、ミホちゃん一人じゃないのよ? 四十人以上のクラスメイトが亡くなっているの。その死を悼んでいるのが、アオイ君一人な訳がないでしょう? 彼と同じ様に、クラスメイトの死を悼み、悲しみ、魔術師の噂を思い出して、それに願ったとしても、おかしくない。もちろん、願った場所も時間もバラバラなんでしょうけど、時空を超越した魔術師にとっては、そんなのは些末なことよね。結果、十組全員が、バス事故で亡くなった全員を復活させようとして、魔術師の部屋に集結してしまったって訳」
そう。そうなのだ。
四十三人の死者を、三十一人の生存者が復活させようとした――
今回の話はそれが核となっているのだ。
「アオイ君とミホちゃんってだけなら、まだ簡単だったんだけどね――願う人間も蘇らせる人間も大人数ってことで、話は飛躍的に複雑になっちゃった。混乱しないように、ルールというか、システム的なことから説明していくわね。
さっきも言ったように、死者は願った人間の内側に、記憶と情報をインストールするようにして取り込まれる。これは複数でも大丈夫なのね。一人の生者の中に、二人でも三人でも、いくらでも情報を取り込むことができる。『取り込む』って表現はおかしいかな――吸収――合体――まあ、何でもいいか。とにかく、願った人間は、本人が望む限り、何人でも自身の内側に死者を蘇らせることが可能。これが一つの基本形ね。
そしてもう一つ、それとは全く別の、新しい蘇生方法がある。それはつまり、生者を必要としないパターン。死者のみ複数集めて、全く新しい人格を作り上げる――そんな方法が、存在するの」
「全く新しい――人格――」
予想通り、ユカが反応を見せる。
「そう。記憶、情報、概念、属性は集められた死者の集合体なんだけど、名前と外見は全く新しいモノに更新されている――そういう存在を作ることも、できる」
「…………」
ユカの視線が、特定の一人――否、二人に注がれている。ようやく、謎が解けたという表情だ。
そんな先輩の様子を、サエは目の端で捉えている。
「……このことに関しては、後で詳しく触れるわね。話を進めます。魔術師の空間に集結した十組の面々は、長い時間相談して、誰を誰の内面に復活させるか、或いは誰と誰をくっつけて新しい人格にするかを決定した。後は、アオイ君一人だった時と基本同じ。結界を張る場所を決めて、実際その場所に、『仮の存在』として、死者を一定時間登場させる――注意事項は主に二つ。『仮の存在』を出現させている時に、第三者を結界内に入れてはならない。そして、この儀式をしていること自体を、第三者に知られてはならない――理由は同じ。無駄な混乱を防ぐため。
魔術師は全ての人間の、記憶と認識を操る。儀式が終わって復活が完成したその時、十組を含む全ての人間は、死者のことも、大規模なバス事故があったそのこと自体も、忘れてしまう。内面に死者の記憶と情報を蓄え、能力、体格共に向上した十組の面々を、元からそうであったと誤認識してしまう。
だけど、今言った二つの注意事項が破られた場合、その記憶操作と認識操作に障害が発生する危険性がある――魔術師は、そう説明した。もちろん、十組のみんなは、その注意を厳守するつもりでいた。それさえ守れば、四十三人を復活させることができるんだもの。当然そうよね。
さて、ここで問題になるのは、結界を何処に張るか、ということ。
十組全員が頻繁に出入りできて、一定時間、密閉空間を作り上げることができる場所。そしてそれが不自然に思われない場所――ここまで来たら考えるまでもなく、答えは明白だと思うけど」
「この教室だろう」
面白くもなさそうにヒトナリが答える。
「その通り。みんなはこの二年十組の教室を、結界を張る場所に選んだ。出入り口と窓を閉め切り、カーテンさえ引けば、それで密閉空間は完成する。廊下側の窓は元から磨りガラスだしね。授業中や、他の生徒が出入りする時は少しでも窓を開けておけば結界は張られないし、密閉空間になったところで、契約者が一人でもいない限り『仮の存在』は出現しないって条件だから、下校時や移動教室の時も安心できる。朝と放課、授業後の時だけ『仮の存在』を出現させれば――」
「お嬢、『放課』じゃなくて『休み時間』だら」
「――そうね」
話の腰を折るマサだが、サエはそれを受け入れる。
「もとい、朝と休み時間、放課後の時だけ『仮の存在』出現させれば、それでいい筈だった。でも、さすがに、大事な話し合いの場では、結界は張られないみたいだったけどね」
確かにそうだ。最近だと、文化祭の出し物について話し合った時がそれにあたるだろうか。本気で大事な話し合いをしている時に『仮の存在』がいたのでは、纏まるものも纏まらなくなってしまう。
「で、その方法だと、一日のうちに出現させることができるのは、一、二時間ってところよね。魔術師によると、その頻度だと儀式が完了するのはおよそ一ヶ月――つまり、この文化祭の前後辺りで、全ては終わる予定だった。全てが終わったその時は、周囲の人間は記憶、認識を操られ、バス事故のことも死者のことも忘れ、記憶と情報を蓄え各種能力がアップした十組の面々を、元からそういう存在だったと認識してしまう。
それって、どういうことだと思う?
この一ヶ月間、周囲の人々が抱いていた違和感も、なかったことになるってこと。ヒトナリ君の疑問も、ユカ先輩の不安も、全て忘れ去られ、なかったことにされる。みんなが口を揃えて『文化祭が終わるまでは何も話せない』って言ってたのは、要するにそういうことよね? どうにかして解決を先延ばしにして、魔術師の力で記憶リセットされるのを待って、それで有耶無耶にしようって魂胆だったんでしょう?」
そこまで、暴いてしまうのか。
サイコは手の平に汗がにじむのを感じていた。ヒトナリとジュリがこちらを睨み付けている。無言なのが逆に辛い。ユカはユカで、不安そうな視線を隣のイズミに投げかけている。そのイズミはユカの顔をまともに見られないようで、ただ、辛そうに顔を俯けている。
「その気持ちは分からないでもないけどね。全て露見したら儀式に支障をきたすかもしれない訳だし。みんなはどうにかして、儀式を穏便に終わらせたかった。バス事故で亡くなった四十三人を、無事に復活させたかった――それはそれで、いいと思う。この場でその是非を論じるつもりはないわ。それより、もう一つ説明しなくてはいけない事柄が残っている。それが、これ――」
言いながら、サエは教卓の中から黒い塊を取り出す。
腕章だ。
それぞれの机に保管されていた筈の腕章が、集められ、一塊にされて、サエの右手に握られている。
「これ、見覚えがあるわよね? この一ヶ月間、アオイ君やハルカちゃんを始めとした、十組の半分くらいの人達がつけていた腕章よ。
いえ――喪章、って言った方がいいのかな?
あのバス事故以来、特定のメンバーは、ずーっと、左腕にこの喪章を付け続けていた。授業中も、登下校の時も、学校が休みで私服を着ている時でさえも、ね。だけどその一方で、イズミ君やマサヤス君、あるいはサイコちゃんみたいに、一度も付けたことのないメンバーも散見された。別に喪章なんて気持ちの問題だから、付けても付けなくても構わないんだけど――何故同じクラスでこうも極端なのかなって、少し不思議に思ってたのよね。だけど、その謎もじきに解けることになる――のだけど、その前に一つ」
たっぷりと間をとって、視線をヒトナリにスライドする。露骨だが効果的な演出である。皆、サエが次に何を言うのか、固唾を呑んで見守っている。
「ヒトナリ君、貴方さっき、私が『ミホちゃんの各種能力はアオイ君に取り込まれる』って内容の説明をした時、何やら納得してたけど――あれは何を思いだしていたの?」
「え? ああ……先週の日曜日、近所の公園に、俺とアオイとジュリの三人で集まって、少し話をしていたんだ。その時、その公園では、小学生たちが草サッカーをやっていた。話が一段落ついた辺りで、たまたまボールが転がってきて――それを拾い上げたアオイは、数十メートル離れたゴールに、見事なロングシュートを決めてみせたんだよ。スポーツが苦手だと公言していたから、その時はただ呆気にとられるばかりだったんだが――今になってようやく合点がいった。あの時すでに、アオイの内部には、ミホのサッカー選手としての能力が取り込まれていたんだな……」
かぶりを振りながら、溜息混じりにそう話すヒトナリ。先週の日曜と言えば、ハルカやマサと、ファミレスで話し合いをしていた日である。サイコがマサの捨て台詞に周章狼狽しているのと同時進行で、そんなことが起きていただなんて。
しかも、話はそれで終わりではないようだった。
「なるほどね。……だけど、納得したと同時に、新たな謎にも直面したんじゃない?」
「話の腰を折ると思って黙っていたが――実はそうなんだ。アオイが、ミホの『情報』を取り込み、サッカーの能力を手に入れたという点は、ややゲーム的ではあるが、まあ、理屈として分からないでもない。だが、理屈で考える程に納得のいかない点が一つある。死者の情報を取り込む――つまり、『願った人間の内側に死者を蘇生させる』ことができるのは、一連の儀式が終わった後の筈だよな? そして、その儀式は未だに終わっていない。それなのに、あの時のアオイは、すでにミホの能力を取り込んでいた。これは明らかに矛盾する。それとも、最初から俺の思い違いだったのか? 『スポーツが苦手』云々というのは謙遜かブラフか何かで、実際のアオイは、元々サッカーが得意だったのか?」
やや冗長とも思える理屈を綴るヒトナリを見て、サイコは舌を巻いていた。ついさっき、サエの口から蘇生儀式のシステムを説明されたばかりだと言うのに、随分と理解が早い。ただ理屈っぽいだけの男ではなかったようだ。
二人は、話題に上がっているアオイのことなど全く無視して、どんどん議論を進めていく。もっとも、アオイはどこまでも無言・無表情で、相変わらず何を考えているか分からないのだが。
「いえ、大丈夫。ヒトナリ君の考え通りよ。アオイ君は、その時点でミホちゃんの能力を取り込んでいたの。では、何故そんなことができたのか――アオイ君たちはね、ある裏技を使ったのよ」
「裏技?」
ヒトナリがサエの言葉をオウム返しにする。
もうここまで来ると、驚くのも億劫になってくる。絶対に知り得ないことを、この女は知っている。知りすぎている。情報の出所は必ず明かすと言っていたが、本当だろうか……。
「そう、裏技。儀式のやり方を教えてもらって、結界を張る場所や蘇生させる人間の内訳を決定して、それで魔術師との邂逅は終わりになるはずだったんだけど――そこで、さらに突っ込んだ質問をする人間が現れたのね。結界内に現れた『仮の存在』は外に連れ出すことができない――これは、最初にアオイ君が魔術師に確認した通り。儀式が終了して、『仮の存在』を各々の内側に取り込むまでは、死者は結界の外に出られないっていう、その基本的なルールに、抜け道はないのか――その人物は、そう尋ねた」
「いや、出られないからこその『結界』なんだろう。抜け道も何もないんじゃないのか」
「そう思うわよね? だけど、その人物は引き下がらなかった。正式に蘇生が完了するのに約一ヶ月――そんなに待っていられない。『仮の存在』を『仮』にでも外界に連れ出す方法はないのかと、食い下がった。……結果、一つの方法が考え出された」
言いながら、鷲掴みにした喪章の束を、そっと教卓に置く。
「『仮の存在』を、任意の物体に半ば無理矢理に宿らせる――ここでは便宜的に『依り代』と呼ぶことにするわね――その『依り代』を身に付けることで、仮に儀式が完了したのと同じ状態にすることができる――そんな方法があるらしいの。あくまで仮は仮だけどね。『依り代』をどれだけ長時間身に付けていても、それは儀式にカウントされないから、儀式完了の期間が短くなる訳ではない。ただ、儀式が終了した時とほぼ同じ状態になることはできる。死者の情報を取り込み、各種能力をアップし、かつ、周囲の人間はそのことに対して違和感を抱かない――そんな状態にね。問題は、その依り代を何にするか、だけど――これはもう、わざわざ明言するまでもないわよね?」
答えは、教卓の上にある。
「よく考えたものよね。ある時期を境に、同じクラスに所属する多くの人間が、校内外問わず、一斉に同じモノを身に付ける――衣服にせよアクセサリーにせよ、そこにはどうしても不自然さが付きまとう。だけど、喪章なら別。不幸な事故で亡くなったクラスメイトを悼んでいるのだと勝手に解釈されて、追及されることはまずない。触れられもしない。教室の外では絶えず『依り代』を付け続け、教室内、特に結界が張られている時にはそれを外し、『仮の存在』を出現させる。結果、ほぼ誰にも不審がられることなく、この人達は今までやってこれた――」
「これ見て不自然を感じるのなん、アンタくらいのもんだら」
ハルカが憎まれ口を叩いている。
「……ちょっと待って。分からないことがあるんだけど」
久しぶりに、ユカが口を開く。
「えっと、十組の子たちは、その喪章を『依り代』にして、バス事故で死んじゃった子の情報を取り込んだ。情報を取り込むことで、色んな能力がプラスされる。だから、アオイ君はミホちゃんみたいなサッカーの能力を手に入れることができた。そこまでは分かった。でも、何で喪章をつけてる子とつけてない子がいるの? サエちゃんも、そもそもはそこが不思議だったんでしょう?」
「またまた、いい質問ですね、ユカ先輩」
笑顔を顔に張り付かせたまま、喪章の一つを手に取るサエ。そのままそれを手の中でクルクルと回す。手遊びを始めたようだ。
「ずっと喪章をつけ続けている人間と、一度も喪章をつけていない人間、その差は何か――喪章が『依り代』であることを考えれば、答えは簡単です。つまりは、死者蘇生の内訳ですよ。四十三人の死者のうち、誰が誰の内側で蘇生するのか――複数の人間を吸収する人間がいる一方で、その逆に、全く蘇生に関わらない人間もいる。儀式が終わったところで、誰の情報も取り込まず、能力が向上することもなく、何も変わらないのであれば、喪章をつける意味もない。喪章のあるなしは、死者蘇生に関わっているか否かを表しているの」
「じゃあ、イズミも――」
「俺たちのグループは、だいたいそうだよ」
ユカの質問を先取りして、イズミが口を開く。イズミは喪章をつけていない側の人間だ。
「冷たいとか情が薄いとか、そんな風に思わんでよ。みんなで決めたことなんだ。アイツらは――」
「あっと、その話はもう少し先でするから、ちょっと待ってね」
何かを言おうとするイズミを、サエが抑える。
「ユカ先輩も、後でちゃんと出番がありますから、もう少しだけ待っていてくださいね」
「あ、うん……」
そう言われて、大人しいユカが口を挟める訳もない。
どこまでも、どこまでも――サエのペースである。
「さて、話を戻しましょうか。ある人物のゴリ押しにより、十組は儀式の終了を待つまでもなく――あくまでも仮に、だけど――死者を自分の中に取り込む術を手に入れた。喪章をつけてる時に限られるとは言え、死者の情報を取り込んだ人達は、能力、及び体格を格段に上昇させることに成功した――そうよね? ハルカちゃん」
この問いかけを予期していたのだろう。ハルカはその大きな目でサエを睨み付けている。
「悪い?」
同い年とは言え、仮にも九組のカリスマ才女に対し、この副委員長は不機嫌さを隠そうともしない。
「別に、非難されるようなことなん、何もしとらんに? そういう儀式とは言え、私は一ヶ月も待てんもん。みんなもそうだと思ったから、何とかならんかと思って――それで、駄目もとで提案してみただけじゃんか」
「もちろん、誰も非難なんてしないわよ? ただ、アオイ君とハルカちゃん――二人のコントラストが面白いな、と思ってね。アオイ君は、未知の存在である魔術師に願っておきながら、いざその能力を目の当たりにすると、二の足を踏んで躊躇してしまう。一方のハルカちゃんは、そんなアオイ君よりも遙かにアグレッシブ。未知の対象を相手にしているのは同じなのに、受け身になることなく、自ら能動的に自らアイデアを出していった。同じクラスの委員長と副委員長で、ここまでキャラが好対照なのって、ちょっと他に例がないんじゃないかな」
思い出す話がある。
サエが言う通り、アオイとハルカは何から何まで対照的だ。
基本的に温厚で人当たりはいいが、常におっとりのんびりマイペースで、面倒事を嫌い、やや保守的な面のあるアオイ。
せっかちで口うるさく、アグレッシブで行動的、常にイケイケドンドンで好奇心、向上心が強く、新しい物好きなハルカ。
そんな、二人の違いを象徴的に示すエピソードがある。
靴、である。
靴底の減り方が、全く逆なのだそうだ。
セカセカと前のめりで歩くハルカは爪先の方が早く磨り減り、ゆったりと後ろ体重でで歩くアオイは、逆に踵の方が多く磨り減るのだと言う。できすぎと言えばできすぎな話だし、実際に自分の目で確認した訳ではない。これも、ある種の都市伝説なのかもしれない。だけど、不思議と納得したのを覚えている。
語り手は、テンだっただろうか。
SRSの件といい、妙なところで情報通なヤツだった。
テン――あの、小学生然とした無邪気な顔が頭をよぎる。
別に、何の興味もなかったけど。
ただの、うるさいクラスメイトにすぎなかったけど。
テン……。
――変だな。
靴のエピソードを思い出していた筈だったのに、いつのまにか、それがテンの思い出へとシフトチェンジしている。
別にあんなヤツ、どうだっていい筈なのに。
それなのに――何故、躰が震えるのだろう。




