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第五章・E その2

十月二十一日(金)午後三時三十五分

二年十組教室


 最初は、意味が分からなかった。

 この教室に来れば、全ての謎が明かされるのだと思っていた。だから無理を言って立ち会いを了承してもらったのだ。何が起こるのかは分からないが、きっと、アオイかハルカから、全ての解説が為されるのだと、そう信じて疑わなかった。

 だから、教室に足を踏み入れ、そこにいた人物を目にして、ユカは一層に混乱したのである。

「……何でアンタがここにおるよ!?」

 ハルカの声が強張る。 

 彼女の視線の先では、サエが、悠然と教卓に腰掛けていた。

 その横にはマサが控えていて、さらに少し離れたところには、何故か六組のヒトナリが所在なげにして立っている。

「あら、遅かったわね。待ちくたびれちゃった」

 教卓の上で足を組み、ニッコリと微笑むサエ。

「質問に答えてよ。ここは十組の教室だに!? アンタの出る幕じゃないら!?」

「ご挨拶ねえ。どう考えたって、私の出る幕じゃない。三日前に言ったこと、忘れた訳じゃないでしょう?」

 文化祭が終わった後に、サエが全ての解説を行う――故に、それまでは一切の詮索無用――もちろん、忘れた訳じゃない。忘れた訳じゃないが。

「……おかしくないか」

 ずっと黙っていたマサヤスが、口を開く。

「お前が動き出すのは文化祭が終わってからという約束だろう。だが、まだ文化祭は終わっていない。約束と違うじゃないか」

「約束と違うのはどっち? 貴方達、文化祭が終わるまでは何も話さない、文化祭が終わるまでは待ってくれって、繰り返しそう言ってたわよね? だけど、この状況は何なの? 現に今、文化祭二日目にも関わらず、貴方達は動こうとしているじゃないの」

「そんなことより、質問に答えなさいよ! 何でアンタがここにおるよ!?」

 どこまでも余裕崩さないサエに、ハルカは苛立ちを募らせている。

「逆よ。貴方達は、私が呼び出したの」

「……え、だって――」

 ハルカの言葉を呼び水のようにして、一瞬で、皆の視線がアオイに集中する。

 そう。

 休憩中のイズミにメールを送るなどして、皆を招集したのは委員長であるアオイだったのである。事情は分からないが、ともかく、アオイはクラスの皆に何かがあったと知らせ、その結果、その場にいなかった人間は泡を喰ってホールまで駆けつけたのである。

 皆、アオイを信用して、集結したのだ。

「……アオイ、どういうことだ?」

 幾分気色ばんだ声色で、セイシがアオイに詰め寄る。

「サエが俺らを呼び出したって――話が違うじゃんか。アレが終わったって言うから、俺らは自分らの出し物放ってここに来ただぞ?」

「悪い、話の腰折るようだが――」

 セイシが苛立つのを押し分けるように、ヒトナリが前に出る。

「悪いな。本当に悪い。だが、そろそろ説明してくれてもいいんじゃないか? 

 これは、一体何なんだ?

 アオイに呼び出されたという話だが、お前たちは、一体何のために集まったんだ? 何をするつもりだ? 流れでここまでついてきたが、正直、俺は何一つ把握出来ていない」

「六組は関係ないじゃんか」

 ナミが唇を尖らせているが、ヒトナリは引かない。

「いや、関係ある。俺も、ジュリも、ユカ先輩も、もちろんサエとマサも、今では立派な関係者だ。だからこそ、今ここにいる。こにいる面子は、全てを把握する権利のある人間だ。少なくとも俺はそう認識している」

 同感だった。

 ジュリに便乗する形でここに連れてきてもらったが、この中で一番真相を知りたがっているのは、間違いなくユカなのだ。ヒトナリに代弁してもらうまでもないことだった。

 苛立つ十組と、説明を求める周囲の人間――散らかり始めた場を収束するのは、もちろんこの女――

「OK。皆さん、一回落ち着きましょうか」

 両手を合わせ、サエが仕切りを開始する。

「三日前と同じく、この場は私に任せてほしいの。

 これから私が、全ての説明をします。

 アオイ君もハルカちゃんも、他の十組のみんなも、ヒトナリ君もジュリちゃんもユカ先輩も、ここにいるマサでさえ、全部を把握している人間はいない。だから余計に混乱する。もう、ここで終わりにしましょう。私が全て解説して、それで終わり」

「……そんなことが、できるの?」

 マコイが怪訝な顔をしている。当然だろう。

「できるから言っているの。早速、解説を始めるけど――幾つか約束して。私はこれから、みんなが極力理解しやすいように、時系列に沿って話を進めるけど――途中で、『嘘だ』とか『違う』とか言わないでほしいの。自分の認識と違っていたとしても、私が語ることの方が、事実で真実で真相なんだから」

 物凄い自信だ。

「あと、『何でお前がそんなこと知ってるんだ』みたいな質問もナシにして頂戴。情報のソースは、話の流れで必ず明かすから。推測や想像じゃなく、ちゃんとした根拠はあるから、安心して聞いて」

「もう前振りはいいら。みんな待っとるで、早く話しん」

 助手然として横に控えているマサが、助手とは思えないフランクさでサエを促す。どうも、サエとマサの間には微妙な距離感があるようだった。

 ともかく。

 サエは一同を見渡し、よく通る声で話し始める。

「――さて、時系列順に話すとなると、まず今回の騒動の土台となる二つの要素を説明しなくちゃいけないわね。

 つまり、SRSと魔術師について。

 まず先にSRSのことから。これは知ってる人も大勢いると思うけど、SRSってのは『Students' association Rescue System』の略で、校内のちょっとしたトラブル解決を目的としたグループ。構成メンバーはクラス、学年問わず、点数のいい人間が選ばれる。この辺りで言えば、まず私がそうで、あとは三年五組のミライ先輩、ゴウ先輩がそうね。最近になってジュン先輩って人もメンバーに加わったんだけど」

 それはユカもゴウから聞いて知っていた。

「えっと、でも確か、アオイとハルカも、メンバーの一員だっただよね?」

「いい質問ね、マコイさん。でもこの二人がSRSと関わるのはもう少し後になるから、今は少し待ってね。……取り敢えず、SRSに関しては、簡単だけどこんなモノでいいかしらね。

 次に説明するのは、魔術師に関して。校内限定の都市伝説として広まっていたから、耳にした人もいるかもしれないわね。

 曰く、魔術師は願った人間の前に現れる。

 曰く、魔術師は全ての願いを叶えてくれる。

 ――なんてね。何とも虫のいい話だと思わない? 願いを叶えることに対して、条件もなければペナルティもない。普通は、玉を七つ集めなきゃいけないとか、叶えた見返りに魂奪われるとか、あるものだけど――そういうのは一切ない。ただ、願えば現れて、無条件で叶えてくれる。高校生にもなって、こんな程度の低い噂を信じる人がいるのかしらね? 私はよく、人から合理主義者だとか現実主義者だとか言われるけど、そうじゃなくても信じる人は少ないと思う。出所不明な下らない噂――みんな、そう思っていた。

 だけど、魔術師は実在したんだよね」

「なッ――」

 ヒトナリが絶句している。彼は魔術師に関して色々調べていたらしいし、色々と思うところもあるのだろう。しかし、そんなヒトナリを無視して、サエは尚も続ける。

「いや、実在した、って言っちゃうと語弊があるかな。それには人格などない。ただの装置であり、ただのシステム――それは、そういう存在。それは本気で願った人間の前に現れ、願望を成就させる――噂通りに、ね」

「いいや、でもそんなことが現実にある訳が――」

「話の腰折っちょ。まだ途中じゃんけ。黙って聞けし」

 口を挟むヒトナリを、ジュリが制止する。どうやら、ヒトナリが一つ一つの事柄を納得いくまで理詰めで考えるのに対し、ジュリはとにかく結論を先に知りたいタイプであるようだった。

「まあ、これに関しては色々とややこしいから、後で詳しく説明するわ。今は、校内の一部でそういう共通認識があったってことだけ知っておいて」

 教室は水を打ったように静まりかえっている。ただ、端に置いてある水槽の、ポンプの音だけが無機質に響いている。

「……予備知識はこのくらいでいいかな。そろそろ本題に入らせてもらうわよ。事の起こりは、ちょうど一ヶ月前。覚えてるわよね? 東校舎の二年生合同で行われた、三泊四日の林間学校。色々あって楽しかったわよねえ? 私も、思い出深い。だけど、今回の主題は、その帰り道にある。十組の人達は辛いだろうけど、敢えてはっきりと言わせてもらう。宿泊地から学校までの、二年十組を乗せた大型送迎バス――学校まで数百メートルの所に位置する、峠の急カーブ――運転手は、ほぼ一ヶ月休みなく働いていて、完全な過労状態だった――居眠り運転――」


 ――バスは、カーブを曲がりきれずに、崖から転落した――


 ドクンと、また、心臓が大きくバウンドした。

 やっぱり。

 さっき、南校舎でユカが気付いた――否、思い出した通りだったのだ。林間学校の帰りで、十組は不幸な事故に巻き込まれていた。バスが崖から落下して――そして――

「四十三人の死者を出す大惨事だった。残りのメンバーは幸いにも軽傷で済んだけど――でも、心には大きな傷が残った。二度とバスに乗れなくなるくらいに、ね」

 かつてバス通学だった子たちが、全員揃って自転車通学に変えたのは、そこに原因があるのだろう。

「特に、ある人物は、この事故を深く悲しんだ。無理ないわよね。その人は、林間学校の間に、ある人物に告白をして、それを受け入れられていた――ようやく、想いが届いたと思ったのに。ようやく、報われたと思ったのに。それなのに、蜜月の時間を過ごす間もなく、その想い人はいなくなってしまった……。

 その人物は、深く苦悩した。

 そして、願った。

 校内で流布する下らない都市伝説――裏山の魔術師に、願った。

 結果、それは、その人物の前に現れた――」

 

 死んで、いた。


 そうなのだ。


 彼女は――死んでいた、のだ。


「いや、『現れた』と言うより『呼び出された』って表現の方が適切かしらね。願った瞬間、その人物はどこか分からない洋間にワープしていたのだから。それは外見がひどくぼんやりとしていて、容姿を正しく認識することが困難な存在だった。年齢も、性別も分からない。そもそも、人であるのかどうかも疑わしい。だからこそ、三人称はHE(彼)でもSHE(彼女)でもなく、IT(それ)で統一してるんだけどね。

 呼び出された彼は、最初こそ困惑したものの、すぐに気持ちを切り替えた。それが何者で、そこが何処かなんて、どうでもいい。ただ、願いが叶えられるかどうか――彼の興味はその一点にしかなかった。彼の願い――言うまでもなく、それは、事故死した彼女の復活だった。そんな願いが叶えられるのかどうか――しかし、それの答えは『YES』だった――」

 現実離れした内容を淡々と話すサエ。

 もう誰も口を挟まない。

 ただ押し黙って、サエの話に耳を傾けている。

「だけど、復活のためにはいくつかの条件をクリアしなくてはならなかった。さっきの話とは矛盾するけど、やっぱり、死者蘇生ともなると、色々と煩雑な手続きが必要みたいね。その条件とは、大雑把に言ってしまえば、時間・場所・人間の三要素――」

 死者蘇生における儀式めいた手続きを、サエは極力分かりやすく、噛み砕いて説明してくれた。

 まず、死者はすぐには復活できず、『結界』内で、『仮の存在』として一定期間を過ごす必要があるらしい。

『結界』は、物理的な移動と視界を制限された密閉空間であれば、どこでも任意に張ることができる。

 しかし、『結界』内に『仮の存在』を出現させるには、願った本人、つまり契約者が、その場にいる必要がある。無人の密閉空間では『仮の存在』は出現せず、時間経過もカウントされないため、いつまで経っても蘇生は完成しない――と言うのが、大まかな概要である。『仮の存在』と言うのは、死者でも生者でもなく、また幽霊と呼ばれるような存在とも決定的に違う。普通にコミュニケーションをとることも可能だし、触れることもできる。しかし、『仮の存在』は死の時点までの記憶しかなく、それと同時に自分が死んだことにも気が付いていないため、注意が必要とのことだった。

 注意点は、他に二つ。

 一つは、『結界』を張り、『仮の存在』を出現させている間は、決して第三者を『結界』内に入れてはいけない、ということ。

 もう一つは、一連の儀式のことを、第三者に知られてはいけないということ――。

「それは、人の記憶と認識を自由に操ることができる。死者が復活したとしても、周囲の人間はそれが当たり前のことだと認識してしまう。それどころか、死の原因となった事故のこと自体、すっぽりと穴が開いたように忘れてしまう――それは、そう説明した。一日に数時間でも『仮の存在』を出現させ続けることができれば、だいたい一ヶ月ほどで復活は完成する――そうも、言っていた」

 それで、死んだ人間が生き返るのか。

 ユカは驚いていた。

 やや煩雑で時間がかかるのは確かだが、それで死者蘇生が成されるのなら、やらない手はない。

 彼も、そう考えたのだろう。

 その結果が、今の状況なのだ。

 サエは一旦言葉を句切り、たっぷり間をとって、一人の人間に視線を向ける。

「――ここまで、合ってるわよね?」

 その先には、アオイが、無表情のまま立っていた。

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