第五章・N その2
十月二十一日(金)午後三時二〇分
女神像ホール外
始まりが唐突だったように、終わりもまた、唐突だった。
最初は何が起きているのか、よく分からなかった。
アオイとハルカ、マコイ、セイシ、レイ、オミナリ、マサヤス、ヨウコといった、十組の主要メンバーがホールの隅に集まり、何やら話し込み始めたのだ。どうやら、何か想定外の出来事が起きたらしい。委員長のアオイはすぐに召集をかけ、休憩中だった他のメンバーも慌てて駆けつけてくる。全員揃ってなければいけないらしい。
主要メンバーの一人、イズミは、例の彼女、ユカを連れてきていた。だが、さすがにクラスの話し合いに参加させる訳にもいかず、少し離れた所で待機させられている。彼女、少し目が虚ろだが、大丈夫なのだろうか。
一方、サイコを探しに行っていたハルカは、ライダージャケットというワイルドな格好でホールに登場する。後ろからは、ちゃんとサイコがついてきている。
取り敢えず、これで全員が揃ったことになる。
全員が揃ったところで、一同は十組の教室に移動しなければならないらしいのだが――ここで、ちょっとした問題が起きる。
『全員移動』に対して、レイが異を唱え始めたのだ。
彼の言い分はこうである。
「お客さんはまだ沢山来るだぞ? 気合い入れて、作り置きも沢山作っただ。俺らがせっかくここまで頑張ってきたのに、ここで屋台無人にしないといけねェのかよ? 作り置いた分、全部パーになるじゃんか。オレらのグループは、教室行くの、オレとセイシとオミナリだけでいいら」
なるほど。レイは屋台の心配をしているらしい。彼らはそれが今日来るとは思ってなかったらしく、かなり気合いを入れて商売に励んでいたらしいし――それを、ここでおじゃんにしてしまうのが、忍びないのだろう。
「仕方ないじゃん。諦めるしかないら」
とは、ハルカの弁。
「全員揃って、てのがアレの条件だよ」
と、これはアオイの弁である。
ツートップはレイの意見を受け入れるつもりはないらしい。
しかし、レイも譲らない。
「だいたいおかしいら!? お前ら、ソレは明日になるって言ってなかったか? それが、今、こんなタイミングで言われたってよ……」
「そんなこと言ったって仕方ないだよ」
アオイは取り付く島もない。
「残念なのは、俺もハルカもマサヤスも同じだって。せっかく、こんなに好評なのに、さ。だけど、仕方ないだって。ここで来たもんは、仕方ないだよ」
諭すように、アオイは同じ言葉を繰り返す。
「仕方ない仕方ないって――それで、お前はオレの焼きそばを諦めろって言うのかよ……」
レイは本気で自身の出し物に執着しているようだった。
「やめて」
諦めきれないレイを、ハルカがばっさりと斬る。
「どこまで行っても平行線じゃん。ここは、レイが折れて。アンタだって、イナコのこと助けたいだら?」
「そりゃそうだけど……」
イナコ?
唐突に登場した名前に、少しだけ面喰らう。どこかで聞いたことのあるような気もするが……。
ともかく。
レイはアオイとハルカに説得される形で、折れるしかないようだった。おでんも餃子も焼きそばもコロッケも好評だったようだが――それこそ、仕方ないと諦めるしかないのだろう。
半ば肩を落としながらも、話がまとまったかに見えた、その時。
「力貸してあげよっか?」
ホールの北側出入り口に現れた影があった。
盛大に外はねしたロングヘアー。
その、独特のシルエット。
「じゅじゅ、ジュリ……!?」
アオイがどもっている。苦手意識を隠そうともしない。
しかし、実際、このタイミングでジュリが登場したのは不可解だった。アオイほどではないにせよ、他のメンバーも似たようなことを思っているらしく、皆、訝しげな表情をしている。しかし、それ以上に不可解なのが、今の彼女の台詞だった。
「『力貸す』って、どういうことよ?」
アオイが使い物にならないと判断したのか、ハルカが前に出る。
「そのまんまの意味。アンタら、急用が入ったんでしょ? それも、クラス全員で行かないといけない、大事な用が。でも、せっかく評価を得ている出し物も無駄にはしたくない――だったら、私たちが留守番しててあげよっかって、そう提案しとるんじゃんけ」
「留守番って――屋台は四つあるだに?」
「私だって一人じゃないから。何人か手の空いてる人間がいるから、それをこっちに回せばいい」
「だけど、調理だって、簡単に出来るもんじゃないだけど」
「最初から調理なんてするつもりないから。作り置きした分が、けっこうあるんでしょ? 売り子くらいなら、私らにだって出来るら」
「でも――」
珍しく、ハルカが逡巡している。
それも仕方ないことだとは思う。七組と十組は、主に女神像方面でライバル関係にある。特に七組の人間は真面目で優秀で仕事熱心だが、その反面、負けず嫌いで執念深い所がある。実際、彼女たちは、『打倒十組』の御旗の元に、二徹までして巨大模型を仕上げてきたのだ。それがここに来て、急に手を差し伸べる真似をするなんて――。
「もちろん、タダって訳にはいかんけどね」
ほら来た。労働に対しては、それ相応の報酬を求める――それがジュリという個性だ。
「作り置きした分はしっかりと完売する。だけど、その後のことは自由にさせてほしい。具体的に言うと、この場所を使って、ウチの商品を販売させてほしいってことなんだけど」
留守番の対価として、女神像ホールの利用権を得ようと言う訳か。そう言えば、『打倒十組』を謳うのと同じ文脈で、ジュリは『女神像の奪還』をも企んでいた。この状況を利用して、一時的とは言え、女神像での営業を目論んでいるのだろう。
「――アオイ、どうする?」
珍しく、ハルカが委員長に判断を仰いでいる。
「別にいいと思うよ。俺らが不在の間は、この空間が無駄になる訳だし。ある程度の自由は、目を瞑るしかないんじゃないかな」
動揺から復活したアオイは、極めてもっともな意見を述べる。
決まり、だった。
だけど、十組の面々はまだ訝しげな顔をしている。皆を代表して、アオイが言葉を続ける。
「だけど……まだ分からんだよ。七組が女神像を使いたがってるのは当然知っとったけど――お前ら、俺らのことを敵対視してたじゃんじゃなかったっけ? いくら利害が一致してるからって、何でこんな、俺らを助けてくれるような真似するだよ?」
アオイの疑問も当然だ。策を弄して出し抜くならまだしも、こんな風に、真正面から十組の手助けをするなんて、何というか、らしくない気がする。
「勘違いしちょし。私たちの女神像に来たお客さんをガッカリさせたくないで、こういうことをしとるだけじゃんけ」
というのが、ジュリの言い分。女神像は七組のモノ、というスタンスを曲げるつもりは毛頭ないらしい。その言葉にセイシたちのグループが反応したが、それを言葉にすることはなかった。
ようやく話がまとまった――かに思えたのだが、驚くべきことに、ジュリはさらに条件を追加したのである。いや、条件というよりむしろ、提案、と言った方が正しいだろうか。
「もしよければ、だけど――私も、そこに立ち会っていい?」
「は?」
十組全員が、一斉に巨大な疑問符を掲げた。
「アンタら、これから自分らの教室戻って、例の、魔術師だか何だかの話にケリつけるずら? ここしばらくは文化祭の準備で忙殺されとったけど、実はずっと気になっとったんだよね。ウチのマスホちゃんも関わっとるなら、私も全くの無関係って訳にはいかなくなるんだし。せめて事の顛末くらいはこの目で見たいじゃんけ。ここの留守番は、ランたちに任せておけば大丈夫だし」
確かに、ジュリは無関係ではない。と言うか、無理矢理巻き込まれた形になる。ずっと関心がないものと思っていたが、彼女は彼女で思うところがあったらしい。
「いや、さすがにそれは――」
「私も立ち会いたい」
意外な方向からの声が、ハルカの言葉をかき消す。
ユカだ。
「ジュリちゃんが無関係じゃないって言うなら、私なんてもっとそうだよ。多分、この中で一番、事の顛末を見届けたいと思ってるのは、私。もう仲間はずれなんて嫌だからね」
いつになく強い口調である。
まるで引く気配がない。
ジュリの好奇心が、ユカに火を点けてしまった格好である。
「どうするよ……」
さすがのハルカも困惑している。
「いや、この際だから、もういいんじゃないかな」
一方、当然却下するものと思っていたアオイは、呆気なく了承してしまう。
「ちょっと、アオイ!?」
「元々、第三者に隠していたのは、混乱が広がるのを防ぐためだっただに? だけど、もう、それも解禁だら。ここまで来たらみんな一蓮托生だよ」
細い目のまま、アオイは言い切る。
腹を括ったようだった。
どうやら、最後は思った以上の大所帯で迎えることになりそうだ。
ヒトナリは扉から顔を離し、深く、静かに、息を吐く。
西側の出入り口からずっと中腰で覗き見していたが、連中の話し合いが思いの外こじれて、腰が痛くなってきてしまった。
しかし、どうやらこれで全てが終わるらしい。
「やっと動き出したみたいね。行きましょうか」
「アイツら待たしすぎだら。ヒトナリ、早く来ん」
右隣のサエ、左隣のマサが、動き出す。十組の連中より先に、教室に移動するつもりなのだ。
低い姿勢のまま、ヒトナリもその後を追った。




