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第四章・N

十月十七日(月)午後〇時四十五分

第二図書室


 迅速に、事態を把握する必要がある。

昼休みの第二図書室である。図書委員のヒトナリは水・木・金の放課後が自分の担当だが、それ以外の時間も、割とこの部屋にいることが多い。自習にせよ読書にせよ、ここなら静かに過ごすことができるからだ。特に、今回のように一人で考え事をしたい時には打って付けと言える。

 ヒトナリは、静かに思考を巡らせる。

『魔術師』とは何なのか。

 何が目的で、実際に何を行っているのか。

 何を行っているのか、という設問に関しては、ぼんやりとではあるが、答えが見えている。

 つまりは、願望成就と記憶操作、である。

 任意の生徒の願いを叶え、一連の記憶を消去する――それは分かっている。問題は、何のためにそんなことをするか、だ。こればかりは魔術師本人に会って確認するよりないのだろうが、今度はその本人に会う方法が分からない。『裏山の魔術師』などという二つ名がついてはいるが、裏山には住居はおろか、プレハブ小屋の一つもないのだ。あんな場所に住める訳がない。

 そもそも、願望成就と記憶操作、などと簡単に言ってはみたが――どうやったら、そんな真似ができるのだろうか。

 魔術師だから、という答えは気に食わない。ヒトナリは、オカルトだのファンタジーだのという、非現実的な話が大嫌いなのだ。現実に起きている以上、理に(かな)った、整合性のある答えがある筈である。願望を叶えるのも、人の記憶を操作するのも、決して不可能という訳ではない。膨大な手間と時間、そしてそれ相応の知識と技術があれば、という条件つきではあるが。

 第一、夢や望みや欲求を、第三者に叶えてもらう、という発想がまず気に食わない。自分のことなのだから、自分でどうにかすべきだろう。どうにもならないのなら、どうにかなるように努力するべきだ。成績を上げたいのなら勉強すればいいし、モテたいのなら容姿やコミュニケーション能力を磨くべきだ。金が欲しいのならアルバイトでも何でもすればいいし、何らかの悩みを抱えているのなら、それを解決する方法を模索するべきだ。大抵の欲望は本人の努力で何とかなる。努力ではどうにもならないような事柄なら、それは身の丈に合ってないのだとして諦めるしかない。それが人の道だと、ヒトナリなどは思う。それをねじ曲げているのだ、件の『魔術師』とやらは。物事の道理がよく分かってない高校生に近付いて(たぶら)かして、何をしたいのだろう……。

 結局、ヒトナリは何も分かっていない。

 とにかく、情報が必要だ。今の段階ではあまりにも情報が少なすぎる。思考を整理しようにも、手持ちのピースが少なすぎて整理しようがない。放課後にでも七組を訪れて、マスホとかいう女生徒に聞き込みしてみようか。ジュリの話では、彼女は魔術師のことを一切覚えてないということだが――構うものか。どこにヒントがあるか分からない。マスホが無理でも、どこか思わぬところから重要なヒントを得られるかもしれない。まずは行動ありきだ。思考派の自分がここまで行動的になるなんて、一週間前には予想もできなかったことだ。全く、人生何があるか分からない。


「……何、一人でニヤニヤしてるの?」

 いきなり声をかけられて、ヒトナリは急速に現実世界へと帰還を果たす。声のした方を見ると、分厚い本を抱えた女生徒が怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでいる。黒髪のボブカット、やや丸顔で口が大きい――誰かなんて誰何(すいか)するまでもない。見慣れた顔だ。

「何だ。ミスズか」

「何だとは失礼だなぁ。図書委員で月・水・金の昼、この第二図書室を担当している私がここにいるのは当然の話でしょう?」

「そんなことは知ってるよ」

「さっきから見てれば、本も読まずにうんうん一人で考え込んでるみたいじゃない。どうかした? 私の知る限りでは、ヒト君は哲学的思想にふけるほど暇な人間じゃない筈だけど?」

「うるさいな。図書委員なら、自分の職務を全うしろよ」

「してるじゃない。見てこの本。私は今、返却された本を書架に戻そうとしているんだよ? その途中をつかまえて『働け』とは、あまりにも理不尽な物言いなんじゃない?」

 本当にうるさい。一を言えば十返ってくる。このミスズという女、ヒトナリと同じ十組で、席も近いために、普段から会話をする機会が多いのだが――何かにつけて理屈っぽく、毎度のように下らないことで議論になってしまう。

 もちろん、今日この場にミスズがいることも知っていた。だけど、そこそこに長い付き合いなのだから、話しかけてほしくないかどうかくらい、分かりそうなものだ。少なくとも、ヒトナリは分かる。だからまさか、こんな風に声をかけられると思っていなかった。

「俺は俺で、色々あるんだよ。悪いが放っておいてもらえないか」

「……最近、十組のアオイ君と、何かやってるらしいじゃない」

「やっていたらどうだと言うんだ」

「委員長が心配している」

 ヨシミツが?

 にわかには信じられない。アイツに興味があるのは自分と自分の周囲だけだと思っていたが。

「フカシもユキも、似たようなこと言ってた」

「それは嘘だ」

 百歩譲ってヨシミツは分かるとしても、後者の二人は考えづらい。二人とも六組の有力者ではあるが、やはり自分と自分の周囲にしか興味のない人間だ。

「と言うか、私も心配してる」

「だから、それは何故だ。これは俺の裁量で勝手にやっていることだ。お前らにもクラスにも迷惑はかけない。どこの誰と何をしようと、お前らには関係ないだろう」

 数瞬の間、じっとヒトナリの顔を見つめていたミスズだったが、すぐに視線を俯け、やや言いにくそうに口を開く。

「だから……あの、あまりこんなことは言いたくないんだけどね」

「珍しく歯切れが悪いな。言いたいことがあるなら、いつものようにはっきり言えばいい」

 ヒトナリに唆されてミスズは顔を上げる。

「あんまり、十組の人達と付き合わない方がいい」

「――それは、何故だ」

 実を言えば、そう言われることは大方予想がついていた。ヒトナリやミスズの所属する六組の連中は、揃いも揃って、小憎らしい程に論理的で常識的だ。だからこそ、そこから外れる連中を(いと)う傾向にある。つまり、今の十組が、そうだと言う訳だ。

「何でって――聞かなくても分かるでしょう。一ヶ月前の事故から、あの人達、ちょっと変だよ。みんな揃ってあんな格好しちゃって」

「事故の後でクラスメイトたちがあんな格好するのは、別に変なことではない。因果関係は明らかだろう。まあ、学校でもプライベートでも、年がら年中というのは珍しいが」

 昨日、公園でアオイがあんな風にしていたのを見て、少し驚いたのを覚えている。だが、まあ、それだけ気持ちが強いのだろうと後から思い至って、それで納得していたのだが……。

「それだけじゃないよ。あの人達、休み時間や放課後の間、窓もカーテンも閉め切って、外部の人間をシャットアウトしてるんだよ? 中で何をやっているか分かったもんじゃないじゃない」

 口を歪めながら、ミスズは言の葉を継ぐ。まるで、素行の良くない人間との交際をとがめる保護者のような口振りだ。

「お前……十組の連中とは仲がよかったんじゃないのか」

 ヒトナリと同じく、ミスズは校内行事などで十組や七組の連中と行動を共にすることが多い。てっきり仲がいいものだと思っていただけに、ミスズの言い草は少しだけショックだった。

「特別仲がいいって訳じゃないよ。行事で一緒になることが多いってだけ。友人じゃなくて知人だね。……でもまぁ、知人なら知人なりに、親しくしているつもりでいたんだけどな……」

 ミスズの口調からは一抹の寂しさが感じられる。

「ショックなのよ――悲しいのよ、私は。知り合いのいるクラスがあんなことになって、その後も、何だか様子がおかしくて――。正直、見ていられない」

「それで、俺にも関わるな、と?」

「十組のことも心配だけど、それ以上に君のことも心配なの。変なことに巻き込まれてほしくない。君も私と同じ六組なんだから」

「だったら、尚更大丈夫だ。さっきも言ったが、お前にもクラスにも迷惑はかけない。危険なことをしている訳ではないし、俺も馬鹿ではないのだから、自分のことくらいは自分でどうにかできる」

「それなら……別に、もう言うことなんてないけど……」

 ヒトナリの態度が頑なだったせいだろうか、ミスズは言葉通りそれ以上のことは言おうとせず、そのまま本を抱えて書架へと向かっていった。


 ――『噂をすれば影がさす』という諺がある。

 不用意に知人友人の噂話をしていると、ひょっこり話の当人がその場に現れたりして、驚いたり気まずかったりする、という意味合いの言葉である。由来は、古い諺、『曹操のことを話すと、曹操がやってくる』とも言われており、また、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』での台詞が初出とも言われている。

 諺や四字熟語のほとんどが死語となってしまった現在でも、この言葉は比較的頻繁に耳にする。その場合、『噂をすれば影』だとか、あるいは単に、『噂をすれば』のように略した形で使われることが多い。耳にする機会が多いということは、それだけそういう状況が多いということだ。もちろん、噂話自体には何の物理的エネルギーも存在しない。噂話とは結局のところは声であり、空気の振動にすぎない。それもかなり微弱なモノである。池に波紋一つ広げることもできない。遠く離れた人物をこちらに引き寄せる力などある訳がないのだ。つまりは、全て偶然である。ただ、タイミング良く――と言うか悪くと言うか――当の本人が現れたりするから、印象だけが強く残ってしまうだけの話だ。要するに、聞かれて困るような噂話を叩くな、という教訓なのだろう。それだけの話である。

 ヒトナリは、何とはなしにそんなことを考える。

 何故そんなことを考えたかと言えば――

「コンコルド、人間、略してコンコルゲン~、っと」

 言うまでもなく、さっきまでミスズが噂していた張本人が、妙な歌を口ずさみながら、この第二図書室に現れたからである。

「お、ヒトナリいたんだー。今日は委員の仕事ないからいないかと思ってただよ」

 大柄な躰に特注サイズのジャージ、どこを見ているのか分からない糸目、左腕につけられた腕章――十組委員長・アオイの登場だ。 今回はさらに、友人のリンまで連れている。

「へえ、図書委員なのは知ってただけど、委員の時以外も図書室におるだね。さすがはヒトナリだー」

 アオイの後から入ってきたリンはそう言って、物珍しそうに周りを囲う書架を眺めている。

 リンは、長い前髪が特徴的な、穏やかで朴訥な少年である。アオイともハルカとも程ほど仲良くしているという、器用な人間でもある。こちらはデニム地のオーバーオールを身にまとっている。どういう訳か、両者とも、服の所々に白い塗料が点々と付着しているのが目に付く。つまり、この珍妙なファッションは何かのための作業着ということなのだろう。その作業が何なのかは見当もつかないが。

「……何の用だ」

 突然の闖入に、意図せずつっけんどんな言い方になってしまう。「何の用ってことはないら。ちょっと休憩しにきただけだよ」

 のんびりした口調で返すアオイ。手には小型の水筒と紙コップを携えている。水筒の中身は緑茶に違いない。

「前も言ったが、ここは休憩所ではない。それに飲食禁止だ。休みたいのなら、別の場所に行けばいいだろう」

「いやぁ、肉体労働の後の一杯は、また格別だねえ」

「聞け」

 ヒトナリの小言を無視して、湯気を上げる紙コップに口をつけるアオイとリンの二人。お約束のシチュエーションだ。

 さっきまでヒトナリに忠告していたミスズは、今はカウンターに引っ込み、闖入者(ちんにゆうしや)二人にじっとりとした視線を送っている。アオイともリンとも顔見知りの筈だが、さっきあんな話をした手前、声をかけずらいのだろう。もっとも、当の二人はさっきの話のことなど知らないのだろうけども。

 本当なら、アオイに(くだん)の話をしたいところではある。しかし、この場にはミスズもリンもいる。二人の耳があるところで魔術師の話はしたくなかった。なので、全く別のことを話題にする。

「……何だ、肉体労働ってのは。お前のその格好と関係してるのか」

「そうそう。今、文化祭の準備中でさあ。ちょっと面白いことを考えてんだよねー。見たらみんなビックリするよ?」

 アオイと同様に温厚な性格のリンは、アオイに似たのんびりとした口調で、そんなことを言う。

「僕はさ、本当は鉄道模型でも走らせたかったんだよね。だけどアオイのアイデア聞いたら、そっちの方が面白そうだったから、僕の案は泣く泣く却下しただよ」

「鉄道模型?」

「リンは鉄道マニアだからねえ」

 緑茶に口をつけながら、アオイがのんびりと答える。

「違う違う。別にマニアって程じゃないに。ただ、蒸気機関車とか模型とか、子供の頃から好きだっただけだもん」

 ただの鉄道好きと鉄道マニアの違いがどこにあるかヒトナリは知らないし、敢えて考察するつもりもない。どうでもいい。

「で、鉄道模型の案を却下して、ジャージやオーバーオールをペンキで汚して、お前らは何をしてるんだ」

「それは見てのお楽しみだよー」

 そう答えたのはアオイだ。目に妙な光が宿っている。どうせろくでもないことを考えているに違いない。

「……と言うか、お前ら、食べ物の屋台をするんじゃなかったのか? そのために強引な手を使って女神像の使用権を得て、七組とトラブル起こしたんだろうが」

「そうそう。また、その出し物を決めるのにも、一悶着あったんだけどさ――」

 そこでヒトナリは、十組のクラス会議で決定した内容を聞かされる。班ごとにそれぞれ屋台を作成して、班別対抗の形をとることにしたらしい。アオイの班は、おでんを出すことに決めたそうだ。

「おでん?」

「そ、おでん。みんな好きでしょ?」

「……俺に関して言うなら、年に数回、食べるかどうかだが……」

 実際、そんなものだろう。

「えー、学校帰りに駄菓子屋とかで食べたりしなかった?」

「てか、おでんって駄菓子だよねー」

 アオイが不満の声を上げ、リンがそれに同調する。しかし、ヒトナリにはピンと来ない。どう反応したものか、考えあぐねて黙っていると、アオイは細い目を更に細めて、悪戯小僧のような表情を見せる。嫌な予感がした。

「あ、ダメだよリン。ヒトナリはさ、おでんじゃなくて虫とか食べてる人だから」

 よりによって、その話題をここで蒸し返すとは。

「その話題はやめろ。しつこいぞ」

 本当にしつこい。溜息混じりに、少しばかり強い語調で抗議してやった。視線を感じて顔を横に向けると、ミスズが険しい表情でこちらを睨み付けている。馬鹿にされたと思って怒っているのだろう。彼女は、ヒトナリが躊躇するザザ虫にも平気で箸を伸ばす猛者で、昆虫食という分野においては、ヒトナリよりレベルが上と言える。

「……もういい。お前らの班はおでんを出し物にする。それで、今はその屋台を制作中。そういうことだな?」

「や。屋台というか、出し物を飾るオブジェだね。今日中に完成させるつもりだから、放課後にでも見学に来なよ。きっとビックリするでさ」

「そんな暇はない」

「屋台は屋台で、明日から集中的に制作するだよ。耐震構造にしようと思ってるから、けっこう時間かかりそうなんだよね」

 相変わらず人の話を聞かない奴だ。第一、文化祭の屋台を制作するのに、耐震構造にまで気を配る高校生がどこにいるだろう? どうも、この連中は地震に対して神経質なきらいがある。

「アオイ、屋台の材料の買い出しはどうする?」

「それなら、フミガネとタイシに頼んである。放課後、近くのジャンボエンチョーに向かってくれるって」

 勝手に話を進めるアオイとリン。怪訝そうな顔をしているヒトナリのことなどお構いなしだ。

「……休憩が終わったのなら、出て行ってもらっていいか。俺は考え事をしたいんだ」

 本当はアオイと二人で話をしたいところなのだが、今のコイツは文化祭の準備に夢中になっている。きっと、魔術師云々のことなど、完全に失念しているのだろう。そんな人間相手に時間をとっても仕方がない。

「えー、図書室を私物化するなよー。別にここはお前一人のもんじゃないじゃんかぁ」

 間延びした声で反論するアオイ。この声を聞くと気が抜ける。昨日、公園で話した時は悲壮感すら感じたモノだったが――どうやら、それは気のせいだったらしい。

「ところで、ヒトナリたちって、文化祭で何やるの?」

 リンはリンで、話題を強引に引き戻す。マイペースなのはアオイ一人で充分なのに、それが二人同時に相手しなければいけないとなると荷が重い。援軍が欲しいところだが、ミスズはカウンターから動こうとしない。どうやら、是が非でも関わるつもりはないらしい。

「郷土史研究結果の展示だ」

「うわ、つまんなそう」

 人のクラスが数週間前から用意してきた内容に対して、何という言い草なのだろう。ここまで来ると、さすがのヒトナリも怒りを通り越して呆れるしかない。

「……面白いとかつまらないとかじゃないだろう。文化祭だぞ。文化的な出し物をしないでどうする。俺に言わせれば、食べ物屋だ喫茶店だお化け屋敷だので、浮かれている方がどうかしていると思うがな」

「ジュリの所は何をやるか聞いてる?」

「なるほど。人の小言は完璧に聞こえない仕様になっているらしいな。まぁいいだろう。今さら何も言うまい」

 溜息に諦観を混じらせて精一杯の皮肉を吐き出すが、どうせこの言葉も奴らの耳には届かないのだろう。

「……七組は、確かフルーツパーラーをやるんじゃなかったかな。ジュリが張り切っていると、小耳に挟んだ」

「フルーツパーラー……ねぇ……」

 ヒトナリの言葉を聞いたアオイは、微妙な表情を浮かべながらリンと顔を見合わせる。

「何か、無難なチョイスだね。あのジュリ率いる七組のことだから、もっと斬新な出し物するかと思ってたのに。ちょっと肩すかしだよ」

 いつもは敵味方を作らない発言の多いアオイだが、今日はまた、随分と辛辣だ。オブジェの制作とやらでテンションが上がっているのだろうか。

「別に張り合うつもりはないけどさあ――それじゃ多分、ウチのクラスの圧勝だねー。俺らのおでんだけでも凄いのに、ハルカの餃子、マサヤスのコロッケ、それに何と言ってもレイの焼きそばがあるからね。フルーツパーラーごときに負けようがないよ」

 十組は班別対抗の出し物だった筈だが、七組に対しても対抗意識を出していたらしい。何事に対してもずくなしで及び腰のアオイが、珍しいこともあったものである。やはり、温厚に見えるこの男も、女神像での一件を根に持っているのだろうか。

「ね、ヒトナリもそう思うでしょ? どこのクラスが一番か勝敗が出る訳じゃないけどさ、俺らのクラスが七組なんかに負ける筈ないもんねえ?」

 ヒトナリは反応に困る。

 ただ、ぼんやりと思うことはある。

 先程、ミスズがアオイたちの噂話をしていて、それから少しして当の本人たちが姿を見せたのを見て、ヒトナリは『噂をすれば影がさす』という諺の考察をしたのだが――きっと、その考察は、今、この瞬間にこそすべきではなかったのか――。

 アオイたちの背後で、鬼の形相で仁王立ちをするジュリを見て、ヒトナリはそんなことを思ったのだった。


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