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幕間・C

(前回からの続き)

『まず最初に、私のいつものやり方について説明したいと思います』

 俺は身を乗り出した。

 しかし、どんなに距離を詰めても、俺はそれの顔がどんな作りをしているのか判別することができない。

『誰か、強い願いを抱いている人物がいたとします。私はその人物をこの場所に呼び出し、願望を聞き出したうえで、それを叶えます。問題は、ここからなのですが』

 淡々とした一本調子で、物凄いことをさらっと言ってのける。色々とつっこみ所が満載なのだけど、そこは深く追及してはいけないのだろう。この魔術師は、そういう力を持っている――これはそういうものだ、と認識しておくよりない。

『願いを叶えた後、私はその人物の記憶を、少しだけ操作するのです。具体的には、私に呼び出され、願いを叶えられた記憶を、丸ごと消去するのですが』

「何故そんなことをするんですか?」

『混乱を防ぐためです。人は、願望が叶った以前と以降で、明らかな変化を生じます。その変化は、心に動揺を生む。覚えていることで、いらぬ混乱をきたすくらいなら、いっそのこと忘れてしまった方がいい』

 ……そうだろうか?

 今まで面食らいながらもそれの話についていった俺ではあるが、この言葉には今までとは別の種類の引っかかりを感じずにはいられなかった。願望が叶った以前と以降で、人は明らかな変化を生じる、とそれは言う。しかし、俺はとてもそうだとは思えない。

 願望の種類によるだろう。顔や体型など、容姿に関することならそれもうなずけるが、精神的、社会的、経済的な願望だったらどうだろう。目で見て明らかな変化など生じるものだろうか。いや、もちろんないとも言い切れない。願いが叶えば幸せな気分になる。悩みが解決すれば心は晴れる。それでいくらか外見や態度に反映されるというのは、いかにもありそうな話だ。

 しかし、それは心に動揺を生む、と言っているのだ。いらぬ混乱をきたす、とも――。

 これはどういうことだろう?

 この魔術師は、願望の種類がどうであれ、混乱し、動揺するような願いの叶え方をするのだろうか?

 そのために、魔術師との一切の記憶を消去するなどという、面倒な仕掛けをほどこすのか……。

『仕掛けをほどこすのは、願望を叶えた方に対してだけではありません』

 俺の内面を覗き込んだのだろうか。何も言ってないのに、それは勝手に俺の言葉を継ぐ。多分、ここも突っ込んではいけない箇所なんだろう。

『願望を叶えた方の周囲にも、記憶操作は及びます。願望成就の前後でその方は変化します。しかし、周りの方々はそのことに気が付かない。あたかも、以前からそうであったかのように振る舞います。いえ、振る舞うというのとは違いますね。そうであったかのように思い込んでいるのです。本人も周囲も変化などしていないという認識のまま、結果だけが残るのです。混乱は起こりません』

 以前からそうだったかのように、それが当たり前であるかのように、結果だけが残る……。俺はそれの言葉を心の中で繰り返す。反復して、頭が追いつくのを待つ。

『ここまでが通常の私のやり方です。さて、あなたのケースでは、どうなるでしょう。さきほど申し上げた通り、あなたの望む人物を、段階をへて、つまり、結界内で仮の存在として一定時間をすごして頂いた後に、よみがえらせることになります。よみがえった後は、本人も、あなたも、周囲の人間も、あたかもそれが当たり前であるかのように感じます。その人物は、ずっと生きていた。不幸などなかったのだと、そう認識するようになります。記憶も、ついでに言えばそれに関連する記録までもが変えられているのです。誰も、気付きようがありません』

 聞く限りでは、何も問題はなさそうだった。俺は、アイツさえ返ってくれば、それでいいのだ。

『問題は一点だけです。死者が結界内で仮の存在として存在している間、結界の中では、その人物は確かに生きています。結界内にいる人間は、全てそのように認識しています。しかし、結界の外では違います。外では、依然としてその人物は死者のままなのです。そう、認識されているのです。結界が張られている状態でその中に第三者を入れてはいけないのは、そういう理由からです』

 中と外で、認識が違う……?

「もし、誰かが入ってきたら、どうなってしまうんですか……?」

 俺の部屋に入ってきて、アイツが普通にいるところを見たら、母親などは仰天してしまうだろう。アイツの死は誰もが知っていることなのだ。

『混乱を最小限にとどめるために、強制的な措置をとらせていただきます』

「強制的な措置?」

『結界に足を踏み入れたその瞬間、記憶と認識が結界内に同調するようにします。瞬間的に、その人物はずっと生きているのだと、生きて存在しているのが当たり前であるかのように認識する筈です』

「じゃあ、いいじゃないですか」

『しかし、それは結界の外に出た後も続くのです。死者を生者と誤認した状態で、死者を死者として正しく認識している世間の中に入ればどうなるか、想像に難くありません。いらぬ混乱をきたしてしまうでしょう』

「俺が入っても、そうなるんですか?」

 世間では、彼女は死んだことになっている。事実、そうなのだ。その中で、俺一人が頑なに彼女の生を主張するなら――それは単なる狂人だ。いや、恋人をなくした哀れな男として受け止めてもらえるだろうか。いずれにせよ同じことだが。

『いえ、これは特別なケースですので、契約者であるあなただけは、全てを認識した状態を維持できるようにしましょう』

 今こうして魔術師と話している状態が、ずっと続くという訳か。結界のことも、結界の中で生きる彼女が仮の存在であることも、第三者を侵入させてはいけないことも、俺だけは正しく認識しているのだ。

『言わずもがなだとは思いますが、このことは口外法度です。決して公にしてはなりません。何故だか分かりますか?』

「いらぬ混乱をきたさないため、ですか?」

『その通りです。そして、それがあなたのもう一つの仕事でもあります。結界は、閉ざされてこその結界なのです』

 俺は考え込んでしまう。

 どこか適当な場所さえ見つけられれば、彼女はすぐにでも俺の目の前に現れる。それは結界内でのみ生きられる仮の存在ではあるのだけど、会って話せるのなら俺は満足だ。

 問題は、それをどこにするかだった。彼女に自我と思考能力がある以上、それは彼女がいても不自然でない場所が望ましい。

 俺が気軽に出入りできる場所ならなおいい。しかし、そこに第三者が侵入してはいけないのだ。俺が出入りしているのを目撃されても不審がられない場所でないといけない、というのも条件に加わる。

 となると――いや、ダメだ。そんな都合のいい場所はない。日常の延長線上にある場所は、どうしたって第三者の侵入を許してしまう。だが、俺がどこか決めないと、いつまでたってもよみがえりは開始されないのだ。俺は悩んだ。

『そんなに難しく考える必要はありませんよ』

 輪郭のあいまいな魔術師が、またしても俺の心を見透かす。

『先程も申し上げましたが、結界は、物理的な移動と視界の遮断があってはじめて成り立つのです。逆に言えば、それらの条件が満たされない間は、ただの部屋だということです。扉の開け閉め、窓の開け閉め一つで、結界は簡単に操作することができるのです。結界が消えれば、当然仮の存在も消えますが、それはさほど心配することはありません。仮の存在を出現させるのは、一日にわずかな時間で構わないのです。あなたが部屋にいるその時間だけ、結界を作って、仮の存在を出現させればいい。第三者の来訪がある程度予想できるのなら、その時間だけ窓を開けておくなり、なんなりすればいいのです。決して難しい話ではありません』

 それなら――何とかはなるだろうか。

 例えば、昼休みや放課後の、使われてない教室など、どうだろう?

 一時間でも三十分でもいいのなら、何とかなりそうな気はする。

『ある程度の目処が立ったのなら、次の説明に移りますが、よろしいですか?』

 休む間もなく進行しようとする魔術師。だけどそれは、俺の望むところでもあった。

 俺はぼやけた輪郭に向かって、強く頷いた。

                          (続く)

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