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第三章・W

十月十六日(日)午前十時三〇分

ファミリーレストラン店内


 ――思い出す光景がある。


 入学したばかりの頃である。

 その時のサイコは、今と同じ窓際最前列の席で、今と同じ様に目の前は壁、後ろは水槽で――今と同じ様に、席で一人、モーター誌を読み耽っていた。

 周囲では、すでにグループが出来上がっていた。テンは、すでにマイやユートと仲良くしていたし、ミカはキガやイイヤなどとグループを形成していた。

 別段、孤立していた訳ではない。

 サイコだって、その時からテンやミカと仲良くはしていた。

 だけど。だけれど。

 何時だって――サイコは独りで完結していた。

 厭ではなかった。

 そういう人間なのだと、自分で納得していた。それでいいと思っていた。窓から吹き込む潮風を頬に受けながら、サイコは一人、モーターバイクのフォルムに見蕩れていた。


「バイク、好きなの?」


 一際強く、風が吹いた。

 見上げると、そこに長身長髪の少女が立っていた。

 はっきりした顔立ちの中で、大きな瞳が印象的だ。

 数日前の学級会で副委員長に任命された――ええと、確か……。

「ハルカだよ」

 人懐っこい笑顔で、彼女――ハルカは、そう言った。

「嬉しいな。女子でバイク好きの()がいるなんて――」

 ――さっちゃんって、呼んでいい?

 彼女は――ハルカは――ひどく自然に、そう言った。

 それが、サイコとハルカの、出逢いだった。


 ――疲れている、のかな……。

 頭をゆっくりと振りながら、サイコは回想から現実世界への帰還を果たす。緩慢な動きで顔を上げると、真正面に座るハルカとまともに目が合う。いつもは自信と活力に溢れた大きな目が、この時ばかりは怪訝そうに(すが)められている。その眼差しに、サイコは慌てて視線をそらす。

 何も、やましいことなんてない筈なのに。

 何も、後ろめたいことなんて、ない筈なのに。

「さっちゃん、どうかした?」

 テーブルに両肘を乗せ、やや前傾姿勢でハルカが聞いてくる。

 青を基調にした、ハルカらしいコーディネイト。その中で、左腕に付けた腕章だけが浮いている。サイコはそれを見たくなくて、ハルカの肩辺りに視軸を固定して、無理に明るい声を出す。

「ん、何が?」

「だって、何か疲れとるみたいだったで……」

 どうやら、何かを訝しんでいるのではなく、単にサイコのことが心配だったらしい。疲れているかと聞かれれば――それは、確かにそうだ。あんな場所に長時間晒されて、色々と嘘を吐いて――それで、疲れていない訳がない。だけど。

「……大丈夫だに?」

 全然大丈夫だからと、そう答えた。

 また、一つ嘘を吐いた。

 胸中に、苦い水が広がっていく。それを薄めたくて、サイコはアイスティーに口をつける。飲み慣れない紅茶は、何だか少し薄味な気がした。


 今日は日曜、休日だ。

 昨日も休日だったのだけど、一週間の疲れをとるために惰眠を貪り、それだけで一日が終わってしまった。だけど、疲れは未だに蓄積している。精神的なモノが大きいのだろう。多分、限界が近い。

 その原因は、ハルカにあり、マサにある。

 マサが『裏山の魔術師』などという都市伝説を話題に出し、ハルカがそれに興味を示したような態度をとったことで、サイコのストレスレベルは、一気にゲージを上げた。

 本当は、関わりたくないのに。

 どこまでも、サイコは独りで完結していたいのに。

 だけど。だけれど。

 今日もこうして、ハルカに追従している。

 文化祭に出すための出し物を検討するという名目で、昼からハルカグループ――ハルカ、サイコ、マコイ、トシヒロ、ホウタ、ジロウ、サヤカ、サキ――がハルカ宅に集結する予定となっている。

 それはいい。だがその前に一つ、ハルカとサイコは面倒な予定をこなさなければならなかった。


「ゴメンゴメン、待たせたね」

 タイミングよく、グラスを持ったマサが現れる。遅いよと、ハルカが不満を口にする。

「ドリンクバー、混んでたんだって」

「てか、私らが普通にドリンクオーダーしとるのに、なんでアンタだけドリンクバーよ。私らみたいに普通に注文すればいいじゃん」

 ハルカはアイスコーヒー、サイコはアイスティーを注文している。

「だって長時間おるなら、ドリンクバーの方が得じゃんか。喋っとると喉渇くしさ」

 さっぱりしているようで、妙なところでがめつい。

「て言うか、私達、そんなに長居するつもりないんですけど」

「何でだ。お前らが文化祭の話し合いとかで全然調査しとらんっていうもんで、わざわざこうやって情報提供してやっとるじゃんか」

 そう。学校近くのファミレスにて――ハルカとサイコは、九組のマサと対峙していた。『裏山の魔術師』について、マサが何やら調べてきたらしい。ならば聞こうと、この場を設けたのだけど……気が重い。正直、早く帰りたい。だけど、俯きがちのサイコを余所に、ハルカとマサはさっさと話を進めていく。

「だって、それ、元はと言えばアンタが気になってた話だら? 私ら、大して興味ないし」

「面白そう、やってみようよって言ったのはどこの誰だ!? サイコが乗り気じゃないのはいつものことだけど、お前が首突っ込んできたから、オレはこうやって――」

「ああもう、口うるさいなぁ。事情が変わったんんだってば。話したら? 私たち、それぞれの班に分かれて出し物準備することになっただって。分かる? 忙しいの。だからアンタは調べたこと早く言えばいいのよ」

 口うるさいのはどっちだよ――と、マサが呟く。

「俺だって色々忙しかっただぞ? その間を縫って調査を――」

「アンタのどこが忙しいよ。部活も委員会もないくせに」

 マサの苦言など、聞こうともしない。

「なくても忙しいだ! 生きてりゃ色々あるんだよっ!」

「生きてりゃ――ね」

「あ……」

 聞き流そうとしていたのに、サイコはその言葉に思わず反応してしまう。顔を俯けたまま、口の中で呟くように――ではあったけど、

マサはその言葉を聞き逃さなかったらしい。

「……ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだけど……」

 彼の視線は、ハルカの左腕を飾る腕章に落とされている。

「別に……私も、マサのことを責めてる訳じゃないし……」

 そう言いつつも、どうしても顔が上げられない。頭に鉛でも詰められたかのようだ。

 ほんの刹那、沈黙が訪れる。

 パン――と、大きく手を叩いて、ハルカが静寂を破る。

「辛気くさい! そんな暗い顔しとってもしょうがないら!?」

 いつかのように――いつものように――ハルカが場を仕切り直す。やや力業ではあるものの、ハルカの言葉で、数瞬前までの沈鬱さは瞬く間に霧散してしまう。この辺りは、さすがだ。

「ほら、マサ君、何か調べといてくれただら? しょんしょんしとらんで、それ早く教えりん!」

 そう急かすなや、とぼやきながら、マサは鞄から一冊のノートを取り出す。どうやら、それに調査結果とやらが載っているらしい。

「一応、俺ら九組と、隣の五組、八組の連中に聞けるだけ聞いてみたんだけど――」

「へえ、この短期間で三クラスも調べたんだ。アンタ、意外と凄いじゃん。探偵になれるら」

「勝手に俺の就職先を決めんなや。あと、『意外と』ってなんだ。お前が話せ話せって言うから聞かすのに、あんま混ぜっ返すなら話すのやめんぞ?」

「私は別に、話せなんて言っとらんよ。話すなら早く話せって、言っただけじゃん。聞け聞けって言ったのはそっちだに?」

「あのなぁ、俺は――」

「マサ、それで、何が分かったの?」

 思わず口を挟んでしまうサイコ。黙っていようとも思ったが、口うるさい二人に任せていたら、いつまで経っても話が先に進まない。

「さっちゃんが興味あるって。だから早く話しん」

 結局、だしに使われてしまう。別にいいのだけれども。

「えっと、それがさァ――」

 ノートを開き、ペラペラとページを捲るマサだが、そこで動きが止まってしまう。思案気な顔で、人差し指で髪をいじっている。

「どうしただ。早く話しんって」

「いや、だから……よく分かンねェんだよ……」

「は!?」

 意図せずして、ハルカとサイコは二人同時に、感嘆疑問符を上げてしまう。

「よく分からんって?」

「ちょっとマサ君、聞いとる私らの方がよく分からんに? ちゃんと聞いてあげるで、順を追って説明してよ」

 二人の問いかけるに応じるようにして、マサは説明を始めた。

 その説明を要約すると、こうなる。

 マサは最近校内で噂される魔術師の正体を見極めるべく、調査を開始した。

 調査内容は、『裏山の魔術師と呼ばれる存在を知っているか?』『また、その噂を聞いたことがあるか?』という、シンプルかつストレートなモノだ。調査範囲は、自身の所属する九組と、隣接する五組、八組だ。無作為に何十人もの生徒を選び、手当たり次第に質問をぶつけたらしい。

 その結果。

『その噂なら聞いたことがある』というのが十数人。これはいい。

『見たことも聞いたこともない』というのが十数人。これも分かる。

 問題は――『知っている気がするけど、よく覚えていない』という回答である。


「その答えの何が問題なの?」

 アイスコーヒーを一口啜って、ハルカが尋ねる。ストローにはくっきりと歯形が残っている。余程強く噛んだのだろう。

「いや、だからサ、『知らない』とか『聞いたことがない』じゃなくて、『よく覚えてない』だに? おかしいら?」

 思わず、ハルカの顔を見る。

 ハルカも、サイコの顔を見ていた。

 だけどすぐにその視軸をマサの顔にスライドして、ハルカは言葉を重ねる。

「……言ってる意味がよく分からんだけど。それは要するに、噂を耳にしたけど大した興味もなくて、そのまま記憶が薄れちゃったってことだら? だから、『聞いたことがあるけどよく覚えてない』――それだけの話じゃんか」

 違う、と言うマサの言葉が、やけにはっきりと響く。

「ハルカ、それは違う。『聞いたことがあるけど』じゃなくて、『知っている気がするけど』、だ」

「何が違うよ?」

「全然違う。いいか? その半数は、魔術師の噂を聞いたんじゃない。噂じゃなくて、魔術師そのものを知っていたんだ。つまり、何らかの形で接触してたってことだ」

「魔術師本人に、会ったことがあるってこと?」

「そうとは限らん。電話越しかもしれないし、ネットを経由した可能性もある。誰か仲介人がいたのかもしれない。だがいずれにせよ、俺が聞き込みしたその数十人は、何らかの形で魔術師に接触してたってことだら」

「推測だね。それも、かなり飛躍しとるに」

 マサから視線を逸らし、そう吐き捨てるハルカ。

 だが、マサも負けていない。

「聞き込みをしたのは俺だに? その俺が、そう感じただ。俺のプレゼンが下手だから上手く伝わらんかもしれんけど――あの数十人は、確実に魔術師のことを知っとったと思う」

「何よ。アンタ刑事? 違うら? 私らと同じ高校生じゃん。一介の高校生に過ぎんアンタの勘と、飛躍した推測と、論理とも言えない論理を信じろっての?」

「俺はお前とは違う」

「何が?」

 俺も一緒なんだ――と、ハルカの顔を見据えながらマサが言う。

「一緒?」

「俺も、知っている気がするけど、よく覚えてねェだよ。だから――多分、俺も、魔術師と接触しとるだって」

「えっと……ちょっと、考えを整理させて」

 左手でこめかみを押さえながら、右手でマサを制するハルカ。

「アンタを含めた数十人は、過去に魔術師と接触していた――納得のいかないことだらけだけど、取り敢えずこれを仮定とするに?

 だけど、今は、そのことを覚えてない……」

 やっぱおかしいじゃん、とハルカは溜息混じりに漏らす。

「覚えてないことを自覚しとるって、どういう状態よ? 覚えてないならないで、全部キレイさっぱり忘れる筈だら。そしたら、十何人だかいたっていう、『見たことも聞いたこともない』って枠に入る筈じゃん」

「筈じゃん、て言われても、実際にそうなんだから仕方ないら。はっきりとは覚えてねェだよ。靄がかかったみたいに、輪郭が曖昧で――やっぱり、『よく覚えてない』としか言いようがねェら。だけど、魔術師は確かにいただって。この前まではあやふやだったけど、今なら断言できる。俺はやっぱり、魔術師に会ってたんだ」

 ハルカが追及すればするほど、逆にマサは確信を深めていく。それに比例して、サイコは落ち着かない気分になる。早く、帰りたい。

「だけど、その内容には濃いノイズが掛かっていて、まるで思い出せねェんだよな……。多分、俺が聞き込みした何十人かの人間も、ほとんど同じなんだと思うけど」

「隠し事があるとか、口封じされとる訳じゃあ、ないだね?」

「違う。しつこく言っとるじゃん。覚えてないんだ。忘れかけとるんだってば。人の話はちゃんと聞きん」 

「聞いとるわ。聞いた上で、分からんって言っとるじゃんね。何よ。アンタの話、全然分からんわ。接触しとるのに覚えとらんって、何よ? 魔術師に接触した人間は、もれなく認知症にでもなるだか?」

「それだな」

 口に持っていきかけたグラスをテーブルに戻し、強い口調でマサが言う。しかし、いくら強い口調で言われても、何が『それ』なのかが分からない。

「だから、記憶操作だよっ!」

 ポカンとする二人を前に、マサは焦れったそうに言葉を重ねる。

「アイツは――魔術師はきっと、他人の記憶を操るんだ。催眠術か薬か機械か、それとも、マジで魔術みたいなんを使うのか、それは分からん。だけど、とにかくアイツはそういうことができるヤツなんだよ。だから誰も覚えてない。覚えてないから尻尾が掴めない。覚えてないけど、記憶の残滓は残る。曖昧な輪郭だけが残る。その輪郭が一人歩きして、中身のない都市伝説になった――そういうことじゃねえの!?」

「マサ君、落ち着いて」

 一人で盛り上がるマサを、ハルカが宥める。

 何だろう。これによく似たシチュエーションを、つい最近目にしたような気がする。既視感だろうか。

「俺は落ちついとるっちゅーだ」

「あのサ――」

 ハルカの眉間に深いシワが刻まれる。こめかみに指を当てたまま、である。何だかひどい頭痛に耐えているようにも見える。

「まあ、仮に、仮定として、百歩譲って、その魔術師先生が記憶を操作できるとして――一体、そのお方は何がやりたい訳? マサ君の論理だと、少なくとも聞き込みした三クラスの数十人には、すでに接触しとる訳だら? 接触して、何かがあって、記憶操作されて、それで今は何も覚えてないって、そういうことだよね? 何よ? そんなたくさんの高校生相手に、何をしとるよ?」

「そう捲し立てンなよ。それが分からんからこうやって調べとるだら?」

「調べただら? 調べて何か分かったから、この忙しい中、三人揃ってファミレスにおるだら!? マサ君が何か分かったっていうから、私らこうやって、大人しくアンタの調査報告聞いとるんじゃんかっ!」

「どこが大人しく、だ。充分うるせェわ。あのなァ、お前、さっきから人の話に文句ばっか言っとるけど、お前らはどうなんだよ。人にやらせてばっかで、何もしとらんじゃんか」

「だからそれは文化祭の話し合いで――」

「そんなんお前らの都合じゃん。言っちゃ悪いけど、他のクラスなん、とっくの昔に出し物決めて、とっくの昔に準備に取り掛かっとるだぞ? それを一週間前になってドタバタして、それで忙しいから人との約束も守れんなんて、どう考えたって、お前の方がおかしいじゃんか」

「別に、私は約束なんしとらんに!? アンタがさっちゃん相手に魔術師に話しとるの聞いて、ちょっと興味持っただけじゃんか!」

「面白そう、やってみようよ、三人で手分けして調べようよって言ったのはどこの誰だ。ああいうのを約束って言うじゃないだか!?」

「だから――」

 ダンっ!

 と、思ったより大きな音が店内に反響する。テーブルを叩いた右手が、びりびりと痺れている。

「……さっちゃん、いきなりどうしたよ……」

 ハルカが目を丸くして驚いている。それはそうだろう。今まで大人しくしていたサイコが、突如としてテーブルを叩いたのだ。驚かない方がどうかしている。

「……こんなトコでケンカしんで。みんな、見とるに」

 確かに、店中の人間がこちらを見ている。しかし、恐らくそれはマサとハルカが言い争いをしていたからではなく、サイコがいきなり大きな音を出したからだろう。この場が収まるのなら、どちらでも構わないのだけど。

「……悪い。ちょっと、興奮しすぎた」

 少し視線を俯けて、マサが謝罪の言葉を口にする。口うるさいくせに、こういうところは妙に素直だ。

「私も、ちょっとうるさかったかもしれないけど……」

 ハルカも、珍しく(しお)れている。サイコが強い態度に出るなんて滅多にないことなので、面食らっているのだろう。

「いいの。ただ、話が進まんで――そろそろ、結論を言ってもらってもいい?」

 昼からは、ハルカ宅に集まる予定になっている。

「だからさ、俺はまだ調べが足りないと思うんだよ。魔術師は実在するし、ソイツがウチの生徒に何かしてるのは間違いない。少なくとも、俺はそう確信している。問題は、それが何かってことだ。残念だけど、今の段階では推測すらできん。だけど、少しでも人手を増やして本気で調べれば、きっと何かが掴めると思うじゃん? そのために――」

「私らに、真剣に調査しろって言いたい訳ね」

 腕組みをして、ハルカが後を継ぐ。

「そうだ。蒸し返す訳じゃねェけど、お前、面白そうって言ったじゃん。やってみようって、あの時言ったじゃんか。少しでも興味があるなら――本気になってもらいてェんだよ」

「それって、文化祭が終わってからじゃダメなの?」

「遅い。手遅れになる危険性がある」

「手遅れって、何が? マサ君は、何の心配をしてるの?」

「だから、それを知るための調査だっつってんじゃん。お前の言う通り、俺が言ってるのは、全部仮定で、推測で、想像だ。何の根拠も裏付けも、証拠も確証もない。ないけど――何だか、凄ェ嫌な予感がすんだよ。気のせいならそれでいいけど……そうでない時に備えて、手は打っておきたい」

「…………」

 柄にもなく真剣な面持ちを見せるマサに、さすがのハルカも押され気味だ。

 もちろん、押されたままのハルカではないのだけれど。

「マサ君の言い分は、大体分かった。調べるだけ調べて、何でもない、ただの下らない噂だったら、それまでの話だもんね」

「じゃあ――」

「だけど」

 身を乗り出すマサを、はっきりとした発音で、ハルカは制する。

「私たちも、本気で忙しいの。これから自分たちの班の出し物を検討して、レシピをマニュアル化して、ついでに屋台も制作しなきゃいけない。人手も時間も足りん。軽い気持ちでマサ君に同調した私が悪いのは認めるけど、でも、そんな理由で班のみんなに迷惑かけられんの。できるだけのことはしてみる。クラスのみんなにも聞いてみるし、他のクラスの人にも、できるだけ聞いてみる。だけど、満足のいく調査結果が得られるかどうかは分からんよ? だから、約束はできない。それでもいいなら――協力する」

 マサの中心を見据えるように、大きな目に更に力を込めて、ハルカは一気に喋る。そんな風に言われたら、断りようがないと思う。

 案の定、マサは幾分気迫負けしたかのように躰を引き、困惑した表情で頷いている。了解した、ということだろう。もちろん、マサはマサで、精力的に調査を続けるのだろう。それを止めることはできない。

 あと五日。

 あと五日でいいのだ。

 文化祭が終わるまで辛抱すれば――全ては、終わるのだから。


 結局、ファミレスでの報告会はそれでお開きになった。この後、一緒に昼食でもどうかと誘われたのだが――美味しいカレーうどんを出す店があるらしい――丁重に断った。この後は、ハルカの家で出し物を検討しなければならないのだ。腹を膨らませておく訳にはいかない。

 個別会計を済ませたところで、ハルカの携帯に着信が入る。グループの誰かからだろうか。慌てて外に出ていくハルカ。それを何とはなしに眺めていたサイコに――マサが話しかける。 

「サイコ、お前さ……」

 小声である。どことなく不穏な雰囲気を感じさせる。

「ん?」

「SRSって、聞いたことあるか?」

「エスアールエス? 何ソレ? 格闘ゲームか何か?」

 ボケているのではなく、本気で分からなかったのだ。

「……知らないなら、いい」

「何よ。知ってるなら教えりん」

「ハルカに聞け――と言いたいとこだけど、やめた方がいいかもな」「はァ?」

 いよいよもって意味が分からない。意味もなく勿体ぶられるとイライラしてくるのだけど。

 表情から察したのだろう。マサは苦笑して、そっとサイコに顔を近づけ、耳打ちする。

「あまり、ハルカを信用するな」

 急激に、口の中が渇いていった。


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