社長VSてん
土曜日、てんは朝からバイト、デスクワークをちまちまとこなしていると
その横で社長とむさい従業員たちが、がやがやと楽しげに騒いでいる、
「 なんせ開幕週だからなー、やっぱ前に行った馬が有利だろうな」
(競馬?)とてんが耳をそばだてる
「ああ、違いねぇ、ここまですべて逃げ、先行馬が勝ってらぁ」
「メインも先行馬が人気してるぜ」
「ああ、でも2.3番人気も前だぜ、前走も成績いいし…」
そしてみんなが黙り込む一斉にシンキングタイム
「ああ、だめだぁ、わかんねぇ、おれはやっぱ誕生日で行くぜ!」
沈黙を破り社長がさけぶ
「社長お得意の誕生日馬券ですか?」
「ああ、9月15日生まれだから馬連で9-15の1点だぁー、どうだ!」
「…だめですよ、そんなの!」
あきれたようにため息をつきてんが会話に入ってくる
「…あ?」
「そんな適当な買い方しちゃあだめ! 大事なお金もったいないでしょ?もっとちゃんと考えて買わなきゃあ」
「ほう、さすが高校生だなぁ、言うことがちがうぜ…だがな、てんちゃんよう、学
校の勉強なら考えて答え出しやぁテストでいい点がとれる、だがな賭け事は違う、運だ、いくら考えても外れ時は外れる、逆になにも考えずに買って当たることもある、そういうもんだギャンブルってやつやよ」
「でもさ、一生懸命考えてはずれたほうがあきらめつくじゃん、それにじっくり考
えるとなにか浮かんでくるかもよ」
「…ほう、そうか、そこまで言うか…」
社長がてんをにらみにたっつとほほえむ
「おし!じゃあ1万円やる!これで予想してみろや!」
「え?…」
「おまえさんの言うようにじっくり考えて当ててみろって言ってんだよ!」
「…」
「どうした? ハハハ、さては1万円でびびったか? やっぱかわいいな女子高生はよー」
社長が従業員たちに目配りしながら笑う、むさい従業員たちも一緒になって
へらへら笑う
「いくらに増やします?」
てんがきっぱり尋ねる、みんなの笑いが止まる
「…あ?」
「2倍?3倍?それとも5倍?さすがに10倍はリスク大きいなぁ」
「…おまえ、なに言ってる?」
「だーかーらー、いくらに増やしましょうかって言ってるっ!」
「本気か?…よし、じゃあ5倍だ!」
「たったの?」
「あ?」
「OK!わかった、じゃあ新聞貸して?」
立上り手を差し出す、社長がいぶかしげにてんを見つめながら競馬新聞を渡す
すぐさま新聞を机に広げる、そして予想モード、頭の中でデータが動き出す
前走の着順、出走したレースのグレード、上がり3Fのタイム、相手関係、騎
手…今日の馬場、開幕週、先行有利・・・レース展開…
てんの周りに近寄りがたいオーラが発する、その様子を社長たちがぼうぜんと見 つめる、やがて…オーラが消えると同時にてんがニコッとほほえみ新聞の1点を
指さす
「みーいっつけ」
社長たちがてんの席に集まる、新聞をのぞきこむ
「メインレースで行きます! 単勝、1点、7枠13番 テンシノヴラ!」
「…テ…テンシノ?」
「ヴラ?」
「はい!」
自信たっぷりにてんが返事をする
「な…7番人気じゃねぇか」
「いつも後ろからきて届かねぇやつだろ、追い込み馬の」
「やれやれなにを買うかと思ったら…」
社長があきれたようにため息をつき自分の席の戻りイスにふん反りかえる
「あのなぁ、教えてやるよ、この馬はなぁこの馬は追い込み馬っていってないつも
後方待機で最後の直線で後ろから飛んでくる脚質なわけよ、今日のような開幕で
馬場もいい時期には不利だ、とても届かねぇ、悪いことは言わねえ、ほかの馬に
替えな」
「うん、でも大丈夫、勝つから!」
またきっぱりてんが言い放つ
「おまえなぁ…わりと頑固だな、そこまで言うなら、はずれたらおまえの給料から
1万円引くぞ! いいか?」
このことばにまわりの従業員たちも驚く、2人を交互に見つめる
「うん!いいよー」
「よーし、じゃあ買ってやる、7枠13番テンシノヴラの単勝1点、1万円、いい
な?」
「OKー!」