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ツッパリ生徒会長危機一髪  作者: ヒデヨシ
7/14

第七話

享が襲われてから、四日経った。その間享は、初日はともかく、二日目からは、どうやら家にじっとはしていないようだった。見舞いに行っても、家にはおらず、家の人に聞いても、どうやら連日夜遅く帰ってきているらしかった。

そして、四日目の夜、いきなり享は僕の家を訪ねてきた。その後ろには、多少当惑気な原田の姿もあった。

享は、勝手知ったる他人の家、という感じで僕の部屋に入ると、直ぐに僕のベッドに腰掛け、僕が一番気に入っているクッションを背中に当てた。原田は、さすがに僕の家に来るのは初めてなので、この図々しい男のどこにそんな繊細さが有るんだろう、と驚くほど神妙な態度で部屋の隅に座った。

享がいきなり口を開いた。

「夜遅く悪いな、亘。それに、原田には理由も何にもしゃべらずにいきなり連れてきて、びっくりしてるだろうけど、勘弁してくれ。そして、俺がこれから話すことを、良く聞いて欲しいんだ」

原田が、いつもの癖で、でっかい丸縁の眼鏡を右手で押し上げながら聞いた。

「それって、この数日間に君がやった調査に関することですかね」

享が、幾分驚いたような顔をして言った。

「何だよ、知っていたのか」

「それはね」原田が、にたり、と笑いながら得意そうに言った。

「君が、学校を休んで、昼も夜もどこかに出歩いている、と聞けば、君が何をやっているのかぐらい、大体想像がつきますよ」

「何だ、じゃあ、亘も大概のところ、見当は付いているのか」

僕も、何となく分かる気がしたので、小さく頷いた。しかし、僕には、享の目に、いやに暗い陰が有るのに気付き、どうも嫌な予感がした。

「何だ、じゃあ、話がはええや。じゃあ、ちょっと俺の話を聞いてくれ」

こうして、享はこの三日間、どんな調査をしていたのかを、事細かに話してくれた。例によって、僕が聞き書きした、という体裁を取るよりも、享の一人称で書いた方が臨場感が出ると思うので、ここからの話はそれでいくことにしよう。


     *


俺は、あの車で襲撃されたとき、かなり焦っていたのと、ヘッドライトに目が眩んでいたのとで、車の特徴を、あんまり良く憶えていなかった。何となく、グレーっぽい色で、どうやら2ドアのセダンらしい、ぐらいしか憶えていない。もっとも、この点じゃあ、秋月さんも似たりよったりだから、まあ、しょうがねえだろう。だから、車の線から、あの襲撃者を探って行くのは、ちょっと難しい相談だ。

しかし、俺には、ちょっとした心当たりが有った。これは、警察には話していないけど、あのとき、車が方向転換した辺りに、銀のピアスが片方落ちていたんだ。このピアスが、なんか俺の頭にカチンと響くものを呼び覚ました。しかし、苛々することに、それがどうしてもはっきりした形にならねえんだ。

もちろん、そんなピアス、どこかの馬鹿女がおっことしていったもんかも知れねえ。しかし、おれの勘では、これは確かに、あのとき急な方向転換のために、運転席から頭を出した運転手が落したもんじゃねえかと思うんだ。何しろ、こいつは、ネジで耳に留めるタイプのイヤリングじゃねえ。確かに、ピアスから、止め金が外れて落ちたもんだ。普通に歩いていたら、ピアスがそんな風にして壊れることはねえはずだ。きっと、運転席の窓から顔を出したときに、どっかにぶつけて落したもんだと思ったんだ。

このピアスで、何かを思い出さなけりゃあならねえはずなんだが、どうにもそれが思い出せねえ。

それで、苛々しながら、俺は、俺のせいで中止になっちまったライブをやるはずだったスタジオに行ったんだ。そしたら、ちょうど別のバンドがライブをやっていた。それを聞いていたら、急に思い出したんだ。本当に、パッと閃いた感じだった。

そこでライブをやっていたのは、マッド、っていうけちなバンドだったけど、ここはまともなドラマーが居ないんで、大抵ドラムはトラ(エキストラ)でやるんだ。そのバンドの専属のドラムは、まだずぶの素人って言ってもいい程度のやつだから、普段の練習はともかく、ライブではほんの二、三曲たたくだけで、後はトラに任せるんだ。で、俺も一度頼まれてマッドでドラムを叩いたことが有るんだ。

そんときだ、急にリードギターが熱出しちゃって、出番直前に倒れちまったんだ。で、まさか、もう中止っていうわけにはいかなかったし、リードギターもトラを頼もうってことになったんだ。こんな直前になって、連絡が取れて、しかも相応に弾ける奴、となると大体限られてくる。

そのときに呼び出された奴が、えれえ気障だけど、目茶苦茶にうまい奴で、そんときは俺のドラムと奴のギターが完全にステージを乗っ取っちまった、って感じだったんだ。で、そんときのリードギターが、このピアスと良く似ピアスをしていたんだ。ドラムの前まで来て、滅法うまいソロを取って、頭を振り回しているときに、このピアスがいやにキラキラしていたんで、良く憶えているんだ。

ほら、このピアス、まるで蛇が二匹絡み合っているみたいで、結構特徴有る形してるだろう。こんなのが、ステージライトに照らされて、御機嫌なギターのリズムと一緒に揺れてたら、いやでも記憶に残っちまうさ。俺は、音と一緒に印象に残ったもんに関しては、無闇と記憶がいいんだ。

で、正直言って、マッドの演奏を何十分も聞き続けるのは、ちょっと苦痛だったけど、我慢して最後まで聞いて、はねた後に楽屋に行ったんだ。

こんなバンドでも、結構ファンが付いていて、俺が楽屋に行ったときも、何人かの女の子が、ボーカルを取り巻いて群れていた。

俺は、リーダーの斎藤純一、通称、サリーに近付いて行った。俺が手を上げると、サリーも気がついて、懐かしそうに手を上げた。何せ、俺は一晩のトラと言っても、ギター野郎とは違って、何回か合わせの練習をやったから、お互いに顔は良く知っていたというわけだ。

「よお、享、久し振りだなあ。いつかは、えらい世話になったな。今日は、聞きに来てくれたんかい。まあ、お前にとっちゃ、あんまりシビレル、って演奏でもなかっただろうけどよ」

俺は、軽く頷いて、柄にもなくお世辞を言った。

「いや、たまたま通りかかって、聞いたんだけど、結構いい線いってたんじゃねえか、今日のライブは」

「本当かい、いやあ、お前にそう言って貰うと、何だか嬉しくなっちまうな」

サリーは、真面目な顔で照れた。

「そう言えば、さっき、あんたらの演奏聞いてて思い出したんだけど、前に俺がトラやったとき、一緒にトラやった奴で、ギターがえらくうまいやつがいたじゃん。あいつ、何て名前か知らないかい。ついでに、連絡先も分かるといいんだけど」

「え、ああ、あの気障野郎か」

サリーは、ちょっと不機嫌そうに顔をしかめ、考え込んだ。

「あんときは、こっちもえらく慌てていたからなあ、とにかく来てくれれば誰でもいい、ってんであちこち携帯かけまくったんだ。で、人の紹介で、名前も知らずにとにかく来て貰ったんだ。で、終ったときに金だけ渡して、後は何の連絡もしてねえからなあ。そんでもって、あいつを紹介してくれたのは、田沢信一、てやつなんだ。ヤサはどこかは良く知らねえけど、大抵、ここの「吸血鬼」っていうスナックにたむろしてる。なんだ、奴にトラでも頼むんかい」

こう言って、サリーは、一個の古めかしいマッチを手渡してくれた。今時、店のマッチがあるなんて、変な店だよなあ。

「いや、そんなんじゃあねえけどよ。ちょっと野暮用があってさ、さっき、あんたらの演奏聞いてて、あいつのこと思い出したからさ」

「ああ、そうだろうな、ルシファーには、いいリードギターがいるもんな。なんも、あんなやな野郎にトラ頼むことねえもんな」

サリーが、妙に納得した表情で頷いた。

「まったくよう、いくら頼まれたトラだからってよう、人のバンドのこと、愚図だの、猿真似だのって、言いたい放題言いやがってよう」

サリーは、苦々しそうに、つぶやいた。

と、まあ、こんな訳で、俺は、そのピアスの持ち主を洗って見る気になった。もっとも、正直言って、自分が正解の道を行ってるのかどうか、確信が有ったわけじゃない。何せ、あのピアスが、襲撃者が落したもんかどうかなんて怪しいもんだし、それが、あの気障なリードギター野郎がしていたのと同じもんかどうかなんていうと、もう怪しいなんてもんじゃない。どっちかというと、俺の勘でそう思っているに過ぎない。

それでも、俺の頭の中には、俺達の、折角のプロデビューのチャンスを、目茶苦茶にしてくれた奴らに、何とか警察の手なんか借りずに、自分の手で落し前をつけてやりてえ、っていう思いが渦巻いていたんだ。

しかし、その日は、そのマッチを手がかりに、「吸血鬼」っていうスナックが何処にあるのかを確かめるだけで終っちまった。その日は、定休日だったんだ。もっとも、場所をやっと見つけたときには、十一時を回っていたから、どっちにしろあんまり時間は無かったわけだ。

次の日、俺は夕方頃にその店に行ってみたんだ。小さな雑居ビルの地下に降りて行って、分厚いガラスのスィングドアを開けてみるとよう、店んなかは薄暗くって、何となく赤っぽい照明でよう、まるで全部が血の色に染まったようでよ、店の名前通りの雰囲気を盛り上げていたよ。

見かけより、ちょっと広い店ん中には、カウンターの他に四つのボックス席が有ってよ、そこにはもう十人近い客が群れていたんだ。

俺は、カウンターに座り、ジンフィズを注文して、チビチビ嘗めながらカウンターの中のボーイが暇になるのを待った。ボーイが、一通り注文の品を作り終り、暇そうにグラス磨きを始めたところで俺は聞いた。

「なあ、今日は、まだ田沢信一さんは来てねえのかな」

ボーイは、胡散臭そうに俺を見て言った。

「いや、今日はまだ来てないけど、田沢さんになんか用が有るの」

「うん、ちょっと、バンドのトラのことで頼みたいことが有ってよ」

この一言と、俺のパンクルックが、ボーイの警戒心を解いたらしい、口調も軽くなって答えてくれた。

「ああ、そうか、あの人、バンド関係に顔が広いからね。じゃあ、あんた、田沢さんの顔も知らないんだろう」

俺が頷くと、「じゃあ、来たら、俺が教えてやるよ」と親切に言ってくれた。

それで、ジンフィズをチビリチビリ嘗めながら、小一時間俺はそこでねばっていた。

そして、何となく俺がしびれを切らし始めた頃、スィングドアが開いて新しい客が入ってきたんだ。

「あ、田沢さん、いらっしゃい」

ボーイが声を掛けて、俺にウィンクして見せた。その男は、もういい加減秋だというのに、真っ赤なアロハシャツを着込んで、大きく開いた襟元には金の鎖を覗かせているんだ。そして、そのアロハシャツの上から、黒い革のジャンパーを羽織っている。一目で、チンピラのヤーサンということがばれそうな格好なんだ。もっとも、その目は意外に優しそうな感じだったから、案外、外見とは違う生活をしているのかも知れねえ。

「こちらの人が、なんかバンドのことで田沢さんにお話が有るそうで、さっきからお待ちかねなんですよ」

ボーイが、ぺらぺらとしゃべっちまった。お蔭で、俺は真正面から話をするしか方法が無くなっちまった。しょうがないから、俺は頭を下げた。すると、田沢は、奥のボックス席に座りながら、俺を手招きした。

俺が、その席に行くと、田沢はいかにも軽薄な調子で言ってきた。

「おう、なんだい、話ってのは。その格好見ると、あんたも結構やるんじゃないの」

こう言って、田沢はギターを弾く真似をしたんだ。俺は、首を振って言った。

「いやあ、俺は、ギターじゃなくてドラムっすよ」

右手だけでスティックを叩く動作をしながら、俺は言った。うっかり嘘をつくと、ひょんなことでばれかねないから、俺はここは正直に言うことにしたんだ。バンド関係の人間に、楽器のことで嘘をつくのは危険だ。

「へえ、そうかい。しかし、その手付きを見ると、結構叩きそうだな。なんか、トラの用件でもあるのかい」

「ええ、うちのバンドのリードギターが、近頃ちょっと体調悪いんで、まあ、まだトラ頼むかどうかははっきりしてないんすけど、一応まさかのときの候補だけは探しておいた方がいいかなあ、と思って、そんで、三ヶ月ぐらい前に、マッドってバンドのライブでトラやってたギターがえらくうまかったのを思い出して、なんせ、トラ頼んだのが、ライブ開始の二時間前なのに、チョイチョイと打ち合わせしたら、ギンギンに弾きまくっていたって言うんで、そいでもってマッドのやつに聞いたら、田沢さんの紹介だって言われて、それで、失礼かと思ったんですけど、いきなりこうしてうかがったんです」

「三ヶ月ぐらい前のマッドのトラねえ」

田沢は、ちょっと考え込む仕草をした。

「しかし、どっちにしろ、そいつは浩司だな。そんな、ステージ直前に行って、チョイチョイの打ち合せでギンギンに弾ける奴と言ったら、この辺じゃ浩司しかいねえや」

「浩司、ですか?」

「ああ、鎌上浩司、字はこう書くんだ」

言いながら、田沢はペーパーナプキンにボールペンで字を書いた。

「悪いけどよ、こいつは俺も直ぐに口利きが出来る、っていう程の知り合いじゃねえ。あんときは、たまたま奴がこの店にいたから声を掛けたんでなあ、普段はあんまし付き合いねえんだ。悪いけどよお、自分で直接当たってくれや。あいつのヤサは、誰も知らねえけど、たいてえはゴルゴン、っていう、アングラ酒場でくだをまいているらしい。もっと、ちゃんとバンド活動に身を入れれば、プロデビューだって夢じゃねえのによ」

言いながら、田沢が暗い顔をして下を向いちまった。

「あんまり、練習してないんですか」

「ああ、酒と、女と、ヤクに身を持ち崩してな、いい腕してるんだがなあ。ときたまトラでやる以外には、あんまし練習もしねえみてえだな」

「ヤク、ですか?」

俺が聞き返すと、田沢は、やばいことを言ったな、という顔をして、それから急ににこにこし出してこう言った。

「いや、まあ、忘れてくれ。しかしよお、これはマジに、浩司に近付くときは気を付けた方がいいぞ。あいつ、近頃は、組のスジモンと関係が有るって話だからなあ。うっかりすると、しなくていい火傷をするぞ」

こう言いながら、田沢はさっきのペーパーナプキンに、ゴルゴンの地図を書いてくれた。俺は、大体のところを聞き終ると、立ち上がって、万札を一枚田沢の手に握らせようとしたんだ。

「少なくてすいませんけど、お礼です。裸のまんまで失礼ですけど」

「いや、今日はいいよ。口利きもなんもしてねえしな。それに、見たところ、お前まだ高校生だろう。あんまり無理すんなよ。あ、それからな、浩司は八時前にゴルゴンに居ることはまずねえ。それまでは、女のところでグダグダしてるんだ。だから、八時前じゃあ会えねえぜ。この間、ここに居たのは、ほんの偶然なんだからな」

こう笑って、田沢は、決してその金を受け取ろうとしなかった。

で、今日の午後にそのゴルゴンっていう酒場を探したんだが、けっこう裏小路に有るんで見つけ難かったんだ。でも、一度見つけてみると、今度は、いやに知った顔のバンドの連中がうろうろしてるんだ。そして、考えてみると、もし、その鎌上浩司がこの件に絡んでいるとすると、俺は確実に面が割れている。そんな所に、ノコノコ出掛けて行ったって、何にも情報は集まんねえだろう。

そこで、頼みてえんだが、二人で、このピアスと、鎌上浩司との関係を調べてきちゃくれねえだろうか。俺一人の復讐に、おめえ達二人を巻き込むのはどうにも心苦しいんだが、とにかく、その酒場の連中が、このピアスを知っているかどうかさえ分かればそれでいいんだ。


     *


と、まあ、こんなところで享の長い話が終った。僕と原田は、享の申し出をちょっと考えたが、結局やってみることにした。普通なら、この辺まで分かれば警察に任せるんだろうが、何のことはない、僕らは、みんな警察があんまり好きではなかったのだ。


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