表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツッパリ生徒会長危機一髪  作者: ヒデヨシ
5/14

第五話

「ねえねえ、大変よ、今朝の新聞見た?」

全く、何で朝から、美香の騒々しい電話で起こされなけりゃならないんだ。思わず愚痴りたくなりながら、僕は「読んでない」とぼそりと言った。

「全くもう、享といい、あんたといい、どうしてこう暢気なのかしらねえ。とにかく読んでごらんなさいよ。大ニュースよ。なんてったって、あの高橋先生が、何人もの女性を囲って、ハーレムを作っていたっていうんだから」

ええ! 僕は、目を剥いてしまった。なんだって? あのぬめっとした、万年独身男が、ハーレムを作っていたって。そんな羨ましい、いや、馬鹿な話が有ってたまるもんか。

「いい、とにかく、すぐ新聞を読みなさいよ。あたしは、これから原田君にも恵子にも電話しなくっちゃならないから、忙しいんだから」

いきなり電話は切れた。嵐のような美香の電話が終って、暫く僕は携帯を握りしめたまま呆然としていたが、直ぐに気を取り直して新聞を取りに行った。

そこには、本当にショッキングなニュースが書かれていた。これを読んで白髪頭を抱え苦悶する校長の姿が、思わず僕の目の前に浮かんだ程だった。

その記事によると、高橋先生、いや、こうなると、やっぱりナメクジと呼びたくなる、ナメクジは、フィリピンや韓国からやってきた女性を、三人、自分のアパートの近くの一軒家に住まわせており、そこで、ちょっとした王侯貴族のような生活をしていたと言うのだ。

その女性達は、あまり思うように日本語をしゃべれないので、とにかくナメクジを頼りに生きて行くしか方法が無かったらしい。

それにしても、この記事で、ただ真面目なだけが取柄の、何となく陰気臭い万年独身男、というナメクジのイメージは完全に崩れてしまった。

三人の女性にかしづかれて、好き放題なことをしている図々しい男。これは、あの暗い顔で、ぼそぼそと地理の授業をしている人物とはおよそ適わないイメージだった。

そういうこともあるのだろう、大胆にも自分のアパートの近くに女性達を住まわせていたにもかかわらず、近所の人達も、その女性達のパトロンがナメクジだとは、誰一人気がついていなかったらしい。

今度だって、日本語が多少理解できる韓国人女性が、テレビのニュースでナメクジの死を知り、警察に連絡してこなければ、この事実の発覚はもっと遅れていただろう。

学校に行くと、朝の新聞の記事で、全生徒が興奮状態にあるのが分かった。右を見ても、左を見ても、その話題で持ちきりだった。普段は、休み時間も勉強に熱中していて、下らない噂話なんかには付き合わないガリ勉連中も、今日だけは特別、という感じだった。

なにしろ、自分達の身近な先生が、全国的な話題の主になったのだ。興奮しないほうがどうかしている。

僕も、教室に入ると、早速美香のところに行ってみた。原田も、恵子も、当然もう来ている。享は……、こいつだけは、何時もの無関心な態度を崩さずに、自分の机で、ロックを聞きながら、超然としている。

「しっかし、驚いたなー、あのナメクジが、こんな大胆なことしていたなんて、今でも信じられないよ」

僕は、美香の席に着くなり、興奮した口調で言った。努めて落ち着こうとしたのだけれど、どうにも興奮を隠しようがなかったのだ。美香が、その僕の興奮を当然のこととして受け止めながら言った。

「さっき、ちょっと職員室を覗いたんだけど、校長や教頭なんか、もう完全に頭を抱えているみたいよ。深刻な顔して話し合っていたし、先生達も、なんか態度が上の空で、あたしが入って行っても、誰一人気がつかないの。で、適当にぶらついて、帰ってきちゃったんだけど、もう校長なんて、学校の名誉が! って唸ってるだけで、もう頭の中完全にパニックみたいね」

それはそうだろう。現役の高校教師が、三人もの外国人女性を囲い者にしていた、なんて、どう考えても外聞のいい話ではない。

こんなことを、ガヤガヤ話し合っていると、担任の樫村先生が入ってきた。そして、礼をするなり、出席を取るのもそこそこに、話し始めた。

「ええ、今朝の新聞などに、随分とショッキングなニュースが出ていたが、みんな冷静に、落ち着いて対処して欲しい。特に、流言飛語に惑わされることなく、マスコミなどの取材に対しては、高校生らしい毅然とした態度で臨み、いたずらに憶測をたくましくした話などしないように気をつけて欲しい。母校の名誉がかかっている事件だ。みんなも、軽挙妄動しないように、自戒して欲しい。いいか、とにかく、マスコミの取材には気をつけて、余計なことは話すんじゃないぞ」

多分、今朝の職員朝会で、生徒に箝口令をしくように、校長から話が有ったのだろう。樫村先生も、何時もの彼らしくなく、妙に持って回った言い方をして、ずばりと問題の核心に触れてこない。

先生が、汗を拭き拭き訓示を述べて、教室を出て行くと、待っていたように一時間目の数学の古橋先生が入ってきた。彼も、いつもの、ハンプティ・ダンプティのようにころころした体で、陽気に軽快に授業を進めて行くやり方に似合わず、むっとしたような顔で教室に入ってきて、物も言わずに黒板に数式を書き始めた。

みんなも、こそとも音を立てずに、黙々と数式と向い合い、頭をひねり始めた。


     *


放課後、誰言うともなく、なんとなく生徒会室にみんな集まってきた。あの享でさえ、関心のなさそうな表情を顔に浮かべたまま、それでも大人しく美香の後にくっついてやってきた。

原田が、真っ先に口を開いた。

「しかし、驚きましたねえ。あの、Mrナメクジが、外国人女性を、三人も囲っていて、ミニハーレムを作っていたなんて、人は見かけによらないもんですねえ。ほっほっほ。僕も、少しは人を見る目が有るつもりでいましたけど、今度という今度は、その自信を木っ端微塵にされましたよ」

こう言うと、原田は自分の額を、ピシャピシャと叩いた。まるで、落語家みたいな奴だが、はっきり言って、それほどの愛敬もない。変に不気味な感じが有るだけだ。全く、なんでこんな奴といつの間にか友人になってしまったのだろう。何かの妖怪にでも、化かされたとしか思えない。

「ま、馬鹿な話は置いといて、と」

今度は、急に真面目な顔になって言い出した。

「話は、いよいよ面白くなってきましたね。むふふふふ。ぶっちゃけた話、今度のことで、例のノートと、高橋先生の自殺の謎が、一本の線で繋がった、という感じがしますね」

原田は、本当に、そのミイラのようにこけた頬に、微笑みを浮かべて、如何にも楽しくてたまらない、という表情をした。

「え、どういうこと、それ」

美香が素っ頓狂な声を出し、恵子も、訝しそうな目で原田を見た。全く、これだから女の子は度し難いというもんだ。僕は、思わず口を開いてしまった。

「あのさあ、考えてもご覧よ。そんな、外国人女性を、三人も囲っておけるだけのお金を、一体どこから持ってくるんだい。いくら独身貴族でも、教員の安月給じゃあ、とうてい無理な金額だぜ。そりゃあ、彼女らは日本の女性みたいに贅沢言わなかったかも知れないけど、いくら彼女らが、日本の女性に比べて慎ましやかだと言っても、毎月の家賃と食費だけでも大変な金額になるはずだ。そのお金を、どこから調達していたのか。新聞では、そのせいで相当の借金が有って、それを苦に自殺したんだろう、と書かれているけど、どこから借金したのかは全然謎に包まれている。とすると、その辺の謎を解くのが、あのノートじゃないのか、という風に推測出来るんじゃないかな」

原田が、にやり、と笑って頷いた。享は、そんなことは当然だ、という感じで表情一つ変えない。

女の子二人は、一瞬ポカン、としていたが、次の瞬間には、なるほど、という感じで大きく頷いた。

「意外とねえ、センセイは、借金なんか、してないんじゃないかと思うんですよねえ。ほっほっほ。かえって、何かの方法を使って、巨額の利益を得ていたんだろうと思う方が筋が通りませんかねえ。その、証拠物件が、案外あのノートなのかも知れませんよ。これは、いよいよ他殺説が正しい可能性が濃厚になってきましたね。面白くなってきましたよ。ほっほっほ」

 だから、その不気味な笑いは止めろ。と無性に突っ込みたくなった。

「ねえ、そのこと、警察に知らせなくてもいいかしら」

恵子が、心配そうな顔をして言い出した。原田が、言下に言った。

「いやいや、そんな馬鹿なこと。第一、何の根拠もない推測ですからね。むふふふふ。それに、その程度のことなら警察でも、見当を付けているでしょうし、もし付けていないのなら、僕らの手でその辺のことを調べてみるのも、なかなか面白いと思うんですよ。もっとも、身の安全には、随分と気をつけなくちゃあならないでしょうけどね。その高橋先生の取り引き相手が、僕達のことをどの程度知っているか、が問題ですね」

「それにしても、その高橋先生がお金を儲けていた手段、っていうのは、一体どんなことなのかしら」

美香が、野次馬根性丸出しで、興味しんしんという感じで身を乗り出した。

「さあねえ、さすがにそこまでは分かりませんけどね。でも、儲けなくちゃならない金額からしても、あんな風にノートに変な符丁を使って書いているところを見ても、いずれまともな手段じゃないでしょうね。そして、うっかりすると、本当に僕達の命に関わるような大事なのかも知れませんよ」

またしても、原田はにたり、と笑いながら、自分の眼鏡を押し上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ