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ツッパリ生徒会長危機一髪  作者: ヒデヨシ
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第四話

昼休み、半分呆然としながら、僕らは何となく昼の弁当を食べている美香と恵子の周りに集まった。もちろん、男共は、みんな早弁をしている。購買で買ったパンを片手にしている。

「しかし、驚いたなあ」

僕は言った。

「昨日の様子じゃあ、自殺しそうな雰囲気なんて、別に見えなかったのになあ」

「本当よねえ、人間、何が起こるか、一寸先は闇よね」

美香が、海老フライを頬ばりながら、何となく暢気そうに言った。

まあ、はっきり言ってナメクジ、いや、死んだ人には礼を尽くそう。高橋先生の死を、心の底から悼む、という気分にはみんななれなかった。一応、とにかくもかくにも死んだ人一般に対する、通り一遍の哀悼の気持ちを現そう、程度の意識しか持っていなかった。要するに、彼の人気がその程度のものだったということだ。

「でもさあ、あの先生、家族もいないんでしょう。そうすると、生きている彼に最後に会ったのは、あたし達ってことにならない。何となく因縁を感じるわ」

恵子が、しおらしく言った。まあ、この子は、基本的に誰に対しても優しいのだ。

「うん、でも、それはそれ、これはこれよ。だからって、彼の死とあたし達とに何かの関係が出来るわけじゃないでしょ」

と、美香はあくまでも平然としている。

「いや、案外、そうとばかりも言えないかも知れませんよ。むふふふ」

あの、昔懐かしい牛乳瓶の底のように分厚いレンズの、でっかくて丸い眼鏡を右手で押し上げながら、原田が興味しんしんという感じで身を乗り出してきた。

「昨日、あの妙なノートを僕らに見られたときの、ナメクジの反応。あれは、ちょっと尋常じゃありませんでしたよねえ。ほっほっほ。案外、あのノートが今度の自殺と何かの関係を持っているのかも知れませんよ」

こう言うと、原田は、舌なめずりをしながら、ニタァッ、と笑った。

なるほど、言われてみればその通りだ。昨日のあの様子は、確かに普通のものではなかった。その後の、自殺という異常な行動からすると、二つの普通でない出来事には、何らかの関係が有ると見る方が筋が通っている。

僕らは、みんな一瞬考え込んだ。

「でもさあ、あんな変なノートと、自殺がどう結び付くのよ」

美香は、あくまでも高橋先生の死を、自分達とは無関係な事件と見たいらしい。

「さあ、そこまでは、……なにぶん、情報量が圧倒的に不足していますから、僕にも分かりませんけどね、むふふふ」

原田が、チェシャ猫のような笑いを浮かべながら、また眼鏡を押し上げた。

放課後、僕らは何となく行き付けの喫茶店「ライフ」に行くことにした。

やっぱり、自分達がつい昨日会っていたばかりの一人の人間が、簡単に死んでしまった、という事実は、僕達に多少の影響を与えているようだ。誰一人として、このまま帰宅して一人になる気にはなれなかったらしい。

しかし、高橋先生のことを、直接話題にするのも気がひけて、何となくそのことには触れないようにしながら下らないことを、いつまでもおしゃべりしていた。しかし、その話題にすることを避けている、ということにみんなが気がついていることを全員が承知している、ということが僕らの気分をさらに重くさせていた。

ふと、話が途切れたときに、原田が、ぽつんと、つぶやくように言った。

「それにしても、あの時の様子じゃあ、自殺しそうな気配なんて、全然ありませんでしたよねえ、本当に自殺なんでしょうかねえ」

「何よそれ、自殺じゃなかったら、何だって言うのよ」

美香が混ぜっ返した。何となく雰囲気が険悪になった瞬間、享が腕時計を覗き込みながら言った。

「俺、ルシファーの練習が有るから」

そうか、今日は火曜日だ。ルシファーは、火曜、木曜、土曜、日曜と、週四日間も練習するというハードなバンドなのだ。

「今日も遅いの」

美香が聞いた。享は、ルシファーの練習場には、かたくなに美香を連れていこうとはしない。享に言わせると、そこは男が夢を追いかけている世界で、女とは無縁のものだ、ということらしいのだ。

「いや、今日は、スタジオで録音が有るから、九時ぐらいには家に帰ってるよ」

「うん、じゃあ、そのころまた電話するからね」

「ああ、分かった。じゃあな」

美香の頬が、ほんのりとピンクに染まった。なるほど、確かに、享がバンドマンの雰囲気を身に纏ったときは、男の俺達から見てもかなり格好いい。

享がいなくなると、さっきのちょっと険悪なムードも消え失せ、四人とも、何となく気が抜けたようになってしまった。

「帰ろうか」

僕が言うと、みんな賛同し、そのままライフの前で別れた。


     *


次の日の朝、新聞を見ると、高橋先生の自殺が、結構大きく扱われていた。

ああ、やっぱり高橋先生は死んだんだな、としみじみ思った。何でも、マスコミで報道されてからでないと実感が湧かないという、僕らの世代に共通な悪い癖だ。

学校に行っても、教室はその話題で持ちきりだった。

おかしなことに、昨日の時点ではこの事件に大して興味を持っていなかったはずの連中さえも、テレビや新聞で報道されたとなると、俄然興味をもってその話に加わっているのだった。それだけ、僕らは良くも悪くも、マスコミに影響を受け易い体質になっているのだろう。

僕らは、どちらかと言うと、そういう話題には加わらずに、一種超然とした態度を維持していた。何となく、生きている高橋先生と、最後に言葉を交わしたのは僕達だったかも知れない、という思いが、僕らの口を重くしていたのだ。

五時間目の授業中、僕らは樫村先生から揃って呼び出された。先生に連れられて校長室に行くと、刑事らしい人物が二人、ソファから立ち上がった。若い方の一人は、にこやかな笑顔を浮かべているが、初老の一人の方は、むっつりと口を閉じている。

校長が、享の頭から目を逸らしながら、言った。

「刑事さん達が、君達に聞いておきたいことが有るそうだ。どんなことも隠さずに、正直に言いなさい」

刑事二人が座ったので、僕らも女の子二人と原田が三人がけのソファに座った。僕と享は最初立っていたが、若い方の刑事の手真似で、壁に立てかけてあったパイプ椅子を取り出し、それに腰掛けた。

「さてと、最初に自己紹介をしておこう。僕は、秋月登、そして、こちらが権藤重蔵、二人とも、城南署の刑事だ」

若い方が言った。むっつりした方が、自分の名前を言われたとき、軽く首を動かした。

「さてと、それで君達に来て貰ったのは他でもない、昨日の夕方、君達は生徒会室にいたよね」

「はい、そうです」

何となく、その場の雰囲気で、ここは取り敢えず普通の生徒で、男でもある僕がみんなの代表、みたいな感じで答えた。

「実はね、職員室の先生達に聞いたところによると、昨日高橋先生は、いつまでも生徒会室に明りがついているので不審に思い、様子を見に行った後、十数分後に、いやに慌てて帰ってきて、そのまま帰宅したんだそうだ。そして、その直後に、生徒会室から君達が出てくるのを見ていた先生がいらっしてね、高橋先生は、きっと君達と会っているに違いない、というんだよ。それで、君達に話を聞きたいんだ。何しろ、君達も知ってのとおり、高橋先生はまだ独身で、アパートの一人住まいだったからねえ。どうやら、君達が生前の高橋先生に会った最後の人物達、ということになりそうなんだ。それでね、そのときの様子なんかを、出来るだけ詳しく教えて欲しいんだがね」

で、僕らは、と言っても喋ったのは主に僕と美香だが、昨日のことを出来るだけ詳しく話した。もちろん、机の鍵を強引に開けた所は、最初から鍵が掛かっていなかったことに脚色した。

「ほう、そうすると、高橋先生は、その奇妙なノートを、君達に見られたことで、随分慌てたんだね。そのノートの中味は、一体どんなものだったのかね」

「どんなって、とにかく、普通のノートに、ボールペンで縦に出納帳みたいに線を引いて、そこにキャラメル五十円とか、チョコレート百円とか書いてあるんですよ。ぱっと見たところでは、それぞれ違う相手から三十円なり、七十円なりで仕入れた品物を、高橋先生が、銀、という符丁みたいな名前の相手に売って、その代金を受け取った、っていう感じでしたよ。もっとも、本当にメモ程度の走り書きでしたけどね」

秋月刑事は、権藤刑事と顔を見合わせて頷き合った。

「で、そのとき、高橋先生には、自殺しそうな素振りなんか、有ったかね。どうだい、どんな細かいことでもいいんだが、何か思い出せないかな」

「さあー」

僕は当惑して、みんなを振り返った。そして、みんなの顔を見てから答えた。

「いや、別にそんな素振りは感じられなかったと思います。僕らには、そのノートのことで慌てたこと以外は、何時もの高橋先生の雰囲気のままに見えたと思います」

秋月刑事は、頷いてから、言った。

「分かった、有難う、協力を感謝するよ」

そのまま秋月刑事が立ち上がったのにつられて、みんなが立ち上がったときに、ふいに原田が口を開いた。

「あの、感謝ついでに教えて貰えませんか。今度の事件、他殺の疑いが有るんでしょうかねえ?」

いきなりの鋭い突っ込みに、秋月刑事も多少慌てたようだったが、直ぐに態勢を建て直して言った。

「現時点では、確かなことは言えないけど、自殺と断定するには、まだいたっていないということだけは言えるよ」

それでも、原田がじっと見つめているので、仕方無さそうに溜息を付いて、もう一言を付け加えた。

「まいったな、どうも、君は鋭いね。ああ、実は、高橋先生の死体からは、かなりの量のアルコールが検出されたんだ。で、今までの情報からすると、高橋先生は酒にはあまり強い方じゃ無かったらしい。そんな人が、あの泥酔状態で屋上までの階段を一人で昇れるのか、そして、屋上の手摺を一人で乗り越えられるのか、どうも腑に落ちない点が多すぎる、というのが大方の見方なんだよ」

「遺書なんかは、無かったんですか」

原田が、さらに突っ込むと、秋月刑事は、頭を掻いた。

「いや、参ったね。うん、有るには有るんだ。ただね、パソコンで打った遺書なんだよ。ま、パソコンは高橋先生愛用のものだけどね、きょうび、パソコンなんて、誰でも打てるからね。本当に自筆の遺書かは、ちょっと疑わしいんだ」

原田は頷きながら、また眼鏡を押し上げた。

校長室を出ると、僕と美香と恵子は、興奮して原田を囲んだ。享は、あまり興味無さそうに突っ立っている。

「おい、何だよ、あの質問は。お前、高橋先生が、誰かに殺されただなんて考え、いつ思い付いたんだよ。俺達には黙ったまんまでさ」

僕が小突くと、原田はにやにやしながら答えた。

「なに、簡単なことですよ。ほっほっほ。あの、変な符丁みたいな帳簿。あれは、絶対、なんか人に知られたくない取り引きの帳簿でしょう。それを他人に見られた直後に、飛び降り自殺だなんて、話が出来すぎてると思ったんですよ。ね、それなら、何かの秘密を、他人に知られたので、その取り引きの相手にでも消された、と考えた方が、話が面白いでしょう。ほっほっほ」

僕らが、話が面白い、だけで殺人なんていうことまで考える、その思考回路の異常さに絶句していると、享が、ぽつり、と言った。

「しかし、そうすると、その帳簿を見た俺達の命も、結構やばい、ってことになるな」

僕らは、つまり、僕と美香と恵子は、ぎょっとして享の方を見た。原田が、にやにやしながら言った。

「そういうこと、もし、高橋先生が僕達のことを逐一相手に話しているとしたら、ちょっと危ないでしょうね。でも、その可能性は、五分五分ですよ。何せ、相手は、あんなに慌てて高橋先生を殺してますからね。アルコールで酔わせて、なんて、偽装殺人の方法としても、ちょっと御粗末でしょう。僕らのことを、正確に問いただすだけの余裕が有ったかは、ちょっと疑問ですね。むふふふふ」

全く、こいつらの神経は、一体どんな構造になっているのか見当も付かない。今、現実に自分達の命が危ないかも知れないのに、一人はてんで無関心な様子だし、一人は、かえってそれを楽しんでいるような感じだ。

しかし、正直に告白すると、僕は、この時掛値無しにぞっとしたし、女の子二人も、顔色が真っ青になったのだった。

「そうすると、女の子は、一人歩きさせられないな」

僕が掠れた声で言うと、享も原田も、真面目な顔をして頷いた。


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