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ツッパリ生徒会長危機一髪  作者: ヒデヨシ
2/14

第二話

こうして、僕達は着々と生徒会長選挙に向けての準備を進めて行った。色鮮やかなポスターも十枚以上描いたし、応援演説のメンバーも、影でこっそりと手配していった。

そして、いよいよ今日が生徒会長立候補の締切日、という日の昼前の休み時間に、僕らは連れだって生徒会の顧問であり、僕達の担任でもある樫村先生を訪ねて職員室に出向いた。(そうそう、言い忘れていたが、原田を含めた僕達五人は、実に同じクラスのメンバーだったのだ)

「樫村先生、ちょっとお話が有るんですが、いいですか」

僕らの中では一番先生達に受けのいい恵子が話しかけた。樫村先生は、自分の乱雑な机にもぐり込んで行きそうな格好でパソコンに向かって仕事をしていた手を休めて振り向いた。

「おう、なんだ、お前達が職員室に来るなんて珍しいな。なんか変わったことでもあったのか」

樫村先生が、眼鏡を右手で押し上げながら聞いた。そして、左手は、さっと今崩れそうになった本と書類の山の崩壊を防ぐべく、素早く差し出された。

それにしても、その机の上の乱雑さは言語道断だった。本の上に書類が積まれ、その書類の上にまた本が重ねられ、といった具合で、樫村先生は、その手前にほんの少し残った猫の額のようなスペースでパソコンを叩いているのだ。

もっとも、そんな具合でも、本人はどんな書類が何処にあるのかは熟知しているらしく、必要な書類は大抵もっと整理された机の先生よりも速く見つけ出すことが出来ると威張っている。(ただし、これはあくまでも本人の弁で、そんな所を目撃した生徒は、まだ一人も居ない。残念ながら)

「はい、あのー、あたし達、生徒会長に立候補に来たんです」

「おお、そうか、今まで、立候補者は浜口しか居なくて、また低調な無風選挙になるのかな、と、ちょっとがっかりしていたんだ。それはいいな。で、恵子、お前が立候補するのか、うん、女子の生徒会長候補、というのもなかなか悪くないな」

樫村先生が、一人で乗り始めたので、美香がすかさず口を挟んだ。

「いいえ、あのー、会長に立候補するのは、恵子じゃなくて、享です」

それまで、僕達のやり取りに無関心な様子で横を向いて突っ立っていた享が、ここで申し訳程度に頭を下げた。

樫村先生の口は、驚愕の余りだらしなく顎が外れたようにあんぐりと開けられて、なかなか閉じようとしなかった。

それから、急に樫村先生は立ち上がり、享の両手を強く握り締めて上下に振りながら言った。

「いやあ、そうか、渡辺、お前、やっと学校生活に目を向けてくれる気になったか。うん、そうだぞ、何も大学に進学しないからといって、高校生活を大事にしないでいいということはない。うん、そうか、よし、先生も応援するぞ、当たって砕けろ、精いっぱい頑張ってみろ、うん」

ちょっと、樫村先生の感激ぶりには誤解が有るような気もしたが、そこは無責任に気にしないことにした。そして、美香がすかさず用意してきたものを差し出した。

「じゃあ、先生、この書類受け付けてください。それから、こっちのポスターに、生徒会の承認のハンコをお願いします」

美香が差し出した書類は、会長候補の立候補届け出用紙で、そこには会長、議長、副会長、執行委員長などの予定者名がしっかりと書いてあり、推薦人の署名もしっかり集まっていた。そして、美香が色鮮やかなポスターを広げて見せたときには、樫村先生も目を白黒させて驚いた。

「おいおい、なんだ、これは、随分と手回しがいいな。はあー、これは、お前達大分本気だな。一時の気まぐれじゃなさそうだな。よし、ますますいいぞ。これは面白い選挙戦になるかもしれんな」

樫村先生は、揉み手をして喜び、早速書類に受付印を押し、ポスターに承認印を押しまくった。

本来なら、こうした作業は生徒の選挙管理委員がやるべきなのだろうが、受験勉強に直接役立たないことは出来るだけパスしよう、という今の生徒の風潮で、こうした作業もいつの間にやら顧問の教師がやるようになっている。もっとも、こっちとしては、そのほうが浜田陣営に情報が届くのが少しでも遅れるので都合がいい。

さて、こうしてやるべきことをやると、僕達は直ぐに学校の目立つ場所にポスターを張りに走り回った。こうして、生徒昇降口の前とか、食堂の入り口などの一番目立つ一等地には、享のポスターが所狭しと張られ、後から来たものが張る余地など無いほどになってしまった。

そうして、早速この昼休みから教室回りを始めた。五人で揃って一つの教室に入り、僕が「ちょっとすみませんが静粛にしてください」と言う。そして、教室が静まったタイミングを利用して、享が一歩前に出て「今度、生徒会長に立候補した渡辺享です。どうかよろしくお願いします」とだけ言って、ぺこりと御辞儀をする。

享が話すのはこれだけである。ここが、この挨拶のみそだ。享が御辞儀をした後は、すかさず美香が主導権を握り、享が、見かけは不良っぽいが、根は真面目な音楽少年であること。今度会長に立候補するに当たっては、明るく、楽しい学校生活を目指して頑張るつもりなこと、などを、一見応援演説のようなふりをして喋り捲る。しかし、実際には政策や公約については全部美香が一人で喋っていて、享は一言も喋らずに側に立ってにこにこと微笑んでいるだけなのだ。

こんな風にして、一つの教室で五分ほど嵐のように演説をして、最後に全員で「よろしくお願いします」と御辞儀をして次の教室に向かう。

こうして、一回の昼休みで一年生の四つの教室を回ることが出来た。この調子で行くと、うちの学校は一学年八クラス編制だから、六日有れば全部の教室を回ることが出来る。

「享、なかなかうまいじゃない。あのスマイルしながら、悠然と立っている格好は、とても喋れないから黙っている、っていう風には見えないわよ」

美香が、またきついことを言う。

こんな風にして、僕らの選挙戦は戦われていった。慌てたのは、無風選挙だと思い込んでいた浜口陣営だった。

ポスターにしろ、教室回りにしろ、全部が後手後手に回っていた。学校中の目立つ主だった場所には、既に享のポスターが張ってあったし、隣に張れば、急造のポスターと、時間を掛けて作ったポスターとの差がかえって目立つだけだった。

教室回りをすればしたで、浜口は、一年生のときから執行委員はしているものの、人前での演説などは全く苦手な男だった。そして、そのスタッフの執行委員仲間にも、あまり弁の立つ奴は居なかった。

しかし、いくら出遅れても、浜口陣営には余裕が有った。そこは何と言っても、一年生のときから執行委員を勤め、二年生では副会長もやり、先生達の信頼も厚い浜口と、一、二年と完全なノンポリで過ごし、先生達から目を付けられている要注意人物の筆頭である享とでは、キャリアも違うし、生徒全体からの信頼度にも、大きな開きが有ると思われていたからだ。

実際のところ、僕らもこの選挙で勝とうなんて、本気で思っていたわけではない。ただ、高校生活最後の思い出として、少し馬鹿騒ぎをやり、学校を引っ掻き回してから、受験勉強に入ろうと思っていただけだった。

こうして、運命の投票日が来た。

立会い演説会は、双方、ほぼ互角の勝負だったといえるだろう。享にしろ、浜口にしろ、とにかく用意された原稿を読み上げるだけだったが、やはり見るからに生真面目そうな浜口の方が印象は良さそうだった。

それに対して、応援演説では、双方の陣営で、なんと言っても美香の演説が群を抜いていた。とにかく、美香の機関銃のような演説を聞いていると、享が如何にも素晴らしい人物に聞こえてくるのだ。これは、ほとんど詐欺のようなものだろう。

まあ、こんな風で、総合的に見たら、演説会そのものは互角の勝負だったと言って差し支えないだろう。

浜口達は、選挙戦での部分的な戦闘でこそ、苦杯を嘗めたものの。戦局全体の有利は決定的だと見て、余裕のある態度でこの投票を見つめていた。

僕らは僕らで、とうとう高校生活最後の馬鹿騒ぎも終りになるんだな、これからは、決められた線路の上で、大人しく過ごして行くしか無いんだな、というちょっとした感慨に耽っていた。

現執行部中で、ただ一人こちらの陣営である、選挙管理委員の星野健一(恵子の弟の一年坊主だ)が、血相を変えて僕らのたむろしている教室に飛んできたのは、開票が大分進んでからだった。

「大変ですよ! 大変です。今のところ、享さんの方がかなり有利に展開していますよ。この調子で行けば、享さん、本当に生徒会長になっちゃいますよ」

この知らせを聞いて、誰よりも驚いたのは、当の仕掛人の美香だった。

「えー!何よそれ、うっそー、何かの冗談でしょう」

僕は、ふと享の顔を見たが、享は全く我関せず、といった感じで、けだるい雰囲気で窓の外を見つめているだけだった。

原田が、意外に冷静に、眼鏡を右手で押えながら言った。

「いや、そんなに意外な事態じゃ有りませんよ。ほっほっほ。何と言っても、選挙は浮動票をどうさらうか、ですからね。よっぽど意識のしっかりした生徒以外のほとんどの生徒は、今までの執行委員としての実績なんて、あんまり気にしないで投票するでしょうからね。そうとなれば、この一週間の選挙戦で、常に先手を取って戦っていた我々の方が、有利になるのは、そんなに不思議なことじゃ有りませんよほっほっほ」

なるほど、言われてみれば、僕だってこれまでの生徒会長選挙で、そんなに真面目な意識で投票したことは一度もない。

ただ、これまでの選挙が、全て無風選挙だったから、選択の自由が全く無かっただけの話だ。

さて、これから一体ことはどう運ぶんだろう。正直言って、何となく不吉な予感の方が、楽観的な見通しよりは大きかったような気がする。そして、それはかなり当たっていたとも言えるのだ。


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