第十四話
ヤクザ連中が、みんな数珠繋ぎに繋がれて、パトカーで運ばれて行くと、僕は、半分自棄気味に秋月刑事に聞いた。
「それにしても、どうしてあんなタイミングでここに来ることが出来たんですか?」
向こうでは、享と原田が、美香と恵子に介抱されている。特に、ひどくやられた原田は、恵子の膝枕で手厚く介抱されて、鼻の下を伸ばしっぱなしに伸ばしている。
「ああ、実はね、君達が出掛けてから、鈴井さんと星野さんは心配になってね、五十ccのバイクで、君達の後を付けたんだそうだ。それで、極東会の事務所から出た君達の後を追っていたら、後ろから凄いスピードでやってきて、あっという間に彼女達を追い抜いたかと思うと、やはり君達の後からゆっくりと付いて行く車が有ったんだそうだ。どうも、君達の尾行は前の車に気付かれていて、応援を呼ばれていたらしいんだね。それで、実は君達が潜んでいる後方に、極東会の連中が潜んで様子を窺い、そのまた後ろで、鈴井さんと星野さんが潜んで様子を窺う、という構図になったらしい。それで、バイクのところまで逃げてきた君達が、待ち伏せていた極東会の連中と追いかけてきた連中に挟み打ちにされ、捕まったのを見て、鈴井さんが君達が連れ込まれる先を確かめると同時に、星野さんが携帯から110番して、僕達に応援を頼んだんだ。それで、我々はサイレンを押えたパトカーで駆けつけたという次第だよ。しかしね、本当のところを言うと、鈴井さん達に連絡されるまでもなく、実は君達の行動は警察に逐一マークされていたんだよ。なにせ、渡辺君が一度命を狙われているからね。だから、さっきボートで逃げた連中も海上で取り押さえてある。ついでに言うと、本当は君達が鎌上のアパートに不法侵入したことも、しっかりばれているんだよ」
しまった、なんだ、僕達は結局お釈迦様の手の上の孫悟空状態にあったというわけか。流れる冷汗を拭いながら、僕は話題を逸らした。
「それにしても、出てくるタイミングが絶妙でしたよね」
「ああ、実はね、もう少し早く着いてはいたんだけどね、あんまり警察を無視して独断専行した君達に少しお灸をすえてやろうと思ってね、ぎりぎりまで踏み込むタイミングを計っていたんだよ」
秋月刑事は、こう言うと、まるで悪戯小僧のように舌をペロっと出した。僕は、怒る気力もなく、肩をすくめるしかなかった。
*
こうして、生徒会の新執行部の出発を飾る、とんでもなく派手な事件は終りを告げた。この後、高橋みたいに、麻薬の運び屋をやっていた教員が何人か摘発され、全国的なスキャンダルになったりもした。
このときの活躍で、僕達は一躍学校のヒーローになった。それで、前執行部の中にも、僕らに協力してくれるメンバーが出てきて、僕らの生徒会運営もけっこうスムーズに行くようになった。
享が髪を切ってきたのを、校長と教頭は、享が生徒会長としての自覚を持ったためだと勘違いしたらしい。特に、校長などは涙を浮かべながら享の手をしっかりと握り締めて言ったものだ。
「いやあ、渡辺君、君も、やっぱり母校の名誉を重んじてくれる至道館高校の生徒だったんだなあ。いやあ、君の生徒会長就任を邪魔しようとした自分が恥ずかしい。教育者として、失格だったと反省しているよ。いやあ、有難う、有難う、渡辺君」
この後、校長は享の手を握り締めて、暫く感涙にむせんだ。享も、これだけしっかりと誤解されては、どうにもしようがないと観念したらしい。取り敢えず、会長でいる間は、まあ、人並みの髪型で通した。
こんな具合で、僕達の生徒会は、生徒サイドからも、教員サイドからも、一応の協力を受けて、様々な行事を、なんとか無難にこなしていった。
生徒総会、クラスマッチ、体育祭、学校祭、それぞれに色んなドラマを孕みながら、何とか無事に過ぎていった。と言うより、この異色の生徒会に全校生徒の興味がはらわれたせいで、それぞれの行事への生徒の自主的な参加率がよくなり、例年よりどの行事も盛り上がったと言えるだろう。
これらの、行事毎のドラマを書いていけば、それはそれでけっこう面白い話もいっぱい有るのだけれど、それはまた別の話だ。他のときに、機会でもあったらまた書いてみようかと思う。
こうして、僕らは、次の執行部に無事にバトンを渡すことが出来た。僕らの生徒会が全校の注目を集めていたせいか、次の学年でも会長候補が二人出てきて、選挙もそれなりに盛り上がった。
こんな次第で、享は、任期が切れたときに、特別に校長室に呼ばれて、特例の感謝の言葉まで貰ってしまったのだ。最初、享が新会長になりたてのときに、誰がこんな事態を予測できただろう。きっと、享は、くすぐったくてしょうがなかっただろう。
この事件の後も、美香と享の仲は別に変わりもなく、それなりに親密な関係を保った。急変したのは、原田と恵子の仲だった。この事件の後、二人は、完全に全校公認のカップルになってしまったのだ。
原田のどこがいいのか?という僕のやっかみ半分の質問には、恵子はこともなげに答えたものだ。
「だって、原田君って、どっか常識を外れたところが有って、付き合ってて退屈しそうにないし、その常識を外れたところが、また、何となく見守っていてあげないと、なにをしでかすか分からない、っていう母性本能を刺激するところが有るのよ。それに、彼って、なんとなく可愛いでしょう」
可愛いだって! あの、郷土研究部の部室で、原田がいきなり現れたときに、悲鳴を上げて僕にしがみついてきたのは、一体どこの誰だと言うんだ!
まあ、しかし、やっかんでも始まらない。たで食う虫も好き好き、っていうしな、ほんっと、女心というやつは、僕にはどうにも不可解な、非論理的な構造をしたものらしいね。あーあ。
まあ、こんな具合に、色んな悲喜劇を生み出しながら、無責任に始まった生徒会長騒ぎは、取り敢えず終りを告げた。
ま、結局、女運に恵まれなかった僕を、運命の女神が哀れんでくれたのか、それとも、単にデートする必要がなかったら勉強する暇がたっぷり有ったせいか、僕らの中では、僕の進学先が真っ先に確定した。で、美香、恵子の二人は、僕の後に私立大学にうかった。そして、原田は、国立大学の二次試験に向けてラストスパートの真っ最中だ。
あ、それから、ルシファーの方だけど、殺人事件と、麻薬の密輸事件に関わったドラマーがいる、おまけに、そいつが名門進学校の生徒会長をしている、という世間の好奇の目に便乗して、レコーディングをし、プロデビューすることが出来た。そして、一旦レコーディングをしてしまえば、連中の実力は着実に認められ、今や、期待される新鋭バンドの一つになっている。
と、まあ、こんなところで後日談も終りだ。
これで、やっと、なんとかこの事件の記録、という大役も、無事に終りを告げたというところかな。それにしてもさあ、別に愚痴を言うわけじゃないけど、やっぱりなんとかガールフレンドが欲しいよなあ、と思う今日この頃なんだ。僕一人だけ、チョンガーっていうのは、やっぱり寂しいよな。冬の風が、妙に寒く心に染みるような気がするわけさ。あーあ。
おしまい。
了