第十話
次の日、僕が学校から帰って自分の部屋に落ち着いたとき、享がやってきた。その頭を見て、僕はぶっとんだ。享が、トレードマークの真っ赤に染めて毛を逆立てたパンクルックを、すっぱりと、思いっきり良く切ってきたのだ。髪は、大体五分刈りを少し長くした程度のスポーティーな長さにして黒く染めている。それに、伊達眼鏡をかけて、ピアスの穴を絆創膏で塞いだ格好は、全く、どっかのお坊っちゃんだった。
「おい、どうしたんだ、その格好」
「な、こうして見ると、ちょっと、俺だとは気がつかねえだろう」
享は、にやにやしながら言った。
「そうか、お前、その格好で……」
「ああ、ゴルゴンを張るつもりだ。この格好なら、付き合いが短くて、俺を頭の特徴でしか憶えていない奴には、絶対に分かりっこねえ。ゴルゴンの近くに、割りと張り込みをしやすい喫茶店が有ることは、前から調べてある。そこから、ゴルゴンから帰る銀の後を付ければ、奴のヤサが分かるって寸法だ。奴のヤサが分かりさえすれば、後は忍び込んで家捜しをしてみるだけさ」
「お前、学校はどうするんだよ」
もうそろそろ、医師の診断書による享の出席停止期間は切れるはずだ。
「そんなもん、暫くはさぼりだ。こう見えても、普段はけっこう真面目に出席してるから、二週間や三週間さぼっても、影響はねえよ。大丈夫だ」
そう、享は、その姿格好さえ除けば、どっちかと言うと、まともに学校生活は送っている方なのだ。
「じゃあさ、その銀の家を突き止めるまでは、お前が一人でやるとして、その後は俺達も混ぜろよ。いいな」
僕が念を押すと、享は、「お前達も好きだなあ」と苦笑いしながら、分かった、と頷いた。
それから、暫くたわいのない世間話をして、享は帰って行った。
そして、二日後の夜遅くに、享は興奮した顔をしてやってきて言った。
「よし、亘、奴のヤサが分かったぞ」
こうして、僕は享からその張り込みの様子を、一部始終聞いた。ここからは、例によって享の一人称だ。
*
俺は、駅からゴルゴンに向かう通りに、けっこう夜遅くまでやっている流行らない喫茶店を見つけておいた。これは、道に沿って細長い、窓際の席がたくさん有る店で、もう少し小綺麗にしておけば、立地条件は悪くないはずなのに、若いマスターが忙しいのが嫌いで、わざと流行らなくしておいてるような、そんな店だった。
で、俺は七時ごろにその店に行った。俺が電車に乗っていると、途中の駅からゴルゴンにたむろしているはずの、見知った顔の連中が乗り込んできたのでちょっと焦ったが、案の定連中は髪を切った俺には気がつかなかった。
駅で降りると、他の車両からも何人かゴルゴンの常連らしいのが降りてきた。みんな、パンク系統の格好をしているからすぐに分かる。
逆に言うと、俺は特徴だったパンクルックを止めているから、敵にはばれっこないという寸法だ。
だから、俺は連中の前を、堂々と歩いてやった。そして、そのしけた喫茶店に入り、窓際の席に腰を下ろしたんだ。連中が、ゴルゴンのある小路に入って行くのが丸見えだった。
それから俺は、取り敢えずカレーを注文して腹ごしらえをした。そして、アフターのコーヒーをちびちびやりながら、窓の外を眺めていた。もちろん、セーターにジーンズっていう浪人生らしい格好をして行ったから、取り敢えず参考書なんかを取り出して、眺めている振りだけはした。
一時間以上経った頃だ、銀が姿を現した。やっぱり、他の奴らとは、悪さが一味違う、って感じが発散してたっけな。
奴は、通りをゆっくりと歩いてきたけど、痩せっぽちのくせに、妙に迫力が有るんだ。それもいい意味での迫力じゃねえ。なんて言うか、こんなこと言っちゃ野獣に悪いが、本当に飢えた野獣、って形容詞がぴったりくる野郎だった。
それから、コーヒーをお代わりして、もう二時間ぐらいその店で粘ったけど、銀がゴルゴンから出てくる様子は全然無かった。
それで、ちょっとやばいけど、ゴルゴンの前に行ってみることにした。店の前に行くと、そこに三人の男がたむろしていて、何か話をしていた。仕方がないから通り過ぎて、向こうの角から出入口を見張ったってわけだ。
で、そいつらが店の中に入ると、ちょっと出入口の扉まで行って、中を覗いてみた。そんとき、たまたまこっちを向いた顔見知りのミュージシャンと目線が合ったから、ちょっと冷やっとしたが、向こうは気がつかなかった。
な、やっぱり、一目で分かる特徴もっとくと、変装なんかのときは都合がいいって訳だよ。
ま、そのとき、俺は慌てて顔を引っ込めたけど、ちらっとだが銀の姿は見えたんだ。この調子だと、終電辺りまで粘りそうな雰囲気だった。
で、俺はしょうがねえから、駅の近くで張ってみることにした。駅の近くなら、深夜営業の店も幾らでもあるからな。
駅までブラブラ歩いて、ミスタードーナッツに入って、やっぱり窓際の席に座りながらコーヒーを飲んだ。ドーナッツには、やっぱり手が出なかったよ。良くあんな甘ったるいもんを平気で食えるなあ、お前らは。
しかし、何時まで待っても、やつらは来ねえんだよ。もしかすると、このまま朝までどんちゃん騒ぎをやってるつもりか、それともタクシーかなんかで他に場所を移すのか、やっぱり色々考えちまって気ばかり焦るがどうしようもねえ。まあ、いくらあいつらでも、そうそう毎日どんちゃんやるわけじゃねえだろうから、いつかは駅からヤサに帰るだろう、それまで粘ればいいや、と腹をくくったんだ。
ところが、もう十二時近くなって、そろそろ終電じゃねえか、という時間に、やっと奴らが姿を現したんだ。やっぱり、ほっとしたぜ。
ちょっと焦りながらレジに行って払いを済ませると、奴らのすぐ後を付けるように歩いたんだ。
図々しく、銀のすぐ後ろに並んで、奴が買ったのと同じ区間の切符を買った。ホームに上がると、奴らが並んでいる近くの売店に隠れて様子を見た。それから、電車が来ると、やつらと同じ車両に乗り込んだというわけだ。
銀の取巻き連中は、案外近くの駅で降りて行った。それでも、銀の他に、えらくのっぽで痩せてて、裸に革ジャンだけ羽織った奴が最後まで残ったんだ。
え、なんだって、ははあ、そいつが、お前らに因縁付けた、グラスをやってた奴だって言うのかい。
ああ、多分そうだろうな。明かに、ジャンキーって顔してたもんな。
で、銀は、ゴルゴンのある駅から三十分もかかった駅で降りた。あののっぽ野郎も一緒だ。もちろん、俺も出来るだけ目立たないように一緒に降りた。
その後は、銀達の後ろをずっと付けて行ったんだけどよ、最初のうちは駅前の繁華街だったから良かったけれど、少しして横道に入ったら、人っ子一人通らねえ暗い路地でやんの。
出来るだけ足音を立てないように、こっそりと後を付けたつもりだけど、いきなり後ろでも振り向かれた日にゃあ、どう言い訳をしたらいいのか分かんないからなあ、ちょっとドキドキもんだったぜ。
奴ら、大分酔っ払っているみたいで、かなり千鳥足なんだ。で、ふらふらするたんびに、ちょっと後ろを見ているようにみえるときが有るからよお、そのたんびに、ビクッとしたんだ。
なんか、時間がえらく長く感じられたっけ。見つかっても、喧嘩になりゃあ、あんな酔っ払いの二人ぐらいどうってことねえと思うんだけど、何故か知らねえが冷汗が出て止まんねえんだ。
そうこうしているうちに、銀の足が、やっと一軒の安そうなアパートの前で止まった。駅から、かれこれ十五分ぐらいしたところだ。
それにしても、あんなに長く感じられたのに、たった十五分しか経っていないっていうのは、自分の目で時計を見ても、なかなか信じられなかったなあ。
奴らは、外に付けられた階段を昇って二階に上がって行った。そして、下から見ていると、一つの部屋に明りがついた。そこが、銀のヤサに違いねえ。
それでも、俺は、念のためにその二階に上がって、ドアの前に立って聞き耳を立ててみたんだ。でも、中では二人の男の話声がするばっかりで、女の声は聞こえてこねえ。だから、あそこが銀のねぐらで、女の家じゃねえことはまず確実だ。
ああ、多分、のっぽのねぐらでもねえと思う。歩いているとき、終始銀が少し前を歩いて、のっぽはその後にくっついて行ってる、って感じだったからな。
ま、そういうことだ、とにかく、銀のねぐらは見つかったぜ。
*
そう。そういうことなんだ。とにかく銀のねぐらは見つかった。
問題は、次の行動をどうするか、だ。僕は、黙って携帯を手にとって、原田の携帯にかけた。
原田とも連絡はついた。後は、これからの行動計画を練るだけだ。