うとい男の話
『振られた女の話』の男性視点です。男性の独白をつらつらと並べています。
台詞に「」をいれていないので、文字がつまって大変、読みにくいと思います。
以上のことが苦手な方は、ご遠慮ください。
前回の作品『振られた女の話』にて、男性視点を見たいとの感想を頂き、考えてみました。
お楽しみいただけるかはわかりませんが、お読みください。
ではどうぞ。
付き合った女に振られるなんてよくある話しだ。
あいにく俺は女を繋ぎ止める術もないし、なにをすれば喜ぶかなんてわからない男だ。金はあるが、時間はない。そういうのは、おおよそ金目当ての女には、都合の良い所なのだろう。
だが俺はいままでそういう女に遭遇したことはなかった。これからも遭遇することもないと思っていた。
そんな俺に、声をかけてきた女がいた。
出会うたびに、会釈して挨拶を交わす程度の女だった。だが突然引き止められて、告白されたときは驚いた。
俺が金を持ってるなんて、いつ思ったんだろう。
思わず頷いてしまった後に、花開く女の顔に、俺はカモになったのか、と少し後悔した。
それからはとにかく一方的だった。電話がかかってきては、女に話しかけられる毎日。別に大した話しはしないが、とにかく時間が取られる。
まともに携帯を見なかった間に、溜まっていた着信履歴は思い出したくもない。思わず引きつった顔を後輩に見られて、心配をされた。
一月が過ぎた頃には、もう耐えきれなかった。
電話ではなくメールにしてくれ。俺はそう頼んだ。頼んだ通りに、電話は控えられた。だが、メールも当たり障りのない内容ばかりで、量はやたら多い。
デートに行こう、と誘われることがあった。俺がまともに返答するようになったのはそれだけだ。行けるか、否か。
それ以外のメールに、まともな返答が出来よう筈が無い。仕事帰りの道で猫が轢かれていたとか、一体どう返答すればいいと言うのか。
金目当ての女は、こうやって男を懐柔していくのか。仕事と女の両立ほど、面倒くさいものはないと、俺は悟った。
なにせ誘われたデートに仕事が入っていなかったと付き合ってみれば、体力がズタボロだった俺に、遊園地。勘弁してくれ。休日で子供連れの家族が多い遊園地。アトラクション待ちの列はきつかった。
体力も持たないが、思考力も落ちていく。次から次へとまるで、追跡型のミサイルを何発も放られたみたいだ。攻撃に追いつく防御をするばかりだ。
何故、俺をデートに誘うのか、問いかけたことがあった。確かに、映画やら美術館やら水族館やら、金は当然こちら持ちだ。だがそれだけなら、他の男でも払ってくれる。そう思ってのことだった。
女は俺に会いたいそうだ。
それならと自宅の鍵を渡した。貴重品は持ち歩いているし、自宅にあるものに持ってかれて困るものはない。
いままでも碌に自宅には戻っていなかったから、女が家にいるのに会ったことはあまりない。
ただ、部屋の匂いが変わっていたり、ゴミ箱の中身が消えていたり、気配は感じる。随分とマメなことだ。ブランド物も、宝石も、アクセサリーも、買い与えた覚えはない。それともこれは、投資なのだろうか。部屋の掃除も、金品に変わるなら、確かに安いものだろう。
だとすれば、いつ頃そのような話しは出るのか。デートに行こうとショッピングに誘われたとき?プレゼントが欲しいとねだられたとき?
いまのところ、そんな兆候は見られない。女はいつ行動しだすのか。金目当ての女は、一体なにを得とするのだろう。
手間がかからないこと?女はメールやら掃除やら、時間をかけている。自宅からここまで来ることだって、一種の手間だ。
それとも落ちやすいこと?俺は別に女に特別な感情を抱いてはいない。それとも向こうは俺が好んでいると思っているのだろうか。
それか金があること?別に俺は女になにか払ってやった覚えはない。それに俺が金を持っていたって、それが女の金になるわけじゃない。
ああ、わからない。
女の機微を察せられるほど、俺は器用に生きて来たわけじゃない。
別れようと話しがきたのは、確か付き合って三年のときだ。バレンタインという行事のある日だ。いつも通りにメールが来て、会えないと返した。
仕事は目白押しだ。その十二時きっかりだった。別れるというメールが来たのは。
そういえば、去年も一昨年も届けにきたチョコが手元にはなかった。今年は返す手間がなくなったな、と他人事のように感じる。
渡されたなら返さなくては、と次の日に用意して、会うように連絡して渡していた。確か一月先に男が送り返す日もあった筈だが、それを覚えていられる自信は無かったからだ。まぁ、忘れたなら忘れたで、先方から連絡はあったろうが。
納得したように女は受け取っていたが、はっきりいって俺が送った物はそう値の張るものじゃない。あれが女の許容範囲だったのか。
とりあえず、振られたのだ、俺は。飽きられたのか、それとも金を渡す気がない男とでも取られたのか。三年は長かった。三年の月日でそう浪費もしていない。
一年目は家で会うこともなかったが、二年目でぼつぼつ会うようになって、三年目で女は俺の家に泊まるようになった。それでも話したことは、そうない。
印象に残ることもなかった。
女は俺にとってその程度の存在だった。
いつだったか、同期の男に飲みに誘われた。他愛のない話しをして、男は唐突に俺に語りかけた。確か、仕事ばっかしてて女一人捕まえられてねぇだろ、と言われたのだ。
そのときに俺は、女の話しをした。告白されて三年付き合ってたと、そう話した。
男は驚いたような顔をして、問いつめてきたのだ。
クリスマスも、バレンタインも、そんな素振りは見せなかった。仕事ばかりで、持ち帰りもしてたのに、そんな暇はあったのか。そんな風に言われたから、俺は洗いざらい話したのだ。
バレンタインの日に別れたことも、その関係も。
返って来たのは、男の怒声だった。
ふざけるな、おまえは最低の男だ、なんてことをしてるんだ。あまりに怒られたので、俺は目を見開いた。何故男がそんなに怒るのか、わからない。
女は金目当てだと、何の取り柄も無いあるのは金だけの俺と付き合うなんて言うからそうだと。言った瞬間に殴られた。
土下座して謝ってこい、金目当ての女がお前みたいのと三年も誰が付き合うか、ひどく怒鳴られて同期の男の激しさにただ只管驚いた。この男はこんな人間だったのか。
こんな激しさを秘めた男だとは知らなかった。慌てて止めに入った店員の顔など目に入らない。ただ呆然としていた。
その人に謝れ、失礼なことをしてきたことも、失礼な勘違いをし続けたことも謝れ、土下座して謝ってこい、店員に取り押さえられて、鼻息荒く怒鳴る男に、俺は初めて思考が動いた。
店員に俺が悪かったから、男を放してくれと言って、少し多めの支払いを済ませた。まだ興奮冷めやらぬ男を家に連れて行くと決めて、男を引っ張っていった。
落ち着いたような男は、俺の部屋で懇々と説教を続けた。
曰く、女は大切に扱え。曰く、付き合うと言ったのなら誠実に腹を据えて付き合え。曰く、その女性は間違いなくお前が好きで付き合っていたんだ。曰く、お前は男として最低の行いをしたんだ。曰く、……言いだせばキリがない。
言いだすごとに激しさが募って、怒鳴り始めた男をおさめるのは大変だった。
ただ男の言うことはわかっても実行できない理由がある。
俺は女の連絡先しかしらない。しかも試しにメールを送れば、このアドレスは無かったことになっている。その画面を見せれば殴られた。いい加減頭が痛い。
探偵でも雇って調べてもらえ、何ヶ月でも何年でもそれぐらいの金は腐るほどあるだろうが、男としてきっちりカタつけてきやがれ、本当にいままで知らなかった一面だ。
男に言われた通りに探偵を雇った。男が言ったことにはなるほどよく考えれば心当たりがある。
いつだって女は会うことを望むだけだった。
それを考えれば、三年も俺は最低な行為をしていた。付き合うと頷いたのは俺だ。
ならとことん付き合う責務があった。それを疎かにし、まして金目当ての女と思い込む。もう少し男に殴られておけばよかった。俺は今頃気付くのか。
二月も立たず、探偵から調査書が渡された。それを見たときの衝撃といったらない。真面目に働いて、堅実だと職場で評判の良い彼女は、彼女の誕生日は。
バレンタインだ。ああもうなにも言えない。
俺は彼女の誕生日にわざわざ俺のチョコを届けさせ、それも女性には暗い夜道、あげくの果てに彼女の誕生日の次の日にプレゼントをしている。チョコのお返しの名目でだ。こういうことは考え始めればキリがない。心当たりはいくらでもある。
いまからでも男に殴られに行こうか。いっそ顔がなくなるまで殴ってくれて良い。
彼女は俺との話しを必死に続けようとしていた。それを俺は生返事で、電話も邪魔になるからと断って、仕事の合間に電話していたんだろう。履歴も見たくはないが、恐らく決まった時間だ。
それだけ俺が返事をしなかった。受け答えなかった。彼女は俺が好きだったのだ。金目当てでもなんでもなく、誕生日を忘れて、バレンタインにもクリスマスにも碌に時間を作らず、それでも三年も付き合い続けるほど。
明日有給を使って、彼女の新居に土下座しに行こう。最近引っ越したらしい彼女は、何か元気はないそうだが、それを隠すように健気に働いているらしい。
ここまでくれば、これはもう土下座だ。土下座しか無い。男は良い忠告と説教をしてくれた。俺は、いままで俺は、なにを見ていたのだろうか。
ああ、最低だ。
たいして明るい内容でもなく、読んでて楽しいものではないですが、読んでくださった方の暇つぶしにでもなっていれば幸いです。
読んでくださり、ありがとうございました。