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大地に祈りを  作者: 葉琉
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9.神官長とお姫さま

 掃除のついでに、シモーネに聞いた抜け道やら裏口を確認していたら、神官長と鉢合わせた。

「おや、シャルロッテ殿。お散歩でしょうか?」

 神殿内を散歩などしないと思うのだが、神官長は真面目だ。

「あ、いえ、掃除中なのですけれども」

「おや、そうでしたか」

 シャルが持っていた箒と雑巾を見て、神官長の顔が綻んだ。

「ここは広い割には、住んでいる人間が少ないですからね。とても助かります」

「わたくしは、神官見習いですもの。このくらい、当然のことだと思います」

 すまして答えたが、実は最初の頃は、自分でも恥ずかしくなるくらい、失敗ばかりしていた。掃き掃除をすれば物を倒すし、何かを拭けば勢いあまって傷をつけそうになってしまう。

 慣れるまでの数日間、呆れながらもいろいろ教えてくれたリタやシモーネには感謝している。

「ここでの生活には慣れましたか?」

「はい、皆様、よくしてくださいます」

「それはよかった。なにしろ、こんな辺境ですからね。行き届かないこともあるのではと心配していたのです」

 確かに、不便なことはたくさんある。

 水くみも、料理も、片付けも、全部自分でしなければならない。一日に1回、真剣に神に祈るということも初めての経験だった。

「それでは、シャルロッテ殿」

 立ち去ろうとした神官長に、シャルは慌てて声をかけた。

「お待ち下さい。実は、ひとつだけ、気になることがあったのです。それをずっと神官長様にお聞きしたかったのですが、なかなかきっかけがなくて」

 何度も聞こうと思っていたのだ。

 ただ、なかなか二人きりになる機会が掴めず、どこまで尋ねればいいのかもわからなかった。

 全てをリタたちに吐き出して、自分でも再度冷静に考えて、まだ消えていない疑問があることに気が付いたのはついさきほどのことだ。

 その答えを神官長が知っているのかはわからないし、知っていても教えてくれないかもしれない。

 それでも、この神殿の責任者ならば、偽りのものだったとしても、なんらかの事情を聞いているかもしれないのだ。

「なんでしょうか?」

 神官長は穏やかな表情を浮かべたまま、じっとシャルの次の言葉を待っている。

 その様子に押されるように、シャルは口を開いた。

「何故ここなのか、ということですわ」

 シャルの問いかけに、神官長は首を傾げる。

「どういうことでしょうか」

「神殿側が、わたくしを何故ここに送ったのかという理由ですわ」

 ああ、と小さく神官長は呟く。

 柔和な顔に変化はないが、視線をまっすぐシャルに向けているところを見ると、質問に答えてくれる気があるということなのかもしれない。

 やはりちゃんと聞こう。

 改めて決意すると、シャルも、視線を逸らすことなく神官長を見返す。

「わたくしを王太子殿下から遠ざけたかったのならば、もっと適切な場所があったはずなのです。実家から引き離すにしても、幽閉するにしても、ですわ。それなのに、中央から遠いとはいえ、いつでも逃げられるような場所を選び、しかもつけられた監視はたった1人。王太子殿下と逃げようとした女を野放しにするなんて、ありえませんもの。この待遇がおかしいと、普通は思うのではありませんか?」

「おまけに、ここは大地の神を祭る神殿ですからね」

 そう。ここは太陽神殿ではない。

 確かに、今の大地神の神殿は、太陽神殿から見れば下の立場だが、教義や考え方は根本的に違う。全てが中央の神殿のいいなりというわけではない。監視の目が届かない場所に都合の悪い人間を押しつけるのならば、それなりの理由があるはずだ。

「神官長様も、いきなり中央から、駆け落ちしそこねた貴族の娘を押しつけられれば、困るのではありませんか?」

 そのこともずっと気になっていた。

 金銭が絡んだり何かの便宜を図るようなことを持ちかけられたというのならばわかるのだが、シャルがここへ来てからも、神殿はぼろぼろのままだし、食事事情も普通程度だ。神官長が何かの贅沢をしているふうにも見えない。

「そんなことはないですよ。基本的に、ここは来る者拒ますですから」

 どこまでが本気なのか、やはり神官長は表情を変えない。

 何も答えてくれないのは、何も知らないからか、何か裏があるのか。

 もしそうならば、警戒するべきなのは、彼なのではないか。

 そうシャルが思いはじめたとき、ふいに神官長の表情が崩れた。

 いかにも楽しそうに笑い出すと、うんうん、などと頷いている。

「やはり、納得しませんよねえ。そう言う顔をしていると、本当にあの方に似ている」

 不審顔のシャルに、神官長はますます表情を緩める。

「実は私は、まだ若い頃、中央にいたことがあるのです」

 神官長は懐かしげにそう口にする。

「そこで、国王陛下―――当時はまだ王太子でしたが、彼の家庭教師などという恐れおおい職についていました。その縁で、あなたの御父上とも面識があるのですよ」

 年齢ははっきりわからないが、白髪混じりの髪と刻まれた皺から、自分の父親よりはいくらか年上なのだろうと思っていた。

 国王と父親は同じ年だ。その国王の家庭教師というならば、実際の見た目よりもかなり年をとっているのだろうか?

 あるいは、若くして優秀だったのか。

「神官になる前は、歴史学者だったものですから」

 変わり種なのです、などど自分であっさり言う。やはり真意は読み取れない。

「私は、神官になるために職を辞しましたが、今でも陛下とは親交があります。あまり公にはされていませんが、陛下も歴史に興味がおありですから」

「歴史、ですか?」

 シャルは、いずれ王太子妃になるという理由から、他の貴族の令嬢よりも、国王と話をする機会は多かった。もちろん、いくらそうだとはいえ、相手はあくまで一国の王である。何が好きか、どんなものに興味があるかなどという話はもちろんしたことがない。

「国王陛下とも父とも面識があったということなのですよね。では、父から何か頼まれたのですか? 父が、強引にことを運んだのでしょうか」

 父は、シャルが可哀想だという印象を国民に植え付けようとしていた。王太子を愛していたのに、婚約を破棄されて、泣いて暮らしているのだと。だから、遠く離れた神殿で、心を休めることになったと、そういう噂を確かに広めていた。

「あなたの御父上は、愛情だけで何かをするという方ではありません」

「そうかもしれません」

 そもそも、シャルを王太子と婚約させたのも父だった。

 当時は、まだ王太子はただの側室の子供に過ぎず、国王の信任も厚く大貴族でもある彼が何故娘を嫁がせる気になったのかと、周りは不思議に思っていたらしい。だが、おそらくその時から、国王と謀って、彼を王太子にするつもりだったのだろう。

 彼女自身も婚約が決まった時から、あらゆることを学ばされたが、それも将来王妃になった時のことを考えてのことだったのだと、今になって思う。

「誤解されてはいけませんよ。それでも、子供が可愛くないわけでもないと思います。あなたが罪に問われないように奔走なさったのは事実なのですから。まあ、変な噂がつくと、都合が悪いという理由もあるのでしょうが―――なにより、あの方は馬鹿にされるのが大嫌いでしたからね」

「確かに、父が国王陛下に対して怒っていたのは知っていますが―――」

 国王を支え、国王の望み通りにフェリクスを王太子につける手伝いをした。

 それなのに、国王は神殿の意向に負け、勝手に婚約解消を突きつけ、娘の命さえも危険にさらしている。

 すべてが忠誠の結果としての行動だったわけではないが、それでも父はこの王ならばと仕えていたのだ。幼馴染みで、幼い頃は遊び相手として、成人してからは側近として近くにいた父にしてみれば、裏切られたような気持ちになったのかもしれない。

 ただ、父は、それでも貴族で大臣だ。

 そんな気持ちを抱いていることを他の貴族達に知られれば、自分が失脚させられるかもしれない。

 だから婚約解消後は、いろいろ何か画策していたのを知っている。

 それをぶちこわしかねない行動を取ったのはシャルだ。

 まさか、娘が思いあまって王太子と駆け落ちするとは夢にも思っていなかったのだろう。あの時は、考えが足りない、愚かな方法を取っては欲しいものなど何一つ手に入らないと、生まれて初めて本気で怒られたのだ。

 結局、醜聞を怖れた神殿側が神子の耳に入る前に全てをもみ消してしまったので、世間的には無かったことにされてしまったが。

「国王陛下もね、後ろめたい気持ちがあったのだと思いますよ。太陽神殿でなく、こちらの神殿に送るよう指示したのは、国王陛下自身だったのですから」

「それは―――初耳でしたわ」

「ええ。このことを話すのは、あなたが初めてですから」

「話しても、いいことなのですか?」

「あなた自身から聞かれたならば答えてもよいと、国王陛下から言われていますから」

 そういえば、最後に国王に謁見した時―――婚約を破棄する旨を伝えられた時も、国王の方が倒れてしまいそうなほど青い顔をしていた。その様子を見たたけでも、恐らく神殿からの圧力が強かったのだろうと推測できたのだ。

 彼は彼なりに、すまないという気持ちがあったのかもしれない。

「………陛下も、フェリクス様と同様、気が弱いところがおありですから」

 神殿の対応については、いつも頭を痛めていた。

 争いにならない方法があるなら、シャルだって、国王と同じ選択をしただろう。

 誰かが悪いというわけではないのだ。

 だが、ただ運が悪かっただけでは、終わらせたくない。

「シャルロッテ殿。若い人は無茶をする傾向がありますが―――たまには、年長者に頼るのも悪くはありませんよ」

「神官長様?」

「今のあなたは、大地神にお仕えする神官見習いです。そして、この神殿に所属している以上、あなたを守るのは神官長である私の役目。1人でなせぬことがあるのならば、ちゃんと頼りなさい」

 もしかすると、神官長は、シャルがしようとしていることに気が付いているのかもしれない。

 彼女の父親を知っているのならば、尚更だ。

 自分は父の若い頃にそっくりだと、国王もよく言っていたのだから。

「わかっております。今、わたくしがこうして生きているのは、たくさんの人に助けられていたからだと素直に思えますもの」

 最近になって、ようやくそう思えるようになってきたのだ。 

 だからこそ、頑張ろうと考えた。

「その時はお願いします」

 そう言って頭を下げると、「必ずですよ」という優しい声がした。



 大丈夫、自分は1人きりじゃない。

 こんなにも優しい人たちが周りにいる。

 潤んでくる目に気付かれないように、そっと瞬きをすると、シャルはもう一度頭を下げ、その場を後にした。

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