7.騎士の告白とお姫様の想い
「……というわけだ」
観念したのか、それとも最初からばれることは想定済みだったのか、テオドールはリタに話したのと同じことをシャル達に説明した。
「なるほど。それで、ですのね」
シャルが納得したように、頷いている。
彼女自身、さほど驚いていないのは、テオドールの行動を薄々感づいていたからだ。
この男は、黙って神殿のいいなりになる性格ではない。
本人は金を積まれたらなんでもやると言っているが、それだけではないのを、付き合いが長いシャルは知っている。
「屋敷に幽閉されていたときは、あれだけ命を狙われていたというのに、ここに来る道中も、神殿に来てからも、誰にも襲われないので、おかしいと思っていたのですわ。テオ、あなたがこっそり対処してくれていたのですね」
「まあな。面倒なことになるのが嫌だったしさ。あ、一応、闇討ちみたいな感じで倒しちまったから、あっちでは姫さんが返り討ちにしたって思われてるみたいだな」
彼の腕ならばそれも可能だろう。
シャルにしてみれば、最初から話してくれれば面倒ではなかったのに、と恨みがましく思うくらいである。
「返り討ちって、その人たちは、どうなったんですか?」
不安そうに自分を見るリタに、テオドールが苦笑する。先ほど彼が口にした言葉を、リタは気にしているのだろう。
「大丈夫。殺しちゃいない。多少の怪我はしているけど、生きてるよ。全員まとめて俺の雇い主に引き渡したし。あっちがあいつらをどうするかはわかんねえけど、大事な証人だ。殺すことはないと思うぜ」
「そうですか。よかったです」
ほっとしたように微笑むリタと、微笑み返すテオドール。
またおかしな雰囲気になっているとばかりに、シャルとシモーネが同時に咳払いした。
面白いくらいわかりやすく、二人の間の距離が開く。
「ええと、それでだな。そいつらの相手をしていて気づいたんだが、あちらさんは、姫さんが中央に戻ってこれない程度に痛めつけるってのが目的みたいで、最近までは対処も楽だったんだけどさ」
「最近まで、ということは何か変わってきているんですの?」
どうやら、ここ数日、襲撃はなかったらしい。
それなのに、神殿の周りには確かに誰かがうろついている痕跡があるのだという。
今までとは違う何か目的があるのか。テオドールが、雇い主の指示を仰ごうと思っていた時、知らせが届いたのだという。
「神殿側が何かたくらんでいるらしい。それが何かは、雇い主の方で探っているようなんだが、神殿内がごたごたしているせいで、情報収集が難しいんだとさ。だから気をつけてくれって」
「神殿内の神官にも、派閥や権力争いがありますものね」
元々降着状態だった派閥争いが、神子出現によって表面化したのは、辺境にいるリタたちも聞いていた。
神子をたてて、神殿の影響力を高め積極的に政治に関わろうとする強硬派、神子とともに静かに神に祈りを捧げるべきだと主張する穏便派。両者の意見は平行線で、そのうえ、それ以外の少数派の人間が多数派の方針に反対することも多くなった。
「強硬派が他の意見を押さえ込んで、最終的には神子と王太子の結婚ってことになったんだよな」
「大神官は、前から政治に口出ししてきたり、もっと神殿に予算を回せとしつこく言ってきていましたもの。神子が現れる前に、強硬派の大神官を失脚させておけばよかった。代わりなどいくらもいるわけですし」
「シ、シモーネ。なんだか、シャルが物騒なこと口にしてるんだけど」
「お姫様って。貴族のお姫様って、奇麗なドレスを着て、おほほとか笑うもんだとばかり思っていたのに、私のお姫様像が……」
事実、シモーネが中央で会った令嬢たちは皆上品だった。
リタの知っている地方領主の娘たちだって似たようなものだ。
これがお姫様の真実なのだとすれば、恐ろしいものあがる。知らない方が絶対によかった。
そんな二人の葛藤に気が付いたのか、テオドールがぽんっとリタの頭を叩いた。
「大丈夫だ。特殊なのは姫さんだけで、他の令嬢は多少の差はあっても皆ちゃんと貴族らしい」
「テオ! とても失礼ですわ。わたくしのどこが、おかしいんですの」
「いろいろ」
年相応な少女らしく、シャルが頬を膨らます。
「信じられません」
「いいじゃないか、今みたいなの。姫さん楽しそうだし。取り澄ました顔なんかより、ずっと可愛いと思うけど」
にやにや笑いながらのテオの言葉に、シャルの顔が青ざめる。
「寒気がします……! テオがわたくしを可愛いなどと言うなんて!」
「え、でも、私もそれわかる。最初の時より、今のシャルの方が可愛いよ」
「まあ、まあまあまあ! リタに言われると、とても嬉しいですわ」
「私もそう思う。お姫様って話しづらいって思ってたけど、シャルと話してると楽しいもの」
「シモーネも……! ありがとうございます」
おまえらなあ、とテオドールが笑い、いつのまにか4人の間に流れていたのは和やかな空気だった。
「ところで、テオ。あなたの真の依頼人とは、もしかして……」
ひとしきり笑ったあと、シャルは表情を引き締めると、真剣な様子でテオドールに問いかけた。
リタもシモーネも気になっていことだったので、同じように真面目な顔で彼を見つめる。
「悪い、俺の口からは言えないんだ。ただ、王太子殿下と姫さんのことを心配している誰かだって、思っていてくれれば」
「……そうですわね。依頼主のことは聞かない方がよいのかもしれません。それに、わたくしたちの心配をする人なんて限られていますもの」
シャルの顔に浮かんでいるのは、家族を思うような優しい表情だった。
話を聞いたときは、理不尽さに怒りさえ覚えたが、ちゃんと中央にも味方はいるのだということが、その様子でわかる。
「それに、今は心強い友人がここにいてくれますし」
シャルが、リタたちに視線を向ける。それに答えるように、リタたちも大きく頷いた。
「だから、わたくしも、正直にならねばなりませんね。まだ話していないことを、ちゃんとお伝えします」
シャルは両手を胸の前に組むと、祈りを捧げるように少し目を閉じた。
しばらくそのままでいたが、やがて何かを決意したかのように、目を開き、リタたちを見つめる。
「わたくしが、国王陛下や神殿の言うとおり、大人しくこちらに引きこもることにしたのは、あの人達を油断させるためでした」
彼らは、シャルの性格をよく知っている。
黙って言うことを聞くとは思っていなかったのだろう。
父親の方も、娘がまた何かしでかすのではないか―――そういう理由から、屋敷内の部屋に監禁同然で、部屋から出るときも、必ず護衛と称する監視役が付き、身動きがとれない状態だったという。
それでも、日頃から親しくしていた使用人から、王太子の様子は聞くことが出来た。あちらも同じ状況だったようで、駆け落ち騒動のあとは、ごく少数の側近以外とは殆ど合わせてもらえないらしい。
「逃げる方法はないわけではありませんでしたが、また前のような失敗はしたくなかったのです」
あの時は、冷静さを欠いて、余計に状況を悪くしてしまった。
自分だけならまだしも、王太子を追い詰めてしまいたくはない。
それに、だ。
「引き離される直前にね、フェリクス様と約束したのです。今は無理かもしれない、でも、どんな形でも側にいるために、お互いに努力しようと」
あの優しい人は、こんな自分を愛していると言ってくれた。
初めて会ったときは、あんなにも喧嘩ばかりしていたのに、気が付けば誰よりも近くにいて、苦しいことも辛いことも一緒に乗り越えてきた。
彼は優秀ではない。でも、努力家だ。
王として足りないところを必死で埋めようとしていた。
賢王とは言われなくても、為したことが少なくてもいいのだ。皆が穏やかに暮らせるように、やれることをやる。
そのために一生を捧げるつもりだと、シャルに打ち明けてくれた。
そんな彼だからこそ、それを助ける者になろうと、シャルは思ったのだ。一生彼の傍で、彼と共に生き、年を重ねていこうと。
来年には、二人は夫婦となり、それが叶うはずだったのだ―――神子さえ現れなければ。
「わたくしたちは、どちらもまだ諦めていませんの。婚姻という形でなくてもいいから、傍にいて、一緒に生きていきたいのです。そのために戦おうと、誓いあったのですから」
「シャル……」
「みなさま、お願いします。一人では、力不足なのです。どうかわたくしを助けてください」
そう言って、シャルは深々と頭を下げた。