3.神官見習い達の憂鬱
「いろいろと大変なんだね、貴族や王族って」
夕食後、神官長に呼ばれて出て行くシャルの後ろ姿を見ながら、リタは小さな溜息をついた。
貴族たちは、苦労などないような気がしていた。
奇麗な服を着て、美味しいものを食べて、苦しいことなど何もないと。
けれども、そういう生活をする人たちには責任がある。
シャルの話を聞いて、そのことを知った。
「好きな人と結婚できないのが当たり前って、苦しいね」
それなりに金を持つ商人や領主などでも、ある程度の恋愛は可能だ。説得しだいで、好きな人との結婚も出来る。
親同士が決めた婚約者同士でも、本人たちが神殿や領主に婚約破棄を願い出れば、それに正当な言い分があれば認められることも多い。
だが、さすがに王族や貴族などは、そう簡単にはいかないのだろう。
「シャルのために何かしてあげたいけど、なんにも出来ないよね」
リタたちは、辺境の神殿の神官見習いでしかない。
権力も発言力もない。頭もよくないから、何か知恵を絞ってシャルを助けるという方法も思いつかない。
「友達だって言ってくれたよね。でも、友達として出来ることなんて本当に限られているし」
例えば、愚痴を言い合ったり、一緒に笑い合ったり。
そのくらいなら幾らでもできる。ただ、シャルがそれを必要としているかどうかはわからなかった。
「でもさ、リタ。シャルはきっとこのままここで大人しくしていない気がするんだ」
あれほど王太子のことを心配しているのだ。
何か行動を起こしたとしても不思議はない。一緒についてきた見張りの騎士がどの程度の腕前でどのくらい頭が切れるのかわからないけれど、シャルならば彼をうまく丸め込んでしまいそうな気がした。
「その時にさ。もし私達を頼ってきたら、助けてあげようよ、リタ」
「私は構わないけど。シャルのことだから黙って1人で行きそうじゃない?」
「ああ、ありえそう」
友達に迷惑はかけられないと言って、こっそりといなくなってしまいそうだ。
そんなことになったら、リタたちも悲しい。
例え1人で何かするにしても、絶対に無茶などさせたくない。
「だったらさ、シモーネと私が、もっとシャルと仲良くなろうよ」
シャルの今までの態度を見ていると、自分の懐深くまで入ってきた相手を悲しませるようなことを、彼女は望まないのではないかと思う。
それならば。
二人が出来ることは、ひとつしかない。
「そうだよね、私達のこと、簡単に切り捨てられなくなるくらいに仲良くなろう」
本当の友達になるというのは、それほど簡単なものではない。
合う合わないもあるし、貴族と平民では考え方も違うのだ。思いがすれ違うことだってあるだろう。
彼女は自分のことをあれほど話してくれた。適当に誤魔化してもよかったのに、正直に口にしてくれたのだ。
もしかすると、多少の偽りがあったのかもしれない。
全部が真実かどうかわからない。
ただ、リタもシモーネも、彼女の王太子への思いは信じてよいと思っている。
あの時、彼女の中に、脆い部分を見てしまったから―――なんだか、放っておけなくなってしまっているのだ。
理屈など抜きにしても、すでにリタたちはシャルのことが好きになっている。
同じように、彼女も自分たちを好きになってほしい。
大事な友達の1人になってくれたらいい。
だからこそ、心の底から笑ってくれる日が必ず来るように、頑張ってみよう。
そんな約束を、リタとシモーネは交わしたのだった。