15.事件の後
それからしばらくして、中央にいるという雇い主からテオドール宛に手紙が届いた。
そこには事件の詳細と、しばらくは襲撃はないだろうということが記されていて、リタは安堵する。もうあんな怖い目に合うのは嫌だ。
「それにしても、長い手紙だよね」
シャルが手に持つ手紙を覗き込みながら、リタは首を傾げる。
あまりにも事細かに書かれているため、読むのにも時間がかかったのだ。
「ええと、要するに、神殿側は、王太子殿下がいつまでもぐずぐずと言い訳して結婚を引き延ばし、何かにつけて部屋に引きこもるのは、シャルに未練たらたらだからって思っていたってこと? で、シャルがいなくなれば、殿下も諦めがつくって、強硬手段に出た」
「ということになるな」
王太子は口では結婚に納得していると言っていたが、神子に対しては、他の貴族令嬢よりほんの少し上の扱い、とう態度だったらしい。
それに加えて、元々体が丈夫ではなかった彼は、続く心労で臥せることも多くなった。
神子は、王太子の見舞いに行きたがったらしいが叶わず、同じように体調を崩した時、シャルは出入り自由だったのに、立場的には同等であるはずの神子と会わないのは、王太子が神子を軽んじているせいではないか―――そんな声まで、神殿側に出ていたらしいのだ。
「まあ! そんなことで、国外追放だったはずのリヒャルトを呼び戻し、わたくしの友達をこんな目に?」
「神殿側もあせっていたんだろう。神子の真偽を問う声が神殿に否定的な貴族の間に出てきていたしな。王太子殿下が頑な態度を取るのは、神子に何か問題があるのではないか、なんてね」
「あらあら。でも、殿下はそこまで考えてはいらっしゃらないと思いますけれど」
ただ単に面倒でぐずぐずしていたに違いない。昔から、王太子は嫌なことを先延ばしにしたがる所があった。
「俺もそう思う。あの人、策略を練るとか、深読みするとか、苦手だしな」
シャルにもテオドールにもそんなことを言われる王太子は、いったいどういう人間なのか。
会ったことはないけれど、会ってみたいと思ってしまうリタたちである。
「それに、姫さんに同情する民が結構多くてさ。姫さんは人気者だからなー。今回の婚約破棄は、姫さんがあまりにも可哀想だって声、結構聞くな」
もちろん、神殿の目があるから、誰も表だっては言わない。
ふとした世間話のついでに話したり、酒場で囁かれたりしているだけだ。
それでも、そういう噂は、くすぶるように消えずに残る。それがいつか、神子の存在そのものへの不信へと繋がるかもしれない。
神殿がそう考えたとしても不思議はないのだ。
「で、姫さんを亡き者にしたいってことになったけど、さすがに元将軍なだけあって、強いしさ。普通に襲えば返り討ちにあうってのもわかってる。リヒャルトは利き腕が使えないが、闇討ちとか得意だし、目的のためなら手段を選ばない。国外追放の身だから、切り捨てるのも躊躇う必要はないしな。あいつ自身も、姫さん殺害に成功しても、自分が殺される可能性も考えていて、事が終わったら、自分ひとりさっさと逃げるつもりだったらしいぜ」
「なるほど……って、ちょっと待って下さい。今なんだか、将軍って言葉が混じってような……」
聞き流しそうになったが、リタの耳には確かにそう聞こえた。聞き間違いではなかったはずだ。
「あれ、リタは知らなかったのか? この人、女性で初めて将軍にまで登り詰めた強者」
「えええ、知らなかった」
そういえば、最初の頃、王太子のために強くなったとか言っていた気がするし、目の前の騎士も姫さんは強いと常々言っていた。
単純に、気持ちの持ち方や宮廷での立場のことだと思っていたのだが、どうやら文字通り恋する男のために武術方面で強くなったらしい。
「すごい。というか、シャルかっこよすぎ」
自分が宮廷にいたら、間違いなく憧れるだろう。
「なんだか、もう一生シャルについていきますって感じ」
「……おいおい。なんでそんなに頬を染めてるんだ」
「助けてくれた時のシャル、確かにかっこよかったから」
「え、俺よりも?」
「はい?」
「俺だって、一応助けに行ったんだけど」
真剣に問われて、リタは助けを求めるようにシャルとシモーネを見た。
「そういえば、リタが攫われたと聞いたとき、テオったら、作戦もたてずに飛び出していこうとしましたわね」
「え!?」
入ってきた時の彼は、怒っているように見えたが、勢いよく飛び出してきたという雰囲気ではなかった。冷静だったと思っていたのだが、違っていたのだろうか。
あの時のリタは、恐怖と緊張でうまく頭が回らなかったから、見落としていた可能性もある。
「それはもう、ものすごい勢いでしたわ。呼び出されたのはわたくしですのに、テオが一番にかけつけて、どうするつもりだったのやら」
「姫さん、余計なことは言うな!」
焦った様子のテオドールに対して意地悪そうな笑顔を向けたあと、シャルはリタの方へ視線を動かした。
「そうそう、リタ。テオドールはしばらくこちらにいるそうですわ。名目上はわたくしの護衛ですけど。よかったですわね離れずにすんで」
最後の言葉はどちらに言ったものなのか。
「ふふふふ、またあの甘酸っぱい空気を味わえると思うと、嬉しいような、嬉しくないような」
シャルの笑顔が不気味だった。
思わず彼女から距離を取ってしまう。
誘拐されたときよりも、怖い。
「そのうち勢い余って押し倒す場面とか、見れるかもしれませんわね。シモーネはどう思います?」
「でも、神殿の中は隠れるところ、いっぱいあるからなあ。こそこそされると見れないかも」
「まあ! それはものすごく残念ですわ」
二人が手を取り合って、語りあっている。
瞳もきらきらと輝いているし、気合の入り方が普通ではない。
「見てはいけないものを見ている気がします」
「ああ、俺もだ」
これは知らないふりをした方がいいのか。楽しそうな二人を止めた方がいいのか。
どちらにしても、口をはさんだが最後、散々からかわれるのはわかっている。
やはり、そっとしておいた方がいいのかもしれない。
「ところでさ」
シャルたちを無視することに決めたテオドールは、届いた手紙の最後の一枚を見ながら首を傾げる。
「この手紙の最後に、もうすぐいいことがあるから姫さんをよろしくってことが書いてあるんだけど。どういう意味だと思う?」
「さあ?」
シャルにとっていいこととは何だろう。
考えてみるが、リタにはわからなかった。