表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大地に祈りを  作者: 葉琉
10/17

10.神官見習いと不審な人たち

 最近、見たことがないヤツに会った。

 そういう話を村の青年に聞いたのは、偶然だった。

「それが変なヤツでさ。神殿に最近騎士がこなかったか、とかさ。どんな男かとかさ。そういうことを尋ねるんだよ」

 そう言って、彼はしきりに首を傾げていた。

 騎士、とはテオドールのことだろう。シャルやリタたちと一緒に、なんどか村へ買い出しに行ってきたから、当然青年もテオドールのことは知っている。 

 テオドールに教えないと。

 そう思って、自然と足取りが速くなる。

 だから、気が付くのが遅れた。

 いや、もしかすると、気が付いていたとしても、無駄だったのかもしれないが。



 ふっと足下に影が差した―――そう思って立ち止まった瞬間だった。

 何かが首筋に当たったような感触があった。

 鈍い衝撃に、よろめく。

 あわてて体勢を立て直そうとしたのに、手の先も足の先も痺れたような感覚があって力が抜けていく。

 だが、地面に膝をつく前に、両腕を取られ体は中途半端な状態で止まった。

 誰かが転がらないように支えたとわかったが、不思議なことに目の前が霞んでいて、よく見えない。

 何が起こっているの?

 混乱しながらも、辺りを確かめようと体を動かすと、声が聞こえた。

 誰かが目の前に立っている。

「おい、この女であっているのか?」

 何か堅いものが頤を捕らえ、上を向かされた。

 朦朧とする意識の中、見えるのは黒い影だけだ。ゆらゆらと動くそれは、リタの目の前で、近づいたり遠くなったりしている。

「……間違いない。あの女と親しく話しているのを見た」

「しかし、大丈夫なのか? この女、テオドール殿とも親しいと言っていなかったか」

 テオドール、という言葉に、リタの体がびくりと動く。

 何故、彼の名前が出てくるのだろう。

 この人たちは誰なのか。

「だからだよ、この女を選んだのは。あの男は信用できない。邪魔されても困るからな」

 黒い影から、嫌な笑い声が聞こえる。

 この影―――恐らく男なのだろうが、彼は、テオドールのことを嫌っているのだろうか。

 名前を口にした時も、あの男と言った時も、その声には嫌悪感が宿っていた気がする。

「お嬢さん、悪く思わないでくれよ。攫うのは、あんたでも、もう1人のお嬢さんでもよかったんだ。ただ、あんたは運が悪かった。シャルロッテ嬢だけでなく、テオドールと関わっちまったんだから」

 影から伸びてきた黒い塊が、リタの髪に触れ、まるで幼子にするかのように、ゆっくりと彼女の髪を梳く。

「本当に驚いたよ。あの男は、あんたの前だと良い顔をする。大事に思っているんだろうな。そう思うと、見てみたくなるんだよ。あの男―――テオドールが苦しむ顔ってのいうのをさ」

 やめて、と言いたいのに、口がうまく動かない。

 それどころか、段々意識が朦朧としてくる。

「さてと。シャルロッテ嬢を招待しなければな。きっと喜んであんたを迎えに来てくれるだろう」

 だめだ。

 自分のせいでシャルやテオドールが危険な目に会うのは嫌だ。

 そう思うのに、意識はどんどん曖昧になっていく。

「それまで、おやすみ。お嬢さん。大丈夫、殺したりはしないよ。だって、あんたを殺しても、報酬はもらえないしさ」

 意識がなくなる直前に聞こえたのは、物騒な言葉だったにもかかわらず、ひどく優しい声音だった。



 次に気が付いたときは、辺りは真っ暗だった。

 体から痺れは消えているが、動けない。

 どうやら、手足を縛られた状態で床に転がされているようだ。

 口を塞がれていないのが救いだが、だからといって、状況がよくなるわけではない。

 捕まってしまったんだ。

 そう思うと体が震えてくる。まさかこんなことになるとは思わなかった。

 シャルを助けるどころか、迷惑をかけてしまう。

 どう考えても、シャルを呼び出すために、利用されるのだろう。

 殺されていないだけましなのだろうか?

 怖い。

 これからどうなるのか、どうされるのか。

 いつまでここにいるのか。

 みんなも心配しているだろう。逃げられないかと、縛られた手首に力を込めてみたが、びくりとも動かない。足の方も同じだった。

 どうしよう。

 きっと皆心配している。

 シモーネもシャルも、きっと。

 どうにかして、ここにいることを教えられないだろうかとも思うけれど、ようやく暗闇に慣れてきた目にも、この部屋の特徴を捉えることはできなかった。

 

 

 唐突に光が当たりを照らした。

 まぶしさに細めた目は、すぐに光に慣れる。

 どうやら、ここは小さな倉庫のような部屋で、誰かが扉を開けたために、光が差し込んできたらしい。

 扉の向こうには誰かがいて、リタの様子を窺っているようだった。

 しばらくそのまま立っていたが、彼女が意識を取り戻していることに気が付くと、中に入ってくる。

 薄ぼんやりとした光の中、その人物が全身黒ずくめなのが異様だった。顔も覆っているので男だということしかわからない。

「ああ、目が覚めたみたいだな」

 布越しのくぐもった声だが、聞き覚えはあった。

 あの時、自分を襲った男の1人だ。

 男は、リタの傍に膝をつくと、彼女の顔を覗き込む。

「誰、ですか?」

 問いかけると、ただ笑い声だけが返ってきた。

 答える気がないのかもしれない。

「どうして、私を襲ったんですか? 人質のつもりなんですか」

「んー。テオドールが、あんたを気に掛けるから」

「え……」

「俺、あいつが大嫌いなんだよ。昔、殺されかけてさ、この国追い出されてさ。散々な目にあった。だから、復讐したくて、この依頼を受けたんだよね」

「て、テオドールさんが、意味もなく人を殺そうとするなんて、そんなの信じられません!」

「だって、あいつ騎士じゃないか。騎士って何か知ってる? 剣を何のために持っているか、わかってるんでしょ? 命令されれば、殺すのをためらっちゃだめなんだよ?」

 返事が出来なかった。

 そうだ、騎士の称号は飾りじゃない。

 剣だって、ただの装飾品じゃない。

 でも、彼は騎士になったのは、食いっぱぐれないためだと言っていた。神殿にいれば人を殺さなくていいと、本気で言っていた。

 あれは嘘じゃない。

「例えそれが理不尽な命令だったとしても、やらなくちゃいけないことって、いっぱいあるんだよ。俺も騎士だったからさ、よくわかる」

「あなたが、騎士……?」

「そう。命令無視して、たくさん殺しちゃったからさ、剥奪されたけどね」

 唯一見えていた目が細められ、押さえたような笑い声が布越しに漏れる。

 ただそれだけのことなのに、背中に嫌な汗が流れた。

 この人は、変だ。

 そんなことを、こんなふうに楽しそうに口にして、笑うなんて。

「俺のこと、怖い? ものすごく震えてるよね」

 男の手が伸びてきて、リタの髪に触れる。そのまま、髪に指をからませ、掬いとった。

「奇麗な髪、だよね。俺、あんたみたいな人間大嫌いだけどさ。こういうふうに、さらさらした髪の毛は、好き」

 そういえば、捕まった時も、朦朧とした意識の中、誰かが自分の髪を執拗に触っていた。

 あれは、この男だったのだろうか。

「知ってた? あいつも―――テオドールも、こうやって髪に触れるのが好きなんだ。俺を殺そうとしたヤツが、俺と同じこと好きだなんて、ものすごく気持ち悪いよね」

 不愉快そうに言う言葉とは違い、リタの髪に触れる指先は、まるで壊れ物を扱っているかのように丁寧だ。

「あんたさあ、もう、あいつに触れられたの? 髪だけじゃなくて、いろいろ」

 いろいろと言った時の、探るような目差しに、リタは慌てて首を振る。

「そ、そんなこと、どうしてテオドールさんがするんですか。あの人は、シャルの護衛なんですよ」

「本当に? 本当に何もされていないの?」

 頬に触れられたことはあったが、あれは話の流れで自然にそうなっただけだ。

 特に何か理由があったわけではない。そのはずだ。

「なんだ、つまらない。もし、そうだったら、もっと遊べたのに。―――ああ、でもあいつらしくなく、何もしないっていうのは、それはそれで意味があるのかな」

 考え込むように首を傾げるが、男の目からは、何を思っているのかは読み取れない。

「招待したのはシャルロッテ嬢だけだけど、きっとあいつも来るからさ。そうしたら、わかるかもね。その時、怯えて泣いてくれると嬉しいなあ」

 男の言葉に、リタは唇を噛みしめる。

 絶対に怯えたりするものか。

 怖いけれど、でも、負けるものか。

 嬉しげに、何度もリタの髪に触れる男から目を逸らし、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ