上司
〈上司、宮田雄二〉
刑事さん、ご苦労様です。
浅野の一件で、うちの会社はマスコミ対応に追われています。今朝も電話が鳴りっぱなしで、このままでは業務に支障が出そうです。刑事さん、警察の力で何とかなりませんか?ただでさえ人手が足りないのに、とても迷惑しています。
余計な仕事が増えたことも辛いですが、浅野の上司として、今回の件はとても残念です。他の部下から既に聞いているかもしれませんが、私には、浅野が誰かから殺されるような恨みを買うとはとても思えないのです。うちの課では、みんなそれなりに仲が良くて、チームで上手くやっていました。刑事さんは、当日の飲み会に参加した我々を疑っているようですが、私にはどうも腑に落ちないのです。
――事件の状況を確認するために話を聞いているだけ?
そうですか。私としても、あのメンバーの中に犯人がいるとは疑いたくないです。捜査は大変かと思いますが、我々の潔白を証明するためにも、一刻も早く犯人を捕まえてください。お願いします。
さて、私の話ですね。
私は飲み会に参加した者の上司でして、課長をしています。年度末の繁忙期がようやく落ち着いたので、部下を労おうと飲み会でもしようかと考えました。といっても、私は飲み会をしようと言い出しただけで、実際の企画は、部下の北山がやってくれました。部下のために飲み会を開くのに、これではあべこべですね。
うちの課で飲み会を開くときには、ほとんどの場合、北山が企画してくれています。特に理由があるわけではないのですが、北山の性格があんな感じですから、何となくこういった仕事を頼みやすいのは確かです。
そのことについて嫌な思いをしていないか、一度聞いてみたことがあったのですが、本人も特に嫌がっていないようでした。そのため、今回みたいなイベントごとについては、北山の厚意に甘えさせてもらっています。
北山は入社当初から、何かと気が回る奴でした。今時は古い考えかもしれませんが、私が若い頃には「飲み会での振る舞いを見れば仕事ができるかどうかがわかる」とまで言われていて、お客さんに対しても酒を使った営業が主流でした。
時代が違うと言ってしまえばそれまでですが、私のように古い人間からすれば、北山のように、こちらのコップの心配をしてくれる部下の方がやりやすいですね。
愛想が良くてよく笑うし、少し面倒な仕事をお願いしたときも、嫌な顔せずに引き受けてくれます。何より性格に裏表がないので、私も含め、周りからの信頼も厚かったように思います。もちろん、まだ2年目なので、仕事の面ではまだまだ未熟なところもありますが、個人的に北山には期待しています。
水樹と井内もよくやってくれています。水樹の性格は、北山と正反対といった感じです。仕事に関すること以外は全然喋らないし、無愛想だし、正直に言って、入社当初はかなり心配していました。昼休みはいつもパソコンの画面を睨みながら一人で食事をしているようですし、こっちが気を使って昼食に誘っても、きっぱりと断られました。今時の子はこんなものかな、と当時は悩んでいましたね。
それでも、頭が良いのですぐに仕事を覚えましたし、お客さんとの関係も良好なようです。相変わらず口数は少ないですが、仕事上の根回しなんかはしっかりやってくれますし、後輩には慕われているようです。個人的には、もう少し愛想よくした方が、可愛げがあって良いと思うんですがね。
井内はああ見えて、よくやる男ですよ。言ってしまえば女好きのチャランポランですが、営業の男は、あれくらいでいいんですよ。お客さんの信用を得るためには、何よりも先に好かれることが大事ですから。
今時はコンプラがどうの、セクハラがどうのとうるさいので表立っては言えませんが、むしろ女の敵になるくらいの奴の方が営業に向いていると思っています。私が若い頃は、女遊びの一つもできない男はむしろ、上司からも部下からも見下されていたものです。――そうですね。これも古い考えかもしれません。
――井内と菅野について、ですか?
井内と飲みに行った時に聞きました。はっきり言ってあんなの、男と女ならよくある話じゃないですか。
要するに、井内にとっては遊びだったってだけの話でしょう?そんなことでいちいち恨んでいたらキリがないと思います。
井内ほどではないにしろ、私も若い頃はそれなりに遊んでいましたよ。私の妻も、昔はこの会社の同僚でした。私もそうでしたが、ああいうのは、若い頃はフラフラしていても、世帯を持てば大人しくなりますよ。
――飲み会の後の行動について、ですか?
先日もお話した通り、一次会は午後10時頃に終わって、長山、井内と三人で二軒目に行きました。みんないつも通りで、おかしな様子はなかったと思います。日付が変わるまで飲んで、店の前で解散しました。
――二次会を途中で抜けた者はいなかったか?
そういえば、井内が途中でトイレに立って、しばらく戻って来なかったことがありました――って、何ですか、いきなり。
しばらく帰って来なかったといっても、せいぜい15分くらいですよ。本人が戻ってきたときに聞いたら、飲み過ぎて腹を壊したと言っていました。
浅野のアパートは××市ですから、さすがに15分では何もできないでしょう。井内が席を立った時刻はさすがに覚えていませんが、多分、二次会の中盤くらいだったと思います。
二次会を終えて解散したのは、多分、日付が変わって間もなくだと思います。それから3人と店の前で解散して、私はタクシーを使って家に帰りました。
家に着いたのが午前1時頃で、そのまま寝ました。確か、××社のタクシーだったので、疑うなら確認してみてください。ドライブレコーダーや、支払いに使ったクレジットカードの履歴で確認できると思います。
刑事さん、私はね、あの飲み会に参加した者の中に、浅野を殺した犯人がいるとは、とても思えないんですよ。もちろん、一緒に仕事をしていれば衝突することもありますし、はっきり言って全員が全員、お互いのことを好きなわけではないと思います。
仕事ができる者、できない者。人付き合いが得意な者、苦手な者。色んな部下がいますが、それでもここまで上手くやってきたんです。それなのに、人殺しだなんてそんな残酷なこと・・・とても信じられません。
浅野も恨みを買うような人間ではありません。彼女がどうしてこんな理不尽に遭わなければならないのか、私は悔しくてたまりません。どう考えても、強盗の類の仕業のようにしか思えないのです。
どうか、浅野の無念を晴らしてやってください。お願いします。
〈取調べ調書から一部抜粋〉
・作成日
4月15日 火曜日
今月12日の殺人事件の重要参考人として、被害者と同じ勤務先の後輩、菅野静香に任意同行を求め、事情聴取した。
その理由は以下の通りである。
・参考人は、14日の刑事への供述で、午後11時半過ぎに自分の部屋に戻ってから、それ以降の行動に関して「重要な証言はない」と発言している。
しかし、事件当日午前0時13分、××市△△区の路上監視カメラに、参考人の車が映っていることが確認された。車はナンバープレートや車種、外装の色が映像の車と一致している。丁度、被害者宅から、参考人宅へ向かう方向と一致しており、被害者宅前での不審人物の目撃情報と併せて、それに関する詳しい事情を聴くため。
・関係者の供述の中で、唯一参考人の供述だけがところどころ食い違っており、参考人の供述の信憑性に関して、より詳しく検討するため。
参考人の新たな供述は以下の通りである。
・参考人は、被害者宅から戻る際中、財布が見当たらないことに気が付いた。もしかしたら被害者宅に忘れてしまったのではないかと思い直し、被害者宅に戻った。被害者宅についたのが午前0時前で、自宅に戻ったのは、本当は午前0時半頃だった。
・被害者宅のオートロック扉の前で被害者を呼び出したが、反応がなかったので寝てしまったのだろうと思い、また車で自宅に戻った。
・忘れたと思っていた財布は、実は車の中に落ちていた。
なお、虚偽の供述をした理由については、以下のように証言している。
・被害者の死亡推定時刻付近に被害者宅を訪ねていたとなると、真っ先に疑われるのではないかと怖かった。
・実際、被害者宅に入ることもせず自宅に戻り、財布も見つかったのだから、自分の偽証で捜査が攪乱される心配はないと思った。それなら、わざわざ自分が疑われるような供述をする必要もないと考えた。
参考人の供述には矛盾はなく、観念した様子で終始一貫した調子であったため、新たな供述が虚偽であるようには見えない。引き続き取調べを行い、逮捕状の請求も視野に入れて捜査を行う。




