同期2
〈同期2、井内弘樹〉
遅かったね、刑事さん。待ってたよ。玄関で話し込むのもなんだから、中へどうぞ。お茶でもいれるよ。紅茶しかないけどいいか?
――いや大丈夫、丁度夕食も済んだところだし。むしろ仕事中にこんな話をしに来られるよりは、家まで来てもらった方がいくらかマシだからな。
ただでさえ恭子さんがいなくなって大変だっていうのに、マスコミが大騒ぎしたせいで、今週ずっと電話が鳴りっぱなしだよ。事件について詳しく聞きたいんですが、とか言われてもな。
警察が来たのがつい昨日だっていうのに、週刊誌だか何だかがもう俺を嗅ぎつけてきたんだよ。あいつら、こういう情報をどこから仕入れてくるわけ?下手すりゃ、警察よりも足が速いんじゃないか。
――大丈夫、わかってる。報道されてないことは、あんたの言いつけ通り、誰にも喋ってないよ。犯人を断定する重要な証拠になるかもしれないから、だろ?
確かに、恭子さんとは仲が良かったけど、それだけで根も葉もないこと書かれたら最悪だよ。仕事以外でもちょっと付き合いがあったってだけで、別に特別な関係ってわけじゃなかったからな。
――はい、黄色がアッサムティーで赤がダージリン。どっちがいい?
さて、わざわざ家まで来てもらったけど、何を聞きたいのかな。
――え?もう一度事件のあった日の行動について聞きたい?昨日も同じこと聞かなかったか?あの時に話すことは全部話したよ。
――確認?もう一度、関係者全員に聞いて回ってるから、協力してほしい?
わかったよ。「金曜夜の飲み会から、翌日の午前0時半までの行動について」でいいんだな?
と言っても、俺の場合は特に話すことはないよ。俺は二次会に行った組だから、飲み会が終わった後の恭子さんについては、何も知らないしね。
8時から飲み会に参加して、一次会が終わったのが午後10時頃だな。女の子たちと別れて、課長たちと二次会に行ったんだけど、それが多分10時半頃だったと思う。一次会から二次会まで課長たちと一緒にいたし、二次会も途中で抜けたりはしなかったよ。確か、午前0時半頃に解散したと思う。なんなら店の名前教えるから、確認とってみればいいけど。多分、何かしら記録が残ってるんじゃないか。
――その後に何をしていたか?
二次会が終わってからは真っ直ぐ家に帰ったよ。家に着いたのが……多分1時過ぎだと思う。それからはずっと部屋にいて、そのまま寝たかな。
あと刑事さん、俺にアリバイを聞きに来たっていうのは、やっぱり俺と恭子さんの関係が噂になってたからじゃないの?まったく、誰がそんな根も葉もないこと喋ったんだか。
まあ、大体の想像はつくけどね。北山だろ?どうせ。あいつ、他人の話に尾ひれも背びれもつけて、あまつさえ三枚におろして下味をつけてから海のど真ん中にブン投げるような奴だからな。みんな、あいつのああいう所にうんざりしてんだよ。色恋の噂話が好きなのか知らんけど、俺と恭子さんのこととかいろんな人に聞き回ってたらしい。あれは本当にウザかった。
俺が犯人だったら、恭子さんより先にあのバカを殺してえよ――冗談、真に受けないでくれよ、刑事さん。
――恭子さんとは本当に何もなかったのかって?
しつこいなあ。本当にただの同僚だったし、付き合ってたこともないよ。何度か一緒に飲みに行ったりとかはしたけど、その程度だよ。本当の本当に、何もなかったって。
むしろ俺にとっては、しつこく言い寄ってこないで、恋愛抜きに付き合える貴重な人だったんだぜ。それに多分、向こうは俺なんて眼中になかったと思うし。
そんな下らない噂が立ってるっていうのは、多分、俺と恭子さんがある時から急に仲良くなったように見えたんじゃないかな。だから、最近付き合い始めたんだろうって。ふん、いかにも噂好きの人間が考えそうな話だな。
でも実際はそうじゃないんだ。
俺が、姉の誕生日だからプレゼントを買いに行くって話をしたら、恭子さんが選ぶのを手伝ってくれることになってさ。正直、何をあげたらいいか迷ってたし、姉が恭子さんと同じくらいの歳だったから、お言葉に甘えることにしたんだよ。
あと選んでくれるだけじゃなくて、いつも仕事で世話になってるからって、彼女の方から俺にも同じものをプレゼントしてくれたんだ。
――そうそう、これ。今飲んでるこの紅茶。その時選んでもらった物だよ。俺は紅茶のことなんか全然詳しくなかったから、恭子さんが来てくれて本当によかった。
そのあと色んなこと話してるうちに、結構気が合うことがわかって、その一日でかなり仲良くなったと思う。もちろん、同僚としてだけどな。次の日、一日付き合ってくれたお礼に、ってことでマグカップをあげたらすごく喜んでくれたな。丁度、新品のを持っててよかったよ。
はい、これが真相。所詮、噂は噂なんだよ。北山はもちろんだけど、女がごちゃごちゃ言ってることにまともに耳を貸すなよ。あいつらは自分の頭の中で作り上げた妄想を、さも誰かから聞いたみたいに話すんだからな。
――え……?菅野静香のことについても聞きたい?
あいつ、そんなことまで喋ってんのかよ。どこまで人を玩具にすれば気が済むんだか。
……ああ、まあ彼女とは何度か遊んだよ。最初に向こうから言い寄ってきたんだ。それで適当に相手してたら、いつの間にか遊びに行くことになって……わかったよ。言えばいいんだろ。ヤったよ。これで満足か?
まったくあの女といい、警察といい、人のプライベートを何だと思ってるんだ?ヤったよ。それを言わせて何になるっていうんだ?第一、事件には関係ないだろ?
ん?そうか。もしかして菅野が疑われてるんじゃないのか?そうだろ、刑事さん。今日になって俺にそんなことを聞きに来るってことはそういうことだ。俺と恭子さんの仲を良く思わなかった菅野が、悪酔いでフラフラな恭子さんを家まで送って、そこで刺し殺したんじゃないか、ってな感じだろ?
あり得ない話ではないと思うけど、どうだろうね。菅野は確かにちょっと変な奴だけど、人を殺したりするのかな。ま、知らんけどね。人殺しの考えることなんて想像もできないし、あいつ、無口で何考えてるかわかんないしさ。
やることやっといてこういうこと言うのもアレだけど、とにかく面倒な女だったよ。自分から誘ってきたくせに、一回ヤったくらいですげえ距離詰めてくるんだよ。
ことあるごとに話しかけてくるようになったし、最悪だったのが、会社で人目もあるのにひっ付いてきたんだぜ?マジで勘弁してくれよって感じだろ?
――じゃあ、本人にそう言えばよかっただろって?
言えるわけないだろ。何て言うんだ?別にお前に気があるわけじゃねえから、勘違いするな、って?それじゃ、こっちが意識してるみたいじゃないか。
大体、そんなことをはっきり言ったところで、返って来る言葉なんて大体想像付くだろ?「え?別に最初からそんなつもりなかったし。ちょっと仲良くしてあげたくらいで、そっちこそ勘違いしないでよね。」だよ。今度はこっちが自意識過剰のナルシ野郎になっちまうだろ。
まったく、女ってやつはプライドが高いから、そんなことを平気で言ってくるんだ。自分が傷つかないためなら何でもするって感じ。なんていうか、女ってそんな感じだろ?
とにかく、菅野が恭子さんを殺したとは思わないけど、ホントに変な女だったよ。
もう特に話すことはないかな。また何かあったら、遠慮なく聞きに来てくれ。
<検視報告書から一部抜粋>
今月12日の殺人事件の被害者、浅野恭子の検視結果について、次の通り報告する。
・検視開始日時
4月12日 土曜日 午前3時12分
・血液検査結果について
被害者の血液からは、少量のアルコールが検出された。被害者は会社の飲み会から帰宅した後に殺害されており、飲み会で少量の飲酒を行ったものと推定される。
血中アルコール濃度は0.06%であった。個人差はあるものの、事件当時においていわゆる「ほろ酔い」の状態にあったと考えられる。
また、血中からアルコールの他に、睡眠薬の成分であるジフェンヒドラミン塩酸塩が検出された。当該成分は、薬局で一般的に販売されている抗ヒスタミン薬の主成分である。
血中から検出された睡眠薬の成分は、被害者宅の卓上に放置されていた睡眠薬の成分と一致した。したがって、被害者が事件当時において服用したものと推定される。
・死亡推定時刻について
検視にあたり、直腸温度の測定、死斑及び死後硬直の状態確認を行った。遺体の状態から、死亡推定時刻は4月11日11時半~同月12日午前0時半と推定される。
本事件について、警察が通報を受けたのは12日の午前0時頃である。したがって、被害者は死亡直後、又は死亡直前に発見されたものと推定される。
・死因について
遺体の左下腹部に幅10センチメートルの刺傷を認めた。被害者は当該刺傷から出血しており、遺体の状況から、死因を出血性のショック死と推定する。刺傷は極めて深く、体表面から左腎臓まで至っていた。
刺傷の深さから、凶器は刃渡り20センチメートル程度、幅8センチメートル程度の刃物であると推定される。
現時点における検視結果の報告は以上である。引き続き、詳細に検査を進める。




