第3話:周囲がざわつき始めた。
「――ねぇ、聞いた? 氷の騎士様にお弁当渡したのって、リヴィア様なんだって」
「嘘でしょ? あのリヴィア様が? え、いつの間にそんな関係に!?」
「ていうかレオン様が微笑んでたって噂、本当?」
アカデミーの廊下に、ヒソヒソとした声が飛び交う。
(……ちょっと待って?)
私は昨日からずっと、周囲の視線に追われ続けていた。
やたらと女子生徒たちの視線が痛い。男子からも「うわぁ……」みたいな顔をされる。
(なんでこうなった!? 私はただお弁当を渡しただけなんです!!)
しかも最悪なことに――
「グランツ嬢、ちょっとよろしいかしら?」
現れたのは、ド派手なドレスを身にまとった学園社交界の女王、アナスタシア=ベルレイ公爵令嬢。
王子の婚約者候補としても名高く、プライドの塊のような存在だ。
「最近、貴女……ずいぶんとお行儀がよろしいようで? 氷の騎士様とも、急接近ですって?」
「……私、そんなつもりはありませんのよ。ただ健康を――」
「……ふふん、まあよくてよ。今後も、その“善人ごっこ”を続けなさいな。どこまで演じ切れるか、見物ですわ」
(あっぶなっ……完全に“敵対令嬢”フラグ立ってるやつだ……!)
しかも厄介なことに、問題は女子だけじゃなかった。
「おい、グランツ。最近やけに“色気”出してねぇか?」
「へ?」
肩を組んできたのは、ツンデレ剣士枠の攻略対象その3、ルーク=バルディーニ。
剣術科のエースでありながら、恋愛方面には無自覚な天然系男子。
だがこう見えて、他の男子キャラにやたら反応が早い“ガード犬ポジ”でもある。
「この間もエルヴィンに付きまとわれてたし、昨日はレオンのやつに弁当食わせてたし……何を狙ってんだ、お前?」
「なっ……狙ってなんかいませんわ!誤解です!」
「ほーう?」
ぐいっと顔を近づけてくるルーク。
「だったら、その“頬の赤み”はどう説明する?」
「…………熱、ですわ。たぶん」
「そっか。それなら無理すんなよ、バカが悪化すると面倒だからな」
(だれがバカですって!?)
「それより、今日の帰りに剣の稽古手伝え。お前、妙に飲み込みが早いからな」
「な、なぜ私が?」
「お前が最近、楽しそうに笑ってるのが……ちょっと、ムカつくんだよ」
(……えっ、今の台詞……ツンデレフラグじゃなかった!?)
まさかのルークからの構ってフラグ発生。
しかもその様子を、木陰からじっと見つめている影が一つ――
「……リヴィア嬢、最近……誰とでも、仲がよろしいのですね」
攻略対象その1、エルヴィン様が、思わせぶりに微笑んでいた。
(うわあああああ!!! 恋愛フラグが四方八方から建設されてるううう!!!)
私はもう逃げ場がない。
断罪回避どころか、完全に乙女ゲームの“ヒロインポジション”に移行しつつあるじゃないの……!
次回、いよいよ事態は修羅場の様相を見せ始める。
それでも、私はまだ信じていた。
――“推し”だけは、きっと私を冷静に見ていてくれると。
……その考えが、甘かったことに気づくのは、もう少し先の話。