第2話:お弁当を渡しただけなんです!
昼休み、王立アカデミーの中庭。
私は今、人生最大のピンチを迎えていた。
「……それは、私に?」
「ち、ちがっ……ちがっ……!」
目の前には、相変わらず整いすぎた顔面を持つ推し――氷の騎士レオン=ヴァルト様。
その手には、私が差し出した小さな包み――手作りのお弁当が乗っていた。
(いや、待って!? 勘違いしないで!? これ“恋人に愛情弁当”とかじゃないのよ!?)
ことの発端は、昨日の夜のこと。
「貴族の娘として、台所に立てるくらいにはなっておきなさい」
という母のありがたくも厳しい指導のもと、私は自主練を兼ねて小さなお弁当を作ってみた。
味見したメイドのユリア曰く「地味に美味しいですね」だったので、ふとこう思ったのだ。
(レオン様って、学園では食事にあまりこだわってないって設定だったな……
訓練で忙しくて、栄養偏りがちっていうのも確かゲーム内情報に……)
つまり、これは推しの健康を気遣う、純然たる布教用・布施用・供物なのである!
しかし今――
「ありがとう。まさかリヴィア嬢から、こんな贈り物をいただけるとは」
「ち、違っ……そ、それはただの……」
「いただきます」
(あああああああ食べちゃったああああ!!!)
レオン様は中庭のベンチに座り、手早く包みを解くと、私の“推し弁”を一口ぱくり。
その瞬間、目をほんのわずかに細めた。
「……うまい。これは、手作り、ですか?」
「っっ……ご、ごく個人的な実験というか、練習というか……!」
「なるほど。ですが、あなたがこれを“誰かのため”に作ろうとした気持ちは、十分伝わってきます」
(ちがっ……そういう“愛情弁当”的な意味じゃ……)
「……私は、こうした心遣いを忘れていたのかもしれません。ありがとう、リヴィア嬢」
そして……そして、極めつけに――
「今度、私からも何か、お返しをさせていただければ」
(お返しっ!?!? なに、ホワイトデー!? 告白成功後のフラグなの!?)
このやり取りを、すぐ近くの植え込みの陰から一部始終見ていた連中がいた。
「……今の見た?」「まさか、お弁当渡してたよな?」「あれって、つまり恋人……?」
(あっ……終わった……)
またも、好感度と噂と誤解が連鎖爆発。
次の日の朝、私はなぜか「氷の騎士の心を射止めた魔性の令嬢」扱いで、女子たちから妙に視線を浴びることになるのだった。
(ちがうんだ……私、ただ推しに長生きしてほしかっただけなのに……!)
“恋愛回避”のつもりが“溺愛一直線”。
……これはもはや、神すら予想しなかったルートかもしれない。