第1話:氷の騎士はなぜか笑ってくれる
「……はあ」
私は誰もいない中庭のベンチで、気の抜けたため息をついていた。
最近どうも、誰かと話すたびに「好感度が上がった音」が聞こえる気がしてならない。
いや、実際は聞こえないんだけど。でも感覚的にはもう、ピコーンピコーン鳴ってる。
(攻略キャラその1・エルヴィン様は、毎朝“おはよう”を言いに来るようになったし……
攻略キャラその2・ツンデレ騎士ルーク様にはなぜかライバル視され始めてるし……)
そして、肝心の推し――氷の騎士レオン=ヴァルト様。
彼に至っては、
「リヴィア嬢、今日は風が強いので、上着をお持ちになった方がいいかと」
「昼食に困ったときは、厨房に話してあります」
「本日は剣術訓練があるので、正門の周辺は危険です。回り道を」
……などなど。
あからさまに“私の生活”を把握しているのが、バレバレである。
(それって、心配されてる……の?いやいや、氷の騎士だよ?彼、そんなキャラじゃないでしょ!?)
「なにをひとりで困った顔をしているんですか」
「きゃっ……!?」
いつの間にか、隣にレオン様が立っていた。
何このステルス登場。BGMすら鳴ってないんですけど!?
「……あっ、い、いえ、ただの反省です」
「反省?」
「私、まだまだ皆様に受け入れられていないかと……。あまり出しゃばっては、また誤解を招きますから」
しゅんとしたふりで、私はあえて控えめモードに入る。
原作だと、こういう健気ムーブは絶大な効果を持っていたはず……!
すると――
「……ふっ」
「……!?」
レオンが、笑った。
氷の仮面を少しだけ崩して、口元をわずかに緩める。
それは、どのヒロインルートでも終盤にようやく見られる、超レア表情。
「あなたが出しゃばるなどとは、誰も思っていませんよ。むしろ――最近のあなたを見ていると、目が離せなくなる」
(まっっって、それ完全に好感度最大時のセリフーーーー!!)
「……なにか、顔が赤いですね。風邪でしょうか?」
「ち、ちが、ちがいますっ! 風邪じゃなくてこれは……なんというかその……!」
「……そうですか。ならいいのです」
(何この、会話の一挙一動に意味を持たせてくる感じ!? 推し、尊い……尊すぎて無理……)
レオンはふと、空を見上げた。
「――冬が来る前に、あなたには見てほしいものがあるんです」
「……え?」
「そのときが来たら、お誘いしても?」
「……よ、喜んで!」
にっこり、と彼はまた――
ほんのすこし、柔らかく笑った。
(……あれ、これ本当に溺愛ルート入ってない……!?)
私はベンチに座ったまま、しばらく動けなくなってしまった。
だって。
このまま行ったら、本当に私は――
“推しキャラ”と、恋に落ちてしまうかもしれないから。