第4話:推しキャラ(レオン)との偶然の接触
早朝のアカデミー中庭。
まだ誰もいない静かな空間に、私はそっと足を踏み入れていた。
今日こそは、誰にも絡まれず、好感度も上がらず、平穏無事な一日を過ごす――
そう固く誓っていたのに。
「……珍しいですね、貴族の令嬢がこんな時間にひとりで」
(あっっっ……来ちゃったーーー!!)
振り返れば、そこには私の推しキャラ――
銀髪に冷たい蒼い瞳をたたえた、氷の騎士ことレオン=ヴァルト様が、立っていた。
完璧な軍服姿で、無表情。
けれどその端正な顔立ちは、ため息が出るほど整っていて、乙女ゲームの中でも“推し一択”のビジュアルと声を持つ最高の男。
原作ではヒロインの心を少しずつ溶かしていく“氷系男子”として人気を博していた。
……が、悪役令嬢リヴィアに対しては一切の情けなし、「お前のような女は氷の下で眠れ」とかいう厳しすぎるセリフを平然と吐く人である。
つまり、本来なら私は一瞬で切り捨てられる立場なのに――
「……朝の静寂が好きなんですか?」
「えっ、は、はい……。その、なんとなく……」
レオンは私の隣に立つと、咲き始めた白いバラをじっと見つめた。
「こうして誰もいない場所に立つと、自分がただの一人の人間に戻れる気がする。あなたも……似たようなことを、感じているのかもしれませんね」
(うそっ!?!?!? いきなり心の壁、低くなってません!?)
思わず心臓がドキンと跳ねる。
いやいやいや、レオン様って、こんなに早く心を開いてくるキャラじゃなかったはず……!
「以前のあなたなら、こんな時間に一人で出歩くことなどなかった。ですが、最近のあなたは――興味深い」
「えっ……」
レオンの蒼い瞳が、私の目をまっすぐ見ていた。
あまりの至近距離に、思わず息を呑んで後ずさる。
「……リヴィア嬢。あなたは変わった。そしてそれは、決して悪いことではない」
(わあああああ!!!推しに褒められたああああ!!!)
「けれど――その変化が、誰かの仮面でないことを願います」
言い残してレオンは、ひとつだけ微笑んで去っていった。
氷の仮面の奥から見えた、ほんのわずかな“人間らしさ”。
……それは、原作でもなかなか見られない、レア演出イベントである。
(ちょ、ちょっと待って!私まだ、ルート入るつもりなかったのに!?)
断罪回避のために、善人ムーブを続けていただけ。
それなのに、推しとの距離が縮まって、まさかの氷の騎士ルートに片足を突っ込んでしまった――
私の「静かに生き延びたい計画」、開始早々で盛大に迷走中である。
―第1章:完