第1話:私は“選ばれた”のではなく、“選ぶ”側です
「リヴィア様、そろそろ……お決めになっては?」
放課後のバルコニーで、ロザリアがそう言った。
夕日がアカデミーの尖塔を染め、淡く揺れる風に、彼女の髪がなびいている。
「私が……決める?」
「ええ。リヴィア様は、もう“ヒロイン”ですから」
ロザリアは、にこりと微笑んだ。
「これから先のルート――誰と想いを交わし、どんな未来を望むのか。
それを選ぶのは、もう貴女の番なんです」
私は、黙って彼女の言葉を噛みしめた。
レオン、ルーク、エルヴィン。
みんなが私を“ヒロイン”として見てくれている。
けれど――
(……私は、本当に“選ばれた”だけでいいの?)
思い返せば、私はただ断罪エンドを避けるために必死だった。
悪役令嬢の立場を嫌い、破滅を避けるために動いていただけ。
でも今、私を好きだと言ってくれる彼らは、
“リヴィア・グランツ”としての私を見て、心を動かしてくれた。
(だったら――今度は、私が“誰かを選ぶ”番よね)
「ありがとう、ロザリア」
私は、立ち上がる。
「私、ちゃんと、自分で決めます」
「……ふふ。そうこなくっちゃ」
* * *
日曜の午後。湖畔の森にて。
そこにいたのは――私の“推し”、レオン=ヴァルト。
いつもの銀髪と蒼い瞳。だけど今日は、少しだけ表情が柔らかく見えた。
「……来てくれて、ありがとう」
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」
ふと笑みがこぼれる。もう、“推し”と“ファン”ではない。
これは、対等な“ふたり”の時間だ。
「実は……君に伝えたいことがある」
そう言って、レオンがまっすぐこちらを見た。
「私は、君に惹かれている。
どんな立場だとか、物語だとか、全部関係なく。
――“リヴィア・グランツ”という一人の女性として、君を知りたいと思った」
「レオン様……」
「たとえそれが“既定のルート”から外れていても、
君が選んでくれるのなら、私は喜んでその隣に立ちたい」
それは、まぎれもなく告白だった。
嬉しかった。
誰よりも聞きたかった言葉だった。
でも――私は、微笑みながら、ゆっくりと首を振った。
「……今は、答えられません」
「……っ」
「あなたの気持ちは、本当に嬉しい。
だけど……私自身が、まだ“自分の心”を整理できていないんです」
この気持ちは、恋? 感謝? 憧れ?
それとも、もっと別の何か?
「私は“選ばれた”だけで満足するつもりはありません。
ちゃんと、私が“あなたを選ぶ”って、心から言えるまで――」
レオンは、しばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「……なら、待つよ。
君が“俺を選ぶ”その日まで、何度でも告白する。
何度でも、君に恋をするよ」
その笑顔は、優しく、どこまでも強くて。
(ああ……やっぱり、私は……)
“推し”なんて言葉じゃ、もう足りない。
私は今――本当に、恋をしているのかもしれない。




