第1話:書き換えられたヒロインの真実
「リヴィア様、少し……お話できますか?」
アカデミーの図書室。
放課後の静寂のなかで、そっと私の前に現れたのは――
ヒロイン・ロザリア・ミルステルだった。
彼女の瞳には、いつもの優しさが宿っていた。
けれどその奥に、どこか決意のようなものが浮かんでいることに、私はすぐ気づいた。
「ロザリア様……?」
彼女は周囲に人がいないことを確認し、小さくため息をついた。
「リヴィア様。あなた、“この世界が乙女ゲームの中だ”と気づいていらっしゃいますね?」
――時が、止まった。
「……っ、どうしてそれを……」
「私も、気づいています」
(ロザリア……あなたも!?)
彼女はそっと、棚の陰に私を誘いながら、小さくささやく。
「私は……“元の世界”で、このゲームをプレイしていた、ただの女子高生でした。
気づいたら、このヒロイン・ロザリアとして目覚めていたんです」
「……っ」
その言葉は、私の心を深く撃ち抜いた。
「ずっと怖かった。
だって“私が攻略しないとゲームは進まない”と思ってた。
レオン様やエルヴィン様、ルーク様……全員が、私の“攻略対象”で。
その中で、誰かを選ばなきゃならない、って……そう思い込んでたんです」
けれど、とロザリアは言う。
「でも、私は気づいたんです。
リヴィア様――あなたが、この世界を変えているって」
「私が?」
「ゲームでは悪役だったはずのあなたが、誰よりも人を想って、
誰よりも誠実に行動していた。
それを見て、彼らが“本気で心を動かされた”のを、私は見ていました」
ロザリアの表情が、ほんの少しだけ苦笑いになる。
「それが、すごく悔しくて、でも――とても嬉しかったんです」
「……ロザリア……」
「リヴィア様。
あなたこそが、もう一人の“真のヒロイン”だったのかもしれません」
そのとき、図書室の外から、カツン――と靴音が響いた。
ロザリアがはっとして立ち上がる。
「もう時間がありません。この世界を“元に戻そう”としている組織――
“調整者”たちが、近くまで来ています」
「っ……!」
「でも、彼らが戻そうとしているのは、“ただの都合のいいシナリオ”です。
その中には、リヴィア様の“努力”も“愛情”も、“存在”すら含まれていない――」
私は、拳を握った。
「そんなの、許せるわけない……!」
「ええ。私も同じです」
ロザリアは、穏やかな笑顔で私を見つめた。
「この物語を“正しい道”へ導けるのは、リヴィア様……あなたしかいません」
その瞬間、図書室の大窓が、爆音とともに砕け散った。
空中に浮かぶ、黒いフードの集団。
その先頭に立つのは――あの“調整者”だった。
「リヴィア・グランツ。――回収手続きを開始する」
(……来た)
だが、もう私は逃げない。
推しの手を、ロザリアの想いを、そして自分の選んだ未来を、守るために――




