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第2話:“ゲームの外側”から来た存在

森に響いた、不穏な男の声。


「記憶の修正は、そろそろ終わりにしようか――元ヒロイン、リヴィア・グランツ」


その言葉を聞いた瞬間、私の背筋はぞわりと凍りついた。


(……今、なんて言った? “元”……?)


「貴様……!」


レオンが男の前に立ちふさがるように一歩踏み出す。

その横顔は明らかに警戒と、何かを思い出そうとする苦悶でゆがんでいた。


男は、無表情のまま私たちを見つめていた。

目は黒く深く、どこか“この世界の住人ではない”ような、異質さを感じさせる。


「……誰?」


ようやく絞り出した声に、男はゆっくりと首をかしげた。


「我々は“調整者”。この物語の“歪み”を修正する者だ」


「物語……? 修正……?」


「君たちが生きているこの世界は、“既定の運命”を基に作られた、物語世界。

しかし、リヴィア・グランツ――君が“本来のルート”を外れたことで、物語が狂い始めた」


「……それは、私が“断罪されなかった”から?」


「正確には、“君がヒロインのポジションを奪った”から、だ」


(……っ!)


「貴女は確かに“悪役令嬢”だった。だが、今や誰よりも攻略対象の好感度を集め、

ヒロイン・ロザリアすら、貴女を応援するポジションに回った。

これが、“バグ”でなくて何だというのか」


私は言葉を失った。


だって、だって――


「私、ただ……破滅したくなくて、生き延びたくて、頑張っただけなのに……!」


男の目が細くなる。


「それが、物語を壊す行為なのだ」


そして彼は、静かに右手を掲げた。


「だが安心しろ。修正は可能だ。

リヴィア・グランツ、君の“異常な好感度”をリセットし、物語を本来の道へ戻す。

レオン=ヴァルトは、ヒロイン・ロザリアを選び、君は断罪される運命に回帰する――」


「――させるものか!」


冷たい声が、鋭く空気を断ち切った。


レオンの剣が、一瞬のうちに抜き放たれていた。

その蒼い瞳が、真っ直ぐに“調整者”を見据えている。


「……誰であろうと、私は、彼女の手を離さない」


「レオン様……!」


「確かに、私はおかしかった。お前の言う通り、なぜ彼女に惹かれるのか、自分でもわからなかった。

だが今、確信した。――これは、自分の意志だ。

与えられた物語ではなく、自分が選び、望んだ未来だ」


“調整者”は一瞬だけ表情を動かし――


「……面白い。ならば、その意志ごと試してやろう」


そう言うと、男の姿がスッと霧のようにかき消えた。


森に、再び静寂が戻る。


しかし、私とレオンの胸には、さっきまでとは違う“何か”が確かに芽生えていた。


それは、この世界に仕組まれた“運命”と“物語”への、初めての疑問。

そして、誰にも操作されない、本当の選択を求める気持ち。


「……リヴィア」


レオンが、私の手を取った。


「君がこの世界のルールに抗うというのなら、私も共に抗おう」


「……っ!」


もう、ゲーム通りの展開なんかいらない。

“推し”が、“物語のキャラ”としてではなく、“一人の人間”として私を選んでくれた。


その想いだけで、私はもう一度立ち上がれる。

――この世界は、物語の器にすぎない。


それが“調整者”たちの理屈だった。


彼らの目的はただ一つ。

「バグ」と認定された私――リヴィア・グランツを、“本来あるべき悪役令嬢の位置”へと修正すること。


つまり、断罪ルートへの強制送還。


だが――


「ふざけるな」


その前に立ち塞がったのは、私の“推し”、氷の騎士・レオン=ヴァルト。


銀髪をなびかせ、凍てついた蒼い瞳が、フードの男たちを射抜く。


「この剣は、忠義のためでも規律のためでもない。

ただ――彼女を守るために振るう」


レオンが剣を抜いたその瞬間、空気が一変した。

斬るはずの“敵”が、“世界そのもの”であっても――彼は、一歩も退かない。


その隣には、ルークが立つ。


「お前らさ、“恋路の邪魔”ってわかってる?」


短剣を構え、軽く笑うその姿は、いつもよりずっと頼もしかった。


そして、背後からエルヴィンの声が届く。


「正義とは、与えられるものではなく、選び取るものだ。私はそう信じている」


(――皆、来てくれた)


かつて“攻略対象”として登場した彼らが、

今は、“私を守る側”にいる。


「……おかしいな」


調整者のひとりが、感情のこもらない声で言う。


「こんな展開、シナリオにはなかった。

この世界のキャラたちは、“ヒロイン”以外の指示に従うはずでは――」


「だったら、教えてやる」


レオンが一歩、前に出た。


「――俺たちは、“物語の登場人物”ではなく、“リヴィア・グランツの意志”に応えた人間だ」


そして――レオンは走った。


全身を駆け、調整者の前へ。


その剣はただまっすぐに、空を裂いて振り下ろされた。


「世界がどう言おうと、俺は――お前の味方だ!」


調整者の黒いフードが、裂ける。

空間が、軋むように揺れる。


“世界の修正力”が崩れていく――。


「これで終わりではない。君たちがこのまま“道を外れ”続ければ、いずれこの世界は――」


「うるさい」


ルークの拳が、追撃のように炸裂した。


そして、残りの調整者たちも後退し、

気がつけば――森には、私たちだけが残っていた。


私は、剣を収めたレオンに駆け寄る。


「レオン様、ケガは――!」


「ない。君が無事なら、それでいい」


その声に、胸がぎゅっと締めつけられる。


(もう、推しとかじゃない。彼は、“本当に私のために戦ってくれた”)


「リヴィア」


レオンが、静かに言った。


「たとえ、この世界が物語だったとしても――

君の笑顔は、“俺にとっての真実”だ」


私はもう、涙をこらえられなかった。


世界が仕組んだシナリオを、私たちは斬り裂いた。


自分の選んだ道を、自分の意志で進んでいくために。


ー第3章:完

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