第1話:推しの過去と仮面の正体
日曜の午後、アカデミーの裏手に広がる小さな森。
そこにある古びたガゼボ(東屋)で、私はレオン=ヴァルト様と向かい合っていた。
「……こんな場所に、こんなものがあるなんて」
「かつて、王家直属の近衛騎士たちが休息に使っていたと聞いています。
私の家も、その一員でしたから」
(そういえば、レオン様の実家って、代々近衛に仕える由緒正しき家系だったな……)
私が黙っていると、レオンはふっと目を細め、ガゼボの柱に手を当てた。
「ここに来るのは、子どもの頃以来です。
母が亡くなった日、父に連れられて、この場所で空を見上げました。
……“泣くな、レオン。騎士は涙を見せぬものだ”と、言われたのです」
「……」
私は、言葉を失っていた。
ゲームの中で、レオンの過去はほとんど描かれていなかった。
ただ「感情を閉ざした男」という設定だけがあって、プレイヤーが彼の心を開いていく――という“お約束”だったはず。
けれど、今。彼の方から、自ら語ってくれている。
「貴女は変わりました。……誰よりも早く、私に気づいてくれた。
無理をして、誰にも見せない顔をしていることを、見抜いたのは――貴女が初めてです」
「……私、そんな大層なこと……!」
「いえ。貴女の前では、私は“ただの男”になれる。
騎士でもなく、規律でもない、“レオン”として……」
(まって、まって……今のセリフ、プロポーズ5秒前じゃない!?)
私は顔を真っ赤にして、思わず手を握りしめた。
(なにこれ、完全に……推しからの恋愛ルート突入宣言では!?)
レオンが、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「私は、“仮面”のまま生きていくつもりでした。
誰かに理解されることなどないと、諦めていた。けれど――」
その蒼い瞳が、私の目を捉える。
「……貴女が、私を変えてしまったのです」
「……っ」
心臓が、爆発しそうだった。
推しが、私に、想いを伝えてくれている――
そんな奇跡が、本当に起きているなんて。
「……レオン様」
震える声でそう呼ぶと、彼はそっと手を伸ばした。
そして――私の頬に触れようとした、まさにその時。
「レオン=ヴァルト!!」
鋭い声が、森の静寂を裂いた。
振り返るとそこには――冷たい目をした一人の男。
この世界では見たことのない、“ゲームには存在しないはずの人物”が、レオンを睨みつけていた。
「……あなたは」
レオンの声が低くなる。
その男が放った次の一言が、私の思考を凍らせた。
「“お前の記憶”、まだ戻っていないようだな。
この世界が“書き換えられたこと”にも、気づいていないとは――」
(……え?)
「さあ、“記憶の修正”は終わりにしよう。
レオン・ヴァルト、そして“元ヒロイン”リヴィア・グランツ」
(……元、ヒロイン……?)
世界が、音を失った。




