魔王と面会して、全ての事実が分かる
「この世界の人は誰かに教えられない限り魔法は使えませんし、それに異世界転移って言葉も知らないはずです。ですからあなた達は私と同じ世界から来たんでしょう?」
魔王城は和風っぽく西洋ファンタジーの感じは全く無い上に、案内されたこの部屋は畳が敷かれている上に座布団が用意されているという、完全にこの世界の住民ではない人が作った感じがする雰囲気がする。
そこの奥に敷かれた座布団に座って、魔王が話す。
魔王も他の人同様黒いローブを身につけているけど、黒いヴェールをつけていないから、顔ははっきりと分かる。この感じだと私達と同じ未成年で、同じようにこの世界からやってきた人みたいだ。それに他の人よりも気持ちにゆとりがあって、ここで一番偉い人というオーラがいっぱい出ているから、もしかしたら元いた世界でも偉い人だったかもしれない。
「そうです。私達は日本という国からきました」
「私もそうです。私は奈良部局所属の海卯幅りえかです」
いやこれじゃあ笙太はともかく、私と同じ立場の人間だ。私は奈良部局の知り合いはいないから、本当にりえかさんがそこに所属しているかは分からないけど、元々いた世界でも魔法を使えて部局のことを知っている人はほとんどいないから、関係者である可能性は高い。
「私は東京部局所属の椎本笙野です。よろしくお願いします」
「僕は東京部局第一支部の椎本笙太です。よろしくお願いします」
「笙野さんと笙太さん、よろしくお願いします」
話がすんなりと通じた、これで本当にりえかさんが同じ世界から来た人だと分かった。私みたいに異世界転移魔法を使ってみて、偶然成功して、ここに来たんだろうな。そんな人いるなんて知らなかった。あの魔法が成功することができるなんてこと知っていたら、挑戦もしなかったのに。
「それでなぜこの世界で魔王と呼ばれて、お姫様をさらっているんですか?」
私は気になることを聞いてみた。
私達と同じように異世界へ来たのなら、この世界で魔王と呼ばれるほど人を集めて活動するよりも、元の世界に早く戻った方が良い。なんせこの世界は元いた世界ほど発展していないし、LGBTに対する差別は普通にあるし、居心地は全く良くないから。
「魔王はなりゆきです。私を慕う人や私が助けた人が集まってきまして、その人たちに魔法を教えているうちにこうなりました。この世界の人に魔法を使えるようにすることは難しかったですが、なんとかできました」
「黒いローブの人たちは不思議な道具を持っていましたが、あれが魔法の媒体ですか?」
「そうです。この世界では魔道具が普通に使用されていますから、自分の魔力を使って何かをすることは元いた世界よりも慣れているので、少し習っただけですぐに魔法を使えるようになるんです」
りえかさんはにこにこと笑顔でゆとりのあるように話し続ける。
それにしてもこの世界は魔法の使いやすさなら、元の世界よりも上らしい。あまり魔力が無い笙太が魔法を防御しつつ戦えていたのも、その影響かな? 私は元々魔力がいっぱいだから、そんなに気がつかなかった。
「あなたたちの言っている『お姫様』ならさっき攻撃されて、気絶しましたよ。あの黒いローブの人たちの中に『お姫様』はいたんです。あっあの人たちはみんな魔法でこっちに転移しましたので、今怪我をしていない人に治療されているところでしょうから、気にしなくて大丈夫です」
「嘘でしょ、私達お姫様を攻撃したんですか?」
「そんなお姫様らしき人はいませんでしたよ」
私と笙太は絶句した後に、かろうじて気力をふりしぼって質問する。
だって私達は一応お姫様を助けるという目的があったし、何よりもギリアムはそのためにあれだけぼろぼろになっても戦いをやめなかった。そうなのにあの私達を襲ってきた中にお姫様がいたなんて、想像も出来ない。
「黒いローブと黒いヴェール、そしてちょっとした魔法で誰か分かりづらくしていましたので、恐らく『お姫様』が誰なのか、この世界の人には絶対分からないです。少なくとも私は『お姫様』をはじめとして、誰も拘束はしていません。そこでここにいる人は皆さん自主的に私のことを守ってくれまして、『お姫様』もその一員なんです」
「お姫様は自主的にここでいらっしゃるんですか?」
私のイメージ的にお姫様はとても皆さんに気にかけられていて幸せに生きているって感じなので、ここで魔王を守るべき侵入者と戦っているとは、考えたことすらなかった。そういうわけでさっきもあの中にお姫様がいるってことは、全く思いもしなかったのに。
あそこでギリアムの言うとおり、何人か殺していたらと考えると、ぞっとする。それじゃあ助けに来たお姫様まで、殺してしまうところだった。
「まああの黒いローブと黒いヴェールを取ってもこの世界の人に、『お姫様』は見つからないと思います。ここではそもそも『お姫様』とは呼びませんし」
「まさかお姫様はトランスジェンダーなんですか?」
「そうです。とはいってもこの世界はボーイッシュな格好をするだけで死刑ですから、本当は格好いい物や服が好きな女の子かもしれませんが。どういう事情があるにしろ、可愛いドレスやワンピースを着たがらない以上は、この世界では自分の気持ちを押し殺すか死刑になるしか、手段はありません。例え『お姫様』だとしてもね」
りえかさんはさっきまでとは違い、淡々と短く説明してくれる。
そうか、神の決まりにより女性がズボンを履いたらいけない世界では、お姫様のような偉い存在でもその決まりに従わないといけないのだ。神の決まりは大体、王様でも破ることができないことになっているから。
「ということはさっき襲ってきた人たちは全員性的少数者ですか?」
「まあ分かりやすく言うとそうですね。とはいえこの世界はルールが厳しいですので、元の世界ではそうではない、ボーイッシュな女子や可愛い物好きの男子も混じっていますが、大体この世界におけるLGBTQ支援団体ってとこですね」
要するに元いた世界では今徐々に増えてきているけど、今いる世界では発想すら難しい、性的少数者の保護をするための団体なのかな? 同性愛や異性装が死刑とされてしまうこの世界では、むしろ差別の対象となる人々を救う活動、それはかなり難しそうなことだ。
そこでりえかさんは魔王となり、この国の決まりからあえて外れた形で、人々を保護しているのかもしれない。私はこの世界の人とあまり関わった経験は無いけど、今までの経験だけでギリアムやお世話係といった人たちが、かんたんに認めてくれるはずがないことを分かっている。
「まさしくこれは異世界で現代日本の知識を生かして活躍するって話ですね。魔法も、性的少数者の知識も、元いた世界でしか手に入れられませんから」
「そーいうのはどうでもいいんです。ところで元の世界に戻る方法は分かりますか? 私早く戻りたいんです」
今までに無いほど目をきらきらさせ始めた笙太をどけて、私は訴える。
りえかさんが誰もさらっていないし、むしろ人助けをしているのなら、私達がすることは何もない。そこでここは早く元に戻ることは考えないと。
「実はこの本が完結すると、元の世界に戻れるんです。とこの本に書いてあります。笙野さん達も本を持っていませんか?」
「本、あっこの世界に来るときに使ったものですね」
私は鞄の中から本を取り出す、それはこの世界に来たとき使った本で、今までなんとなく鞄の中に入れていた。
そしてぱらぱらとめくると、確かに前見たときは無かった文章が書かれている。私は慌てて一ページ目に書かれている文章を笙太にも分かるように読んだ。
「えっとこの本が終わるとき元の世界に戻れるでしょう」
「この世界は元の世界で書かれたあるWEB小説なんです。『お姫様』が主人公で、一万字程度のお話です。『騎士』と結婚させられそうになった『お姫様』が自殺するというお話なんです。もちろん『お姫様』は『騎士』のことが嫌いではありません、ただ『女』として『男』の『騎士』に嫁ぐことが『お姫様』には耐えられなかったのです。とはいえ私達がここへ来れたことに何か意味があるとすれば、それはこの物語をハッピーエンドにしたいという何かしらの意思があるに違いません。そこで『お姫様』と『騎士』がわかり合うようになれば、元の世界に戻れますよ」
「それってかなり難しいですよ。異性装は死刑で神の決まりに反していると信じているギリアムが、異性装をして男には嫁ぎたくないと考えているお姫様の気持ちを理解するなんて、無理です」
「僕やおねーさまはできるけど、この世界の人にとっては無理ゲーですよ」
私と笙太は冷静に突っ込む。これじゃあ本来の目的であるバッドエンド、すなわち今すぐお姫様をお城に戻して、騎士とお姫様が結婚する事になり、お姫様を死なせた方が、帰ることが出来ると思うよ。
「だから私も他の方法でなんとか戻すように努力したのですか、できたのはこの持ってきた携帯ラジオで奈良市のコミュニティFM番組を聞けるようになったくらいです。それ以外できません」
りえかさんはそう話して、小さな携帯ラジオをいじる。そうすると本当に元の世界の音楽が流れてきて、今の日付が告げられた。どうやら私達がこの世界に来てから、私達が過ごしたのと同じく、一日が経ってしまっているらしい。
あらら、これじゃあ私達は、理由不明の行方不明状態になっている。早く戻らないと、同じ部局や支部の人はおろか、家族にも心配させてしまう。
「なんで奈良市のコミュニティFM番組なんですか?」
「それはきっと私がこの奈良市のコミュニティFM番組以外聞いたことが無いからです」
そういう理由でローカルなあまり知られていないラジオ番組が異世界で聞けるようになったらしい。とはいえローカルとはいえ、元いた世界の貴重な情報源である事は間違いない。これはここの世界にいる以上、大切にしないと。
「要するに騎士達を仲良くさせればいんですね。それじゃあもう騎士は捕まっていますし、何とか仲良くさせましょう」
「そんな簡単にいく?」
「大丈夫、おねーさま、話せば分かる」
元の世界だって理解してもらうのは難しいのに、こんな死刑になる世界じゃあ無理だよ。
そう突っ込みたかったけど、ボーイッシュな格好が好きな私としたらこの世界のルールよりもりえかさんの意見の方が正しいように感じするし、何よりもりえかさんは元の世界とコミュニティFMとはいえつながりを作ったのだから、ここにいた方が元の世界に戻りやすい気がする。
そこでここにいて、りえかさん達と一緒に行動するほかできることはない。そこで私は魔王を倒すのではなく、魔王を助けて、この世界に反抗して生きていくことにしたんだ。
そしてできることなら早く元の世界に戻ろう。この世界にはもう一秒たりともいたくないから、そのためにだけ私は頑張ろうっと。