魔法使いの姉弟
久しぶりに帰った我が家は、前見たときと変わらなかった。
魔法使いは大抵子供の頃から会社に尽くすため家族と離れて生活するのが普通なので気にはしていないけど、とても懐かしい気分がする。
今この家には父と母だけが住んでいるはずで、二人とも仕事の時間のはず。となるとこの広い家を独り占めできる、リビングでテレビを見ながらごろごろしよう、そう考えながら家の中に入る。
「笙野も帰ってきたわけ?」
「笙太こそどうしたの?」
リビングではソファーで双子の弟である笙太が思いっきりくつろいでいる。あれま、こいつも家に帰ってきたらしい。
「暇だからテレビを見るために帰ってきた。ほら支部の寮には人がいっぱいいるから、くつろいでテレビなんて見れないし。笙野が所属してる部局とは違って、支部は大変なんだよ」
と笙太は愚痴を言う。
この魔法を使えるという事実を隠さなくてはいけない世界では、子供の魔法使いは世間から保護されなくてはいけないらしく、会社に所属することが義務になっている。十八歳以上になれば独立して協会やギルドといった会社以外に所属して自由に活動している人もいるけど、子供は残念ながらそれを選べない。
そこで私や笙太も会社に当然のように所属している。
その会社は本社が一つと地方毎の本部、そして一県に一つの部局と、その部局の下に支部がいくつもあり、どこからどう見ても普通の大きな会社っぽい。いや世間的には大きな普通のオカルト関係の物を取り扱った民間企業なので、普通に大きな会社であり、私達がそこで働く社員ってわけ。
ということなので実は私が所属している部局は笙太が所属している支部を管轄していて、私が笙太の上司に当たるわけなのだ。まっ、部局と支部はあまり関わらないから、ほとんどそのことは意識していないんだけどね。
「部局の寮だって一人部屋だけでそこまで広いわけじゃないから。それに私テレビ持っていないし」
「テレビ見ないで、どうやって時間を過ごすの?」
「勉強して、魔法の練習をすれば、時間なんて足りないくらいだって。そもそも笙太も私と同じように全日制高校に通ってるでしょ、全日制高校と会社を両立してたら、基本的に暇な時間なんてないはず」
「流石おねーさま、真面目だね。僕とは大違い」
「持っている物をいかすために頑張ってるの。笙太もがんばりなさい」
「僕はおねーさまと違って魔力が薄くて媒体が手に入りにくいからどれだけ頑張っても無理。最近は剣に魔力を込めて勇者ごっこをしてるくらいで、それ以外にできることなんてないし」
笙太はふてくされたように、クッションを抱きかかえる。
魔法を使うためには魔力っていう、生まれつきあって科学では証明できない力が必要だけど、それが私は多くて笙太は少ない。それに魔法を使うために必要な媒体も私は布で笙太はオニキスだから、私の方が手に入れやすい。そういうわけで昔から魔法に関しては笙太に負けたことがないし、これからも負けることは無いだろうな。
「仕方ないじゃん。生まれ持った差だし。私の魔力が多くて、笙太が少ないのは、もう変えられない事実だし。媒体は笙太が変える努力を怠ったからでしょ、私のように頑張れば手に入れやすい物を媒体として魔法が使えるようになるはず」
「そうだけどさー。こうなったら異世界転生なり異世界転移なりして、どこか別の世界に行って、そこでチートな能力をもらって、魔法使いになりたい」
「そんな上手い話ないよ」
私は呆れて、笙太の隣に座る。
異世界なんて、そもそもあるわけない。そりゃあ私達が今いる世界では多くの人に隠されているとはいえ魔法、それから超能力に呪術といった科学では証明できない力がある。そこで科学的に異世界がないとされていても、ある可能性はそれで消えないことは知っている。
それでも異世界があるなんて話、うん、どこかでそんな話聞いたことがある。
「そういえば異世界転移できる魔法があるんだって。とは言っても誰かが成功したという話なんて聞いたことが無いから、嘘かどうか分からないけど」
「そうなんだ。それはどんな魔法?」
「確かインターネットを使う、昔ではありえない現代的な魔法だよ。インターネットに接続している機器、スマートフォンとかね、に『異世界転移できる書』を出るように祈る魔法をかけたら、本が出てきて、その本を使えば異世界に行ける」
「それ本当に出来るの? やってみて、今すぐ」
「できるわけないけど、まぁいっか一回やってみよう」
私は信じていないけど、笙太があまりにも期待しているみたいなのでやってみる。気分転換に家へ帰ってきて魔法を使うなんて馬鹿らしいかもしれないけど、まあいいや。
スマートフォンを媒体となる布で巻き、私は『異世界転移できる書』が出るように祈る。そうしたら布が消えて、何もない空中に本が現れて、そのまま床に落ちた。
「あっ本が出てきた」
「本当だね」
その出てきた本は古めかしくていかにも西洋ファンタジーの世界にありそうな見た目で、何よりもどのページをめくっても白紙だ。題名すら書かれていない本はノートみたいに書き込んで使うように見えるのに、これが世間では異世界に行く本とされている。
「でどうする?」
「異世界に行ってみようよ。いやちょっと待って、異世界に行く前に準備をしないと」
笙太はいそいそとリビングを出て行ってしまう。これはもしや、異世界に行く気まんまんだ。それしか考えられない。
異世界に行ったという話なんて聞いたこと無いから、この本が出てきたからといって、異世界にいけるわけない。そうなのにあんなに楽しそうなんて馬鹿みたい。
まあ私が失敗したら、笙太だって諦めるでしょ。私ができない魔法を笙太が出来た事なんてないのだし。と考えて私は信じていないなりに気分を上げるために黒いワンピースと黒いジャケットという魔法使いっぽい格好に着替える。確か異世界じゃあこれで魔法使い、魔女に見えるのだよね。この世界じゃああまりこういう格好の魔法使いはいないけどさ。
「どーう? これで魔物もバッチリ倒せるよ」
「どうもこうも。刀まで持っちゃって、気合い入れすぎ」
服装はいつもと同じシャツにジーパンなのに、腰にはどこで入手したのか分からない日本刀をつけている。その刀の鞘や柄には媒体であるオニキスがついていて、簡単な魔法がすぐに使えるようになっている。
さっき剣に魔力を込めてと言っていたので、いざとなれば刀に魔力をつけて倒す気なのかな? 何を倒す気なのかは、私には分からない。
「異世界だから何が起きるか分からないだろう? ほらあと食糧もあるぜ」
「食糧ってそれ非常用備蓄じゃん。まあ良いけど」
笙太が自慢げに大きめのリュックから取りだしたのは、この家に常備されている非常用の備蓄、災害時に食べるものなので、無くなったら確実に怒られるやつだ。
まあ良いか、どうせ成功しないし。後で元の場所に戻すことくらいは手伝ってあげるよ。
「じゃあ行くよ、異世界へ」
私は本に媒体となる布を巻き、異世界に行くよう祈りつつ、魔力を込めた。
もちろんこれで成功するなんて考えもしていない。そもそも成功する可能性が全く無いしね。