01 匂いは記憶と結びつく
人は特定の匂いを嗅ぐことで
遠い昔の記憶や感情が呼び起こされる。
例えば、塩素の香りは学生時代のプールを思い出したり、当時の情景が呼び起こされ懐かしい気持ちになることがある。
これをプルースト効果と呼ぶらしい。
2018年3月30日
「「「かんぱーーい」」」
今日は藤本董香が年間売り上げ100%達成&入社してから1年間お疲れ会と称し
いつものメンバーで飲み会中だ。
「お疲れトウカ。今日でお前のOJTも終わりかー。まだ童貞だけどな」
この人は俺のOJTを務めていた今枝駿さん。
社内でトップクラスの営業成績を誇る2個上の先輩だ。
シュンさんとの出会いはこの先一生忘れることはないと思う。
俺が就活生だった頃、一次選考であるグループディスカッションの面接官を務めていたシュンさんは
面接官という立場を利用して選考会に参加した女の子にナンパしまくっていた。
頭おかしいだろこの人と思いつつ傍観していたが
まあトークがべらぼうに上手い。
全然関係ない俺も不覚にも大笑いしてしまった。
あのおかげで緊張もほぐれ、自分らしく臨めたと思う。多分。
「シュンもお疲れ。トウカもこの一年で立派な営業マンだな。まだ童貞だけど」
直属の上司である福井徹平。通称テツさんが
俺たちに労いの言葉を掛ける。
「ありがとうございます。2人が扱いてくれなかったら俺終わってましたよ。てか童貞ちゃうわ!」
この一年本当に本当にこの2人には扱かれまくった。
営業の心構えから始まり、資料作りに提案力…枚挙に暇がない。
最初はキツすぎて嫌になりかけたが
初めて契約取ってきた時も、こんな感じに居酒屋で労ってもらったなあ。
契約取る度に飲みに連れてって貰えたから、仕事が楽しいと感じたまである。
おかげさまで年間売り上げ100%達成。こういう時に飲むビールは最高に美味い!
学生時代とかバイトなんてクソかったるかったのに
すっかり社畜の仲間になっちまったなあ。
あれ、もしかして俺この人たちに洗脳されてる?
「洗脳なんかじゃなくて教育だよ」
「ちょっ、テツさん…あんたエスパーですか……」
テツさんは主任ということもあり
社内での実力は折り紙付きだ。
28歳という若さで係長候補としてあがっているくらいには社内での期待も人望も厚い。
高身長・高学歴・高収入。そして芸能人顔負けのイケメン。
この一見完璧すぎる上司だが、一歩会社から出るとまあ化ける。
何を隠そうシュンさん同様チャラい。てかチャラすぎる。
2人とも彼女は作らず遊び歩いて歩きまくり。
シュンさんは初対面の時の印象が強かったから
まあ、そうでしょうね。とかしか思わなかったが
テツさんに関しては、何というか…普通にショックだった。
あんた会社と全然キャラ違くない?
って思わずタメ口使っちゃったくらいには驚いた。
「いやいやこっちが本業だから」
この人が何で仕事ができるのか、色々と垣間見えた気がした入社3ヶ月後の夏の思い出でした。
「トウカさんやトウカさんや、この間の合コンで会った子と進展どうなんじゃ?おじさんたちに話してみせておくれよ」
「シュンおじさん、実はね、僕ね、明日遊ぶ予定なの」
「おっ!ついに童貞卒業か?」
「ど、ど、童貞ちゃうわ!!」
この流れ、最早様式美ですね。はい。
「茉白ちゃん…だっけ?あのトウカが珍しく合コン楽しそうにしてたもんな…」
ハイボールに入った氷をカラカラと回しながら
テツさんは遠い昔かのように懐かしそうにそう呟いた。
彼女―立花茉白との出会いをキッカケに俺の人生を花のように彩り豊かにしてくれた。
彼女の薫りと共に―――