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or  作者: 真亭甘
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続・荊州城の戦い



爆炎と土煙が舞う中、派手な民族衣装を身にまとった男が、瓦礫の山の上に立っていた。 高旗コウキ。 だらしなく伸ばした髪を掻きむしり、場違いなほど甘い香水の匂いを漂わせながら、彼はニヤニヤと笑っている。

 髙旗の咆哮ほうこうが、混乱する収容所を貫いた。  彼の声には、理屈を超えた、魂を揺さぶる「おと」があった。それは、絶望の底にいた者たちに、再び立ち上がるためのカロリーを注ぎ込む魔法だ。



「俺か? 俺はここには優秀な人材が腐るほど眠ってるって聞いてな、スカウト(勧誘)に来てやったんだよ!いつまでくさりに繋がれてるつもりだ! いつまでぶたのようにえさを待つつもりだ! 俺たちは人間だ! 誇り高き華凰かおうの民だ!」



 囚人たちが、一斉に彼を見上げる。その目から、虚無の色が消え、希望という名の狂気がともり始める。



「外には仲間がいる! 建文様が来ている! 今こそ、この腐ったおりをぶち壊し、百渡の野郎に目に物見せてやる時だッ!」



「オオオオオオッ!!」



 呼応する叫びが、爆風となって巻き起こった。 それは、計算された作戦などではなかった。髙旗という特異点シンギュラリティが引き起こした、感情の連鎖爆発だ。  鍵を壊し、看守を殴り倒し、武器庫を襲う。  昨日まで死んだ目をしていた者たちが、今は鬼の形相で戦っている。  髙旗はニヤリと笑い、剣を天に突き上げた。



「聞けよ、お前ら! 百渡の野郎は今、小便ちびりながら兵隊かき集めてる最中だ! つまりだ……今が一番、この城の守りが薄い『ザル』ってことだぜ!行くぞ! 俺たちの城を取り戻せ!」



 解放された数千の群衆が、濁流だくりゅうとなって市街地へ雪崩なだれ込む。そこから溢れ出してきたのは、数百、いや数千の男たち。 尊の国の敗残兵。 重税に耐えかねて罪人となった農民。 そして、百渡の圧政に憎悪を募らせていた義勇兵たち。彼らの目は死んでいたはずだった。だが、高旗の演説が、その瞳に再び狂熱の火を灯していた。  それは、秩序を重んじる百渡にとって、最も理解しがたく、最も対処不能な「カオス」の顕現だった。



「武器ならそこらに転がってる! 奪え! 殺せ! そして、てめぇらの自由を勝ち取れ! さぁ、祭りの時間だぜェ!!」


「ウオオオオオオオッ!!」



「ほらな? 人は『居場所』を与えてやりゃあ、勝手に働くもんだ」



高旗の声は、扇動者のそれだった。 論理的根拠などない。ただ、「今なら勝てる」「今なら奪える」という甘美な毒を、飢えた野犬たちに撒き散らす。城内は阿鼻叫喚あびきょうかんちまたと化した。  東からは、髙旗率いる主力部隊が、怒涛の勢いで官庁街へ殺到する。彼らは正規の訓練など受けていないが、その「勢い(モメンタム)」だけで品の守備隊を圧倒していた。  西からは、別動隊が武器庫と食料庫を制圧にかかる。  百渡の計算は完全に狂った。  外敵への迎撃準備をしていた主力が、背後から襲われたのだ。指揮系統は寸断され、城内は大混乱に陥っている。 解放された囚人たちは、看守から武器を奪い、雪崩を打って城内へと殺到する。それは統率された軍隊ではない。憎悪と解放感に突き動かされた、制御不能の暴動ライオットだった。



「ご、ご注進! 北西の収容所にて暴動発生! 捕虜と罪人たちが一斉に蜂起しました! その数、数千!」


「な、なんだとォッ!?ええい、鎮圧だ! 鎮圧しろ! なぜ奴らが外に出ている!?ドブネズミ風情がッ!」



 百渡は回廊を走りながらわめき散らしていた。貴賓室から飛び出した彼は、安全な指揮所へと逃げ込もうとしていた。  だが、その行く手を遮るように、巨大な影が降り立った。  四凶たちだ。  彼らは混乱を楽しむように、戦場の只中ただなかへと歩みを進めていた。



「おいおい、にぎやかじゃねぇか。建文の軍かと思えば……薄汚ぇネズミ共の暴動かよ。……ま、準備運動には丁度いいか」



 窮奇が、逃げ惑う品の兵士を蹴り飛ばしながら笑う。



「汚いな。美しくない。……掃除が必要だね」



 白蓮が、おうぎのように広げたナイフを指先で回す。

 百渡は彼らの背中にすがるように叫んだ。



「やれ! 奴らを皆殺しにしろ! 一人も生かすな!」


「へいへい、おっしゃる通りに」


 窮奇が肩をすくめる。  そして、彼らは二手に分かれた。  白蓮は、西の武器庫方面へ。そこには、組織的な動きを見せる一団がいる。  窮奇と檮杌は、北から東へ。髙旗率いる本隊を正面から粉砕するために。


「狩りの時間だ!」


 その言葉と共に、四凶という名の災厄が、解放軍へと解き放たれた。



解放軍の勢いは凄まじかった。 高旗の手引きにより、彼らは二手に分かれて城内の要所を次々と制圧していく。 西側から南へ向かい、城門を開こうとする部隊。 北から東へ向かい、武器庫と食料庫を確保しようとする部隊。

だが、その快進撃は、絶対的な暴力の前に唐突に停止した。


「――おやおや、随分と楽しそうに踊っているじゃないか」


 西区画。武器庫へと続く大通り。  そこは、一方的な殺戮さつりくの場と化していた。  解放軍の別動隊――尊の敗残兵を中心に構成された部隊は、突如現れた一人の男によって、恐怖のどん底に叩き落とされていた。

 白蓮びゃくれん。  混沌こんとんの名を持つその男は、舞うように戦場を駆けていた。  彼の周囲では、人が「壊れて」いく。  斬撃ざんげきが見えない。彼が腕を振るう素振りすら見せないのに、兵士たちの首が飛び、胴が両断される。  それは武術ではない。現象フェノメノンだ。  音韻リズムに乗せて死を振り撒く、残酷な舞踏。



「うははは! もろい、脆い! 硝子細工ガラスざいくの方がまだマシだぜ!」

 白蓮は血の雨の中を滑るように進む。  彼が通った後には、赤い彼岸花ヒガンバナのような死屍累々(ししるいるい)が咲き乱れる。  絶望が伝染する。武器を捨てて逃げ出そうとする兵士の背中を、次の瞬間。 兵士の首が、音もなく落ちた。



「え……?」



誰も、何も見えなかった。 剣を振るった形跡もない。ただ、白蓮がそこに「在った」という事実と、兵士が死んだという結果だけが残された。



「つまんねぇなァ。もっと骨のある奴はいねぇのかよ?さて、次はどの子が遊んでくれるのかな?」



 白蓮が退屈そうに呟き、白蓮が笑う。その笑顔は、無邪気な子供が虫の羽をむしる時のそれに似ていた。解放軍の兵士たちが恐慌をきたし、後ずさる。


 ――キィィィィン!!



 鋭利な金属音が、戦場の空気を切り裂いた。  白蓮の不可視の斬撃が、何者かによって「止められた」のだ。  火花が散り、少年兵の目の前に、一人の剣士が立っていた。  黒の長襦袢じゅばんに、紫の長着。



「……弱い者いじめは、趣味じゃないんじゃなかったか? 白蓮」



 あや。  北の大河での崩壊から生還し、髙旗たちと合流していた彼は、静かな怒りをに宿して立っていた。  白蓮の目が、驚きに見開かれ、次いで歓喜に歪む。



「……あやァ? 生きてたのかよ、お前!」


「悪運だけは強くてな。……それに、お前との決着もまだついていない」



 綾は愛刀「双相そうそう」を構える。その切っ先は、微動だにせず白蓮の喉元のどもとを狙っている。  かつて友であり、今は敵。  因縁という名の糸が、再び二人を絡め取る。



「ハハッ! 最高だ! 雑魚ザコ狩りに飽きてたところだ! 遊ぼうぜ、綾! 今度こそ、その涼しい顔を絶望でゆがませてやるよ!」


「……戯言ざれごとを」


 二人の姿が消えた。  次の瞬間、空間そのものが悲鳴を上げるような、超高速の剣戟けんげきが始まった。

キィィィィン!!

鋭い金属音が回廊に響き渡った。 綾の「双相」が、虚空で何かを受け止めていた。 そこには何も無いはずなのに、火花が散り、見えざる斬撃の嵐が周囲の壁を切り刻んでいく。



 一方、東の大通り。  髙旗率いる本隊の前には、絶望的な質量が立ちはだかっていた。  窮奇きゅうき。  その巨体は、城門のように道を塞ぎ、彼が振るう巨大なほこは、一振りで十数人の兵士を吹き飛ばしていた。彼の右目は黒い眼帯で覆われているが、残された左目には狂気じみた殺戮の歓喜が宿っていた。



「弱い! 脆い! 豆腐かテメェらはァ!!オラオラオラァ! 虫ケラ共が、調子に乗るんじゃねぇぞッ!」


 窮奇の暴力は、圧倒的だった。  戦術も陣形も関係ない。ただの力押し。だが、その力が桁外れであれば、それは戦略をも凌駕りょうがする。  解放軍の勢いが止まる。恐怖が伝播し、前線の兵士たちが後退り始める。  髙旗が声を張り上げるが、轟音にかき消される。


「くっ、化け物が……!矢だ! 矢を射かけろ!」

指揮官が叫ぶが、放たれた矢は窮奇の身体に当たる前に、彼が発する闘気のような風圧で弾き飛ばされる。 防御など必要ない。圧倒的な「強さ」の前には、小細工など無意味だ。

「終わりだ! ミンチになりなァ!!」

 窮奇が、虫を潰すように矛を振り上げる。その下には、逃げ遅れた負傷兵たちがいる。  終わりだ。誰もがそう思った。  だが。


「――させねぇよ」


 ――ガギィィィン!!


 重厚な金属音が、戦場を揺るがした。  窮奇の矛が、空中で止まっていた。  その矛を受け止めていたのは、両腕に紅蓮の炎を纏った男。 ダルフ。


「……ぬぅ?誰だテメェ、燃えカスになりてぇのか?」


 窮奇が怪訝けげんそうに眉を寄せる。  自らの剛撃を、真正面から受け止める人間がいるとは想定していなかったのだ。

「でけぇ声出してんじゃねぇよ、トカゲ野郎。俺か? 俺はダルフだけど? それがどうした?」

かつて、ラームという軍人を倒した時と同じ台詞。 だが、その時とは纏う気迫が違う。 数多の戦場を越え、友を失い、それでも前に進み続けた男の「芯」が、そこにはあった。


「……ハッ、面白ぇ。その火遊びで、俺の鉄槌が止められると思ってんのか?」


「止めるだけじゃねぇ。砕いてやるよ、そのふざけたオモチャごと」


ダルフの拳が、炎を圧縮して輝きを増す。 窮奇の腕が、血管を浮き上がらせて唸る。


「ガアアアアアッ!」 「オオオオオオッ!」


二つの咆哮が重なり、炎と衝撃波が激突した。 その余波だけで、周囲の建物が震え、ガラスが割れ飛ぶ。

 ダルフが押し返す。  窮奇がたたらを踏む。  その隙を見逃さず、髙旗が叫んだ。



「今だッ! ダルフが抑えている間に、側面を突けッ!」



「オオオオッ!」


 止まっていた時間が、再び動き出す。  絶望的な戦力差。しかし、そこには確かに「拮抗きっこう」が生まれた。  伝説の四凶に対し、名もなき人々が牙を剥く。  好機チャンスは、混沌の中にこそ芽吹く。  荊州城の夜明けは、まだ遠い。だが、血と鉄の臭いの中に、微かな希望の香りが混じり始めていた。



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