表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
or  作者: 真亭甘
22/48

創始祭4

二階の回廊は、眼下に広がる祭りの喧騒から切り離された特別な観覧席である。手すりに寄りかかれば、広場を埋め尽くす人々の熱気と、次々と繰り広げられる壮麗な演目の全てが一望できるのだ。視界の先には、色鮮やかな行列が練り歩いている。


まず耳に届くのは、楽団が奏でる勇壮な旋律である。太鼓の腹を打つ音は地の底から響くように力強く、銅鑼どらの鋭い響きは空気を震わせる。それに絡み合うように、弦楽器が奏でる異国情緒あふれる調べが流れ、聴く者の心を高揚させる。楽団員たちは揃いの衣装を身にまとい、一糸乱れぬ動きで楽器を操っている。その音楽は、祭りの始まりを告げるファンファーレであり、神々への奉納の調べでもあるのだ。


楽団の後ろからは、華やかな衣装をまとった踊り子たちが続く。彼女たちの舞は、時に流れる水の如くしなやかであり、時に燃え盛る炎のように情熱的である。翻る袖は蝶の羽のように見え、軽やかな足取りは見る者を幻想の世界へと誘う。金糸銀糸で彩られた衣装がきらめき、髪に挿された花飾りや宝石が光を乱反射させる。一挙手一投足が計算され尽くした、優美にして力強い舞踊である。群舞の統制は見事という他なく、個々の動きが集団としての大きなうねりを生み出しているのだ。


行列の中ほどには、祭りの象徴たる巨大な装飾がその威容を誇示する。黄金に輝く龍は、天に昇らんとするかのように猛々しく、その鱗一枚一枚に至るまで精緻な細工が施されている。対をなすように、極彩色の鳳凰が優雅に翼を広げる。長くしなやかな尾羽は虹のように輝き、伝説の鳥にふさわしい神々しさを放つ。これらは熟練の職人たちの手によって作り上げられた芸術品であり、祭りの権威と豊穣を象徴する存在である。担ぎ手たちの力強い掛け声と共に、龍と鳳凰はまるで生きているかのように躍動し、観衆から感嘆の声を引き出している。


そして、行列の足元や周囲には、この世界のものではない、不思議な小動物たちが跳ね回っている。七色の毛皮を持つ狐のような生き物、羽を持たずに空を漂う魚、掌に乗るほど小さな、宝石でできたかのような甲虫。その愛らしくも奇妙な姿で人々の目を楽しませている。子供たちが手を伸ばせば、警戒することなく近寄り、時に肩や頭に乗ることもある。彼らの存在は、この祭りが単なる人間の催しではなく、異なる世界との交流をも内包する、神秘的な儀式であることを示唆しているのだ。


楽の音、舞の動き、装飾の輝き、そして異世界の生物たちの不思議な彩り。それら全てが渾然一体となり、二階の回廊から見下ろす光景を、現実離れした壮大な絵巻物のように仕立て上げている。祭りの熱気は最高潮に達しようとしており、回廊にまで人々の歓声とざわめきが波のように寄せては返す。この絢爛たる非日常の時間は、まだ始まったばかりである。


楽団の奏でる弦楽の音色が高らかに響き渡り、舞台の中央では軽やかな踊り子たちが鮮やかな衣装をひるがえしていた。その背後には装飾された龍や鳳凰が優雅に舞い、煌びやかな輝きを放ちながら、まるで命あるかのように舞台を駆け巡っていた。小動物たちは、人懐っこく飛び跳ねたり、愛嬌たっぷりに客席の視線を引きつけている。

その光景に、綾とルナもすっかり心を奪われていたが、ふと視線を客席の上段へと向けると、領主や裕福な商人らが集まる貴賓席に一際目立つ野性的な雰囲気を放つ人影を見つけた。誰よりも堂々と座り、演目を無邪気に見つめるその姿に、二人は一瞬目を疑った。


「まさか、あの席にランがいるとは。」


領主や商人たちは、その突如現れた存在をどのように扱って良いか分からないようで、困惑した表情を浮かべていた。しかしラン自身は、周囲の戸惑いなどまったく意に介さず、ただ純粋に舞台の華やかな演目を楽しんでいる様子だった。突然立ち上がり、大きな声で演者たちに手を振るランを見て、綾とルナは慌てて視線を逸らす。周囲の客席からざわめきが起こり、警備にあたる兵士が困ったようにランを取り囲むが、ランはまったく気にする様子もなく彼らと楽しげに戯れている。その姿はまるで、社会のしがらみや常識から解放されたかのような自由奔放さを湛え、観客たちを不思議と惹きつける魅力を放っていた。綾はそんなランを見て、過去に触れた彼の生命力と底知れぬ力強さを改めて感じ取っていた。一方、ルナは驚きながらも微笑ましそうに見つめており、ランのその純真さをどこか羨んでいるようでもあった。


祭りの喧騒が渦巻く中、ランはふと隣の席に座る大柄の男を見つめた。その堂々とした風貌や、ゆったりと構えた佇まいに、ランは自然と好奇心を刺激されていた。男もまた、自分とはまったく違う世界を自由に生きるランの奔放さや純粋無垢な姿に、不思議な親近感を抱き始めていた。

二人の視線が交錯した瞬間、不器用な笑みがこぼれる。互いに言葉は交わさなかったが、そこには言葉以上の何かが確かに存在していた。まるで互いの生きざまを尊重し合い、その根底に流れる強さを直感的に感じ取っているようだった。男は、自分が見知らぬ土地で常に飄々と振る舞いながらも、人の感情や繊細さを敏感に察知できることを自負していた。しかし、ランのような感情の素直さと大胆さを持つ者に出会ったのは初めてであり、奇妙な敬意さえ抱いてしまうほどだった。一方ランは、男の体格や、余裕を感じさせる仕草に、自らがかつて野生の中で見た「強さ」を垣間見た気がした。共通するものは何一つないようでいて、根底にある生命力の強靭さという一点においてだけ、二人は奇妙なほどに通じ合っていた。


「お前、強いな」


ランが唐突に言うと、男は軽く笑った。


「そう言うお前さんこそ、俺にはない強さを持っている」


祭りのざわめきとともに運ばれてくる料理が、次々とテーブルを彩っていく。肉の焼ける香ばしい匂いや鮮やかな色合いの果実、濃厚な香りを放つ酒に、ランの野生の本能が刺激される。隣の席に座る大柄な男もまた、豪快に料理を口に運び、満足げに頷いていた。その姿を見たランは、自然と笑みがこぼれた。

言葉を交わさずとも、互いに漂う生命力と純朴さが、二人の間に不思議な共鳴を生んでいた。大柄な男はランの旺盛な食欲と何ものにもとらわれない自由な振る舞いに、豪快な自分自身を重ね合わせ、ますます気に入ったようだった。ランもまた、自らの直感で相手の人間臭い温かさを感じ取り、その大らかな存在感を心地よく思い始めていた。

宴が一層にぎやかさを増す頃、大柄な男がランに向けて屈託なく笑いかけ、肉を片手に言った。


「俺はきゅうだ。お前さん、面白いな!」


それを聞いたランもまた豪快に笑い返し、酒の杯を掲げながら自分の名を告げる。


「俺はランだ。お前のような奴と酒が飲めるとは、今日はいい祭りだ!」


二人の声は祭りの喧騒の中に響き渡り、周囲の者たちの視線を引き寄せたが、彼らにはそんなことなど気にも留まらなかった。ただ互いの名を知り、気兼ねなく食事を楽しめる相手と出会えた喜びを噛み締めているだけである。

まるで飢えた獣のごとく料理を掴み取り、大口を開けて豪快に頬張る二人の姿は、品が良いとは到底言えないものだった。


皿を落として砕け散らせても気にも留めず、コップが倒れて飲み物が流れ出しても笑って済ませてしまう。九が勢い余って手を振り上げると、卓上の調味料の瓶が弾け飛び、液体が周囲に飛び散った。その飛沫が近くの席に座る赤い服を着た紳士の袖に無情にもかかる。赤い服の紳士は、一瞬眉をひそめて自らの袖を見下ろした。輝くように仕立てられたその上質な生地は調味料で汚れ、彼のプライドが大きく傷つけられたことは明らかだった。エリートの人生を歩んできた彼にとって、祭りの場といえどもこのような粗野な振る舞いは許しがたい侮辱に感じられた。しかし、彼はまだ言葉を発さず、冷静を装ったままランと九を無言で観察していた。

一方、ランと九はそんな状況など気づきもせず、むしろ騒ぎを楽しむかのように笑い合っている。その無遠慮な明るさと底抜けの豪快さに、周囲から呆れの視線が集まったが、二人は一切気にかけなかった。食べ物や酒を口元からこぼしながら、彼らは無邪気な子供のように歓声を上げ続けていた。

ランが九に向かって声を張り上げる。


「おいラン、お前もっと食え!俺に負けるなよ!」


九もそれに負けじと応じる。


「誰が負けるか!九、お前こそ皿まで食うんじゃねえぞ!」


再び二人は大きく笑いながら皿を掴み取り、遠慮なく食事を続けた。彼らの周囲には料理の飛沫が絶え間なく舞い散り、巻き込まれた赤い服の紳士は、ついに耐えかねたように深いため息を吐いた。しかし、その冷ややかな目には怒りよりもむしろ、彼らへの侮蔑と冷徹な観察が浮かんでいた。

ランと九の豪快な食べっぷりにより、卓上はすっかり騒然と化していたが、それまで静かに様子を見守っていた赤い服の紳士が、ついに我慢ならなくなった様子で口を開いた。


「少々静かにしていただけないか、お二方。主役の登壇だ」


紳士の言葉は表面的には穏やかであったが、その冷え切った視線には鋭い圧迫感が宿っていた。ランと九は、その場の空気が急速に引き締まったのを感じ、自然と手を止めて舞台へと視線を移した。

壇上には、祭りの喧騒を一瞬にして支配するほどの存在感を放つ男が立ち上がっていた。十二神獣の一人、文圍である。その悠然たる動きと不敵な微笑が観衆の視線を引きつける。彼の立ち振る舞いにはただならぬ威圧感と底知れぬ狡猾さが漂い、誰もが息を呑んで彼の動向を見守っていた。

赤い服の紳士は小さく笑みを浮かべながら呟く。


「やはり文圍殿、さすがだな。どんな群衆もたった一瞬で黙らせてしまう」


それを聞いていた九が、不思議そうに首を傾げて尋ねた。


「あいつが誰か知ってんのか?」


紳士は視線を九へと向け、薄く微笑みながら答えた。


「もちろんだとも。あれが文圍殿だ。君らも知っておいた方がいい。何しろ、この国を裏から操る真の支配者だからな」


文圍が壇上で周囲を見渡し、口を開こうとした瞬間、その傍らに控えていた建代が僅かな緊張を含んだ視線を交わすのが見えた。建代の鋭い眼差しは、文圍に対する深い警戒と猜疑心を隠していない。

ランは、そのただならぬ緊張感に直感的に反応し、静かに口を開く。


「九、なんだかあいつ、俺の嫌いな奴みたいだな」


九もまた低い声で返した。


「ああ。ああいう奴には関わらないほうがいいんだがな……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ