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or  作者: 真亭甘
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創始祭2


祭りの日の静けさを破るように、人気のない屋敷の戸が軋みながら開いた。文圍が普段滞在しているその邸は、主の不在を見越して完全に無人となっていた。ジットと寅の足たちは、昨夜の宴で交わされた文書の在処を求めて屋敷内部を調べ始めた。帳簿や箱、書棚を漁りながら、空気の重さにどこか異様な気配を感じ取る。ジットは皮肉げに口笛を鳴らしたが、矢筒に手をかけるその指先にはわずかな緊張が走っていた。

その時だった。奥の納戸に積まれた木箱が音もなく開き、中から黒漆の甲冑をまとった騎士が現れた。無言のまま、両手に備えた二振りの剣を抜き放つ。異様なまでに無機質な動きだった。すぐさま反応した岩夫が前に出た瞬間、騎士の一閃が彼を襲った。金属が打ち鳴らされるような鈍い音が響き、岩夫が一歩後ずさる。直後、天井から影が滑り落ちた。猫背で全身を黒の布で包んだ忍びが二人、鋭い手甲を構えながら降り立った。


「やれやれ、案の定、歓迎の舞ってわけか」

ジットは呟きつつ、瞬時に弓を構えた。その矢は実体を持たぬ意思の魔弾。矢筒から取り出す必要もなく、引き絞った瞬間に発生する。黒騎士の動きに合わせ、ジットの魔弾が音もなく空を裂いた。だが騎士の鎧は魔術的防壁を備えていたらしく、直撃にも関わらず怯まぬまま突進してくる。

一方、魚杢は忍びの一人と刃を交えていた。老獪な剣技が静かに閃き、忍びの動きを制する。無駄のないその一撃は、相手の手甲を砕いてなお、冷静さを失わなかった。だがもう一人の忍びが背後から迫る。ジットはそれを見逃さず、弓を素早く翻し、追尾する快針を放つ。矢は空間を曲げて忍びの背を撃ち抜いた。

戦闘の喧騒の中、甕の大きな体が黒騎士に正面から立ちはだかる。重棒を振りかざし、一撃で黒甲冑ごと騎士の肩口を打ち砕いた。その隙を突いて、兵似が残った忍びを足払いで倒し、素早く手刀で意識を断った。

静寂が戻った屋敷に、僅かに息の荒い音だけが残る。ジットは肩で息をしながらも、弓を下ろさなかった。


「文圍め……遊び心が過ぎるぜ」

小さく毒づく。その声の奥には、命を懸けた者だけが知る現実と、軽く見せかけた不器用な誠実さが滲んでいた。


黒騎士の身体が崩れ落ちた刹那、異変は静かに、しかし確かに始まっていた。割れた胸甲の断面から、糸のような赤い繊維が滲み出る。それは肉のようにも、筋繊維のようにも見えたが、金属に取りつき、絡みつき、そして結び直していく。断たれた腕が引き寄せられ、砕けた兜が自らの意思で元の位置に戻っていく様は、明らかに自然の理を逸脱していた。ジットが眉を顰める。「……再起動かよ」

再び立ち上がった黒騎士の眼窩が赤く光った。次の瞬間、地を蹴ったそれは、まるで滑空するように甕へと突撃した。応じるように重棒を振り上げた甕の一撃すら、その異様な速度の前に空を切る。返す刀のような蹴撃が甕の脇腹を打ち抜き、その巨体が壁にめり込むように弾き飛ばされた。

「くっ、あれが……魔導兵器か?」

呻くような兵似の声が空間に響く。彼もまた斬撃を受けながらも前へと出るが、その太刀筋さえも見切られ、逆に足元を取られる。ただの鎧ではない。その動き、精度、そして再生能力――人が作りし兵などではない、戦うためだけに生まれた怪物だ。

ジットは静かに弓を引いた。すでに遊びでは済まされない。放った魔弾は空間を裂き、紅い繊維へと着弾する。しかし、それすらも数秒のうちに再構築されていく様子に、戦慄と苛立ちが入り混じった。


「こいつ、本気で殺しにきてるな……」


兵似が横から斬り込む。鋭利な刃が関節部を捉えたかに見えたが、その動きは止まらなかった。まるで痛覚も破損も、そもそも概念として存在していないような――そんな異質さに全員が気圧される。

異形の騎士が再び立ち上がったとき、空気は変わった。誰もが理解していた――もはやこれは、ただの“罠”ではない。ジットが小さく吐息を漏らすと、仲間に背を向けて口を開いた。


「えぇ、マルナスで使われた兵器です。そして何より最悪、胴体部には幼児が納められているかもしれません」


しばし沈黙が落ちた。だが、それを破ったのは兵似の、苦笑まじりの怒声だった。


「エグいな、それは!それにあっちの忍びもか?人間離れし過ぎてる。戦争や政治には汚れ仕事が切り離せない。いくつもの死線を越えてきたが……これは一番だ!」


誰かが応じるまでもなく、全員の判断は一致していた。全員でぶつかれば戦力は上がるが、それでは本来の目的――文圍の文書を探る機会を逸してしまう。ジットは一歩、屋敷の奥へと足を踏み入れた。背後では、寅の足が前に出ていた。彼の挑発のような身のこなしが、異形の忍びの視線を引き寄せる。続けて岩夫と魚杢が両脇から突き、影のように動く敵を押し止める。


甕と兵似は言葉を交わさずとも、騎士に対する布陣を組んでいた。巨体で正面から受け止める甕に対し、兵似は冷静に側面を狙い、絶え間なく揺さぶる。鉄と鉄が激突し、火花が飛ぶ。騎士の剣が地を裂き、甕の体に幾度となく叩き込まれたが、それでも彼は一歩も引かなかった。

その間、ジットは書棚を駆け抜け、帳簿と箱を次々にめくっていく。目は冷静に、手は素早く、だが内心には凄惨な現実が重くのしかかっていた。動くたびに聞こえる戦闘の音。忍びの刃が壁を走り、叫びと息が交錯する。自らの手で敵を倒さずとも、誰かが傷を負えば、それは自分の責任だ――そんな後ろめたさが、心を締めつけていた。


「せめて、俺が探し出す」


ジットはそう呟き、埃を被った一冊の帳面を開いた。そこに滲む筆跡。金の流れ、印、そして見慣れた名――左紹と、文圍の名。


「……あったな」


戦場の喧騒の中、確かにそれは見つかった。真実を記した証拠と、彼らの覚悟が交差する瞬間だった。



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