洛陽城1
洛陽城へ近づくにつれ、屋台や旅芸人たちのテントが軒を連ね、各国の野営地と合流する様子が見られるようになっていた。城内に入ることが許されるのは、一定以上の国力を持つ国主のみであり、家臣ですら入城は叶わず、従者を二名までと制限されている。
城内に入れたとしても、そこは幾重にも張り巡らされた城壁に囲まれ、祭事の会場は第三層の宮殿の中にある。十二神獣と呼ばれる建岱たちは個席を与えられるが、それ以外の者は役人と同じ一般席へ追いやられる。それでも参上しなければ家が取り潰され、生き残ることはできない――それがこの世界の現実だ。たとえ苦しくとも、顔を出さなければならない。
建岱の陣営も例外ではなく、当日まで城の外に野営地を構えていた。第一の堅牢な門をくぐったその時、兵似と名乗る男が声をかけてくる。
「貴様ら傭兵には、これから仕事を与える。よく聞け。
第一層は主に歓楽街。露天や武器市など、平時の市が立つ場所だ。 第二層は貴賓館。貴族や役人が集う街であり、もてなしの場でもある。 そして会場となる第三層は宮殿。政治、謁見の中心地。そしてさらに奥には後宮がある。……だが、後宮のことは関係のない話。割愛する。
本題はここからだ。貴様らには第三層に潜入し、主人・建岱様の護衛を行うこと。そして、もしチャンスがあれば――百渡および文圍の暗殺を命ずる」
この唐突な依頼に対し、傭兵ジットは慎重に返答する。
「第一の任は了承しよう。ただし、暗殺という追加依頼には応じかねる。場合によっては、我々の首が晒されることになるからな。そもそも、我々とお前たちとの関係も深くはない」
兵似は静かに返す。
「だからこそ“チャンスがあれば”だ。百渡を討て」
その会話に、今まで沈黙を保っていた綾が興味なさげに口を挟む。
「その“チャンス”ってのが、お前の主人の命を危機に晒すことになっても構わないってわけか?」
兵似の目が鋭くなった。
「何を……」
「百渡は文圍の傀儡だって言ったな?なら、裏で動いてる連中が他にもいるってことだろう。あんたの話を聞いてると、俺たちのように雇われた奴らも多そうだ」
ルナが続けて言う。
「そんな人形を襲ったところで、逆に建岱が狙われる口実になるかもしれない」
「我が主人を見くびるな!」
兵似は憤慨し、剣幕を立てながら吐き捨てて去っていった。
「何を偉そうに……」と舌打ちするルナ。だが、ジットはすぐに気持ちを切り替えて潜入の策を練り始める。
「祭事は夜に開かれる。夕刻になると、各国の城主が場外から続々とやってくる。これに紛れて第二層、そして第三層へと……」
だが、ジットはふと気づいた。
「もう一人のランってやつは、どこへ行った?」
「さあ、多分、露店が多くて珍しさに惹かれてどこかへ行ったんじゃない?」
ルナがあっさりと答え、綾も続けてその場を離れる。
「もしかしたら、もうお別れかもしれないけど……結局は第三層に辿り着けばいいんだろ?」
「そうね。じゃあ、第三層で落ち合いましょ」
こうしてランの突然の離脱をきっかけに、自由行動を始める者たち。
一方その頃――
建岱はすでに第二層奥の館へと移動していた。そこには洛陽の宰相・左紹が控えていた。建岱は祭事の前の挨拶として面会に訪れていた。
「宰相・左紹に拝謁いたします。東南の尊の国主、建岱が参上いたしました」
左紹は椅子にふんぞり返ったまま、軽く頷いた。
「ほう、征政圏の十二神獣の地位にあるお主が、我が華凰の祭事に顔を出すとは、面倒な役割よのう」
建岱は丁重に一礼し、横に控える家臣たちは内心不満を募らせながらも、場を乱さぬよう堪えていた。
「南岸の地は海路で栄えておるそうだな。交易で潤っているのだろう?」
「いいえ、実際には海賊や嵐による被害が相次ぎ、災害も頻発しております。民の苦しみは絶えませぬ」
「なにを。そんな言い訳をしておっては、十二神獣の名が泣くぞ。武人なら恥を知れ。他国を威圧するだけの脳筋どもには、どんぶり勘定しかできぬというのか?」
「申し訳ございません。そういうつもりでは……」
「ならば、さらなる献上を期待しておる。華凰は幾千年の歴史を誇る。この国を支えるためにも、文圍と共に励んでもらいたいものだ」
建岱は深々と頭を下げ、耐えながらその場を退いた。左紹の顔には終始、嘲るような嫌悪の色が浮かんでいた。
「十二神獣だと?生意気な……刀を振るい人を斬って、まるで獣そのものよ」
そんな毒を吐いたその時――
場違いなほど艶やかな、赤紫の装束をまとい、黒革の靴を履いた謎の客人が館に現れた。




