第8話 新たな噂
大騒ぎのファーストフード店からの帰り道、俺はどうしても小百合と話がしたくて、
「ちょっと何するのよ!」
と叫ぶマリーを無理矢理筆箱に押し込み鞄の奥深くにしまった。
俺と小百合は帰路に着くと北新橋という橋まで無言のまま歩いた。
ここから先は左右に分かれて進むことになる。話をするならここが最後の場所だ。
2人は自然と立ち止まり話し出す切っ掛けを探っていた。
数分が過ぎ、俺は意を決して話し出そうとした時、小百合の口が一瞬早く動いた。
「今日はごめんなさい」
俯きながら話す小百合。
「四郎君の前で取り乱しちゃって」
「いや、別に気にしてないから」
「でも、なんか誤解されそうで」
確かにあんなにきつい言葉を話す小百合は始めて見たが、俺にとってそんなことはあまり気にならなかった。
「大丈夫だよ。それより聞きたいことがあるんだ」
「何?」
小百合は不安そうに俺を見た。
「喋るってわかっていながら、この尻尾アクセサリーを俺に渡したのか?」
俺は真剣に小百合を見つめ返す。俺には小百合の考えが分からなかった。もし、そうだとしたら姿は違えど一応女の子の尻尾アクセサリーを好きな人に渡したりするだろうか?
「ええ、そうよ」
意外な返事が返ってきた。
「どうしてだ?」
俺の声が少し大きくなる。やはり俺のことなど愛してはいなかったてことか?
「四郎君が好きだから」
ん? どういう意味だ? どう考えても真逆な言葉じゃね?
この言葉が尻尾アクセサリーにどう通じるのかは俺にはわからなかったが、その言葉を発した小百合の顔はとても爽やかだった。
嘘や冗談で言った言葉でないことはすぐにわかる。
「それってどういう意味だよ」
「ごめん。また今度ゆっくりその意味を話すわね」
そう言うと小百合は笑顔になり、
「それじゃ、私帰るね。また明日」
と言い残し、走り去っていった。全く人のことを理解しない性格だ。このもやもやした俺の気持ちはどうなるんだ?
帰宅した俺が部屋のドアを開ける頃、マリーはようやく筆箱からの脱出イリュージョンに成功し鞄の外へと顔を出した。
「いきなり何するのよ!」
というマリーの声を無視して部屋を見回すと、2号は部屋の中心付近で空中に浮いてゆっくり回転している。
3号はというと机の上で鼻歌を歌いながらあちこちいじり回している。
どうやら時計と鉛筆削りに興味があるらしい。
ところで、この2号・3号というのは俺が考えた呼び方で、1番小さいマリーが1号、次に小さい母親が2号、そして1番大きな父親が3号というわけだ。
俺は机の前にある椅子に座るとマリーに聞いた。
「おい、2号は何してるんだ?」
「何? 2号って」
「ああ、今日からお前が1号、母親が2号、父親が3号だ。でないと俺の両親との区別が付きにくくて不便だからな」
この言葉に2号はちらっと片目を開けた。
「何よ、その囚人みたいな呼び方は?」
「いいじゃねえか。どうせ人間の姿してない‥‥」
ここまで言うと急に喉が詰まり息苦しくなって・・・・。い、息ができない。よく見ると3人、いや3匹の目が光っている。
「すみ‥‥ません。こ‥‥これから‥‥は‥‥マリー様‥‥母上様‥‥父上様と‥‥呼ばせて‥‥いただき‥‥ます」
話し終えると何事もなかったかのように元の状態に戻った。
「本気で死ぬかと思った」
「余計なこと考えるからよ」
「ところで母上様は何をしておられるのだ?」
「ああやって魔力を高めているのよ。まあ精神統一の一種ね」
「ふうん。で、こいつ、じゃなくて父上様は何してるんだ?」
俺は3号の尻尾をいじりながら言った。
因みにこいつらの毛並みは上質で触るととても気持ちがいい。
「さあ? 何か上機嫌ね」
と言うとマリーは3号から事情聴取を始めた。
時々マリーの、
『ええ~きゅぴー、ちょっときゅきゅきゅー』
という日本語と向こうの言葉が混じった声が聞こえてくる。
暫くするとマリーは視線を落とし暗い声で言った。
「わかったわ」
俺は急激な不安に襲われる。
そして身を乗り出すと、
「何て言ってるんだ? 早く教えてくれ!」
とマリーを急き立てた。
「怒らないで聞いてくれる。パパはいいことをしたつもりなの」
その言葉がますます俺を不安にさせる。怒るような内容なのか?
「わかったから。一体何をしたんだ?」
「この前、流した噂に疑問を持つ人が現れたから」
小百合の言葉が脳裏に浮かぶ。
「その疑問を消すために違う噂を流したらしいの」
「違う噂?」
「そう、何故3人同時に病気になったのかという噂なんだけど‥‥」
マリーから聞いた新しい噂とは次のようなものである。
① 3人に恨みを持つ者が藁人形3体を重ねて五寸釘を打ったから。
② 3人に恨みを持つ者が地下室で癌になる薬を開発し3人に投与したから。
③ 3人に恨みを持つ者が斧を池に落とし、出てきた女神に願いを叶えてもらったから。
④ 3人に恨みを持つ者が黒魔術を使って3人を懲らしめようとしたから。
俺はこれを聞くと右手で3号を掴み、そして左手で机を叩きながら怒鳴りつけた。
「この噂は何なんだ! 嘘をつくならもう少しましな嘘をつけ! しかも正解まで入ってるじゃねえか!」
俺の声の大きさに危険を察した3号は慌てて逃げようとしたが、俺が尻尾の先を持っているため逃げることができない。
さすがに尻尾アクセサリーの力は弱い。
俺は2本の指で尻尾を摘まむと3号を引き寄せた。
それでも必死で逃げようとする3号は突然俺の方を向き、目をカメラのフラッシュのように光らせた。
次の瞬間、俺の視界が真っ白になったかと思うと目が全く見えなくなってしまった。
俺が両手で目を押さえた隙に3号はベッドの下へと潜り込んでいった。
「あのう、マリーさん。俺、目が見えなくなったんですけど」
「目くらましの魔術を使ったのね。目潰しだったら最悪だけど」
「目潰しって、そんな‥‥」
さらりと怖いことを言ってくれる。
「怒らないでって言ったのに」
マリーは優しく俺の目を舐めた。
「大丈夫、安心して。このまま目が見えなくても私が胸ポケットから盲導犬の代わりをしてあげるから」
できたらもう少し違った方向で安心したかったのだが。
暫くすると俺の目は少しずつ見えるようになってきた。どうやら目潰しではなかったようだ。
「マリー、見えてきた。助かった~」
俺がそう言うとどこからか『ちっ』という音が聞こえた。
「今、ちって聞こえたけど」
「気のせいよ。気のせい」
「それにしても俺の体を魔法の実験台にしやがって」
「そうか、あなただったらいくら黒魔術をかけてもいいんだ」
「どういうことだ?」
「黒魔術のレベルがどの程度上がったかを確かめられるかなって」
「や、止めろよ。変なことは考えるな」
その後、マリーからこのコメントに関する回答はなかった。実に不安なのだが。




