第5話 ブラックテイルな家族その1
次の日、俺の部屋はとんでもないことになっていた。
壁の一角に黒い渦巻きができたかと思うとそれがみるみる大きくなり、部屋中に強風が吹き荒れ、俺のプリントやノートを散らかしたのだ。
「マリー。これは何だ?」
「来たわね」
「来たって‥‥」
俺の言葉が終わらぬ間に黒い渦巻きが部屋全体に広がっては消え、その中心には黒い尻尾アクセサリーがいた。
尻尾アクセサリーがいたという表現はおかしいと思うかもしれないが、この状況はまさしく『いた』と表現されるべきだろう。
尻尾アクセサリーといってもマリーとは違い、長さが60センチはあろうかという大物で、毛並みは前半3分の1と後半3分の2で向きが違い、前半は顔に向かって毛並みが流れている。
正面から見た顔はライオンのたてがみのようにも見える。
その風格はまさに黒魔術界の王様といった感じだ。
「このお方は黒魔術界の王様か何かですか?」
思わず敬語を使う俺。
「ええっと‥‥。ち、違うわ。私のパパよ」
「パパってお父様?」
「そうよ。パパは私より強い魔力を持っているから、きっとあなたの願い通りになるはずよ」
なんとなく言葉に明るさがないような気もするが‥‥気のせいか?
マリーの父親は半分だけ宙に浮き、尻尾を地面に摺りながらこちらに向かってきた。
尻尾アクセサリーの尻尾というのもおかしい表現だが要するに全体の後半部分が尻尾なのである。
「キュキュピピ」
「パパがよろしくって言ってるわ」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
父親は相変わらず半分起きあがった状態で、部屋中を見回している。
「お父さんは言葉が話せないのか?」
「パパは初めて表の世界に来たんだから話せるわけないじゃない。それよりどうやって懲らしめればいいの?」
具体的な作戦を全く考えてなかった俺は少し悩んでから答えた。
「こんなのはどうかな? 苦しい病気にかかって、夢で『悪いことをするからだ』って伝えるとか」
「なるほど、それはいいかも? 早速パパに頼んでみるわ」
それにしても、この散らかった部屋をどうするつもりだ? と小さな声で文句を言いつつ俺は部屋を片づけ始めた。
数日後、学校には変な噂が流れていた。
「ねえ知ってる。太田君達のこと」
「あの不良グループの?」
「そうそう」
女生徒達の話し声が俺の耳に入って来た。俺は女子の会話など普段は無視するのだが、今回は妙な胸騒ぎがして思わず聞き耳を立ててしまった。
「三人とも肺癌になって、後3ヶ月しか生きられないんだって」
「うっそ~。本当に~」
俺はそっと鞄に向かって話しかけた。
「まさか、お前のお父さんが」
「いくらパパでもそこまでしないと‥‥思うけど‥‥」
「何で言葉が途切れるんだ?」
鞄からは返事がない!
「おい、そこで黙ったら心配になるだろうが!」
「パパってちょっと勘違いしやすい人だから、100分の1くらいの確率であり得るかなって‥‥」
俺は不安を抱えたまま帰宅すると、不思議な光景を目の当たりにした。
俺の部屋は緩やかな風が反時計回りに舞い、その中心でマリーの父親が宙に浮きながら唸っているのだ。
「やっぱりお前の仕業か!」
「きゅぴ?」
マリーの父親が体に似合わないかわいい声を出す。
「『何が?』って言ってるわ」
「いくら何でも中学生に肺癌はやりすぎだろうが!」
「きゅぴきゅぴぴぴ」
「『私はまだ何もやってない』と言ってるわ」
「嘘付け! 人ん家のフローリングに描かれたこの魔法陣は何だ!」
「ピーピーピー」
「口笛を吹いてるわ」
「やっぱりお前じゃねえか!」
俺の大きな声を聞くと、父親はマリーに何かを伝えた。
「きゅぴぴきゅぴきゅぴきゅぴきゅきゅきゅ」
「3人を苦しい病気にして、その噂を学校中に流したそうよ」
「学校中に伝えるんじゃなくて、本人に夢で伝えるんだろうが! それに本当に死ぬ病気にしてどうするんだ!」
マリーの言う勘違いとはこういう意味だったのか。
「もう勝手にしろ!」
俺はマリーの父親をぽんと叩きベッドに転げた。
すると辺りは一瞬のうちに闇に包まれ、俺の頭上近く紫に光る悪魔の顔が現れた。
俺の体は全身痣だらけになったかと思うと、吹き付けられる熱風によって呼吸困難に陥った。
「本当に好き勝手してどうするんだ!」
俺は父尻尾を両手で掴み思いっきり怒鳴りつけるのであった。