第3話 マインドコントロール
「お前この頃一日おきに不幸になってないか?」
「その通りだ。よくわかったな」
声をかけてきたのは近所に住む荒木田一郎という宮司の息子だ。因みに彼は次男である。
「何だったら俺がお祓いしてやろうか?」
「お前にされたらもっと不幸になりそうだから遠慮しとくよ」
これ以上、運が悪くなったらたまったものではない。
「そうか。じゃあ、今日は部活に顔を出せよ」
「ああ、わかった」
尻尾アクセサリーがしゃべり出して以来、いろいろな騒ぎに振り回されて部活のことをすっかり忘れていた。
俺は囲碁部というマイナーなクラブに籍を置いている。
特に碁が強いわけではないが、小学校の時に囲碁教室に通っていたので成り行きで入部したのだ。
放課後、囲碁部の部室に行ってみると、ちょっとした歓迎を受けた。
「葛城君、辞めたのかと思って心配したよ」
囲碁部は部員不足で、常に絶滅の危機に瀕しているのである。
「じゃあ、早速だが、部長である僕が対戦してあげよう」
「いや、先輩。僕が打ちます」
部員のほとんどから対戦の誘いを受けた。
なんて素敵な光景だろう。みんなが俺を歓迎し対戦を望んでくれている。
みんなの温かい心に包まれながらも、俺は敢えて最も勝てそうな相手を選んだ。
一見、卑怯だと思うかもしれないが、それは大きな勘違いというものだ。
復帰第一戦というのはどのような手段を使ってでも勝たなくてはいけない。
最初に勝つのと負けるのではこれからの囲碁人生に大きく影響する。だから俺は敢えてこのような苦渋の選択を‥‥
「卑怯者」
俺の鞄から小さな声がした。
俺はみんなに気付かれぬよう鞄に顔を寄せ誰にも聞かれないようにそっと尋ねる。
「お前、俺の心が読めるのか?」
「読めなくてもこれぐらい流れでわかるわよ」
「そ、そうか」
俺はホッと胸を撫で下ろす。もし心を読まれたら何かと不都合なことがたくさん生じる。
俺は碁盤の前に座ると、先手か後手かを決める『握り』というものを行った。
「何してるの?」
鞄からちょこっと顔を出したマリーが尋ねる。
「これは囲碁というゲームだ。白石と黒石で陣取りをするんだ」
「白と黒!」
マリーの目が少し輝く。
「あなたは黒なの?」
「まだわからないよ。相手が握った石の数を奇数か偶数か当てるんだ。当たったら当てた人が黒になる」
「あなたが当てる側?」
「そうだが」
「当てなさい」
「え?」
「当てて黒にしなさい」
「そんなことを言われてもこれは運次第だし」
「わかったわ。私に任せて」
マリーは意味不明な言葉を残し鞄に潜っていった。
「葛城君。どうしたの?」
たくさんの白石を握った対戦相手が鞄に向かったままの俺に声をかける。
「ああ、悪い。何でもない」
俺は慌てて、奇数を示す黒石1個を出そうとしたが、何故か指が動かない。
「あれ?」
まるで金縛りにでもあっているかのように動かないのだ。どうなってるんだ?
仕方なく石を二個持つと手がスムーズに動いた。
「ぐ、偶数先手で‥‥」
ぎこちなく俺が言う。
「ええっと。一、二、三・・・・偶数だから葛城君が黒だね」
不思議なことはこれだけではなかった。
俺は手堅い碁で有名なのだが、この日は何故か相手の白石を攻めまくって自滅して負けた。
「葛城君にしては珍しいね。攻めすぎて負けるなんて」
と、部長兼宮司の息子の荒木田が言った。
次の試合も俺は黒番になり、白を攻め続けて自爆した。
そして三局目。俺が黒石を打とうとすると小さな声が聞こえるのに気付いた。
「白を殺せ。白を殺せ。白を殺せ」
そして自分の意志とは違う方向に手が動く。
「ちょっと待ってくれ!」
「どうしたんだい?」
「俺はマインドコントロールされている気がする!」
この言葉に部室のみんなが笑った。
「本当なんだ。さっきから『白を殺せ』と言う声が耳鳴りのように繰り返し聞こえてくるんだ!」
俺は耳を手で塞ぎ頭を大きく振った。
「その声なら僕も聞いたよ。きれいな女性の声だろ?」
きれいな女性の声?
俺は慌てて自分の鞄に耳を当てる。
するとやはり聞こえる。『白を殺せ』というマリーの声が。
「鞄がどうかしたの?」
「あ、いや、その、俺疲れているみたいだから今日はこれで帰ることにするよ」
俺はマリーの声が外に漏れないよう鞄を抱きしめて慌てて部室を飛び出した。