第34話 一世一代の演説
芽依の不審な様子を見てマリーが尋ねる。
「何なのよ一体」
「だって、このボタン小さくてかわいいんだもん」
「どうして小さくてかわいいと笑えるのよ?」
「だって、運命のボタン‥‥」
「ほら、箸が転げても笑える年頃だから」
芽依の口を塞いで小百合が言った。
「何か隠し事してるでしょ」
マリーは全員を見回すと俺の前で視線を止めた。一番弱そうな人物を集中攻撃するつもりらしい。
「ねえ、何があったのよ。勿論あなたも知ってるわよね?」
「いや、俺は別に・・・・」
「これは私に関係あることよねえ?」
「そういうわけでは」
「ボタンを見て笑ってるんだから映像に関係あるのかしら?」
「俺は知らん」
マリーの誘導尋問に耐えられなくなった俺はそっと小百合を見た。助けてくれ。
「ねえ、マリー。今はそんな細かいこと気にしている時じゃないわ。万全の体制でドラゴンに挑むことが大切なんじゃない?」
「そりゃ、そうだけど」
「だったらレクチャーお願いね」
マリーはため息を一つつくとレクチャーの準備を進めた。
それにしても小百合の話術は天下一品だ。
将来この人と結婚していいのだろうかという不安が背筋を冷たくする。
「これを見て。これがファイヤードラゴンよ」
マリーが小さなボタンを押すとちゃぶ台いっぱいに立体映像が現れた。
顔は小さく中国の龍に似た顔立ちをしている。
胴体は太く、丈夫な足がそれを支える構造だ。
一方、手は小さく四つ足で歩く習慣はなさそうだ。
肌は赤い鱗に覆われており、背中には大きな翼がある。
自分で予想していたドラゴンとほぼ変わらないその姿は、俺たちに恐怖心を与えるには十分であった。
「うわー。すご~い」
約1名を除いてだが。
「大きい物で全長20メートル。背中にある翼で飛ぶことも可能よ。但し飛ぶスピードはそんなに速くはないわ」
「全長20メートルって、デカ過ぎだろ。本当にこんなのと戦う気か?」
「できたら寝てる時に髭だけを貰えればいいんだけど」
小百合が真剣な顔で話す。
「そうも行かないのよ。非常に警戒心が強いため寝てる時に近付くなんて不可能に近いわ」
「レベルはどのくらいなの?」
芽依は希望に満ち溢れた顔で話す。
「レベルって何よ? そんなものはないけど。強敵には違いないわ。資料はここに置いておくから各自で見ておいて」
マリーのレクチャーは早くも終わりのようだ。
さあ、いよいよ来たるべき時が来たようだ。
そう俺が決断しなければいけない時が。
やる気になっている3人には悪いが、この美少女達を危険な目に遭わすわけにはいかない。
俺は意を決して大きな声で話し始めた。
「みんな聞いてくれ。確かに俺達にはドラゴンと戦う選択肢しか残されていない。しかし、この選択肢はあまりに危険が多すぎる。中学生とドラゴンが戦ってどちらが勝つかなんて一目瞭然だ。ましてや芽依はまだ小学生ではないか。俺は君たち3人を心から愛してる。だからこそ危険な目に遭わせたくない。誰1人傷つけたくないんだ。わかってくれ。今ならまだ間に合う。作戦を変更して他の方法を探そうじゃないか」
俺の演説は終わった。
『これでいいんだ。こうするしかないんだ』と自分に言い聞かせ、俺は閉じていた目をそっと開ける。
マリーは武器の手入れをしている。
芽依は黒魔術の本を読み何やら呟いている。
小百合は和紙っぽい紙に筆で何か書いている。
「おーい。俺の話聞いてたよね?」
誰も振り向かない。
「おい、マリー」
「武器は何がいいか決めておいてね」
「おい、芽依」
「誰が何を言おうと今の私は止められないよ」
「お~い、小百合~」
「四郎君も書いておいたら?」
「さっきから何を書いてるんだ?」
「遺書よ」
何でそんな物を笑顔で書けるんだ!
「お兄ちゃん。大丈夫だよ。危なくなったら芽依が守ってあげるから」
駄目だ。完全にドラゴンと戦う雰囲気になっている。
自分の装備の手入れが終わったマリーが問いかけた。
「自分の使いたい武器を教えて」
「私は日本刀にするわ」
すぐに小百合が答えた。
小百合は中学1年の時から剣道部に所属していた。
今こそ3年ということでクラブは引退しているが、一応剣道二段の免状を持っている。
「芽依は黒魔導師の杖」
「よくわからないけど杖ね」
マリーが俺の方を向く。
「あなたは何にするの?」
突然そんなことを言われても困る。
何も考えてないではないか。というか考えたくない。
なるべく離れたところから攻撃できる物にするのがいいだろう。
弓矢か? いや駄目だ。ドラゴンの攻撃を受ける範囲だ。
じゃあ、銃か? しかも拳銃ではなくライフル。だがまだ危険な気がする。そうだ!
「ミサイルにする」
「そんなものないわよ。もしあったとしても私達まで巻き沿いになるじゃない」
「じゃあ、ライフルで」
しまったー! これに答えたら戦いに参加することになってしまうではないか!
マリーはみんなの方を向くとしっかりとした声で言った。
「心の準備はいい? 明日の朝10時に出発しましょう」
「今からの方がいいんじゃないの?」
「もしかしたら家のベッドで寝られる最後の夜になるかもしれないわ。明日にしましょう」
マリーのとんでもない提案はすんなりと通り、明日の朝再び集合することになった。
「おい、本当に行く気かよ」
俺の声が空しく響く。そしてその声に答える者は誰一人としていないのであった。




