第32話 この話ってファンタジー?
その後、俺達は工業用のダイヤや傷物のダイヤなどを必死で調べたが、流石に267カラットのダイヤは多すぎて手に入らないことがわかった。
因みに細かなくずダイヤを集めたとしても値段は5億3500万円になるようだ。
「もう駄目ね。今までの時間が全て無駄になったわのね」
小百合は目に涙を浮かべながら囁いた。
「まだ終わっちゃいないさ。最後まで諦めるなって」
俺が小百合に言うと小百合は俺の腕にしがみつこうとした。
本来とても嬉しいことなのだが、俺の体が勝手にこれを避けてしまう。
まさか電気ショックによる条件反射がこのような形で出ようとは‥‥。
しかし、この行為は小百合の機嫌を悪くする可能性がある。
更に小百合はマリーと違ってすぐには態度に示さないことが多い。
これは大変わかりにくいから非常に困る。
金銭的な理由でキュキュッピを諦めた俺たちは新たな手掛かりに取り組まなくてはいけなくなってしまった。
しかし、諦める理由が金銭的理由ってあまりにダサい気がする。
まあ一般庶民としては仕方のないことなのだが。
翌朝、俺達は新たな課題に取り組むことを余儀なくされていた。
キュキュッピ以外の候補から実現可能なものをピックアップしていかなくてはいけないのだ。
しかし、残されたものなんか胡散臭いものばかりだ。
この様子だと今日のプロジェクト会議もなかなか進みそうにないだろう。
今は午前9時。あと30分もすれば小百合がやってくる時間だ。
そんな中、芽依が軽すぎるノックをしたかと思うと俺の部屋に飛び込んできて、とんでもないことを言い出した。
「ねえ、お兄ちゃん。ファイヤードラゴンを倒したらいいんじゃない?」
俺は一瞬後ずさったが冷静を保つふりをして芽依に言った。
「いきなり、何を言い出すんだ?」
「だって芽依の本に書いてあるもん」
そういえばこいつが持っている怪しげな本は意外と役立つんだったな。
なるほど確かにファイヤードラゴンの髭は期待できる材料の2位に書かれている。
もちろん1位はダイヤなわけだが。
しかし気になるのは『危険を伴うものの』という一文だ。
生き物である以上まさか火を噴くことはないと思うが、マリーの世界のことだけに何があってもおかしくない。
それにしても一般市民がドラゴンと戦って勝てるはずがあるまい。
不良達の命も大事だが、俺達の命はもっと大切だ。
もうすぐ小百合がやってくる。そうすればプロジェクト会議の開始だ。
このことを小百合とマリーに知られる前に芽依を口止めしなくては。
「芽依。ファイヤードラゴンのことは誰にも言うな」
「どうして? ドラゴンと戦ってこそ本当のファンタジーだよ」
「いつからファンタジーになったんだ!」
「尻尾アクセサリーが話し出した段階でファンタジーだよ」
ガーン! これは盲点だった。
てっきり俺と小百合のラブコメディーだと思っていたのだが甘かったようだ。
まさかこんな危ない展開になろうとは思ってもみなかった。
まあ、いざとなったら俺が反対すれば何とかなるだろう。
俺は人を説得するのは得意だ。
「おはよう。四郎君」
小百合は予定通りやってきたが、なぜかマリーはどこにもいないな。
道理で静かなわけだ。
そういえば2号も3号もまだ帰ってなかったっけ?
俺は小百合と芽依が座っているちゃぶ台に両手を置き大きく伸びをした。
危機が迫っているのに偉く平和な情景だ。
そうか! マリーがいないと平和なんだ。
でもマリーが厄介者かというとそういうわけでもない。
そう考えると全く不思議な存在だ。
「マリーはどこに行ったんだ?」
俺は欠伸をかみ殺しながら小百合に聞いた。
「何か戦闘準備と資料を揃えるとか言って自分の世界に戻っていったわ」
「戦闘・・・・準備?」
俺の顔は一瞬にして血の気が引いた。
「私も怖いけど、もうこの方法しか残されていないんだったら仕方ないよね?」
「この方法って何だ?」
嫌な予感が脳裏を横切る。
「ファイヤードラゴンと戦うことよ。私なんか一番先にやられちゃいそう」
小百合は怖がる様子もなく淡々と話している。
どうしてこんな簡単にドラゴンと戦う覚悟ができるんだ?
ていうか小百合はドラゴンのことをなんで知ってるんだ?
「ファイヤードラゴンを倒せばいいわけよね?」
「どうして知ってるんだ?」
「昨日の夜、芽依ちゃんに聞いたの」
「お兄ちゃんに言ったのが最後だったんだよ」
何てことだ。こんな重要な報告の優先順位が最後だなんて‥‥俺って一体。
図書館での記憶が蘇ってくる。
そういえば図書館でも俺の優先順位は下だったな。
こうして俺は普通なら経験できそうもない実体験をすることになってしまった。
こうなるとやはりこの話はファンタジーなのだろうか?




