第19話 ちゃぶ台の使い方
翌朝、目覚めるといつも通りの日々が始まっていた。俺の横には尻尾アクセサリーのマリーが寝ている。昨夜の少女はやはり夢だったのか? マリーが人間の姿でいるわけないものな。
「なに、ボーっとしてるの?」
目覚めたマリーが寝ぼけた声で尋ねる。
「いや、ちょっと変な夢を見て」
「変な夢? どんな夢よ」
「ああ、お前が‥‥何でもない。今のは忘れてくれ」
下手のことを言って笑われたら嫌だしな。
「ちょっと、気になるじゃない。私が夢に出てきたの? ねえ、どんな風に出てきたの?」
「何でもないったら」
「もう、教えてよ」
どうやら機嫌は直っているようだが、意外と食いついてくる。
「お前が寝ている時、人間の姿に戻ったりすることってあるのか?」
「そんなことあるわけないじゃない」
「そうだよな」
やはり昨夜の出来事は、俺が寝ぼけていたようだ。
ベッドから立ち上がり部屋を見回すとちょっとした変化に気付いた。
部屋の真ん中にあったはずのちゃぶ台が部屋の隅まで移動している。
俺がちゃぶ台の下を覗き込むと予想通り2号と3号がちゃぶ台を持ち上げようとしているところだった。
二人が協力しているためかちゃぶ台の一本の足が少し上がり移動させることに成功したようだ。
「マリー、向こうの世界にもちゃぶ台ってあるのか?」
「あるわよ」
何と!
「へえ、すごい偶然だなあ」
「違うわよ。元々はなかったんだけど、こちらの世界にあるのが真似されて現在大流行中なのよ」
なるほど日本のちゃぶ台が向こうに行ったのか。それなら納得がいく。しかい、なぜ下に潜っているのかが分からん。
「素朴な質問なんだが、どうしてお前の両親はちゃぶ台の下に潜ってるんだ?」
マリーはちゃぶ台を見ると、
「これが本物のちゃぶ台なのね!」
と感激の言葉を発した。
マリーはちゃぶ台を様々な方向から観察すると、
「でも、思ったより大きいわね」
と言った。
「そうか? どちらかというと小さい方だと思うけど」
「まだ大きいのがあるの? 流石本場は違うわ。では、私も早速」
マリーは目を輝かせると、ちゃぶ台の下に潜ってしまった。
「だから何やってるんだ?」
俺はちゃぶ台の下を覗き込んでマリーに尋ねる。
「え? これってひっくり返して遊ぶものでしょ?」
「何だそれ? これは食事をする物だ」
「ああ、そうね。茶碗や皿がないとひっくり返してもおもしろくないわよね」
「そうじゃなくて。これは純粋に食卓として使う家具なんだ」
「うっそう! 私達の世界ではひっくり返して茶碗や皿がどれだけ広い範囲に飛び散るかを競う遊び道具よ。大会だってあるわ」
どうやら使い方が間違って伝わっているらしい。
それにしてもこいつらはこっちの世界のことをよく知っている。
俺達はマリーの世界のことなど何も知らないのに。
俺はマリーに素朴な質問をしてみた。
「お前達ってこっちのことをよく知ってるよな?」
「それはそうよ。研究してるもの」
「研究?」
「ええ、だから私のような研究生がいるんじゃない」
「お前研究生だったのか」
また新しい事実が発覚したぞ。
マリーは宙に浮いた状態で、嬉しそうに尻尾をぴょんぴょん動かした。
「表の世界をこよなく愛する者の一人よ」
「俺達はお前らの世界のことは全く知らないのに」
「それはまだ発見してないからよ。だから私達も自分の世界のことを詳しく教えることができないの」
「どうしてだ?」
俺の質問にマリーは腕を軽く組んで右手の指を顎にあてる仕草で説明した。もちろん尻尾アクセサリーに腕などない。おそらく人間の姿ならこうしているだろうと言う俺の想像だ。
「禁止されているのよ。これ以上は言っては駄目だっていうラインがあるの」
「なるほどな」
俺は少し謎が解けた気がした。
もちろん、理解したわけではない。
それにしても不思議なことに関わってしまったものだ。