第1話 俺の常識は間違っていた
俺の名前は葛城四郎。山田中学校3年の受験生である。
平凡なサラリーマン家庭に生まれた俺はごく平凡な生活を送っていた。
家族は父と母、そして3歳年下の妹が1人。
因みに俺の名前は四郎だが四男というわけではない。何故か長男だ。
『葛城一郎より葛城次郎の方が響きが良くないか?(父)』
『あら、葛城次郎より、葛城四郎の方がかっこいいわよ(母)』
単なる親の気まぐれでこうなったらしい。
父の意見より母の意見が通っているあたり、我が家の力関係が出ているというものだ。
そして今は放課後。俺は体育館の裏にいる。
何故このような場所にいるかと問われると、人生最大のピンチに襲われていると答えることになる。
「おい、葛城。今日は持って来たんだろうな」
所謂カツアゲだ。
昨日『明日までに3万円を持ってこい』と言われた。
もちろんお断りだ。こんな横暴な奴らにお金など持って来るわけがない。
今までも何度か同じようなことがあったが、俺は一度もお金を渡していない。
その度に殴られたが、それでも俺は自分の拳を封印してきた。
もしこの封印を解いて俺の右アッパーをこいつらに炸裂させたら、おそらくこの不良どもは宇宙の果てまで飛んでいってしまうだろう‥‥。
当然、嘘である。
そんな力があればカツアゲなどされるわけがない。俺は喧嘩などできぬ小心者なのだ。
しかし、お金を渡していないのは事実である。
何故渡さないのか。それはお金がないという現実もあるが、それ以上に俺のポリシーが許さないからだ。悪い奴ら黒い奴らは大嫌いだ!
「今日も持って来なかったのか?」
3人の不良達が俺に近寄ってくる。
2人が俺の腕を抱え、残る1人が動けなくなった俺を殴るシステムだ。
いつものことなので、もう慣れてしまった。なんて悲しい性なんだ。
俺が歯を食いしばったその時、天使のように美しい声が聞こえてきた。
「ちょっと止めなさいよ」
「誰だ!」
慌てる不良達。当然の反応だろう。自分達の悪事を誰かに見られているのである。
これで慌てない人物がいたとしたら、かなりの豪傑か底知れぬバカだ。
「その人を放しなさい。さもないと生徒指導の中西先生を呼んでくるわよ」
美しいながらもはっきりとした声だ。
「ふざけんな! そんなことしてみやがれ」
「あ、中西先生~ こっちです。体育館の裏です。早く。早く~」
不良どもは目を合わせて戸惑っている。
やがて、
「覚えてろ!」
と、捨て台詞を残しながらも、やや早歩きで立ち去って行った。
やや早歩きというあたり何ともおかしい。
結局こいつらも小心者だったのだ。
俺は深呼吸を一つすると、やや大きめの声で尋ねた。
「ありがとうございます。助かりました。どこにいるのですか?」
辺りを見回したがそれらしき人物は見当たらない。
そんなはずはない。俺はしっかりと美しい女性の声を聞いたのだ。
しかし、その直後俺はとんでもない事実を知ってしまう。
後から思えばこれが全ての運命の始まりだったのだろう。
「ここよ、ここ」
声は意外と近い。
「あなたの鞄のポケットよ」
「鞄のポケット?」
どういうことだ? まさか人がポケットに入れるわけがない。聞き間違えか?
俺は一応、近くに捨てられるように置かれた鞄のポケットを見た。
すると小百合にもらった尻尾アクセサリーが顔をひょいと出している。
「ま、まさか」
理解し難い光景に俺の体は固まりかけた。
「ごめんね。いきなり話し出して。本当はもっと早‥‥」
な、なんてことだ! 尻尾アクセサリーがしゃべっているではないか!
確かに今まで大切にしてきた物だが、尻尾アクセサリーが話し出すなんてことはあり得えないだろう!
「でも突然話し出したら驚くじゃない? だからタイミングが難し……」
これは尻尾アクセサリーだぞ! ファーチャームだぞ!
こんな科学の法則を無視したことを信じろと言われても無理に決まっている。
今まで信じてきた常識はなんだったのだ!
「ちょっと、私の話聞いてる?」
「あ、いや、ごめんなさい」
言い忘れたが、俺は女の子にきつく言われるとたじろぐタイプだ。てか、これは女の子なのか?
こういった怪奇現象に遭遇してしまった場合、どこへ通報すればいいんだ?
国立科学研究所か? そもそも国立科学研究所なんて存在するのか? などと考えながら俺は帰宅の途についた。当然、俺の体は震えたままだ。
「で、それでね。ちょっと、また聞いてなかったでしょ!」
それにしてもよくしゃべる尻尾だ。